151話:素晴らしい体験
「間もなく出発となりまーす! ご搭乗を希望の方は、こちらにお集まりくださーい!」
天空島と地上を繋ぐ巨大リフトの扉が開き、天使のような衣装に身を包んだ翼人のお姉さんが大声で案内する。
巨大な鳥かごのような見た目のリフトに、リリナちゃんが「わあ」と声を上げた。
皆で天空島の真下にある街に、観光に行くことにしたのだ。
もちろん、リリナちゃんの思い出作りのためだ。
「足元に気を付けてね。さあ、乗ろう」
「うん!」
リリナちゃんがゴーレムのテンちゃんと手を繋ぎ、リフトに乗り込む。
格子状になっている壁際まで走り、そこから地上を見下ろして、再び「わあ」と声を上げた。
「すごい! 高い!」
「……」
大喜びしているリリナちゃんの横で、テンちゃんはきょろきょろと周囲の景色に目を向けている。
アレイナさんに伝える情報を、せっせと取得しているのかな?
『まもなく下降リフトが出発いたします。ご搭乗を希望される方は、リフト乗り場までお急ぎください』
「おっ、放送が途切れないな。音声も綺麗だ」
カルバンさんが格子から外を見やる。
少し離れた所には高い木の柱が立っていて、天辺にスピーカーが付いている。
キラリと光る紫色のものがスピーカーのお尻に見えるが、あれが発信用水晶だろう。
前にイーギリで大量に発掘し、転送装置でこの街に送ったもののはずだ。
「以前は途切れ途切れでしたもんね。あれは不便だったのですよ」
「放送係の人、きっと大変だったよね」
ノルンちゃんとチキちゃんも、スピーカーを見上げている。
水晶はイーギリで生産可能になったので、これからの運用も楽になるはずだ。
そうしていると、ドタドタとお客さんが何人か駆け込んで来た。
『リフトが出発いたします。まだ搭乗されていない方は、次の便をご利用ください』
再び放送が流れ、翼人のお姉さんがリフトの扉を閉める。
「本日は天空リフトをご利用いただき、まことにありがとうございます。ただいまより約20分間、皆さまと空の旅をご一緒させていただきます。よろしくお願いいたします」
翼人のお姉さんが、扉を閉めてぺこりと頭を下げる。
声の直後、がたん、とリフトが動き、ゆっくりと下降を開始した。
「わわっ!?」
突然の振動によろめくリリナちゃんの腕をテンちゃんが掴み、しっかりと支える。
リリナちゃんはテンちゃんに、「ありがとう!」と笑顔を向けた。
テンちゃんは頷くでもなく、無表情でリリナちゃんを見た後、すぐに外の景色に目を戻す。
何か感情表現があればいいように思うけど、それは無茶な注文なのだろうか。
「うーむ。どうしたものか。ここまで反応が薄いとはなぁ」
そんな2人を見ながら、プリシラちゃんが顔をしかめる。
「お師匠様、ゴーレムの精製手法を間違えたんじゃないですか?」
「んなわけあるか。寸分違わず、完璧に作り上げたわ」
ネイリーさんをプリシラちゃんが睨む。
「でも、本来はちゃんと受け答えできるはずなんですよね?」
「うむ。昨日も言ったが、作るのに時間をかけなさ過ぎたせいかもなぁ」
「それ、関係あるんですか? 水晶で記憶は入ってるんだから、話すくらいはできるはずじゃ?」
「そのはずなんだが、土で体を作って水晶を入れた後、すぐに起こしてしまっただろ? ひょっとしたら、記憶が全部体に行きわたる時間が足りなかったのかもしれん」
「えー? そんなことあるかなぁ?」
「それくらいしか考えられん。私にもさっぱりじゃ」
納得いかない、といった様子のネイリーさんとプリシラちゃん。
魔法使いといえども、不具合の原因が分からないことがあるんだな。
コードが間違っているはずなのになぜか正常に動くプログラムみたいだ、と少し共感を覚えてしまった。
大抵の話、自分の勘違いということが多いのだけれど。
