16話:ノルンちゃん、いいこと言った
帰宅後。
チキちゃんとノルンちゃんには服の収納を頼み、俺はぱぱっと夕食の支度に取り掛かった。
とはいっても、豚ロースを生姜焼きのタレで焼くのと、キャベツを千切りするだけで調理は完了だ。
これだけだと味気ないので、インスタントの味噌汁もラインナップに加えた。
ものの10分ほどで支度を終え、3人でちゃぶ台を囲んで(ノルンちゃんはちゃぶ台の上)いただきますをする。
ちなみに、チキちゃんは買ってきた部屋着に着替え済みだ。
無地の白Tシャツとグレーの膝下丈のズボンで、通気性の良いものを選んできた。
「コウジ、私もそれ使いたい」
さて食べよう、と俺が箸を持つと、チキちゃんが自分のフォークと俺の箸を見比べながら言った。
「え、箸使うの? 使い方分かる?」
「分からないから、教えて欲しいの」
「フォークじゃダメかな?」
「私も、コウジと同じものを使いたいの。一緒がいい」
「そ、そっか。ちょっと待ってて」
かわいい発言に少し照れながら、棚から小綺麗な漆塗りの箸を持ってきた。
去年、従兄弟の結婚式の引き出物で貰って、食器棚にしまいっぱなしになっていたものだ。
「はい、これ使って」
「うん」
手本として持ち方を見せると、チキちゃんはすぐに俺とまったく同じように箸を持った。
普通、初めて箸を持つ時は多少なりと手間取ると思うのだが、この娘は手先がかなり器用なようだ。
「こうやって、肉を摘まんでみてくれる?」
「こう?」
すっと、箸の先で生姜焼きを摘まみ上げる。
いとも簡単に箸を使いこなしてしまった。
正直、かなり衝撃的だ。
「マジか。いきなり使えるとは思わなかったな」
「そうなの?」
「うん。かなりすごいと思う」
「やった」
嬉しそうに、チキちゃんが薄く微笑む。
この娘、どうも感情表現が薄く、あまり表情や声色に変化がみられない。
別に感情自体が薄いというわけでもなく、何となく雰囲気から機微は伝わってくる。
いろんな人の記憶が混じりあったせいで、こうなってしまったのかもしれない。
「にひひゃんひゅほいへふへ!」
ノルンちゃんは切り分けられた肉を両手で掴み、頬っぺたをぱんぱんにして何やらしゃべっている。
いつもと同様、ミニチュアサイズ時の彼女の食事スタイルは手づかみだ。
「ノルンちゃん、とりあえず飲み込んでからしゃべったらどうかね」
「……んぐっ! チキさんすごいですね! と言いました!」
「うんうん、大したもんだ。さあ、俺たちも食べようか」
「うん」
チキちゃんが生姜焼きを1枚取り、お茶碗に受けながらかじる。
数度咀嚼し、目を見開いた。
「美味しい。これ、すごく美味しい」
「そっかそっか。たくさんお食べ。キャベツも一緒に食べると、もっと美味しいぞ」
「うん。キャベツも食べる」
そう言うと、チキちゃんはすごい勢いで箸を動かし始めた。
肉、キャベツ、ごはん、味噌汁、肉、キャベツ、ごはん、味噌汁、とリズミカルに胃に流し込んでいく。
パスタを食べた時もそうだったが、この子、もしかしたら大食いの気があるのかもしれない。
「コウジさん、早く食べないと無くなっちゃいますよ!」
「おう。俺も食べるか」
ノルンちゃんにうながされ、俺も生姜焼きに手を付けた。
「ふいー、さっぱりした。……ん? これは何だい?」
夕食を終え、風呂から出て部屋に戻ると、ちゃぶ台の上に料理の乗った皿とチューハイが置かれていた。
テレビを見ていたチキちゃんが、俺に振り返る。
彼女とノルンちゃんは先に入浴を済ませており、2人とも髪がしっとりと濡れていた。
「シイタケのクルミ和え。お酒によく合うと思って」
「お仕事を終えたコウジさんを労うんだって、スーパーでチキさんが選んできたですよ」
「おお、そうだったのか。ありがとうな、気にしてくれて」
「うん」
ちゃぶ台の前に座ると、チキちゃんが梅チューハイを手に取った。
