150話:テンちゃん
その日の夜。
古城ホテルで豪勢な夕食を終え、俺たちは部屋でくつろいでいた。
俺はノルンちゃんとチキちゃんに挟まれた状態で、テーブルに広げたアルバムをいじくっている。
アルバムは、前回天空島を去る時にベルゼルさんから貰ったものだ。
カルバンさんは風呂に入っていて、ネイリーさんとプリシラちゃんはアレイナさん親子の部屋に行っている。
「ええと、このページは3枚にして……」
写真の裏に糊を付け、1枚ずつ貼っていく。
夕食の時に、ベルゼルさんから今日撮影したという写真を渡されたのだ。
俺たちには内緒で、杖の機能でこっそり撮影しておいてくれたらしい。
前も同じように撮影していたけど、ベルゼルさんは写真が好きなんだな。
「コウジさん、貼る時に、少し角度をつけたりするとオシャレになるのですよ」
ノルンちゃんが手を伸ばしてきて、写真を少し斜めにして貼る。
「こうやって、わざと別の写真を少し重ねたりするのです。隙間に一言書いておくと、なおのことオシャレになりますよ!」
「おっ、ほんとだ。ノルンちゃん、センスあるじゃん」
俺が褒めると、ノルンちゃんは「いひ」と得意げに笑った。
「コウジさんの通っていた幼稚園の保母さんが、こうしていたのですよ」
「そうなんだ。全然記憶にないや」
「はあ。幼少期のコウジさん、すっごくかわいかったのですよ。ショタコンに目覚めてしまいそうなレベルなのです」
「そ、そうですか」
目を閉じて思い出に浸るノルンちゃん。
彼女には人生のすべてを見られているらしいので、下手すれば親よりも俺のことを知っていそうだ。
「ノルン様、ずるい。私もコウジの子供の頃を見てみたい」
チキちゃんが嫉妬心剥き出しな顔で、頬を膨らませる。
「んふふ。こればかりは、女神特権なのです。今後転生したら、お互い赤ちゃんからやり直せばいいですよ」
「それは何か違う気がする……はあ」
チキちゃんがため息をつき、手を伸ばして写真を取る。
リリナちゃんが、赤いワンピースのかわいらしい女の子と手を繋いでいる一枚だ。
女の子はベージュのロングの髪に金色の瞳で、色白の肌に赤いワンピースがよく似合っている。
顔立ちはどっちかというと綺麗系かな。
「ノルン様、こんな感じ?」
チキちゃんが写真を少し斜めにして、ページの中央に載せた。
「いい感じです! リリナさんの足元に、アレイナさんとリリナさんの写真を重ねて配置するのですよ」
ノルンちゃんがそう言った時、プリシラちゃんとネイリーさんが部屋に戻って来た。
2人とも、何やら疲れた顔をしている。
プリシラちゃんの杖には水晶玉が付いておらず、何だかアンバランスな見た目だ。
「はあ。もっと上手くできると思ったんだがのう」
「あはは。ザ・お人形って感じですよね」
「うむ。まあ、初めて作ったから仕方がないか」
よっこらせ、と2人がイスに座る。
「ゴーレム、上手くできなかったんですか?」
俺が聞くと、プリシラちゃんは残念そうに頷いた。
「ああ。どうにも、反応が薄くてな。まったくしゃべらないし、表情もないに等しい。一応、水晶の記憶を入れたんだが、もっと時間が必要だったのかもしれん」
そう言って、プリシラちゃんがリリナちゃんと女の子が手を繋いでいる写真を手に取る。
女の子はゴーレムで、見た目は人間そのものだ。
服はリリナちゃんの物を借りてきて、それを着せている。
プリシラちゃんの杖の水晶には、診療所での俺たちのやりとりが記憶されている。
それを元に人としての受け答えができるようになっているはずなのだが、上手くいかなかったようだ。
「そっか。でも、リリナちゃんは気に入ってるみたいだからいいんじゃないですか?」
「そうだな。今も、城の中を一緒に探検しに行っている」
「名前は付けたの?」
チキちゃんが聞くと、ネイリーさんが頷いた。
「うん。『テン』って呼んでるよ。天空島で生まれたから、テンなんだってさ」
「そっか。いい名前だね」
チキちゃんが微笑む。
リリナちゃんが寂しい思いをせずに済むようになって、ほっとした様子だ。
「だね! それでさ、明日から、アレイナさんはしばらく冷凍でしょ? その間、リリナちゃんはここで暮らすんだよね?」
「そうですね。ベルゼルさんたちが面倒見てくれるって言ってますし」
