149話:想いの代弁
コールドスリープ装置の実演会を終えて、俺たちは城の外に出た。
今は、皆で観光地となっている天空島の旧市街を散策しているところだ。
プリシラちゃんはゴーレムがどうのと言って、ネイリーさんと森の方に行ってしまった。
「お母さん、すごいね! 綺麗なお家がいっぱいだよ!」
リリナちゃんがはしゃぎながら、アレイナさんの手を引いて家の中を覗き込む。
「そうね。でも、壊れちゃってる家がたくさんあるわね……」
「ああ。あれは、以前コウジたちが暴れ回ったせいだ。派手に壊してくれたのでな」
ベルゼルさんの言葉に、ノルンちゃんが「えへへ」と頭を掻く。
「あの時は仕方がなかったのですよ。そういえば、ロボットたちはどこにいるんですか?」
「畑仕事をやらせているぞ。どれ、呼んでみようか」
ベルゼルさんの杖から半透明のホログラムウィンドウが現れる。
彼が指でウィンドウを操作すると、数秒して地響きがしてきた。
がっしょんがっしょんと音を響かせて、ロボットが1体走って来た。
俺たちの前で急停止し、胸に手を当ててお辞儀をした。
挨拶しているらしい。
「おー。ロボットたちも元気そうですね」
俺はロボットに近づき、ぽんぽん、とその頭を叩いた。
ロボットは顔を上げ、ピコン、と目の部分を光らせている。
「うむ。あちこちで観光客相手に写真撮影したり、城のホテルで給仕もしているぞ」
「そんなことまでできるんですか……お、虹鯉も飛んでる」
上空では、虹鯉がゆっくりと飛び回っていた。
見た目は綺麗だけど、有事には天空島に近づく者に体当たりして自爆するという物騒な魔法生物だ。
リリナちゃんが空を見上げ、「魚が飛んでる!」と指を指して喜んでいる。
周囲には俺たち以外には誰もおらず、がらんとしていてとても静かだ。
旧市街の建物を一部改装した露店には店員さんがいて、周辺の掃き掃除や商品の陳列をしている」
「観光客は、今は入れてないんですか?」
「さっきまでな。地下研究所を開けるところを見られると面倒だと思って休止していたのだ。そろそろ、渡航してくると思うぞ」
へー、と俺たちがカゾの方に目を向けると、グランドホークがコンテナを吊るして飛んでくるのが見えた。
コンテナ内は満員のようで、繁盛している様子だ。
「エステル、大丈夫?」
「まだちょっと気持ち悪い……」
げっそりした顔でとぼとぼと歩いているエステルさんを、ベラドンナさんが気遣っている。
コールドスリープって、そんなにしんどいのか。
アレイナさんも、半年後に起きたら吐いちゃったりするのかなと心配になってしまう。
そんな2人を見ていると、アレイナさんが俺のことをちらちら見てきていることに気が付いた。
「アレイナさん。ちょっと、そこの木陰で休憩しませんか?」
「あ、はい! リリナ、私は少し休んでくるから」
アレイナさんが頷き、リリナちゃんの頭を撫でる。
「うん。近くを見ててもいい?」
「ええ。皆さんに迷惑をかけないようにね」
「ノルンちゃん、リリナちゃんと一緒にいてあげて」
「了解であります!」
ノルンちゃんにリリナちゃんを預け、俺とアレイナさんは少し離れた場所にある木陰のベンチに向かった。
よっこらしょ、と俺がベンチに座るなり、隣に座ったアレイナさんが申し訳なさそうな顔を向けてきた。
「あの……昨夜のこと、本当にごめんなさい」
深々と腰を折って謝るアレイナさん。
「まさか、本当に生きたまま凍ることができるなんて……全部本当だったのに、勝手に疑ってコウジさんの命を奪おうとしてしまって……」
顔を上げたアレイナさんは目に涙を浮かべ、こっちが申し訳なくなるくらいに悲痛な表情になっている。
そんな彼女に、俺は微笑んだ。
「いいんですよ。全部、リリナちゃんのことを想ってのことだったんですから」
