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20話:天才魔術師の星占い

 休憩スペースでくつろいでいた客たちが、一斉に食堂へと向かっていく。

 宿泊代を払い、俺たちもそれに続く。

 すると、ホールの隅っこに、変わった格好の若い女性が立っているのを発見した。

 背中にマント、頭にとんがり帽子、手には水晶玉が付いた杖を持っている。

 紺色を基調とした小じゃれたワンピース姿だ。

 お客はほとんどが浴衣姿なので、少し目立っていた。


「あの人、魔法使いかな? とんがり帽子に杖って、いかにもな感じだけど」


「確かに、それっぽい格好ですね。尻尾の具合からして、犬人さんですかね」


 頬っぺた部分に白い毛がもふもふと生えており、ふさふさの尻尾がワンピースから覗いている。

 膝下は白い毛に覆われていて、足はもこもこしていて、まるでぬいぐるみのような見た目だ。


「胸に名札が付いてるよ」


 チキちゃんに言われて胸を見てみると、確かに名札が付いていた。

 漢字で『用心棒』と書いてある。


「用心棒か。とすると、やっぱり魔法使いかな」


 そんな話をしていると、そのお姉さんと目が合った。

 彼女はにっこりと微笑み、俺たちにひらひらと手を振ってきた。

 かなりかわいい。


「手振ってる」


「情報収集ついでに、話しかけてみますか?」


「いいの? 食事が遅くなっちゃうけど」


「料理は逃げませんけど、用心棒さんはずっとあそこにいるかは分かりませんので。職業柄、情報通かもしれませんし、聞いておいたほうがいいのですよ」


 まさか、ノルンちゃんが食い気よりも情報収集を優先するとは。

 薄々思ってたけど、彼女って実はかなり真面目な性格なんじゃないだろうか。


「そっか。チキちゃんも大丈夫かな?」


「うん、平気。我慢できるよ」


 3人で、お姉さんに歩み寄る。


「こんばんは。お姉さんは、この宿の用心棒さんなんですか?」


「うん、そうだよ。商売のついでに、ここで雇ってもらってるの。日雇いだけどね」


「商売?」


「そそ。占いとか情報販売とか、いろいろやってるの。ちょっと見ていってよ」


 お姉さんはそう言うと、傍らに置いてあったボードを手に取った。

 両手で持って、胸の前にかざして見せる。

 どうやら、商品の一覧表のようだ。

 すべて日本語で書かれている。


・薬草についてのお得な情報 大銅貨2枚

・最寄りのダンジョンはここだ! 大銀貨1枚

・注意! 山奥に現れた巨大怪物! 大銀貨1枚

・新鮮なクジラ肉が食べ放題!? 今一押しの観光スポット! 大銅貨2枚

・危険! エルフの里の感染症!? 大銅貨4枚

・飛竜襲来!? 風切り谷の恐怖! 大銅貨4枚

・空飛ぶ島へ、いざ! 天空島へお得に渡る方法 大金貨1枚

・幻の世界へ! 地底に広がる大秘境! 小金貨1枚

・誰でも使える魔法を伝授。今日からあなたも魔法使い!(魔力を一時的に分け与える方式のため、使用回数制限あります) 大金貨1枚

・魔法使いの星占い 小銅貨3枚(お子様無料)

・魔力のお守り(弱) 大銅貨4枚

・魔力のお守り(中) 小金貨1枚

・魔力のお守り(強) 大金貨1枚

・ヒールポーション(ミント味) 1個 大銅貨4枚

・ヒールポーション(りんご味) 1個 大銅貨4枚

・ドキドキ! お姉さんの幸せハグ(10秒) 大銅貨5枚

 

