17話:意識の共有
晩酌も終えて、さて寝よう、ということで布団を敷いた。
転送された時の格好がパジャマでは困るので、ちゃんと普段着を着用済みだ。
眠った途端に理想郷へと転移されるはずなので、横になっているのはほんの一時だろう。
部屋の隅に置いてある理想郷に触れれば転移、もとい吸い込まれるかもしれないが、前回みたいに空中に出現して怪我をするのは嫌だ。
別に急いで戻る意味も必要性もないので、通常通り眠っての転移がいいだろう。
ちなみに、前回の経験から、靴はいつのまにか履いた状態で転送されるようだ。
何とも便利な機能である。
「さて、寝るか。チキちゃん、昼間にも説明したけど、俺が眠るとあっちの世界に転移することになる。万が一、俺とノルンちゃんだけ消えたとしても、朝になれば戻ってくるから心配しなくていいよ」
「うん。分かった」
明かりを消し、チキちゃんと一緒に布団に横になる。
俺が左側で、チキちゃんは右側の配置だ。
ノルンちゃんは、俺の枕元でハンカチを掛布団にして横になっている。
「ねえ、コウジ。左手だして」
「ん、左手?」
言われるがまま、左手を出す。
「身体、こっちに向けて」
「こう?」
チキちゃんに顔を向けるようにして、身体を動かす。
すると、チキちゃんは俺の左手を取り、自らの胸に押し当てた。
「はい。私のこと、好きにしていいよ」
「え!?」
「なぬっ!?」
驚いて声を上げる俺。
ノルンちゃんが、がばっと起き上がった。
「コウジさん! 据え膳、据え膳ですよ! 脱童貞のチャンス!!」
「う、うっさい! お前は黙っとけ!」
彼女の胸から手を放そうとするが、ぎゅっと掴まれていて動かすことができない。
振りほどこうとすればできるのだが、そこまでするのは少しはばかられた。
「どうしたのさ、急にそんなこと言って」
「私にできるお礼は、これくらいだから。コウジのしたいこと、何でもしていいよ」
「エロ同人みたいに!?」
「ノルンちゃん、一回口閉じようか!」
俺は一息つくと、空いているほうの手を使ってチキちゃんの手を放させた。
チキちゃんが、不思議そうに小首を傾げる。
「しないの? 今はしたくない?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど……というか、そういう知識あるわけ?」
「エルフたちの記憶は引き継いでるから」
「あー……」
「エイシィっておばあさんが、昔、里長の長男を落とした時にこうやったみたい」
「その付加情報はいらなかったかな」
複数人の記憶の中には、もちろん大人のエルフも多数混じっているわけで。
夜の営みやら、恋愛云々に関する記憶も大量に保持しているのだろう。
見た目こそ少女だが、知識と経験(?)はかなりのものに違いない。
「私がしてあげようか?」
「い、いや、大丈夫。しなくても平気だから」
「なんで?」
「な、何でって……」
ちらりと、枕元に目を向ける。
瞳を爛々と輝かせた、ノルンちゃんと目が合った。
「あ、お邪魔ですか!? お風呂場あたりに引っ込んでいましょうか!?」
「結構です。あと、チキちゃんさ、そういうことって、本当に好きな人とするもんだと俺は思うんだ。お礼でするのは、ちょっと違うかなって」
「……うん、分かった。今はしない」
チキちゃんは納得したのか、身をよじって天井を見上げた。
「コウジが私のこと好きになってくれたら、するね」
「あ、はい」
何かすごいことを言われているが、この状況で下手なことを言うと初体験が観客有り(VIP席)になりそうなので、頷いておいた。
ノルンちゃんは、「ちょっとした恋愛漫画みたいですね!」と身をくねらせている。
こいつ、毎日楽しそうだな……。
「じゃあ、寝ようか」
「うん、おやすみなさい」
「おやすみなさいませ!」
すっと、目を閉じる。
何だかんだで疲れていたのか、俺はすぐに眠りに落ちた。
「――大丈夫ですか!? しっかりしてください!!」
「んー……」
女性の叫ぶ声と、身体を強く揺すられる感触。
顔をしかめながらも目を開けると、目の前にエルフのアイナさんの顔があった。
やはり、あれからあまり時間が経っていないようだ。
気を失った時と同じく、空は夕焼け色のままである。
