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21話:露天風呂での出会い

「ふおおおーっ!? コウジさん、すごいですよ! すごいですよこれ!!」


 食事券を店員さんに渡して大食堂に入った途端、ノルンちゃんが瞳を輝かせて叫んだ。

 壁際に沿って置かれたテーブルには大皿が並び、かなりの種類の料理が置かれていた。

 パン、白米、雑穀米、カットフルーツ、肉料理、魚料理、野菜料理、卵料理といったものが、みっちりと並んでいる。

 飲み物コーナーには牛乳、オレンジジュース、リンゴジュース、水がピッチャーで用意されていた。


「いっぱしのホテルばりのビュッフェじゃん。この世界の物流ってどうなってんだ……?」


「コウジ、早く食べたい」


「それじゃ、好きなもの取って席に行こうか。先に取り終わった人が、空いてる席を探すってことで」


 各自トレーを取り、お皿や茶わんを載せて料理を取りに向かう。

 俺はとりあえず白米を山盛りに盛って、オレンジジュースをグラスに注いでから魚料理のコーナーへと向かった。


「おお、刺身だ。カルパッチョとつみれ汁まであるぞ」


 魚料理コーナーには、刺身、カルパッチョ、煮魚、焼き魚などといった料理が、10種類近く並んでいた。

 刺身は魚だけではなく、タコやイカ、甘海老まで用意されているという豪勢さだ。

 少し離れたところには、ハマグリとニョッキのトマト煮まで置かれている。

 周囲に何もないようなこんな土地で、これほどの料理が出せるとは驚きだ。

 適当に料理を見繕い、テーブル席へと向かう。

 すでにノルンちゃんが席に着いており、そわそわした様子で他のメンツを待っていた。


「うお、ノルンちゃん、えらくたくさん取ってきたね」


「うう、待ちきれないですううう!」


 ノルンちゃんは大皿2つに料理をぎっしり敷き詰めていて、本当にそんなに食べられるのかと心配になるほどだ。

 ぐっちゃぐちゃというわけではなく、それぞれの料理が混ざらないように絶妙な配置になっているところがすごい。


「あ! 飲み物を貰ってくるのを忘れてました! 取ってきます!」


「転ばないように、ゆっくり行っておいで」


 ノルンちゃんが席を立つのと入れ替わりで、チキちゃんとネイリーさんがやって来た。

 チキちゃんはノルンちゃんに負けず劣らずの敷き詰めっぷりで、ご飯も山盛り。

 飲み物は牛乳だ。

 ネイリーさんは肉料理のみが皿に盛られており、野菜はゼロ。

 飲み物はオレンジジュースだ。

 食事時なので帽子は外しており、ぴょこんと垂れた犬耳が髪の間から覗いていた。

 すぐにノルンちゃんも戻ってきて、みんなでいただきますをして食べ始める。


「んひゅいっ! おいひいれふ!!」


 いつもどおり頬っぺたをぱんぱんにして、ノルンちゃんが感激の涙を流しながら呻く。

 噛んでるんだか飲んでるんだか分からないくらいの勢いで、料理を胃に流し込んでいく。


「食べ放題なんだし、もっと落ち着いて食べたらどうだね」


「んぐっ! ……それもそうですね! 失礼いたしました!」


 少し食べて落ち着いたのか、今度はゆっくり味わうようにして食べ始めた。

 ニコニコ顔で「おいしい!」と言いながら食べる姿が、何だか無性にかわいい。

 その姿を微笑ましく見ながら、俺も料理に手を付ける。


「しかし、まさかタコやイカの刺身まで食べられるとは思わなかったな。ワサビと醤油まであるし、どこかにワサビ農園でもあるのかな……ん、こりゃ美味い!」


 新鮮な生ダコの味に、思わず膝を打つ。

 コリコリのプリプリで、まるで獲れたてのような新鮮さだ。

 これほどの料理が食べられて、1人1泊3500円(日本円換算)とは破格なんじゃないだろうか。

 詳しい物価がまだ分からないので、実際問題安いのか高いのかは分からないけども。