「すごくたくさんあるな。このクジラ肉って、グリードテラスのことだよな」


「ですねー。もう情報を仕入れてるなんて、どうやって調べたのでしょうか」


「あ、里のことも載ってるよ」


 チキちゃんの台詞に、お姉さんが「おっ」といった顔になった。


「あら、エルフの里のこと知ってるの? もしかして、そちらのお嬢さんは里の人かな?」


「うん。その事件は昨日解決したよ。今は皆治癒して、里で普通に暮らしてるよ」


「そうだったんだ! じゃあ、これは消しておかないとね!」


 そう言って、お姉さんはその項目を指でなぞった。

 まるで消しゴムで消したかのように、その項目が綺麗に消えて、下の項目が隙間を埋めるように上にスライドした。

 その不思議な現象に、思わず俺とノルンちゃんが「おお」と声を上げる。


「教えてあげたんだから、オマケして欲しいな」


「うん、いいよ! 今消した項目の代金分、値引きするね!」


 お姉さんがパチンと指を鳴らすと、メニュー表の料金がすべて大銅貨4枚分値引きされた価格に修正された。

 実に鮮やかな手並みだ。


「おお、チキちゃんナイス! 大銅貨4枚分浮いた!」


「さすがチキさんですね!」


「えへへ」


 チキちゃんが照れたように微笑む。

 料理はできるわ、交渉はできるわ、物知りだわで頼りになることこの上ない。


「それで、どれか欲しいものはあるかな?」


 お姉さんの声に、改めて項目を見てみる。

 どれも気になるものばかりで、目移りしてしまうな。


「コウジさん、ハグをお願いしてみたらどうですか?」


 ノルンちゃんが茶化すように言うと、チキちゃんが俺にぎゅっと抱き着いてきた。


「私がするからいいの」


「あー、もう、かわいいですね! 私もまぜてください!」


 ノルンちゃんまで俺に抱き着いてきた。

 何だこの幸せな状況は。

 にやけそうになるのを堪えつつ、メニュー表の1つを指差した。


「この、『注意! 山奥に現れた巨大怪物!』って、ここから近い場所だったりします?」


「んー、近いといえば近いかな。この情報を買うなら、詳しく教えてあげられるよ」


 当然ながら、タダでは何も教えてくれないようだ。

 他にもいろいろと気になる項目はあるが、明らかにこの世界のバグっぽいものはこの情報だろう。


「2人とも、この情報買ってもいいかな?」


「はい、いいですよ」


「うん、いいよ」


 チキちゃんが財布を取り出し、大銀貨を1枚、お姉さんに手渡した。

 おつりとして、大銅貨を4枚を受け取る。


「はい、ありがとね! ではでは、その怪物についての説明をいたします!」


 お姉さんはにっこりと微笑むと、その情報について話し出した。


「ここから歩いて北に向かうと、山の中にドワーフの小さな集落があるの。でも、しばらく前から、伝説上に存在する、こわーい怪物が現れるようになって――」


 お姉さんの話を要約すると、次のようなものだった。


・怪物の名前はストーンドラゴン。

・鉱石を食らいつくす害獣として伝説上に存在していたのだが、この先にあるドワーフの里に出没した。

・地中を掘り進んで移動する。かなり素早い。

・非常に攻撃的で、石つぶてを吐き出してくる。当たると一撃で骨折するくらいの威力がある。頭に当たるとまず死ぬ。

・弱点は水だと伝えられているが、大雨でもピンピンして暴れまわっていたから多分違う。水魔法も全然効かなかった。

・お姉さん、ドワーフに雇われて傭兵団と一緒に戦いました。歯が立ちませんでした。無理無理。

・倒すとお宝が出るという伝説がある。


「ドラゴンだって。ノルンちゃんの力で何とかならないかね?」


「程度にもよりますが、いけると思いますよ」


 軽く言ってのけるノルンちゃん。

 あのグリードテラスを仕留めたり、感染して狂暴化したエルフたちをまとめて縛り上げたりしていたのだ。

 ドラゴンの1匹や2匹、何とでもなるように思える。


「ノルン様、すごいね」


「ふふふ、どんな怪物も私にお任せなのです! ぱぱっと仕留めて御覧にいれますよ!」


 ドヤッといつものようにノルンちゃんが胸を張る。