「おっ。こっち側、雲があるぞ」
下を見たカルバンさんが言うとおり、リフトを貫いて下へと続く鎖の先に、雲が見えた。
それも、ちょうど鎖がある部分にかかっているような状態だ。
「本日ご搭乗の皆様は大変ラッキーです! 間もなく、雲の切れ間へと突入いたします!」
お姉さんが弾んだ声で言う。
乗客たちは皆が「おー」と声を漏らして、格子にへばりつきながら、どんどん近づいてくる雲を見下ろしている。
俺も彼らと同じで、わくわくしながら下を見ている。
「おおっ! 雲の切れ間なんて、初めて入るよ!」
「コウジさん、雲の境目って、どんな感じだと思います?」
ノルンちゃんがニコニコしながら俺を見る。
「えっと、前にリフトに乗って上がった時に雲に入った時はすぐに真っ白になっちゃったけど……」
以前カゾへとリフトで上がった時は、雲の中にリフトが丸ごと突入した。
すぐに視界が2~3メートルくらいになって、濃い霧の中にいるような感じになったと記憶している。
「ふふふ。ネイリーさん、私たちの周りに、魔法で風を起こしてくれませんか? 雲が吹き飛ばない方向で、風の音が聞こえるようにお願いしたいのです」
「うん、いいよ」
ネイリーさんが杖をかざし、「ほいさ!」と掛け声をかける。
すると、ピュウウ、と音を立てて冷たい風が俺たちの間に吹き始めた。
「寒っ!」
リフト内でこもっていた熱気が風に飛ばされて、一気に体感温度が下がる。
他の乗客たちも、「寒い!」と声を上げ始めた。
「我慢、我慢なのです。皆さんも、少しだけ我慢してくださいませ! そしてあちらに集まってほしいのです!」
ノルンちゃんの呼びかけに、乗客たちは困惑しながらもリリナちゃんたちがいる格子の傍へと集まる。
「ささ、コウジさんたちも」
「うん」
「コウジ、寒い」
「だよね。おいで」
「うん!」
チキちゃんが俺の腕を抱き、暖を取りながら一緒に移動する。
そうしているうちに、リフトは雲の境目に突入した。
リフト内の中央あたりから向こう側が、薄い霧に覆われたような状態になる。
その間も、ピュウウ、と風は吹いたままだ。
ものすごく寒い。
「では皆さん、今度は反対側に移動するのですよ!」
ノルンちゃんが皆に呼びかけ、反対側へと移動する。
俺たちも後に続いた。
「……あ! 風の音が少し小さくなったよ!」
「おお、ほんとだ」
チキちゃんが長い耳をピクピクと動かして驚く。
確かに、雲のある側に移動するにつれて、若干風の音が小さくなったというか、くぐもった感じになった気がするぞ。
「そのとおり!」
ノルンちゃんが、ふふん、と胸を張る。
「雲の中は湿度が高くて空気が重くなりますので、音の伝わり方に影響が出るのです! まさに自然の偉大さ、ですね!」
「「「へー」」」
ノルンちゃんの解説に、皆が感心して声を漏らした。
さすがは女神様、博識だ。
「テンちゃん、すごいね!」
リリナちゃんが興奮した様子で、テンちゃんに言う。
テンちゃんはこくりと頷くと、リリナちゃんの手を引いて、トコトコとリフト内の反対側に走った。
雲に覆われた格子の傍でぴたりと止まり、再びこちらに戻ってくる。
「皆様も、彼女たちのように遊んでみてくださいませ。滅多にできることじゃありませんよ!」
「よし、俺も!」
「私も!」
乗客たちが勇んで、わーわー騒ぎながらリフト内を行ったり来たりする。
従業員である翼人のお姉さんも初体験だったのか、目を輝かせて行き来していた。
そうしていても巨大リフトはほとんど揺れなかったのだが、はっと我に返った翼人のお姉さんに「危険ですので走らないでください!」と注意されてしまい、その後は歩いてリフト内をぐるぐる回ることになった。
雲を抜けるまでのほんの僅かな時間だったけど、リリナちゃんには素敵な体験となったはずだ。




