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栽培女神! ~理想郷を修復しよう~  作者: すずの木くろ


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18話:東の国へ

「チキちゃん、大丈夫? 少し休む?」


「ううん、大丈夫。ありがとう」


 エルフたちと別れ、俺たちは再び港町へと戻ることにした。

 チキちゃんは先ほどの一件がかなり堪えたらしく、暗い顔でとぼとぼと歩いている。

 俺としても、かける言葉が見当たらない。


「チキさん、過ぎてしまったことは仕方がないのです」


 すると突然、ノルンちゃんがチキちゃんの前にぴょこんと立った。

 にこっと、元気な笑顔を彼女に向ける。


「あんなことがあったのですから、悲しみに暮れるのは仕方のないことです。時にはそれも必要ですし、気持ちを切り替えるにしても簡単にはいかないと思います。でも、だからこそ、少しずつでも元気になれるよう、明るく楽しく日々を生きるのですよ」


 そう言うと、両腕を蔓に変異させ、しゅるしゅると2人掛けの椅子を形作った。

 背もたれ部分が高く、頭を預けられる形状の椅子だ。


「ささ、お2人ともどうぞ!」


「ん? 俺も座るの?」


「はい! ご一緒にどうぞ! リュックは私が持ちますので!」


 リュックを下ろし、チキちゃんと並んで蔓の椅子に腰かける。

 座る部分がネット状になっていて、なかなかに心地良い。

 ノルンちゃんは足も数十本の蔓に変化させ、しっかりと自分の身体を支えた。


「ご搭乗の皆様、シートベルトをお締めください! 当機は間もなく離陸いたします!」


 しゅるん、と胸から腰にたすき掛けに蔓が伸び、シートベルトのように身体を固定された。

 ぐぐっと椅子が持ち上がり、あっというまに地上10メートルほどにまで上昇する。


「ひゃっ!? た、たかいよ!」


「うおお!? かなり怖いぞこれ!?」


「席を倒しますよー!」


 背もたれが後方に60度ほど傾き、俺たちは空を見上げる格好になった。

 赤みがかったオレンジ色に染まった雲と、夜のとばりが落ち始めた薄紺色の空が視界いっぱいに広がる。

 半分に欠けた青白い月、それに、きらきらと輝く数個の星も見て取れた。


「おお……」


「綺麗……」


 その景色の美しさに、俺たちは同時に感嘆の声を漏らした。

 ノルンちゃんは歩き続けているのか、ゆらゆらと椅子が揺れ動いている。


「チキさん、これからきっと、楽しいことも嬉しいこともたくさんあるのです。だから、できるだけ前を向いて明るく生きていくのですよ。私たちも一緒にいます。心配はご無用なのですよ」


「ノルンちゃん……」


 やばい、今俺、ちょっとうるっときた。

 まだノルンちゃんと出会って数日しか経っていないけど、今までで一番、彼女が女神をしている瞬間だと言っても過言ではない。

 隣をちらりと見ると、チキちゃんの瞳から涙があふれていた。


「……うん。ありがとう」


「えへへ。どういたしまして!」


 ノルンちゃんの元気な返事が、下から聞こえてくる。


「港町に着いたら起こしますので、お2人とも寝ちゃってもいいですよ!」


 その声と同時に、しゅるしゅるっと極細の蔓が俺たちの目の前に伸びてきた。

 蔓はすごい勢いでまとまっていき、あっという間に大きめのブランケットくらいの大きさになった。

 ふわりと、俺とチキちゃんの上に覆いかぶさる。

 蔓でできているはずなのだが、とても肌触りがよく暖かい。


「んー、じゃあ、お言葉に甘えようかな。チキちゃんも寝るかい?」


「うん。コウジと一緒に眠りたい」


 チキちゃんが身体を動かし、俺の腕に自らの腕を絡める。

 

