2話:下準備
数十分後。
俺たちは最寄りのホームセンターへとやってきた。
駐車場に車を停め、目的の園芸コーナーへと足を向ける。
肩から下げたトートバッグの端っこから、ノルンちゃんがひょいと顔を覗かせた。
鼻血はもう止まっている。
「おー、やっぱり直に目にすると、ホームセンターってすごく大きいですね! いろんなものが売っていますね!」
瞳をきらきらと輝かせ、物珍しそうに辺りをきょろきょろと見渡している。
小さい身体にもかかわらず、結構な声量だ。
「ちょ、ちょっと! あんまり身を乗り出さないで! 人に見られたら大変だから!」
「大丈夫ですって。もし見られても、人形のふりをしますので!」
そう言いながらも、ノルンちゃんはバッグの中に身を引っ込めた。
鼻から上を覗かせるようにして、周囲に視線を走らせている。
「他の人に見られないように、姿を透明にしたりとかできないの?」
「あー、地上降臨用にそういった道具はあるんですけど、急いでいて申請できなかったんですよね」
「あるんだ……天狗の隠れ蓑みたいなやつ?」
「いえ、全身に着込む防護服みたいなやつです。申請すればレンタルできるんですよ。でもあれ、動きにくいし、ごわごわしてて暑苦しいって話なんですよね」
「そ、そうなんだ。無いなら仕方ないけど、できれば人目につかないように気を付けてもらえると……」
控え目にお願いする俺に、彼女はにぱっと笑顔を向けた。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですって! もし動いてるところを見られて声をかけられても、新しいロボットフィギュアのモニターをしている、とか適当なこと言っておけば大丈夫ですよ!」
「そうかなぁ。信じてもらえる気がしないんだけど」
「さも当然のようにふるまえば余裕なのですよ。人間、そんなものなのです」
そんなやり取りをしながら、園芸コーナーへとやってきた。
置いてあった大型カートを1つ取り、土が袋売りされている区画へと向かう。
「それで、どれくらい土がいるんだい?」
「畳一枚分くらいに、まんべんなく広げられるくらいの量が必要ですね。60~70キロ分くらいですかね」
「土の種類は? いろいろあるみたいだけども」
「そうですねぇ。野菜がよく育つ土だと、きっと素敵なことになると思うですよ」
「野菜用ね。ちなみに、その素敵なことって?」
「それは後でのお楽しみなのです! あ、そこにある培養土とかがいいと思うですよ!」
ノルンちゃんが指差す先には、野菜用の培養土が山積みになっていた。
1袋25リットル入りで、1200円。
ちょっと高い気もするが、女神様のご指定とあらば仕方がない。
よっこらしょと、3袋ほどカートに積み込んだ。
「他に何かいるものは?」
「この土を広げる敷物と、苦土カンラン石が欲しいです」
「苦土カンラン石? なんだい、それは?」
聞きなれない単語に、小首を傾げる。
「宝石のペリドットのことです。幸せを運んでくれる効果があるのですよ」
「宝石か。ホームセンターには置いてないと思うよ」
「んー、そうですか……無いなら仕方がないですね。別の場所で探すですよ」
カートを押し、レジャー用品のコーナーにやってきた。
厚手の1.8メートル四方のブルーシートを入手し、レジへと向かう。
「あ! コウジさん、ちょっとそこの表札コーナーに行くですよ!」
カートを押していると、顔を覗かせていたノルンちゃんが声を上げた。
「え、いいけど、どうして?」
「そこの大理石の表札、1つ買っていくですよ。カンラン石の代わりになると思うのです!」
彼女が指差す先には、『天然大理石』と書かれた表札用の石板が置かれていた。
どれどれ、と値段を見てみる。
「うっわ、なにこれ7000円もするんだけど」
「もしかして厳しいですか?」
「いや、買えないわけじゃないけどさ。ちょっと高いなって」
「んー、そうですか。大理石は『栄光』を呼ぶ力があるので、カンラン石の代わりに使っても大丈夫かなと思ったのですが」
「あ、いやいや、大丈夫。買えるから」
残念そうな顔をするノルンちゃんを見て、俺は慌てて大理石を手に取った。
割ってしまわないように、そっとカートの中に入れる。
「じゃあ、これで必要なものはそろったってことでいいのかな?」
「はい、ばっちりなのです! 帰りましょう!」
カートを押し、レジへと向かう。
培養土、ブルーシートと合わせて、総額1万1000円ちょっとだった。
がらがらとカートを押して店を出ると、バッグから顔を出していたノルンちゃんがいきなり身を乗り出した。
「ん、この甘い匂いは……! コウジさん、あそこ! あそこ行きましょう!」
左手でバッグのふちを掴みながら、右手で前方を指差す。
彼女の指し示す方向には、クマちゃんカステラの移動販売車が。
「あそこって、クマちゃんカステラのお店のこと言ってる?」
「はい! あれ食べたいです!」
「神様って、食べ物食べるの?」
「この身体なら食べられますよ! 不死身なので、食べなくても死にませんが!」
言われるがまま、移動販売車へと向かう。
いらっしゃいませ、と販売車のお姉さんが笑顔で迎えてくれた。
「えーと、はち」
「16クマくださいませ!」
バッグから半身を出していたノルンちゃんが、大声でお姉さんに注文した。
いったい何をやってくれるんだこいつは。
「あ、はい、16クマで……あ、あの、お客様。それって人形……ですか?」
ぎょっとした顔でノルンちゃんを見つめるお姉さん。
ノルンちゃんは動じた様子もなく、にこにことかわいらしい笑顔をお姉さんに向けている。
「え、ええ! 新作のロボットフィギュアのモニターをしていまして! よくできてるでしょう!?」
「最新型ロボットなのですよ! 動作と音声は外部からの遠隔なのです!」
俺の説明に合わせ、ノルンちゃんがさらに適当な説明を付け加える。
「は、はあ。すごいですね……まるで生きてるみたいですね……」
「最新型ですので! 従来の製品とは出来が違うのですよ!」
「は、ははは。そうそう、最新型なので」
「そうなんですか。はー、すごいですね……」
あまりにも堂々とした説明だったせいか、お姉さんはすんなりと信じてくれたようだ。
16クマに2クマおまけしてもらい、18クマを手に入れて移動販売車を後にする。
冷や汗だらだらで歩く俺に、ノルンちゃんが「えへへ」と笑顔を向けた。
「ね? 大丈夫だったでしょう?」
「いや、どう考えても危なかっただろ! 触らせてくれとか言われたらどうするつもりだったんだよ!」
「その時は、精密機械なので触るのはちょっと、とか言っておけばいいんですよ。きっと、そうなんですか、って言われて終わりですよ」
「ええ、さすがにそれは厳しいような……」
「大丈夫ですって。現に、さっきは簡単に信じてもらえたじゃないですか」
「う、うーん……」
「そんなことより、クマちゃんカステラ! クマちゃんカステラください!」
「あ、はい」
カステラを袋ごと、バッグの中へ入れる。
ノルンちゃんはいそいそと1つ取り出し、頭からかぶりついた。
「んひゅ! ほふぇふぁほいひいれふへ! ほへははへもののあひあほへふへ!」
「ごめん、何言ってるか全然分からない」
「ほうひあふほはへるほへふほ!」
「だから分からないって」
そんなやり取りをしながら、俺たちはホームセンターを後にした。