「で、でも、取り返しのつかないことになるところだったんですよ?」
まったく怒らない俺が理解できないのか、アレイナさんは困惑しているみたいだ。
もし俺が彼女の立場だとしても、同じように困惑するだろうな。
「アレイナさんの気持ちは分かりますから。過ぎたことですし、気にしないでください」
そう言って、俺はリリナちゃんに目を向けた。
リリナちゃんはロボットの肩に乗って、楽しそうに騒いでいる。
ノルンちゃんとチキちゃんが、落っこちやしないかと心配そうにわたわたしていた。
「俺は、ふたりには幸せであってほしいんです。旦那さんも、最後までアレイナさんたちの幸せを願っていましたよ」
「え?」
怪訝な顔をするアレイナさん。
俺は言おうか迷っていた言葉を、口にすることにした。
「あの木の下で光に包まれた時、ご主人の想いが、俺の中に流れ込んできたんです。おぼろげに、ですけど」
俺は視線を彼女に戻し、その目を見つめた。
「旦那さんは、アレイナさんとリリナちゃんを心から愛しています。糧になったことに、恐怖や後悔は微塵もありません。ただただ、あなたたちの幸せを願っていました」
「……」
あの光に包まれた時、俺にはアレイナさんの旦那さんの気持ちが流れ込んで来た。
ただただ、アレイナさんとリリナちゃんが愛おしく、ふたりのためならどんなことでもしてあげたい、自分のすべてを捧げても構わないという気持ちだ。
他にも、今まで片割れの糧となった動物たちの、相手を愛おしく思う気持ちがたくさん流れ込んで来た。
あの木には、今まで犠牲となった者たちの心が息づいているのだろう。
「だから、そんな悲しい顔なんてしなくていい。俺は、ふたりが幸せになってくれることだけを願っている」
旦那さんの心を代弁するつもりで、あの時感じた気持ちをアレイナさんに語りかける。
「俺は一緒にいられないけれど、どうかリリナと幸せになってくれ。それだけが、俺の願いだ。頼んだぞ、アレイナ」
俺が言い終わると、アレイナさんの目から涙が零れた。
震える手を俺の両頬に添え、小さな声で「リウル」とつぶやく。
旦那さんの名前だろう。
俺は内心少し戸惑ったけど、彼女の背に手を回して抱き寄せた。
アレイナさんがぼろぼろと涙をこぼし、しゃくりあげながら泣き出す。
俺は彼女の背を優しく撫でた。
「あー……もしもし?」
互いに抱き合ったまましばらくそうしていると、不意に声をかけられた。
見ると、困り顔のプリシラちゃんが、困り顔でぽりぽりと頬を掻いていた。
その後ろでは、ノルンちゃんとチキちゃんが頬を膨らませている。
ベルゼルさんやネイリーさんたちもおり、全員にガン見されていた。
リリナちゃんは見知らぬ女の子と手を繋いでいて、目をキラキラさせて俺たちを見ている。
「その、他人の色恋沙汰に口出しするつもりはないんじゃが……もう少し場所を考えて――」
「ち、違います! 違いますよ! ねえ、アレイナさん!?」
「は、はい。すみません……」
アレイナさんが、すっと俺から離れ、顔を赤くしてうつむく。
「お母さん、お兄ちゃんのことが好きなの!?」
「「えっ!?」」
俺とアレイナさんの声が重なる。
「好きなんでしょ!? お兄ちゃん、私のお父さんになってくれるの!?」
「コウジ……」
「コウジさん、未亡人に手を出すおつもりですか……」
ジト目で見てくるチキちゃんとノルンちゃん。
何やら激しく勘違いされているぞ。
「違うって! 今のは、アレイナさんの旦那さんの想いを伝えてただけだから! そうですよね、アレイナさん!?」
「あ……はい」
なぜか残念そうに微笑むアレイナさん。
その顔を見て、リリナちゃん以外の全員から疑うような視線を俺は向けられたのだった。