「では、足も伸ばせるようにしますね!」


 ふくらはぎの後ろ部分の蔓がぐぐっと持ち上がり、まるでベッドのような形になった。

 身体は蔓のシートベルトで抑えられているので、落ちる心配もなさそうだ。


「おやすみなさいませ。良い夢を」


 ゆらゆらと心地よい揺れを感じながら、俺たちは眠りについた。




「おはようございまーす! 朝なのですよー!」


「んん……朝?」


 元気な声を耳に受け、目を擦りながら身を起こす。

 目の前に、にっこりと微笑むノルンちゃんがいた。

 隣に寝ていたチキちゃんも、のそりと起き上がる。


「……ここ、どこ?」


 周囲は壁に囲まれていて、どうやら室内にいるようだ。


「港町の民家です。壊れていないものがいくつかあったので、1軒お借りしたのですよ」


 俺たちが蔓のベッドから降りると、しゅるしゅるとベッドとブランケットがノルンちゃんの手に戻っていった。

 一晩中、変異したままでいてくれたらしい。


「エルフの里の一件は、私からすべて人魚さんたちに説明しておきました。後で食い違いが出てもいけないので、すべて真実をお話ししておいたですよ」


「あ、そこまでやってくれたんだ。ありがとう」


「いえいえ! それと、人魚さんたちから食べ物を分けてもらいました。これで朝食にしましょう」


 そう言って、ノルンちゃんが近場にあったテーブルを指差す。

 こんもりと皿に盛られたクジラ肉、もとい、グリードテラス肉があった。


「あれ? これって、もしかして生じゃない?」


「はい、生肉なのです。美味しいですよ!」


「あれから丸2日近く経ってるはずだけど、何で腐ってないの?」


 グリードテラスを退治したのは、確か一昨日の朝の話だ。

 野ざらしにされている死体が腐るには、十分な時間だろう。


「それが、どうやらあの肉は腐ることがないようなのですよ。そういう祝福がかかっているようなのです」


「祝福? ああ、そういえば、肉を食べた時にノルンちゃんそんなこと言ってたっけ」


「はい。何の祝福かな、と思っていたのですが、どうやら防腐効果だったようですね」


 ふーん、と感心しながら、肉を1枚手に取る。

 とても瑞々しく、実に美味そうだ。


「お醤油とニンニクチューブも出しておきました。付けますよね?」


「お、いいねぇ。付けてみようかな」


「かしこまりました!」


 ノルンちゃんはリュックから紙皿を取り出し、そこに醤油を垂らした。

 おろしニンニクを端に出し、割りばしを添えて俺たちに手渡す。

 いただきます、と3人一斉に箸を付けた。

 ニンニクを少し肉に乗せ、醤油を付けて口に入れる。

 新鮮な馬刺しのような爽やかな風味と、まったく筋張っていない絶妙な歯ごたえ。

 丸2日前に食べたものと、まるっきり同じだ。


「すごいな。本当に全然傷んでないや」


「このお肉、すごく美味しいね」


 チキちゃんも気に入ったのか、一心不乱にもりもりと肉を食べている。

 その姿に、少し安心した。


「腐らないってことは、あのグリードテラスが丸まる保存食として使えるってことだよな」


「はい。口は閉じていますし、外皮はかなり分厚くて硬いので、外から鳥とか獣に食い荒らされるといったこともないのですよ。切り口部分を小屋か何かで覆って、坑道みたいにすると人魚さんたちは言っていました」


「なるほど、そうやって少しずつ肉を削り取りながら掘り進んで行くわけか。この街は300人くらいしか住んでないし、何百年も持ちそうだね」


「そうですね。それに、あれだけ大きいと観光客もやってきそうな気もします。グリードテラスのおかげで、この街は発展するかもしれないですね」


 グリードテラスは、全長約500メートル、高さは100メートルほどもあるというとんでもない大きさだ。

 長さ500メートルの30階建てのマンションサイズの巨大クジラが、街の中心に鎮座しているのである。

 その威容を一目見ようと、観光客が押し寄せても不思議ではない。

 観に来たついでに街にお金が落ちれば、この街はどんどん発展していくだろう。

 それを人魚さんたちが望んでいるのかは別の話だが。


「そういえば、あの中にいたでっかいカマドウマってどうなったんだろ。まだ中に住んでるなら、退治したほうがよさそうだけど」


「その虫でしたら、私たちが出発した後すぐ、私たちが出て来た穴から飛び出て来たみたいですよ。みんな、地面に落ちて死んでしまったそうです」


「なんじゃそりゃ。虫が自殺したってこと?」


「結果的にはそうなりますね。宿主が死んでしまったので、新天地を探そうとして外に出たのかもしれません」


 何でそんなことになったのかはよく分からないが、害虫が自分から駆除されてくれたのだったら朗報だ。

 あの巨大カマドウマは俺に襲い掛かってくるわけでもなかったので、もしかしたらグリードテラスから生気か何かを吸収して生き延びていたのかもしれない。

 グリードテラスの口の方へ引き返そうとした時に、妨害するように現れたのは、グリードテラスの養分を逃がさないようにしたと考えれば説明もつくような気がした。

 

