23話:焚火とコーヒー
夕方までそのまま歩き、山道の開けた場所でキャンプ準備に取り掛かることになった。
カルバンさんが荷物を地面に置き、一息つく。
「こんだけいるし、手分けして進めようや。男連中は薪拾いと食材集め。女連中はかまどと料理の準備でどうだ? 天気もいいし、寝床作りはその後でもいいだろ」
異議なし、と皆が頷く。
最年長はカルバンさんたちのようで、他は皆20代から30代前半くらいに見える。
ちなみに、女性の数は20人ほどだ。
「コウジ、私も一緒に薪集めがいい。キノコと山菜も採りたいから」
隣にいたチキちゃんが、俺の袖を引っ張る。
「うん、いいよ。ノルンちゃん、後のことお願いできる?」
「はい。立派なかまどを作っておきますですよ!」
「ありがと。それじゃ、行ってきます」
「行ってらっしゃいませ!」
ノルンちゃんに見送られ、俺とチキちゃんは森へと入った。
「よいしょ。けっこう落ちてるもんだな」
手ごろな太さの枯れ枝を拾い、手で持って踏みつけ、半分に折る。
あちこちに枝は落ちているのだが、かさばるし重いしで、一度にたくさんは運べなさそうだ。
チキちゃんはというと、俺から少し離れた場所にうずくまっていた。
ひょいひょいと、何かを袋に放り込んでいるようだ。
「チキちゃん、何を拾ってるの?」
「キノコ。ヤマドリタケがあったから」
そう言うチキちゃんの前には、たくさんのキノコが生えていた。
カサが茶色くて、ずんぐりむっくりした大きなキノコだ。
「食べられるキノコって、簡単に見つかるもんなの?」
枝を抱えて、チキちゃんに歩み寄る。
「うん。あちこちに生えてるよ」
「へー」
ビニール袋には、すでにかなりの数のキノコが入っていた。
どれも肉厚でカサも大きく、食べ出がありそうだ。
「ヤマドリタケだっけ? これって、美味しいの?」
「うん。網焼きとか串焼きにして食べると美味しいよ」
「そうなんだ。それは楽しみだ」
シイタケやエリンギなど、俺はキノコ類は大好きだ。
美味いと言われると、テンションが上がってしまう。
山で採ったキノコで食事だなんて、かなり贅沢な気分だ。
他にもないかと周囲を見渡すと、すぐ近くに大量のキノコが生えていた。
「おっ! チキちゃん、ここにもたくさん生えてるよ! ヤマドリタケだ!」
「それはドクヤマドリ。食べられないよ」
俺の指差す先をちらりと見て、チキちゃんが言う。
俺からしてみれば、どちらも同じキノコにしか見えない。
「えっ、ダメなの? 見た目がそっくりなんだけど……」
「そっくりだから、ドクヤマドリって呼ばれてるの。危ないから、食べちゃダメ」
「……違いが全然分からん」
しゃがみ込んで、じっくりと観察してみる。
先ほど見たヤマドリタケと、まるっきり同じに見える。
「それじゃあ、あそこの倒木にたくさん生えてるのは?」
「あれはニガクリタケ。毒キノコだから食べちゃだめ。それの隣に生えてるやつはクリタケだから、食べられるよ」
「よく一目で分かるね」
「私、元々キノコだったから」
何で元キノコだと分かるのかは謎だが、キノコ関係については何でも分かるようだ。
スーパーでシイタケを買ってきてくれた時も、『美味しいやつはすごく元気』とか言ってたし、きっと俺には分からない何かがあるのだろう。
その後もチキちゃん指導のもと、たくさんのキノコをビニール袋に詰めていった。
「そういえばさ、宿で魔法教わってたじゃん? もう使えるの?」
「うん。水が出せるようになったよ」
「おお、それはいいね。飲める水?」
「うん、大丈夫。飲めるよ」
「なら、喉乾いてきたし、飲ませてもらってもいい?」
「いいよ。コウジ、こっちきて」
チキちゃんの言う通り、近くに寄る。
「口開けて」
「えっ、直飲み?」
「コップないでしょ? 手も汚れてるし」
「確かに」
あーん、と口を開く。
そこに、チキちゃんが人差し指を差し入れた。
何というか、絵面が少しまずい気がしないでもない。
「水の精霊さん、少しだけお願い」
チキちゃんがそう言った途端、ちょろちょろと指先から水が流れ出た。
温めのお湯だ。
少しだけ酸味がある気がする。
「んぐっ、んぐっ……ぷはっ! もういいよ、ありがとう」
「うん」
「少し酸味がある水なんだね。何だか温かかったし」
「温泉だからだと思う。私、温泉の精霊さんと相性がいいみたいなの」
「えっ、手から温泉が出せるの!? すごくない!?」
「そうなの?」
「そうだよ! だって、家にいながら温泉入り放題になるわけでしょ? とんでもなく便利だよ!」