「でしょ? ここの料理、すごく美味しいんだよ。私もあちこち旅してるけど、ここはかなりいい宿だと思うよ」


 鶏肉の香味焼きをもりもりと食べながら、ネイリーさんが言う。


「そうなんですか。ネイリーさんは用心棒をしながら、旅をしてるんですか?」


「うん。儲かりそうな場所を占いで探しながら、あっちこっち旅してるよ。この辺は暖かくて過ごしやすいし、食事も美味しいし言うことなしだね」


 どうやら、このあたりは他の場所に比べて、かなり恵まれた土地のようだ。

 世界のバグをすべて修復し終えたら、このあたりに腰を落ち着けてもいいかもしれない。


「あ、そうそう。外で言った、話したいことなんだけどさ。チキさん、魔術の才能あるよ」


「魔術? 私が?」


 もくもくと料理を頬張っていたチキちゃんが、驚いて顔を上げる。


「うん。風と水の相性がいいと思う。もしよかったら、有料になるけど基礎を教えてあげられるよ」


「へえ、いいじゃん。教えてもらいなよ」


「うん、習いたい。いくらなの?」


「普通は大金貨1枚だけど、特別サービスで小金貨1枚でいいよ」


「……お金なくなっちゃう」


 チキちゃんが俺を見る。

 残りの手持ちは、小金貨1枚、大銀貨1枚、大銅貨9枚。

 魔術代を払うと、大銀貨1枚と大銅貨9枚になってしまう。

 だが、チキちゃんが魔法を使えるようになれば、この先とても頼りになるに違いない。

 通常価格の5分の1というのも魅力的だ。


「まあ、別にいいじゃん。お金がなくなったら港町に戻って、しばらくは魚でも捕まえて暮らそうよ。旅だって、別に急いでるわけでもないしさ」


「うん。コウジ、ありがとう」


 チキちゃんが嬉しそうに微笑む。

 むしろ、このお金はチキちゃんが持っていたものだし、あれこれ使わせてもらってお礼を言うべきなのは俺のほうな気がする。


「決まりでいいかな?」


「うん。はい、小金貨1枚」


「まいどあり! じゃあ、ご飯食べながら教えるね」


 ネイリーさんはそう言うと、魔術、もとい、魔法についての説明を始めた。

 曰く、魔法というものは完全に才能に左右されるもので、才能が無い者はいくら訓練しようが魔力を得ることはできないらしい。

 例外的に使えるようになる方法は、他者から一時的に魔力を分け与えてもらうやりかただ。

 だがそれも、マッチ程度の火を数回出す、といった程度のものしか使うことができないとのこと。


「魔術の才能がある人にとって、肝心なのは精霊さんと触れ合うきっかけなの。チキさん、私の手を握ってくれる?」


「うん」


 ネイリーさんの左手を、チキちゃんが右手で握る。


「今から、あなたに風の精霊の声を聴かせるからね。聞こえたら、返事をしてあげて」


「え? 返事って……あ! こ、こんばんは!」


 もぐもぐと食事を続ける俺の目の前で、チキちゃんが誰かに挨拶をした。

 その後も誰かと話しているかのように、「うん」とか「そうだよ」などと言っている。 

 そんな状態が、1分くらい続いた。


「こんなもんかな。それじゃ、今から手を放すけど、精霊さんの声に集中したままにしておいてね」


 そう言って、ネイリーさんが手を放した。

 チキちゃんは相変わらず、時折誰かに向かって返事を繰り返している。


「どう? まだ聞こえるかな?」


「うん、聞こえる。この薄緑色の小さな女の子たちだよね?」


「えっ、見えるの!?」


「うん。見えるよ」


 驚くネイリーさんに、チキちゃんが頷く。

 どうやら、すごいことらしい。


「すごいね! 精霊さんの姿が見えるって、けっこう珍しいんだよ! 才能大有りだね!」


「おお、チキちゃん、よかったね!」


「やりましたね! おめでとうございます!」


「うん!」


 俺とノルンちゃんの称賛に、チキちゃんが元気よく頷く。


