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19話:旅人の宿

 緩やかな上り下りが続く街道を、3人並んでてくてく進む。

 道の両側は草原が広がっていて、所々に花も咲いていてとても美しい。

 日差しは強いが空気はさらっとしており、避暑地の高原を歩いているかのような清々しさだ。


「とっつげき とっつげき やーりをーもてー」


 ノルンちゃんが元気に歩きながら、昨日と同じ歌を歌い始めた。

 何度聞いても、軍歌にしか聞こえない。


「またその歌かい」


「ハイキングといえばこれですよ! 神軍行進曲といえばハイキングなのです!」


「いや、そのタイトルって、思いっきり軍歌なんじゃないかな……」


「ノルン様、私も歌ってみたい。教えて欲しいな」


 チキちゃんの申し出に、ノルンちゃんがにこっと微笑む。


「おおっ、いいですね! 皆で歌ったほうが楽しいですもんね!」


「なら、せっかくだから俺も歌うかね」


「では、私に続いて歌うですよ! とっつげき とっつげき やーりをーもてー」


「「とっつげき とっつげき やーりをーもてー」」


 まさにハイキングといった調子で街道を進み、太陽が真上にきたところで昼食にすることにした。

 ピクニックシートを草の上に広げ、レトルト食品やら缶詰やらスナック菓子やらを広げる。


「今さらだけどさ、初日に食べる分くらいは、お弁当作って持ってきてもよかったよね。おにぎり握って、唐揚げ揚げてさ」


「確かにそうですね! それと、次に来るときは唐揚げ粉や天ぷら粉と、サラダ油も持ってくるですよ。油は濾せば何度か使えますし、きっと楽しいのですよ」


「おお、それいいね。楽しそうだ。食べられる野草とかキノコを探しながら歩くのもいいな」


「揚げ物、私作れるよ。料理なら一通りできるから、私やるよ」


 もぐもぐと缶詰の焼き鳥を箸で食べながら、チキちゃんが申し出る。


「へえ、エルフも揚げ物って食べるんだ」


「うん、菜種油も自分たちで作ってたよ」


「菜の花も栽培してたの? もしかして、菜種油の作り方も知ってたりする?」


「うん。収穫した種を鍋で炒って、石臼で細かく砕いてから蒸すの。それを布で包んで、樽に入れて上から――」


 すらすらと、菜種油の作り方をチキちゃんは説明する。

 説明もとても分かりやすく、油ができるまでの様子が頭に浮かんだ。


「おー、チキさんすごいですね!」


「だなぁ。考えてみれば、こっちの世界で分からないことがあったら、チキちゃんに聞けば大抵のことは分かるのか」


 チキちゃんが1人いるだけで、数十人のエルフと一緒にいるのと同じなのだ。

 きっと、狩りの仕方や動物の捌き方も知っているだろう。

 今さら気付いたが、頼りになるどころの話ではない。

 彼女さえいれば、この先の旅もスムーズに進みそうだ。


「私、役に立てる?」


「役に立つどころか、いなきゃ困るレベルだよ。ほんと、頼りにしてる」


「やった」


 よし、とチキちゃんが握りこぶしを作る。

 表情は少し微笑む程度だが、かなり喜んでいる様子だ。


「チキさん、甘い卵焼きって作れますか?」


「ハチミツとお酒があれば、作れるよ」


「そうなんですね! 今度作ってもらえますか?」


「うん、分かった」


「やったー!」


 チキちゃんがあまりにも万能すぎて、このままだと俺の役割が傷や疾病の治療とノルンちゃんのエネルギー供給源のみになりそうだ。

 足手まといにならないように、料理とサバイバル術を彼女から学ぶとしよう。




 昼食を終え、俺たちは再び旅人の宿へと向けて歩き出した。

 特に急ぐ旅路でもないので、のんびりしたものである。

 数時間歩いて太陽が傾いてきた頃、道の先に、のぼりの立った大きな木造の建物が見えてきた。

 建物はかなり大きく、スーパー銭湯くらいの大きさがある。

