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15話:エルフになった少女

 その後、2人が落ち着いたところで、乾燥パスタを茹でて再びミートソースパスタを作った。

 少女はお腹がかなり空いていたようで、2束分もぺろりと食べてしまった。

 他の種類のパスタソースもあったのだが、彼女はミートソースがいたく気に入ったらしい。

 今は彼女に洗い物をしてもらっていて、俺はノルンちゃんとテレビを見ながらマッタリしているところだ。

 ぼーっとニュースを見ていると、「本日は週の初めの月曜日」とアナウンサーが言った。


「あ、今日は月曜日か。仕事行かなきゃ。ノルンちゃん、留守番頼める?」


「はい、いいですよ。ご飯はどうしましょう?」


「教えてくれれば、私やるよ」


 洗い物を終えた少女が、タオルで手を拭きながら振り返った。

 かなり手際がいいというか、タオルで手を拭く姿も様になっている。

 複数人のエルフの記憶を取り込んでいるから、家事も手慣れたものなのだろうか。


「じゃあ、お願いしようかな。材料がパスタと缶詰とお米しかないんだけど、大丈夫かな?」


「パスタ作る。あれ、大好きだから」


「よかった。何が何でも定時で帰ってくるよ。夕飯は別のもの作るから」


「コウジさん! 夕飯は生姜焼きをリクエストしますですよ! 千切りキャベツも添えて!」


「お、いいねぇ。夕飯はそれで決まりだな。さて、まずはガスコンロの使い方だけど……」


 こうして、俺は少女に一通りのことを教え、会社へと出発した。

 部屋の隅に置かれている理想郷についても簡単に説明し、触らないよう注意もしておいた。

 ノルンちゃんが一緒だから、大丈夫だとは思うけど。




 自分のデスクでキーボードを叩きながら、ちらりとモニター下の時計を確認する。

 間もなく、定時の午後5時30分。

 フロア全体に、緊張が走る。

 いつも定時ギリギリになってから仕事をぶん投げてくるクソ上司は、未だ動かない。

 隣席の同僚をちらりと見やる。

 彼はこちらを見ずに、コクリと小さく頷いた。

 その数秒後、定時を知らせるチャイムが鳴った。

 クソ上司以外の全員が、一斉に席を立つ。


「「「お疲れ様です!」」」


「……お、おう。お疲れ」


 上司はなぜか青い顔で、一言そう言うと自分のパソコンに目を戻した。

 俺たちは我先にと、フロアを飛び出した。


「ねえ、どうかしたのかな、アレ」


 駐車場までの道をてくてく歩いていると、同期入社の女が小声で俺に声をかけてきた。

 アレとは言わずもがな、クソ上司のことだ。


「私、今日は何も仕事押し付けられなかったよ。自分の仕事だけやって定時帰宅って、もう半年ぶりくらいなんだけど」


「確かに……いつもなら俺たちに仕事全部押し付けて、自分だけさっさと定時に帰るよな」


「だよね? 顔色悪かったし、何か問題でも起こったのかな?」


「かもしれないねぇ。どっちにしろ、俺は定時で帰れれば他はどうでもいいや」


「それもそうだね。久々に彼氏とディナー行けるし! じゃあ、お疲れ様!」


「お疲れさん」


 同僚と別れて、車に乗る。

 自宅アパートへと向けて走っていると、見覚えのある後ろ姿を見つけた。

 白髪セミロングに尖った耳、白いワンピース。

 エルフの少女だ。

 手に俺のエコバッグを提げている。


「ちょ、何で出歩いてるんだ!?」


 慌てて車を路肩に寄せ、彼女の下へと走る。

 彼女が俺に気付いて振り返り、柔らかく微笑んだ。


「コウジ、おかえり」


「何で勝手に外に出てるんだよ!?」


 びくっ、と少女が肩をすぼめた。

 しまった、思わず強い口調で言ってしまった。


「あ、いや、知らない土地でいきなり出歩くのは危ないだろ? だから……」


「コウジさん、チキさんを連れ出したのは私なのですよ。怒らないであげて欲しいのです」


 エコバッグの中から、ぴょこんとノルンちゃんが顔を出した。


「え、ノルンちゃんが? って、チキさんって?」


「彼女の名前なのです! チキサニカルシさん、略してチキさんなのですよ!」


「ノルン様に、付けてもらったの」


 名前を付けるのはいいんだけど、何もそんな舌噛みそうな名前にしなくてもいいような。

 