「私たちは、またバグ取りに行くんだよね?」
「そのつもりです。さすがに半年間ここで待つってのは、どうかと思うんで」
「だよね。でさ、昨日の夜に、お師匠様とカルバンさんと話したんだけど――」
「ん? 俺が何だって?」
ネイリーさんがそう言った時、風呂から上がったカルバンさんが、タオルで頭を拭きながらやって来た。
「カルバンさん、地図出して!」
「お、おう」
にっこりと笑って手を出すネイリーさんに、カルバンさんは頷いた。
翌日の朝。
古城地下の研究室で、俺たちはコールドスリープ装置に入るアレイナさんを見守っていた。
アレイナさんはあまり気が進まないようで、不安そうな表情だ。
ベラドンナさんとエステルさんも立ち会ってくれている。
リリナちゃんは装置のことを信頼しきっているようで、テンちゃんと手を繋いでニコニコしながらアレイナさんを見ている。
テンちゃんはまったくの無表情で、じっとアレイナさんを見つめている。
「そのまま横になってくれ。フタを閉じたら、すぐに起動するからな」
「は、はい」
ベルゼルさんの指示に従い、アレイナさんが横になる。
「あの……本当に大丈夫なのですか? 凍るって、凍傷になったりとか……」
「心配いらん。昨日のエステルを見ただろう?」
ベルゼルさんが彼女に微笑む。
「すぐに眠りに落ちて、目が覚めたら半年後だ。体感的には、一瞬だよ」
「うう、そうは言っても、怖いです」
「アレイナさん、大丈夫ですよ。起きた時に、猛烈な吐き気があるくらいですから」
エステルさんが言うと、アレイナさんがものすごく嫌そうな顔になった。
「お母さん、大丈夫だよ! 起きたら病気が治るんだから、頑張らないと!」
リリナちゃんが装置に手をかけ、アレイナさんの頭をぽんぽんと撫でる。
テンちゃんも真似して、アレイナさんの頭をぽんぽんと撫でた。
リリナちゃんはそれが嬉しかったのか、「えらいね!」とテンちゃんを褒めて頭を撫でている。
「……うん。テンちゃん、私が眠っている間、リリナのこと、よろしくね」
「……」
「て、テンちゃん?」
「これ。返事くらいせんか」
無反応なテンちゃんに困るアレイナさんを見かねて、プリシラちゃんがテンちゃんを叱る。
テンちゃんは目だけを動かしてプリシラちゃんをちらりと見て、再びアレイナさんに視線を戻した。
「う、うーん。大丈夫かしら……」
「大丈夫だよ! ねー?」
リリナちゃんがテンちゃんに微笑む。
すると、こくり、と小さくテンちゃんは頷いた。
リリナちゃんの言うことは聞くのかな?
「ええと……プリシラさん、テンちゃんのこと、よろしくお願いします」
「うむ。機能的には問題はないからの。リリナの身の回りの世話はできるし、安心してくれ」
「そろそろフタを閉じるぞ。離れてくれ」
ベルゼルさんの声に、皆が装置から一歩離れる。
ウィーン、と音が響き、ゆっくりとフタが閉じ始めた。
「リリナ、元気でね。いい子にしてるのよ?」
「うん!」
満面の笑みで元気に返事をするリリナちゃん。
俺はリリナちゃんの頭を、よしよしと撫でた。
「アレイナさんが起きた時、びっくりするくらい楽しい話を用意しておきますから!」
「ふふ、楽しみにしていますね」
アレイナさんは少し安心したのか、俺に微笑むと目を閉じた。
『コールドスリープ処置を開始します。5、4、3――』
機械音声のカウントが0になると同時に、シューッという音が響いて装置の中が白い煙に包まれた。
煙はすぐに消え、目を閉じているアレイナさんの姿が再びガラス越しに現れた。
「お母さん?」
リリナちゃんが装置に近づき、眠っているアレイナさんに声をかける。
アレイナさんは無反応で、目を閉じたままだ。
リリナちゃんが不安そうな顔をベルゼルさんに向ける。
「もう眠っちゃったの?」
「ああ、成功だ。起こす時までに、治療の準備を整えなくてはな」
ベルゼルさんが微笑み、リリナちゃんの頭を撫でる。
リリナちゃんは心配そうな顔で、アレイナさんに目を戻した。
お母さんを心配させないように、元気を見せていたんだな。
「さてと。リリナちゃん、お母さんのために、お話を用意しに行こうか!」
「え?」
勇んで言う俺に、リリナちゃんはきょとんとした顔になった。