 屋根の部分に、紐で引っ張って鳴らす方式の鐘が1つ付いているのが見えた。

 丘と林くらいしかない平原にそんな建物がぽつんとあるので、ものすごい違和感だ。


「で、でかいな。もっとこじんまりしたものを想像してたんだけど……」


「まるで旅館ですね! 行きましょう!」


 駆け出したノルンちゃんを追い、俺たちも走る。

 入口の前に到着し、のぼりに目をやる。

 書いてある文字は日本語だ。


「『旅人の宿「グン・マー」』……群馬?」


「群馬ですね」


「ぐんまって?」


 チキちゃんが小首を傾げる。


「日本……あっちの世界にある地名だよ。俺たちの住んでるところが埼玉って場所で、その上に群馬ってところがあるんだ」


「そうなんだ」


「コウジさん、群馬好きですもんね。大学生時代、よく遊びに行っているのを天界から見ていたですよ」


「伊香保にある水沢うどんが美味しくてね。昔はちょくちょく食べに行ったなぁ」


 どうやら、そういった想い出や好みもこの世界の形成や名称に反映されているようだ。

 まさかダイレクトに、ぐんまという名前が付いた店に遭遇するとは思わなかったけども。


「とりあえず入るか……って、俺たちお金持ってないじゃん」


「あ、そういえばそうですね」


 今夜は宿に泊まればいいや、などと安易に考えていたのだが、路銀が無いどころかこの世界の通貨事情すら知らない。

 このままでは、宿の隣で野宿という間抜けな展開になってしまう。


「チキちゃん、お金持ってたりしない?」


「うん、前の服に入ってたのがあったから、持ってきたよ」


 チキちゃんがポケットから、紐で縛られた布の小袋を取り出した。

 時代劇で見るような布財布だ。


「おお、さすがチキちゃん。いくら入ってる?」


「ちょっと待って」


 くるくると紐を解いて、チキちゃんが中身を覗き込む。


「小金貨が2枚と、大銀貨が2枚、大銅貨が4枚あるよ」


「えっ、金貨!? 何それ純金!? 何グラム!?」


「さ、さあ?」


 俺は思わず詰め寄って、チキちゃんの財布を覗き込んだ。

 10円玉サイズの金色の丸い硬貨が、確かに2つ入っている。

 大銀貨と大銅貨は、それぞれが五百円玉よりもう一回り大きいサイズだ。

 どの硬貨にも、潮を吹いているクジラの絵が両面に描かれていた。


「それらの価値って、どれくらいなんですか?」


「大きい硬貨1枚で、小さい硬貨5枚分なの。小銅貨1枚でイワシが3尾、サバだったら1尾買えるよ。小銀貨1枚で、カツオが1尾買えると思う」


「うーん……魚換算だといまいち価値が分からないや。日本円……あっちの世界のお金でどれくらいの価値か、何となくでいいから分からないかな?」


「んーと……たぶんだけど、こんな感じかな」


 チキちゃん曰く、貨幣の種類と価値は次のようなものらしい。


 1分銅貨=10円

 小銅貨=100円

 大銅貨=500円

 小銀貨=1000円

 大銀貨=5000円

 小金貨=10000円

 大金貨=50000円


 ※1分銅貨は1円玉の半分のサイズ(長方形)

 ※小硬貨は10円と同じサイズ(円形)

 ※大硬貨は500円玉より1周り大きいサイズ(円形)


「なるほど……って、それだとイワシとサバが安すぎない? 100円でイワシが3尾か、サバが1尾買えるってこと?」


 確か、日本のスーパーでもイワシ1尾で100円から200円だった。

 サバに至っては、旬の時期でも1尾600円くらいした記憶がある。

 漁船で大量に捕獲できる現世ですらそんな価格なのに、こちらのほうがべらぼうに安いというのはちょっとおかしい。


「この辺りは、海でも川でもたくさんお魚が獲れるの。野菜も簡単に育つし、食べ物の値段はすごく安いよ。働かなくても、適当に畑作って釣りしてれば遊びながら生活できるくらいだよ」