「それじゃあ、明日そこに向かってみようか」


「えっ、退治しに行くの? やめたほうがいいと思うよ?」


「いや、どうしても退治しないといけないんです。俺の使命っていうか」


「ふーん……それなら止めないけど、本当に危険な相手だから注意してね。危なくなったら、すぐに逃げるんだよ」


「分かりました。ありがとうございます」


「あ、お姉さん。この星占いって、チキさんは無料で出来たりしますでしょうか?」


 ノルンちゃんが『魔法使いの星占い 小銅貨3枚(お子様無料)』を指差した。

 お姉さんが、チキちゃんに目を向ける。


「んと、お嬢さんの歳はいくつかな?」


「たぶん、産まれてから半年くらい」


「え?」


 お姉さんが、きょとんとした顔になる。


「チキちゃん、その身体の娘の年齢を言わないと」


「あ、そっか。15歳だよ」


「15歳ね? 16歳未満ならタダでいいよ。今やる?」


「時間かかる?」


「んーん。5分もあれば終わるかな」


「コウジ、どうしよう?」


 チキちゃんが俺を見る。


「それじゃ、今やってもらおうか」


 そんなわけで、星占いというものをやってもらうことになった。

 当然ながら星が見えないと占えないので、靴を履いて外に出る。

 建物から少し離れたところまで歩き、皆で空を見上げた。

 日は完全に沈んでおり、星が無数に輝く満天の星空が広がっていた。


「うん、いい天気。ではでは、天才魔術師ネイリー・リリーによる、星占いを行わせていただきます」


 大仰に頭を下げるお姉さん――ネイリーさん――に、俺たちは拍手を送る。


「それではお嬢さん、お名前と誕生日を教えてもらえるかな?」


「うん。名前はチキサニカルシ。誕生日は……」


 そう言って、チキちゃんが俺を見る。

 キノコの頃の誕生日なんて、覚えていないのだろう。


「その身体の娘のでいいと思うよ」


「うん、分かった。誕生日は、8月30日」


「ありがと。それでは、始めます」


 ネイリーさんが杖を両手で持ち、空を見上げる。


「星よ、そらよ。葉月のみそかに生まれ落ちたる、チキサニカルシの運命を示したまえ。えんりこげれげれらんぱっぱ!」


「どんな呪文やねん」


 俺が突っ込むのと同時に、杖の水晶玉が青く光り輝いた。

 ネイリーさんがチキちゃんに向き直り、杖を近づける。


「おでこ、ちょっと触るね」


 こつん、とチキちゃんのおでこに水晶玉が触れた。

 その途端、触れた部分が青く光り輝き、光の点が胸元にまで滑り降りた。

 その胸元から、青白い光が一直線に夜空へと伸びた。


「わわっ!?」


「おおっ、すげえ!」


「綺麗ですねー!」


 驚くチキちゃんと、その幻想的な光景に感嘆の声を上げる俺とノルンちゃん。

 ネイリーさんは光が指し示した星を見つめて、ふむふむと頷いている。


「あなたは大地の加護を強く受けているね。すごく長生きするよ。そこにいるノルンさんとすごく相性がいいから、ずっと一緒にいるといいと思う。希望の光があなたを包む未来が視える。ていうか、今包まれてるっぽい。よかったね! 幸せになれるよ!」


 ネイリーさんが言い終わると同時に、ふっと光の筋が消えた。


「ネイリーさんすげえ! こんなことできるなんて、マジでかっこいいよ!」


「でしょー!? もっと言って!」


「すごい!」


「もっと!」


 俺とネイリーさんがそんなやり取りをしている脇で、チキちゃんはほっとしたように星を見つめている。

 そんなチキちゃんの肩に、ノルンちゃんがぽんと手を置いた。


「チキさん、よかったですね!」


「うん。よかった」


 チキちゃんはとても柔らかな笑顔で、先ほど光が指し示したあたりの星を見上げている。


「ねえねえ、これから夕食でしょ? まだ、お嬢さんに話したいことがあるんだけど、相席してもいいかな?」


「もちろん、いいですよ。行きましょう」


 ネイリーさんを加え、俺たちは宿へと戻るのだった。

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