「ネイリーさんも、精霊が見えるんですか?」


「うん、何でも見えるよ! 天才だからね!」


 ふふん、といった様子のネイリーさん。

 褒められることが好きなようなので、「すごいですね!」と持ち上げておく。


「じゃあさ、ご飯食べたら一緒にお風呂入ろうよ。そこで、水の精霊さんともお話しておこう。魔法の使い方も、一緒に教えるからさ」


「うん」


 その後も、魔法の話やら料理の話やらをしながら、楽しく食事を続けた。




「ううむ、どうみても普通の銭湯の脱衣所だな……」


 食事を終えて、男湯の脱衣所へとやってきた。

 日本のスーパー銭湯には何度も行ったことがあるが、そこに負けず劣らずの立派な脱衣所だ。

 壁には足元から4段になっている棚が設置されていて、衣服を置いておくカゴが入っている。

 脱衣所の真ん中には2メートルはあろうかという巨大な氷の柱が直立していて、そこからひんやりとした冷気が漂っている。

 氷の前に『天才魔術師ネイリー・リリー作』と書かれた看板が置かれていた。

 まったく溶けている様子がないことから、おそらく魔法で作られた氷なのだろう。

 服を脱ぎ、レンタルタオルを持ってのれんをくぐって外に出た。


「おお……」


 現れた光景に、思わず声を漏らす。

 20メートル四方はあろうかという、石造りの大きな露天風呂が湯気を昇らせていた。

 四角い木枠で作られた湯口からは、ざばざばととめどなくお湯が流れ出ている。

 他にも、壺風呂、打たせ湯、湯冷まし用のベンチまで用意されていた。


「えっと、洗い場は……ああ、あそこか」


 左手にあった、『洗い場』と書かれた看板へと向かう。

 腰ほどの高さもある大きな水瓶が置かれていて、ざばざばとお湯があふれ出ていた。

 どうやら、水瓶の底に穴が空いていて、そこから湯が湧き出てきているようだ。

 置いてあった木の手桶でお湯をすくい、身体を洗い流す。

 石鹸のようなものは見当たらなかったので、何度も湯をかけて身体を流した。

 いそいそと露天風呂へと向かい、つま先からそっと湯に入る。

 ほんの少しだけ熱いと感じる程度の、程よい温度だ。


「……あー、天国だなこりゃ。何ていいところなんだろ」


 頭にタオルを載せ、しみじみつぶやく。

 ご飯は美味しい、風呂は最高、女の子はかわいい、自然は綺麗、と文句のない世界だ。

 世界のバグとやらも、冒険心をそそってむしろわくわくする。

 正直、現状この世界には今のところ何の不満もない。


「だよなぁ。本当にいい宿だよな」


 とろけた顔をしていると、近くで湯に入っていたおじさん(人間)が話しかけてきた。

 筋骨隆々で、白髪の少し混ざったグレーの短髪と、頬に走る長い傷跡が目を引く男だ。

 年齢は40歳半ばといったところだろうか。


「俺は1カ月くらいここに泊まってるんだけどさ、飯も風呂も、本当に最高だよ。わざわざ遠くから来たかいがあったってもんだ」


「ここって有名な宿なんですか?」


「おう。宿っていうか、温泉が有名なんだよ。病気とか怪我とか、ここに泊まって温泉に入ってれば良くなるって話でな」


「へえ、そうなんですか。おじさんも、湯治とうじで泊ってるんですか?」


「ああ。しばらく前から、時々とんでもなく腹が痛くなるようになっちまってな。最近になってようやく、少し痛みが弱くなってきたんだ」


「にいちゃんはどこから来たんだい?」


 俺たちが話していると、近くにいたトカゲ顔の人が話しかけてきた。

 筋骨隆々のマッチョなリザードマンだ。

 声帯とかどうなってるんだろうか。


「えーと……ここからはだいぶ遠いところから来まして。東の国に向かって旅をしてるとこなんです」


「お、旅か。いいねぇ、俺も20そこそこの頃は、あちこち旅したもんだよ。旅はいいよなぁ」