「ええと、チキサニ……なんだっけ?」


「チキサニカルシ。アイヌ語で、たもぎ茸のことです。幸福を象徴するキノコなのですよ」


「へえ、そんなキノコがあるのか。まあ、チキちゃんって呼ぶ分には呼びやすくていいかな」


「気に入ってくれた?」


 少し不安そうに、チキちゃんが俺を見上げる。

 今さら気付いたけど、さすがエルフというか、すさまじい造形美だ。

 現代に似つかわしくない服装も相まって、もはやコスプレイヤーにしか見えない。


「うん、いい名前だと思うよ!」


「……よかった」


 チキちゃんが嬉しそうに微笑む。

 なんかこう、ほっこりする笑顔だ。


「とりあえず、車に乗って。家に帰ろう」


「うん」


 2人を車に乗せ、俺は再び家路についた。




「チキさん、お肉を出すのです!」


「うん」


「えっ? 肉?」


 部屋に入って早々、チキちゃんがエコバックから、『生姜焼き用豚ロース500グラム(カナダ産)』のパックを取り出した。


「もしかして、買い物してきたの?」


「うん。ノルン様と相談しながら、いくつか選んできたよ」


 そう言って、チキちゃんが、生姜焼きのタレ、1/4カットキャベツ、生シイタケを取り出した。

 他にも色々と出てきて、生姜焼きの材料以外を手早く冷蔵庫にしまっていく。


「お金はどうしたの? 置いてある場所は教えてなかったと思うけど」


「私の神通力で、近所に落ちてるお金を拾い集めたら5000円くらいになったんです。それでお買い物してきました!」


「そんなこともできるの!? ノルンちゃんすごすぎない!?」


「ふっふっふ。これが女神の力なのですよ!」


 ちゃぶ台の上で、ノルンちゃんが得意げに胸を張る。

 女神の力を小銭拾いに使うとは、果たして正しい使い道なのだろうか。

 それにしても、お金ってそんなにたくさん落ちているものだったのか。


「でもさ、チキちゃんがその格好じゃ目立ったでしょ? 声かけられたりしなかった?」


「スーパーで買い物してる時に、写真撮らせてくださいって何人かに言われたよ」


「えっ、撮らせたの?」


「ううん。撮らせてないよ」


「『今はオフなのでごめんなさい』ってチキさんに言ってもらって、全部断りました」


 どうやら、ノルンちゃんが上手く対応してくれたようだ。

 勝手に外を出歩いたのは問題だが、やってしまったものを今さら咎めても仕方がない。

 外に出るな、とも言っておかなかったし、俺の不注意でもある。


「そっか。でも、今度からは俺抜きで出歩くのは控えてもらいたいんだ。何かあったら困るしさ」


「うん、わかった。もうコウジと一緒じゃなきゃ出歩かない」


 チキちゃんが素直に頷く。

 何て物分かりのいい子なんだろうか。


「コウジさん、普通の服を着ていれば、出歩いてもいいんじゃないですか? 耳はヘッドフォンを付けて押さえれば、髪の中に隠れますし」


 はい、とノルンちゃんが手を上げて提案してきた。


「うーん、確かにそれなら大丈夫そうだけど、やっぱり心配だなぁ」


「大丈夫ですって! もし何かあっても、私が何とかしますので!」


「何とかって、どうするのさ?」


「私の権限でしつこく絡んできた相手のカルマ査定を極限まで下げて、その場で懲罰担当官に引き渡します!」


「怖いな!? しかも職権乱用なんじゃないのそれ!?」


「嫌がる人間に無理やりちょっかいを出すような輩は、どうせカルマも懲罰認定スレスレなのですよ。暗黒郷ディストピア行きが少し早まるだけなのです」


 恐ろしいことを平然と言うノルンちゃん。

 というか、理想郷ユートピアだけでなく暗黒郷ディストピアまで存在していたことに衝撃を受けた。

 ある日突然、生きたまま地獄に落とされるようなこともあるのだろうか。

 考えただけでも恐ろしい。


「だから、お願いします! コウジさんがお仕事に行っている間、ずっと引きこもりはつらいのですよ! あちこちお出かけしたいのです!」


「あ、ああ、それが目的か。分かったよ。今から服を買いに行こう。ヘッドフォンは俺のを使っていいから」


「やったー! コウジさん大好きです!!」


 チキちゃん当人を置いてけぼりにして、服屋に行くことで話は纏まった。




 車を走らせ、近所の大手カジュアル衣料品店にやってきた。

 閉店まではまだ時間があるが、店内に客は数人しかいないようだ。

 おー、とノルンちゃんとチキちゃんが口を半開きにして、店内を眺めている。


「好きな服選んでいいよ。あと、パジャマとか下着も選んでおいで」


「コウジはどんな服が好みなの?」


 隣に立つチキちゃんが、俺を見上げる。

 身長が150センチくらいしかないようで、170センチある俺とだと結構な身長差だ。


「俺の好み? そうだなぁ。ふわっとした感じの服が好きかな。こういうやつとか」


 近場にあった、コーディネート済みのマネキンへと歩く。

 ベージュのガウチョパンツ(裾口の広がった、ゆったりめのズボン)に、すこしだぼっとしたダークグリーンのシャツを着せられている。

 紺色のゆったりした帽子もかぶっていて、なかなかオシャレだ。


「じゃあ、それにする」


「え? これそのまんまってこと?」


「うん」


「お、マネキン買いですね! 絶対ハズレないので、賢い買い方ですね!」


 チキちゃんの腕に抱えられたノルンちゃんが、各種サイズが置いてある棚へと誘導していった。

 マネキンと同じ色の服と帽子を1つずつ手に取り、俺の下へと戻ってきた。

 値札を見たところ、全部で9000円くらいだ。


「コウジさん、予算はおいくらですか?」


「んー、全部で2万円くらいでどうだろ。女性服っていくらくらいするのか分からないんだけどさ」


「物にもよると思いますけど、見た感じここならそんなにしないですよ。残りは、1着1500円から3000円くらいのもので見繕っていけばいいんじゃないですかね」


「じゃあ、そうしておくれ。好きに選んでいいから」


「かしこまりました! 昼間に拾ったお金も足しますね! 次にお出かけした時に、もっとたくさん拾ってきますので!」


「そ、そっか。まあ、ほどほどにね……」


 俺が言うと、チキちゃんが俺の手を握った。


「コウジの好きな服がいい。一緒に選んで」


「マジか。俺、全然センスないんだけどな……ノルンちゃん、意見もらってもいいかな?」


「了解であります!」


 そんなこんなで、チキちゃんを着せ替え人形にしながら服をいくつか購入した。

 下着まで選ばされたのは結構恥ずかしかったが、どうしてもと言われたので仕方がなかった。

 ノルンちゃんがやたらと「へええ、そういうのが好きなんですか!」、と頷いていたのが印象的だった。

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