「なん……だと……」


「おー、そのあたりは成功していたんですねぇ」


 驚きに言葉を失う俺と、よかったよかったと頷いているノルンちゃん。

 そういえば、この世界を構築する際に「野菜がよく育つ土」を使った気がする。

 お魚たくさん、ともノルンちゃんは唱えていたはずだ。

 もしかしたらこの辺りの土地だけかもしれないが、魚でも野菜でも採り放題状態なのは、それらが理由なのだろう。

 俺もこんな世界に生まれていたら、毎日遊んで暮らしていけたのだろうか。


「ま、まあ、それなら宿代もそんなに高くないのかな? チキちゃん、いくらで泊まれるのか知ってたりしない?」


「ううん、分からない。この宿に泊まった人は、私の記憶にはいないみたい」


「まあ、とりあえず入ってみれば分かるのですよ」


「それもそうだね」


 ノルンちゃんを先頭に、がらっと引き戸を開けて中へと入った。


「「「おー」」」


 飛び込んできた光景に、3人揃って声を上げる。

 中は広々としたホールになっていて、左手に下駄箱、右手に受付がある。

 広い玄関の先は小上がりになっていて、その先にはたくさんのテーブルと座布団が置かれた休憩スペースが設けられていた。

 かなり繁盛しているようで、ほとんどのテーブルが埋まっている。

 色んな種族の人たちが、あちこちの席で談笑しながらくつろいでいた。


「おお、猫耳に猫尻尾だ。顔も、ほっぺたの部分がちょっとふさふさしてる」


「あっちには犬っぽい人もいますね。トカゲみたいな人もいますし」


 いろんな種族の人たちがいるが、大多数の人が浴衣のような服を着ている。

 この宿に泊まると貸し出してもらえるのかもしれない。


「あ、ノルンちゃん、トカゲみたいな人じゃなくて、竜人族って呼ばないとダメだってカーナさんが言ってたよ。トカゲとかリザードマンって呼ぶのは、失礼なんだってさ」


「そうなのですか。気を付けますね」


「2人とも、受付行こう?」


「おっと、そうだった」


 チキちゃんにうながされ、3人で受付へと向かう。

 受付のカウンターには、背中から鳥の翼が生えた作務衣さむえ姿のお姉さんがいた。

 翼人、というやつだろうか。

 3人を代表して、俺が受付をすることにした。


「いらっしゃいませ! ようこそ、旅人の宿グン・マーへ! 3名様ですか?」


「はい。1泊お願いしたいんですけど、値段はいくらですかね?」


「3名様、朝夕食事付きで小金貨1枚と大銅貨1枚です。素泊まりだと大銀貨1枚と大銅貨2枚です」


「よかった、泊まれますね!」


 ノルンちゃんがうきうきした声を上げる。

 手持ちのお金は小金貨2枚、大銀貨2枚、大銅貨4枚。

 日本円換算で、32000円だ。

 朝夕食事付きで、1泊3人10500円なので、3泊できる計算だ。


「じゃあ、1泊お願いします」


「かしこまりました。当宿のご利用は初めてでしょうか?」


「初めてです」


「では、ご利用のご案内をさせていただきますね」


 宿の使い方を、お姉さんが丁寧に説明してくれた。

 朝夕の食事は食事券を使うとのことで、色違いの券を3枚ずつもらった。

 大食堂で、ビュッフェ形式とのことだ。

 浴衣は1着、タオルは2枚ずつ無料で貸してもらえて、ホールの休憩エリアは自由に使っていいらしい。

 寝る場所は二階にあり、6畳1間の部屋に自分で布団を敷いて寝るとのことだ。

 荷物は無料で預かってもらえるとのことなので、すべて預けてしまうことにした。


「奥に露天風呂がありますので、宿泊期間中でしたら一日中何度入っていただいても結構です。間もなく夕食の時間ですので、ご入浴の前にお食事にしてはいかがでしょうか」


「分かりました。朝の食事って、いつ頃からですか?」


「用意ができましたら、鐘を鳴らしてお知らせいたします。入場開始が1度、最終入場間近になると2度鳴らしますので、それを目安としてください」


「コウジさん、ごはん! 先にごはん行きましょう!」


 待ちきれない、といった様子で、ノルンちゃんが俺の裾を引っ張る。

 ちょうどその時、ガランガラン、と大きな鐘の音が鳴った。

 最終入場間際になると、これが2回繰り返されるのだろう。

 ともかく腹も空いているので、先に食堂に向かうことにした。

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