 うんうん、とリザードマンが頷く。

 口ぶりからするに、この人も若くはないらしい。


「にいちゃん、旅するってなら、天空島には一度行ってみたほうがいいぞ」


 少し離れた場所にいた別のおじさん(犬人)が、話しに加わってきた。

 彼の言葉に、周囲にいた人たちが同意するような声を上げた。

 猫人や鳥人(顔が鳥そのもの)もいるし、種族の展覧会状態だ。


「あそこは綺麗だよなぁ。俺は夏にしか行ったことないが、冬も綺麗だっていうし、今度行ってみるかな」


「にいちゃん、ここを出たら行ってみたらどうだい? 少し離れてるが、東に行くなら途中で立ち寄れるだろうしさ」


「生きてるうちに、一度は行っておいたほうがいい。あんな綺麗なところは他にないからな」


「そうですね、そんなに綺麗なところなら……でも、その前にやることがあるんですよね」


「やることって?」


「ドワーフの里に出たっていう、ストーンドラゴンを退治しに行くんです」


 俺が言うと、おじさんたちがどよめいた。


「ストーンドラゴンって、あれだろ? この間、なんとかって傭兵団が討伐に行って、こてんぱんにやられて逃げ帰ってきたってやつだろ?」


「にいちゃん、やめときなよ。命がいくつあったって足りねえよ」


「もっと割のいい仕事なら他にあるって」


 おじさんたちが一斉に止めてくる。

 だけど、そう言われたからって諦めるわけにはいかない。


「いや、御忠告はありがたいんですけど、どうしても倒さないといけないんです。俺の使命なんです」


「……にいちゃん、勝算はあるのかい?」


 初めに声をかけてきた、頬に傷のあるおじさんが問いかけてきた。


「もちろんです。まあ、まず負けるなんてことはないですよ」


「ほう、すごい自信だな。どんな手があるってんだ?」


「俺のツレに、とんでもなく強い人がいまして。その人なら、ドラゴンだろうが何だろうが、ちょちょいのちょいかなと」


「ちょちょいのちょいって……それ、本当か?」


「ええ、本当です。ルールンの街に出たグリードテラス、あれも、その人が倒したんですよ」


 俺がドヤ顔で言うと、おじさんたちが再びどよめいた。


「グリードテラスって、あれ退治されたのか!? とんでもなくでかい怪物なんだろ!?」


「マジか……見つけたらすぐに逃げろって話だったけど、もう心配しなくてもいいんだな」


「あれって、懸賞金出てたっけ?」


「いや、どうせ誰も倒せないってんで、出てなかったはずだぞ。自然災害と同じだから諦めろってのがギルドの方針だったな」


 やいのやいの、おじさんたちが騒いでいる。

 まったく疑わずに信じているようだが、皆純真というか素直なんだな。


「……にいちゃん、そのストーンドラゴン退治、俺も混ぜてくれないか?」


 難しい顔で考え込んでいた頬に傷のあるおじさんが、真面目な顔で提案してきた。


「ストーンドラゴンは、倒すとお宝出るっていうじゃないか。勝てる見込みがあるなら、俺もおこぼれにあずかりたいんだ。さすがに30連泊もしてると、宿代もばかにならなくてね」


 それを聞き、他のおじさんたちも「俺も俺も」と集まってくる。

 正直に目論みを言うあたり、可愛げがあるというか何というか。


「手伝うからさ。人手は多いほうがいいだろ? ドラゴンの死体を解体して運ぶのも大変だろうし」


「別にいいですよ」


「よっしゃ、決まりだ」


 頬に傷のあるおじさんが、ざばっと湯から右手を出した。


「俺はカルバン・クラインだ。行商人をしながら、冒険者の真似事をしてる」


「ミト・コウジです。よろしくお願いします」


 俺がカルバンさんの手を握り返した時、隣の女湯からドカンという大きな音と共に、盛大に水柱が吹き上がった。

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