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144話:治療の提案

 街に帰って来た俺たちは、診療所でゼェルさんやノーラさんたちも交えて、食堂で雑談をしていた。

 あれからアレイナさんは時折小さな咳をすることはあっても、湖の時のような激しい咳はしていない。

 元気な様子のアレイナさんに、ゼェルさんたちはほっとしているようだ。


「ひさしぶりに外に出られて、すごく楽しかったです。明日も、また出掛けちゃおうかしら」


 アレイナさんが膝の上にリリナちゃんの頭を撫でながら微笑む。

 いい気分転換になったようだ。


「うーん。あまり長く外には……何かあるといけませんから」


 楽しそうに話すアレイナさんにゼェルさんが言うと、ノーラさんたち看護師さんたちも頷いた。

 ちなみに、『夢見が丘』に行ったという話はゼェルさんたちにはしていない。

 多くの人に知られて万が一にも木が荒らされたら嫌だから、というのがアレイナさんの言い分だ。

 俺たちに教えてくれたのは、奇跡の光のことなどのお礼だろうか。


「ですね。今日みたいに夕方近くまでというのは、ちょっと心配です」


「思いっきり遊ぶのは、もっと元気になってからいいですよ」


「今度からは、私たちの誰かが付いて行ったほうがいいかも」


 口々に心配してくれる妖精看護師さんたち。

 アレイナさんも「分かりました」と微笑んだ。

 街から1時間もかかる場所にまで行ったこと、話さなくてよかったな。


「あ、コウジ。ベルゼルさんが来たみたい」


 そうして話していると、チキちゃんが耳をピクピクと動かして窓に目を向けた。

 数秒して、バサバサと翼の羽ばたく大きな音が響いてきた。


「俺、出迎えてきますね。アレイナさんたちは、ここで待っててください」


「私も行く」


「私も行きますですよ!」


 チキちゃんとノルンちゃんを連れ、俺は食堂を出た。




 玄関に行くと、おでこにゴーグルを付けたベラドンナさんと、やれやれと腰を摩っているベルゼルさんが入って来た。

 診療所の外観は伝えておいたので、上空からでも見つけられたようだ。


「皆さん! おひさしぶりです!」


 はじけるような笑顔で微笑むベラドンナさん。

 こうして再会するの、何回目だろうか。

 ノルンちゃんとチキちゃんが、笑顔で小さく手を振っている。


「わざわざ来てもらっちゃってすみません。ベルゼルさん、腰、どうかしましたか?」


「いてて……着陸の際に酷く揺れてなぁ。もう少し、座席を何とかできんのか?」


「す、すみません。何か対策を考えておきます」


「うむ。それに、コンテナ内が寒すぎるぞ。防風対策もしたほうがいいな」


 ベルゼルさんはベラドンナさんにそう言うと、俺たちに目を向けた。


「患者を診るとしよう。中にいるのか?」


「はい。こちらへどうぞ」


 ベルゼルさんを連れて、食堂へと向かう。

 2人は物珍しそうに、しげしげと診療所内を見渡していた。


「ふむ。見たところ、大した設備はないように見えるが……ここでは、どんな治療をしているのだ?」


「えっと、薬草から作った薬を使ったり、簡単な傷の治療とかみたいです」


 俺はアレイナさんから聞いた診療所の様子を思い出しながら、ベルゼルさんに説明した。

 薬といっても高度なものではないらしく、街なかで育てている薬草を煎じた物を使っているらしい。

 診療所はここ一軒だけなのだが、そもそも重病人自体が出ることがほとんどないそうだ。

 たまに、虫垂炎になる人がちらほら出るくらいで、他は子供の怪我だとか仕事中に屋根から落ちたといったことがあるくらい。

 アレイナさんのような重病人は、他にはいないとのことだった。

 お産は診療所では取り扱っておらず、街の人たちで協力して行っているとアレイナさんは話していた。


「なるほどな。別の街から医者を呼んだりはしなかったのか?」


「そもそも近くに街がないのと、お金の問題もあるようでして」


「そうか」


「あ、今回の件については、お金の心配はいりませんからね」


 ベラドンナさんが、にこりと微笑む。


「アレイナさんのカゾでの滞在費は、議会に掛け合って予算を取ってきましたので。何の心配もいりませんから」


「え? アレイナさんを、カゾに連れて行くんですか?」


 驚く俺に、ベラドンナさんがきょとんとした顔になる。


「あれ? ベルゼルさんから、聞いていないんですか?」


「何も。ベルゼルさん、説明してもらえると」


「まあ、待て。患者と一緒に、話して聞かせる」


 そうして食堂に着き、ベルゼルさんとベラドンナさんが、「どうも」、とアレイナさんに頭を下げた。

 彼女たちもぺこりと頭を下げ、それぞれ自己紹介を済ませる。

 さて、とベルゼルさんは、近くにあったイスを運んでアレイナさんの前に座った。


「心臓と肺が悪いと聞いているが」


「はい。何年も前から、急に胸が痛くなることがあって。息をする時も、少し胸が痛いです」


 ベルゼルさんは頷きながら、持っていた杖をアレイナさんの前に出した。

 杖の水晶玉から、青白い光が真っ直ぐにアレイナさんの胸に向かって伸びる。

 おー、とアレイナさんを含めた全員が声を漏らした。


「あ、あの、この光は?」


「体の中身を調べるのだ。上着の前を開いてくれ」


「は、はい……えっと」


 ちらりとアレイナさんに目を向けられ、俺とカルバンさんは後ろを向いた。

 ゼェルさんは診療を見届けるつもりのようで、真剣な顔で彼女に目を向けたままだ。

 10秒ほどして、「もういいぞ」とベルゼルさんが言ったので、再び彼女に向き直る。