「コウジ、嬉しい?」
「超嬉しい!」
「やった」
ぐっと、チキちゃんが両手を胸の前で握る。
家事は完璧でこの世界の知識も豊富、そのうえかわいくて温泉まで出せる。
何だこの完璧超人は。
「じゃあ、コウジの家に帰ったら、お風呂に温泉出してあげるね」
「期待してるよ。あ、でも、無理はしないようにね? 魔法って使うと疲れるみたいだし」
「うん、大丈夫。疲れない程度に出すから」
薪拾いとキノコ採集を切り上げ、キャンプ地へと向かう。
途中、チキちゃんが草むらの中のワラビを見つけたり、地面を這っていたヘビを捕まえたりと、大量の食材を確保することができた。
「コウジさん、チキさん、おかえりなさいませ!」
森から出てきた俺たちに、ノルンちゃんが駆け寄ってきた。
すでに他の男衆は戻ってきているようで、キャンプ地の中心からは焚火の煙が立ち上っている。
「ただいま。キノコとか山菜とか、どっさり採ってきたよ」
「ヘビも見つけたよ」
はい、とチキちゃんが右手に持った蛇を差し出す。
ヘビは首根っこを押さえられて、ぐえ、と口を開いていた。
「わわっ、ヘビですか! チキさん、捌けるのですか?」
「うん、できるよ。串焼きとスープにするね」
「それは楽しみなのです! 期待してますね!」
戦利品を手に、皆が集まっているかまどへと向かう。
少し大きめの石を円状にならべて、両脇にY字の枝を立てたものだ。
他の人たちから薪を分けてもらったようで、パチパチと火が立っていた。
「うわ、すごい量のキノコを採ってきたな。ヘビまで捕まえたのか……ていうか、変わった袋だなそれ」
戦利品を地面に置いていると、カルバンさんが寄ってきた。
「たくさん生えてましたよ。カルバンさんは採ってこなかったんですか?」
「いや、間違えて毒キノコなんて食べた日には死ぬからさ。採らないことにしてるんだ。それ、本当に全部食べられるキノコなのか?」
ガサガサと、ビニール袋を漁るカルバンさん。
「チキちゃんが採ったものだから大丈夫ですよ。彼女、キノコのことなら何でも分かるんで」
「ううむ、そうは言ってもなぁ……」
カルバンさんは心配そうだ。
確かに、毒キノコと食用キノコの判別は難しかったし、気持ちは分かる。
「心配なら、私が先に食べてみるですよ。身体に取り込めば、毒が入っているかどうかはすぐに分かりますので」
はい、とノルンちゃんが手を上げる。
「ほう、女神様ってそんなこともできるのかい?」
「はい。私は栽培の女神ですので、そういったことは得意中の得意なのです」
「そうか。女神様がそう言うなら安心だな」
そんなこんなで、調理に取り掛かることになった。
キノコに関しては、すべてのものの傘を少しだけ切り取って、まとめて炒めたものをノルンちゃんに食べてもらった。
当然ながらすべて無毒だったので、皆さんにお裾分けすることになった。
「はふはふっ……んぐっ。このキノコ、すんごく美味しいですね! 最高ですね!」
ヤマドリタケの串焼きを頬張り、ノルンちゃんの表情がとろけたようになる。
味付けは、塩と醤油だ。
風味が良くて、とんでもなく美味い。
「うん、これは美味しいね。こんなに美味いキノコがあったなんて知らなかったよ」
「よかった。たくさんあるから、どんどん食べて」
キノコを刺したクシを焚火に斜め挿ししながら、チキちゃんが薄く微笑む。
火が立ったままの焚火で炙ると黒コゲになってしまうので、鎮まった火(熾火)を使っている。
鍋と金属ケトルも火にかけている。
灯りは、傍らに置いた焚火グリルだ。
せっかくノルンちゃんが立派なかまどを作ってくれたので、あえてグリルではなく焚火を使って調理している。
俺が奇跡の光を出してもよかったのだが、あれは明るすぎて場違いな気がしたのでやめておいた。
「はい、ヘビも焼けたよ」
「おお、ありがとう。ヘビなんて初めて食べるな……」
長い木の枝に刺された焼きヘビを受け取り、一口齧る。
パリパリしていて、塩が利いていてなかなかに美味い。
「コウジさん、私も、私も!」
「はいよ」
「いただきます!」
渡されるやいなや、ノルンちゃんがヘビにかぶりつく。
「むぐむぐ……んっ、これも美味しいですね!」
「何だか鶏肉みたいな味だよね」
「あ、そうなんですか。私、まだ鳥を食べたことがないもので」
「ああ、そうだったっけ」
「はい、スープもできたよ」
紙のお椀にスープを注ぎ、チキちゃんが割りばしと一緒に渡してくれた。
ヘビの出汁が利いた、山菜とキノコがたっぷり入った塩スープだ。