「焼いて食べたら、エビみたいな味で美味しかったそうですよ」


「ええ……人魚さんたち、あの虫まで食ったのか」


「『死体が腐ったら困るので燃やしたら、すごくいい香りがしたから食べてみた』と言ってましたね」


 チキちゃんはその話に興味が湧いたのか、俺に顔を向けた。


「私、その虫食べてみたい」


「今度本物のエビを好きなだけ食べさせてあげるから、虫はやめておきなさい」


 そんな話をしながら食事を済ませ、俺たちは外へ出た。

 トンカントンカンと、あちこちから木を切る音や釘を打ち付ける音が聞こえてくる。

 そこらじゅうに転がっている廃材を使って、簡易的な小屋や家具を作っているようだ。

 ノコギリや金槌を使う人魚さんたちの姿が、何となくシュールに感じる。


「コウジ様、ノルン様、おはようございます」


 俺たちを見つけて、カーナさんがずりずりと尾っぽを動かしながら歩み寄ってきた。

 動きやすそうなTシャツ姿だ。


「そちらのかたがチキさんですね」


「チキサニカルシといいます。初めまして」


 チキちゃんがぺこりと頭を下げる。

 礼儀正しくて大変よろしい。


「カーナさん、これなら引越しはしなくても大丈夫そうですね」


「はい。それどころか、何百年も食べていけそうな量のお肉が手に入って、なおのことここから離れられなくなりました」


「建物の修復とかは何とかなりそうですか?」


「それは少しずつやる感じですね。寝泊まりする場所は海底遺跡で事足りるので、そんなに焦って取り掛かる必要もないですし」


「それはよかった。海の中と陸とだと、どっちが寝心地がいいんです?」


「個人的には陸の方が好きですね。朝の清々しい空気を吸って目覚めると、すごく元気になれるので」


 そのまま少し雑談し、本題について話すことにした。

 俺たちの旅の目的、理想郷のバグ取りだ。


「この間、どこだかで巨人の集団が出たとか言ってたじゃないですか。そこに行ってみようと思うんですけど」


「え、巨人の出た国へですか?」


「ええ。場所を教えてくれませんか?」


「場所……ですか。うーん」


 カーナさんが困り顔で唸る。


「東の国、としか聞いてなくて、どこの国だかまでは分からないんですよね」


「東ですか」


「はい、あっちの方角ですね」


 カーナさんが、太陽が昇ってきている方角を指差す。


「じゃあ、あっちへ行きながら情報を集めるか。ノルンちゃん、どう思う?」


「それでいいかと。どうせ、世界中を周らなければならなくなると思うので」


「チキちゃんも、それでいいかな?」


「うん。いいよ」


「それでしたら、ここから半日くらい歩いたところに旅人の宿があるので、そこで情報を集めるのがいいと思いますよ。けっこう大きな施設ですし、たくさんの人が立ち寄るので」


「分かりました。そこで話を聞いてみますね。いろいろとありがとうございました」


 3人そろって、カーナさんに深々と頭を下げる。


「いえいえ、こちらこそ街を救ってくださって、本当に感謝しています。またいつか、立ち寄ってくださいね」


「はい、必ず」


「お肉を食べに、絶対に戻ってくるのですよ!」


 元気に宣言するノルンちゃんに、カーナさんがくすりと笑う。


「ふふ、お待ちしています。お肉、いくらか持っていきますか?」


「あ、そうですね。じゃあ、お菓子が入ってたレジ袋に入れて持っていくかな」


「あのお肉美味しかったから、たくさん持っていきたい」


「コウジさん、出発前に皆さんに挨拶していくですよ」


「うん、そうしようか」


 その後、俺たちは人魚さんたちに挨拶をして回り、大量の生肉をもらってルールンの街を後にした。

 目指すは、巨人の集団が現れたという東の国。

 どれだけ遠いのか分からないが、歩いていればそのうち着くだろう。

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