「ん、ああ。おはようございます」
「え? お、おはようございます……あの、大丈夫ですか? 急に消えたと思ってしばらくしたら、突然また現れたので何が何だか……」
「お、おい、こいつどうする? 何だか、変わった服装になっているが……」
少し離れたところから、旦那さんの声がした。
身を起こすと、チキちゃんが草むらの中ですやすやと眠っていた。
荷物の詰まったリュックも、近くの草むらに鎮座していた。
慌てて立ち上がり、チキちゃんの下へ駆け寄る。
「この娘はもう大丈夫です! 治りましたので!」
「治った? だって、リースは2カ月も前に死んだんだぞ? 俺も埋葬には立ち会ったし……さっきの様子からして、感染してるとしか……」
どうやら、チキちゃんの身体の主は、リースという名だったらしい。
とはいえ、チキちゃんは身体をその姿そっくりに変異しただけで、死体を乗っ取っているわけではない。
墓を掘り起こせば、故人の遺骨が出てくるだろう。
「ん……」
チキちゃんが目を開き、旦那さんと目を合わせた。
旦那さんは引きつった声を上げ、一歩下がる。
途端に、チキちゃんは顔を青ざめさせて、ガタガタと震え始めた。
「ひっ……や、やだ、殺さないで……」
「チキちゃん、大丈夫だから」
俺が声をかけると、チキちゃんは慌てて俺の後ろに隠れた。
「ふわぁぁ……お、皆さんおそろいですね! 何をしてるんです?」
緊迫した空気に、ノルンちゃんの気の抜けた声が差し込まれる。
かくかくしかじか、と説明し、ノルンちゃんが「なるほど」と頷いた。
「えっとですね、彼女はもう私が治しましたので、心配しなくても大丈夫です。誰も襲わないのですよ」
「治したって、あんたがか? いったいどうやって?」
「私の血には解毒作用がありまして。それを彼女に飲ませたので、治ったのですよ」
「ああ、それであの時……だが、リースは2カ月前に死んだはずなんだ。何で生きてるんだ?」
「え、えーと、ちょっと込み入った事情がありまして。こう、ねぇ?」
えへへ、とノルンちゃんが額に脂汗を浮かべて誤魔化し笑いをしながら、人差し指をくるくるさせる。
まったく説明になっていない。
その時、森の入口の方から、「おーい」と声が聞こえてきた。
「あれ? 誰か来た……んん!?」
10人ほどのエルフたちが、フラフラした足取りでこちらへと向かって歩いて来ていた。
よく見てみると、森を出る直前に木に縛り付けたエルフたちと身なりが同じだ。
驚いたエルフ夫妻が、彼らに駆け寄る。
俺たちは顔を見合わせ、とりあえず彼らの下へ行くことにした。
チキちゃんは震えながら、俺の腕にしがみついている。
「ノルンちゃん、あの人たち、感染してた人たちだよね?」
「はい。私たちが縛り付けた人たちですね」
「何かよく分からないけど、治ったのかな?」
「うーん、どうでしょう。念のため、警戒はしておくですよ」
「そうだね」
彼らの下にたどり着き、改めてその様子に目を向ける。
皆顔色がかなり悪いが、キノコも生えておらず、正気のようだ。
アイナさんが魔法で出した水を、手で受けてごくごくと飲んでいる。
急須から注ぐ程度の水量が、アイナさんの指先からちょろちょろと出続けている。
原理がさっぱり分からない。
「ふう……助かったよ。他に、感染しなかったやつはいないのか? 森の奥には、まだ70人くらいいるが」
水を飲んだ中年の男エルフが、一息ついて夫妻を見る。
「いるかもしれないが、俺たちは見てないな……森の奥に70人って、どこかに集まって避難してたのか?」
旦那さんの問いかけに、中年エルフが首を振る。
「いいや、違う。感染してたけど、さっき治ったんだ。その生き残りが、あと70人いる」
「何だって?」
「リース……いや、違うな。そこのリースの姿をした娘が、この感染症の犯人だ。彼女が感染源としての力を失ったから、俺たちも解放されたってわけだ」
中年エルフの言葉に、夫妻がぎょっとした顔をこちらに向けた。
他のエルフたちも、皆がチキちゃんに目を向けている。
だが、その表情は怒りではなく、悲しみに満ちていた。
「俺たちは感染している間、全員で意識を共有していたんだよ。その娘が思っていることも、見ている景色も、全部俺たちは知ってるんだ」