チキちゃんも何も食べていないわけではなく、先ほどからキノコの串焼きをもりもり食べている。
持参した食料にはまったく手を付けていないのだが、今日はキノコとヘビと山菜で大満足だ。
その後もわいわい騒ぎながら、俺たちは楽しく食事を続けた。
食後。
すっかり日も落ち、パチパチと燃える焚火が皆の顔をほのかに照らしている。
これぞキャンプといった雰囲気だ。
俺はリュックから、本日一番楽しみにしていたものを取り出した。
キャンプの定番、コーヒーだ。
本当はパーコレーター(お湯を沸かすのとコーヒーを抽出するのを同時に行える金属ポット)を持ってきたかったのだが、かさばるのでドリップバッグコーヒーを買ってきた。
紙コップにドリップバッグを設置し、焚火にかけていた手鍋からお湯を注ぐ。
「コウジ、それなに?」
「あっ、コーヒーですね? キャンプといえばコーヒーですよね!」
「コーヒー?」
聞いたことのない単語に、チキちゃんは小首を傾げている。
ノルンちゃんは瞳をきらきらと輝かせ、待ちきれない様子だ。
「うん。苦いけど美味しいよ。はい、どうぞ。熱いから気を付けて」
「うん」
チキちゃんが紙コップを受け取り、鼻を近づけた。
「……いい香り」
コーヒー豆の香ばしくも優しい香りに、チキちゃんが頬を緩める。
「何というか、ほっとする香りですよね!」
「だよね。ミルクと砂糖もあるけど、2人ともどうする?」
「私はこのままで大丈夫です!」
「私もこのまま飲んでみる」
二人して、ふうふうと冷ましつつコーヒーを口にした。
「はああ……美味しいですぅ……」
ノルンちゃんが紙コップを大事そうに両手で持ち、しみじみと言う。
本当に何でも美味しそうに食べる娘だ。
チキちゃんは口に合わなかったのか、顔をしかめている。
「……苦い」
「あらら。ほら、貸してごらん」
スティックシュガーとミルクを加えて、チキちゃんに返す。
今度は大丈夫だったのか、黙って少しずつ飲んでいた。
「何だかいい香りがするが、それ何だ?」
「私たちにもちょっと飲ませて!」
3人でマッタリしていると、近くにいた人たちが集まってきた。
まだお湯とドリップバッグはあったので、彼らにも1杯ずつ手渡した。
そうしているうちにキャンプ中の全員が集まってきてしまい、皆でわいわいとコーヒーの回し飲みが始まってしまった。
そうしてわいわいとしばらく過ごし、夜も更けてきたので寝ることになった。
皆、地面に敷いたマントや敷き布の上に雑魚寝するようだ。
「ではでは、寝床を作りますね!」
今度は両手が蔓に変化して、ドーム状のテントのような形になった。
そこからさらに蔓が伸び、ネット状のベッドが3つ出来上がる。
髪の毛が伸び、しゅるしゅると編み上がってブランケットが3つ造られた。
この間、約10分である。
「おー、すごいな。あっという間だ。寝てみてもいい?」
「どうぞどうぞ!」
ベッドに上がり、横になる。
なかなかに寝心地がよく、これなら安眠できそうだ。
地面に寝転ぶのとはえらい違いだろう。
「ノルン様すごいね。これ、全部ノルン様の身体なんでしょ?」
チキちゃんがベッドに座り、置かれているブランケットを撫でる。
ブランケットはノルンちゃんの髪の毛に繋がっており、それぞれから2本、彼女の頭に伸びていた。
「はい! 朝になったら、また元の身体に戻すのでゴミも出ないのです。片付けも一瞬ですよ!」
ノルンちゃんもベッドに寝転ぶ。
自分の身体に寝転ぶって、どういう感覚がするのだろうか。
「今更だけどさ、これ作るのってかなり疲れるんじゃない?」
「そうですね。でも、コウジさんが寝転んでいてくれれば、そのうち回復するのですよ」
「そのうち? 俺が蔓に触れてるのと地肌に触れてるのって、何か違いがあったりするの?」
「変異後の身体だと、神力の吸収率がガクっと落ちるんです。ぎゅって素肌に抱き着いているのとは、だいぶ違います」
「そうなんだ」
ブランケットを被り、天井を見上げる。
蔓がみっちりと折り重なっていて、これなら雨が降っても大丈夫そうだ。
「やっぱり、今度日本に戻ったらテント買ってくるか。毎回ノルンちゃんにお願いするのも、何か悪いしさ」
「いえいえ、そんなことはないですよ! でも、テントを使ってキャンプというのも、一度体験してみたい気もします」
「よし。じゃあ次戻ったら、テントを買おう。3人になったから、荷物も増やせるしさ」
「私、頑張って運ぶね」
そんなこんなで、それからも俺たちは30分近くぐだぐだ話し続けていた。




