148話:カチンコチン
グランドホークが古城の広場の上空を旋回する。
広場では、ベルゼルさんが1人でこちらを見上げていた。
「着陸しまーす!」
ベラドンナさんの声とともに、ぐぐっと高度が下がる。
グランドホークの激しい羽ばたきとともにコンテナが激しく揺れ、ズシン、と広場に着陸した。
すぐにベラドンナさんがグランドホークから下りて、コンテナの扉を開ける。
「皆さん、お疲れ様でした!」
安全バーが上げられ、皆でぞろぞろとコンテナの外に出る。
出迎えてくれたベルゼルさんが、やあ、と片手を上げた。
「待っていたぞ。体調の具合はどうかな?」
ベルゼルさんが、にこりとアレイナさんに微笑む。
「あれから特に変わりません」
「そうか。今日はゆっくり休んで、明日の朝に装置に入ってもらおう。半年後に目覚めたら、治療を施すからな」
「……」
アレイナさんの表情が曇る。
リリナちゃんは不思議そうに、アレイナさんを見上げた。
「お母さん、どうしたの?」
「っ……何でも、ないわ」
泣き出しそうになるのを堪えながら、どうにか笑顔を作るアレイナさん。
「そんなに心配するな。今、その不安を消し去ってやる。付いてくるがいい」
ベルゼルさんはそう言うと、古城の中へと入って行った。
俺たちも、ぞろぞろとそれに続く。
「お母さん、大丈夫だよ! おじいさんが治してくれるよ!」
アレイナさんと手を繋いで歩きながら、リリナちゃんが言う。
「ええ。分かってるわ」
「おじいさん、大丈夫だよね? お母さんの病気、ちゃんと治るんだよね?」
「うむ。私の国でも、似たような病気を治療した例はあるからな。問題ない」
力強い口調で言うベルゼルさん。
リリナちゃんはほっとした顔で、「ほらね!」とアレイナさんに微笑んだ。
アレイナさんはそれでも信用できていないのか、微笑み返すその顔には陰がある。
そのまま俺たちは歩き、玉座があるホールに到着した。
玉座の前にたどり着くと、ベルゼルさんが、コン、と杖で地面を叩く。
「管理者ナンバーS01、ベルゼル。ゲート開放」
『ゲート開放。おかえりなさい、ベルゼル』
突然響いた機械音声に、アレイナさんとリリナちゃんがぎょっとした顔になった。
玉座が音もなく後方へとスライドし、石の床がガシャガシャと音を立てて変形して地下へと向かう階段が出現した。
2人とも、口を半開きにして唖然としている。
「足元に気をつけてな」
階段を下りていくベルゼルさんに、皆が続く。
階段の先のダウンライトに照らされた真っ白な廊下を進み、大きなガラス窓の付いた部屋の間を歩く。
アレイナさんとリリナちゃんは唖然とした顔で、きょろきょろしていた。
「この部屋だ」
プシュッ、と空気が抜けるような音とともに、扉が静かに両側にスライドして開く。
中に入ると、壁際にたくさんのボタンが付いた大きなモニターがあった。
モニターの前には、人が1人入れるサイズの透明なガラス付きの箱が鎮座している。
箱のすぐ傍に、なぜか金属製のバケツが置いてあった。
「これが、コールドスリープ装置ですか?」
俺の問いかけに、ベルゼルさんが頷く。
「そうだ。中を見てみろ」
どれどれ、と皆で中を覗き込む。
そこには、見覚えのある人が横たわっていた。
「え!? 何でエステルさんが入ってるんですか?」
それは、お腹の上で手を組んで目を閉じているエステルさんだった。
顔にはうっすらと霜のようなものが付着している。
「アレイナさんが、この装置に不安を持っているようだったのでな」
ぽんぽん、とベルゼルさんが装置を叩く。
「1時間前に装置が直ったから、エステルに入ってもらった。安全だということを、その目で見てもらいたくてな」
ベルゼルさんはそう言うと、モニターの前に進んだ。
俺が隣にいるカルバンさんを見ると、彼はぱちりとウインクした。
どうから、昨日のうちにカルバンさんがベルゼルさんに事情を話しておいてくれたようだ。
「今、蓋を開けてやろう」
ベルゼルさんがポチポチといくつかボタンを押すと、プシュッ、と音がしてコールドスリープ装置の蓋が少し持ち上がった。
そのまま脇にスライドし、動きを止める。
『警告。規定動作外でコールドスリープ処置が解除されました。300秒以内に再稼働してください』
「ほれ、こやつを触ってみろ」
何やら物騒な警告が流れるのを無視し、ベルゼルさんが俺たちをうながす。
皆で、恐る恐る、エステルさんの顔や体に触れた。
「わ、カチカチだよ! すごいね!」
「冷たいですね! 冷凍肉みたいです!」
チキちゃんが頬を触りながら、ノルンちゃんが手を触りながら、はしゃいだ声を上げる。
俺も手や服に触ってみたのだけれど、完全に凍っていてカチカチの感触だった。
「ほんとだ……ほら、アレイナさんも触ってみてください」
「は、はい」
たじろいでいたアレイナさんが、エステルさんの頬に触れる。
「凍ってますね……」
「お母さん、私も触りたい!」
「私が抱っこするね!」
ネイリーさんがリリナちゃんを抱っこして、エステルさんに触れさせる。
リリナちゃんは「つめたい!」と目を丸くしていた。
『警告。150秒以内に装置を再稼働してください』
「よし、皆、離れてくれ」
ベルゼルさんに言われて、皆が手を引っ込めて一歩下がる。
すぐに蓋が動き出し、再び閉まった。
「では、これからエステルを解凍する」
そう言って、ベルゼルさんが再びモニターのボタンを操作する。
俺たちが見守る中、シューッという音とともに装置の中のエステルさんが白い煙に包まれた。
『蘇生完了まで、5、4、3――』
機械音声のカウントダウンが始まり、0を告げる。
ビーッ、という大きな音が装置から響き、プシュッ、と蓋が持ち上がった。
蓋がゆっくりと、横にスライドする。
「ブハァッ!?」
蓋が横にスライドしきると同時に、エステルさんが勢いよく身を起こした。
ベルゼルさんがバケツを拾い上げ、エステルさんの前に差し出す。
エステルさんは苦しそうに喉を押さえて、ヒュッ、ヒュッ、と呼吸をした。
「え、エステルさん、大丈夫ですか?」
「げっほ! げほ! うっ!」
「「「うわあ!?」」」
エステルさんが涙と鼻水を垂らしながら、勢いよくバケツに嘔吐した。
それを見ながら、ベルゼルさんが満足そうに頷く。
「うむ。元気そうだな」
「あ、あの、ものすごく苦しそうにしていますが……」
げろげろ、とむせながら吐いているエステルさんの姿に、アレイナさんはドン引きだ。
ベラドンナさんが慌てて駆け寄り、エステルさんの背中を摩っている。
「ああ。これはいわゆる『冷凍酔い』だな。誰でもああなるのが普通だから、気にしなくていい」
「ええ……」
「エステル、大丈夫? 体、動く?」
「うう……気持ち悪いよう。怖かったよう。もうやだぁ」
バケツを抱えて泣くじゃくるエステルさん。
ベラドンナさんは、そんな彼女の頭をよしよしと撫でている。
なるほど、確かにバケツは必要だな……。
「このとおり、いつでも元通り目覚めることができる。アレイナさん、安心できたかな?」
微笑むベルゼルさんに、アレイナさんは頬を引きつらせるのだった。