「そこのツマミを引き上げるですよ」
「うん」
チキちゃんはノルンちゃんに教えてもらいながら、プルタブに指をかけ、プシュッと缶を開けた。
用意してあった2つのグラスとおちょこ(昼間の買い物で買ってきたようだ)に、トクトクと注ぎ入れる。
「え、2人も飲むの? ていうか、お酒飲めるの?」
「この身体の子は飲んだことはないけど、別のエルフは飲んでたみたい。美味しかった記憶があるよ」
「私はお酒初体験なのですよ! アルコール成分は完全には分解しないで、酔っ払ってみようと思います!」
ノルンちゃんはともかくとして、チキちゃんは飲んでも大丈夫なのか少し心配だ。
元はキノコなのだろうが、見た目は15歳くらいの少女なため、あまりよろしくないような気もする。
まあ、少し飲んだくらいで異常がでることはないとは思うが。
「せっかくなので、乾杯するですよ! 皆さん、グラスのご用意を!」
ノルンちゃんにうながされ、俺とチキちゃんがグラスを手に取る。
ノルンちゃんも、よたよたしながら両手でおちょこを持ち上げた。
「お、おもっ……で、ではでは! 今日も一日お疲れ様でした!」
「「お疲れ様でした」」
ぐいっと、3人で梅チューハイをあおる。
俺が半分ほど飲んでグラスを置くと、2人はまだ喉を鳴らして飲んでいた。
そのまま一気に飲み干して、グラスとおちょこをちゃぶ台に置く。
「っかーっ! これはたまりませんね! 生きてるって、こういうことを言うんですね!」
「このお酒、すごく美味しいね。もう1つ出すね」
チキちゃんが立ち上がり、冷蔵庫へと向かう。
何缶か用意してあるようだ。
「ま、まあ、ほどほどにしとこうな。さて、これもいただこうかな」
チキちゃん特製、シイタケのクルミ和えに箸を伸ばす。
シイタケとクルミを1つずつ重ねてつまみ、口に入れる。
にんにくの風味が効いていて、ほんのり塩味でとても美味い。
「うお、美味いなこれ。チキちゃん、料理上手なんだな」
「すごいですよね。包丁さばきも見事でしたよ! プロ顔負けってやつです!」
ノルンちゃんがシイタケを両手でつかみ、がぶりとかぶりつく。
もっちゃもっちゃと、実に美味そうに咀嚼して飲み込んだ。
よほど美味いのか、何も言わずにふたたびシイタケにかぶりついている。
「そのシイタケ、スーパーにあったやつで一番美味しいやつだよ」
チューハイを手に戻ってきたチキちゃんが、俺の隣に座る。
「え、分かるの? どういうふうに見分けるんだい?」
「見ただけで、美味しさが何となく分かるの。美味しいやつは、すごく元気だから」
よく分からないが、そういうことらしい。
チキちゃんは元々キノコなので、植物についてはよく分かるのだろう。
俺にはさっぱり分からないが。
「はい。お代わり飲む?」
ぷしゅっと缶を開けるチキちゃん。
「お、すまんねぇ」
グラスを手にチューハイを注いでもらっていると、ノルンちゃんもおちょこを抱えて歩いてきた。
「チキさん、こっちにもお願いします!」
「うん」
チューハイを注いでもらい、ノルンちゃんが一気に飲み干す。
やや顔が赤くなっており、早くも酔っ払ってきたようだ。
「いひひ。コウジさん、家族が増えて、何だか楽しいですね!」
ノルンちゃんが満面の笑みで言う。
このタイミングでいいこと言うな、と思わず感心してしまった。
常にハイテンションでおおざっぱに見えて、その実他人の心の動きに気を配っているのだろうか。
酔っ払ったノリと勢いで言っているだけかもしれないが。
「そうだねぇ。かわいい女の子っていうのも、ポイント高いよね」
「家族? 私が?」
チキちゃんが缶を手に、目をぱちくりさせている。
「そうそう。家族。今更言うのもなんだけど、これからもよろしくね」
「よろしくねー!」
「……うんっ」
チキちゃんは目に涙を浮かべつつも、しっかりと頷いた。