「っ!?」
チキちゃんが、驚いたように息を飲んだ。
どうやら、彼女は知らないことのようだ。
「な……! じゃあ、皆、目の前で家族や仲間が殺されていくところを見てたってことか!?」
「ああ。その娘や、他の感染者の目を通してな。その娘は、リースの姿に化けた――」
「てめえっ!!」
「ノルンちゃん!」
「はいな!」
激高してチキちゃんに掴みかかろうとする旦那さんを、ノルンちゃんが蔓で縛り上げた。
すでに両手の指すべてを蔓に変異させており、臨戦態勢だ。
「コウジさん、全員縛り上げますか?」
「うん、頼――」
「ま、待ってくれ! 俺たちは、その娘をどうこうしようなんて思っちゃいないんだ!」
俺の言葉を遮り、中年エルフが慌てて言う。
他のエルフたちも、同意するように頷いた。
「分かってるんだよ。感染が広がったのは、その娘の意思じゃないってことは」
別のエルフが、苦虫を噛み潰したような顔で語る。
「生気を吸った仲間の記憶を全部取り込んで、そのせいでどれだけ苦しんだかも、俺たちは知ってる」
「感染した人は、皆それが分かってるの。ずっとそれを見てたから」
元感染者のエルフたちが、次々に話す。
だが、縛り付けられている旦那さんの怒りは収まらない。
「だったら何だよ!? こいつのせいで、仲間が何十人って死んじまったんだぞ!? 本人の意思じゃなかったとしても、許せるわけないだろうが!!」
「そうだな。お前の言う通りだと、俺も思うよ」
「だったら、何でかばうようなことを言うんだよ!? 仇討ちさせてくれたっていいだろうが!!」
頷く中年エルフに、旦那さんが語気を強める。
「その娘は生気を吸ったやつ全員の記憶を持ってるって、さっき言ったよな。言い換えれば、その娘は俺たちそのものだと言っても過言じゃないんだよ」
「何をバカなことを……記憶を吸い取ったってだけで、仲間を殺した化け物には違いないだろ!?」
「だから、そうじゃないんだって……ああ、どう説明したら分かってくれるんだよ……」
中年エルフが頭を抱える。
意識を共有していた彼らにしか、理解できない感情なのだろう。
旦那さんからしてみれば、そんなことを言われてもチキちゃんは仲間の仇にしか思えないはずだ。
「コウジさん、それにノルンさんだったね?」
中年エルフが、俺たちに顔を向ける。
「こんなことを頼むのは筋違いだとは思うが、その娘を連れて行ってやってはくれないだろうか」
「お前……!」
旦那さんが憤る。
中年エルフが、再び旦那さんに目を向けた。
「俺たちは、その娘がどれだけ苦しんでいたかを知っている。何とかして殺さないよう限界まで空腹を我慢したり、その結果理性を失って家族を吸い殺してしまったりしたことをな。彼女の心をずっと認識していた俺たちには、復讐なんて真似はとてもできない」
「だからって!」
「あなた、もうやめて。あんなに怯えてる子を、あなたは殺せるっていうの?」
アイナさんの言葉に、皆の視線がチキちゃんに集まる。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
チキちゃんは涙を流して震えながら、俺の腕にしがみついていた。
繰り返し繰り返し、ごめんなさいと言い続けている。
俺は彼女を抱きしめ、頭を優しく撫でた。
「彼女のことは任せてください。ハナから連れて行くつもりでしたから」
俺が答えると、元感染者のエルフたちは一様にほっとした表情になった。
「すまないね……では、俺たちは里に戻るよ。戻りがてら、縛り付けられてる奴らを助けてやらないとな」
「何かお手伝いできることはありますか? 作物の種くらいでしたら、お譲りできますけど」
それまで黙っていたノルンちゃんが提案する。
珍しく真面目な顔だ。
「いいや、畑や家が荒らされたわけじゃないから大丈夫だ。備蓄もたっぷりあるし、十分生活できるよ。すぐに、元の生活に戻れるさ」
「ノルンちゃん、旦那さんを放してあげて」
「分かりました」
しゅるしゅると蔓が引っ込み、旦那さんの拘束が解かれた。
中年エルフを先頭に、ぞろぞろと山へ戻って行く。
旦那さんはアイナさんに支えられながら、こちらには一瞥もくれずに去っていった。