 ベルゼルさんの正面に、半透明のホログラム画面が浮かんでいた。


「心臓のあちこちに腫瘍ができている。それと、両肺の機能が半分以上死んでいるな。血液にも異常がある」


 彼が言うと、ゼェルさんが険しい顔になった。


「そのようなことまで分かるのですか」


「うむ。呼吸するだけで、かなりの苦痛だろう。痛みに悶えていても、おかしくはないはずなのだが……」


「……それで、治療方法は?」


「そうだな……」


 ベルゼルさんが目を瞑り、少し考え込む。

 皆が真剣な顔で、リリナちゃんは涙目で、言葉を待った。

 数秒してベルゼルさんが目を開いた。


「……半年だ。半年後になら、治療することができる。心臓と肺は人工臓器に入れ替えて、血液は――」


「は、半年!? それでは間に合い……っ」


「ベルゼルさん!」


 俺は思わず声を荒げてしまった。

 ゼェルさんも思わず口走ってしまい、慌てて口を閉ざす。

 リリナちゃんは、ぼろぼろと涙をこぼして泣き始めてしまった。

 アレイナさんは落ち着いた様子で、リリナちゃんの頭を撫で始めた。

 ベルゼルさんには、ゼェルさんの見立てではアレイナさんは余命半月だと伝えてある。

 それなのに、どうしてそんなことを言ったのだろうか。


「そうですか。仕方がありませんね」


 アレイナさんが、ゼェルさんに目を向ける。


「先生。私は、あと1カ月くらいは生きられますか?」


「……その半分くらいかと思います。気付いていたのですか?」


「はい。自分の体ですから」


 アレイナさんが微笑み、ベルゼルさんを見る。


「わざわざ来てくださって、ありがとうございました。私は、最後までここで――」


「まあ、待て。最後まで聞け。早とちりするでない」


 ベルゼルさんが呆れ顔で言う。


「アレイナさん。お前さんには、半年の間、コールドスリープをしてもらう」


「こ……何ですか?」


 聞いたことのない単語に、アレイナさんが怪訝な顔になる。


「コールドスリープ。つまり、冷凍状態で眠るのだ。その間に、私は治療装置の復旧と人工臓器の開発を行う」


 その台詞に、俺とノルンちゃんは「おお!」と声を上げた。

 コールドスリープは、SFアニメや映画で見たことがある。

 人を超低温で仮死状態にして、何年、何百年と眠らせることのできる装置だ。

 そういえば、ベルゼルさんは『休眠装置』で2000年もの間眠っていたと話していた。

 その装置が、コールドスリープをするものなのだろう。


「コールドスリープをするにあたって、装置を修理せねばならん。だが、それは2日もあれば終わるだろう。また3日後、迎えに来る」


「……身体を凍らせて眠るって、そんなことが本当にできるのですか?」


 アレイナさんが疑うような視線をベルゼルさんに向ける。

 確かに、急にそんなことを言われても信じられないだろうな。


「アレイナさん、大丈夫ですよ! ベルゼルさん自身、その装置で2000年間も眠っていたんですから!」


 思わずイスから立ち上がって言う俺を、アレイナさんが驚いた顔で見る。


「ベルゼルさん、アレイナさんの病気は治せるんですよね!?」


「うむ。脳に異常はないようだからな。まず大丈夫だろう」


 苦笑しながら頷くベルゼルさん。

 俺は力が抜けてしまい、すとん、とイスに腰を下ろした。


「はあ、よかった。安心した……」


「コウジ、よかったね」


 チキちゃんも嬉しそうに微笑みながら、よしよしと俺の頭を撫でる。

 もしもアレイナさんが死んでしまったらと考えると、リリナちゃんが不憫すぎて俺はずっと不安だった。

 俺自身が何かをしたわけではないけれど、何とかなると分かって自分のことのように嬉しさが込み上げる。

 それはプリシラちゃんたちも同じようで、ほっとした顔になっていた。


「ふむ。だが、半年か」


 プリシラちゃんがつぶやき、うーん、と唸った。

 ネイリーさんが、小首を傾げる。


「お師匠様、どうしたんです?」


「いやな、半年後には治るとはいえ、その間はリリナが寂しいと思ってな」


「あー、確かに。半年って、けっこう長いですよね」


「うむ。そこで提案なんじゃが――」


 プリシラちゃんが、昨日話してくれた、アレイナさんの記憶を取り込んだゴーレムの話をし始めた。

 アレイナさんそっくりのゴーレムを作り、彼女が眠っている間は、ゴーレムにアレイナさんの代わりにリリナちゃんと過ごしてもらおうという提案だ。

 アレイナさんの治療が終わったら、ゴーレムが見たものをアレイナさんに映像として見てもらおうということらしい。

 見た目はそっくりで声も同じ、思考こそできないが、身の回りの世話や水晶の記憶を元にした受け答えはできるらしい。


「――というわけじゃ。どうかの?」


「……リリナは、どうしたい?」


 アレイナさんがリリナちゃんに尋ねる。


「人形のお母さんができるってこと?」


「うむ。少しでも寂しさが紛れればと思ってな」


「んー、それなら、お母さんじゃなくて、かわいい女の子のお友達がいいな。リリナのお母さんは、お母さんだけだもん」


 リリナちゃんはそう言って、にぱっと明るい笑顔をアレイナさんに向けた。

 俺たちの話を聞いて、すっかり安心してくれたようだ。


「お母さんが元気になるまで、私、待ってる! だから、お友達がいい!」


「ん、そうか。どんな見た目にしようかの?」


「かわいい子!」


「おおざっぱすぎるじゃろ……」


 2人のやり取りに、皆が笑う。

 アレイナさんは、リリナちゃんの頭を撫でながら、静かに微笑んでいた。

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