142話:優しい想いの素晴らしきことかな
「皆さん、朝ですよ!」
元気な声に目を覚まし、目隠しに付けていたタオルを外す。
真上に輝く奇跡の光が、これでもかと自己主張していた。
「うおっ、まぶしっ!」
「コウジさん、おはようございます!」
声に目を向けると、白衣姿のノーラさんがベッドの前に浮いていた。
とても明るい笑顔で、朝から元気を貰えた気分だ。
「おはようございます」
「んー……」
隣で寝ていたチキちゃんがもぞもぞと動き、ハンカチをずらして目を細めた。
「……ノーラさん、おはようございます」
「チキさんも、おはようございます! 朝ごはんができていますので、食堂へどうぞ」
ノーラさんはそう言うと、アレイナさんのベッドに目を向けた。
アレイナさんとリリナちゃんも起きたようで、タオルを外して体を起こしている。
俺たちに目を向け、2人とも「おはようございます」と挨拶してくれた。
「アレイナさん、リリナちゃん、おはようございます! 今、食事を持ってきますね!」
「ありがとう。でも、今日は私も食堂でいただこうかしら」
「えっ? 大丈夫なんですか?」
「ええ。何だか、すごく体が軽くて。コウジさんの光のおかげかしら」
そう言って、アレイナさんが奇跡の光を見上げる。
どうやら、この光はなかなかの効果を発揮してくれたようだ。
普段から体内に光を持っている俺にはよく分からないのが残念だ。
疲れていても一晩眠ればばっちり体力が回復しているから、恩恵は十分あるんだろうけど。
「それじゃ、行きましょうか」
「お母さん、私に掴まって」
「ええ。ありがとう」
リリナちゃんに支えてもらいながら、アレイナさんがベッドから下りる。
俺とチキちゃんもベッドから下りて、皆で食堂に向かった。
「えっ。今日の夕方に、ですか?」
食事を食べながら俺がベルゼルさんが来ることを話すと、アレイナさんは驚いた顔になった。
「はい。医療に精通している人なんで、もしかしたら助けになるかと思いまして」
「まあ。わざわざすみません……んんっ」
アレイナさんが咳払いをする。
「お母さん、大丈夫?」
心配そうな目を向けるリリナちゃんに、アレイナさんは「大丈夫」と微笑んだ。
「昨晩は、ひさしぶりにぐっすり眠れました。体もすごく調子がいいですし、このまま治ってしまいそうです」
「いやぁ、さすがにそこまでの効能は……それと、ベルゼルさんも助けになれるかどうかは分からないらしくて……もしアテが外れてしまったら、すみません」
「いえいえ。とてもありがたいです。ありがとうございます」
アレイナさんがにこりと微笑む。
すると、「そうだ」、とアレイナさんがぱちんと手を合わせた。
「もしよろしければ、街を案内させてもらえませんか?」
「えっ? でも、体がつらいんじゃ」
「コウジ、馬車を使えばいいよ。案内してもらおう?」
チキちゃんの言葉に、俺は少し考えてから頷いた。
「うん、そうだね。ただ、あまり無理はしないでくださいね? つらくなったら、すぐに言ってください」
「はい。ありがとうございます」
というわけで、アレイナさんに街を案内してもらうことになったのだった。
「ほう、街の散策か」
食後、プリシラちゃんの病室に立ち寄って、俺たちは今日の予定を話していた。
プリシラちゃんは病室に食事を運んでもらって済ませたとのことだ。
昨晩少し体を動かしただけだというのに、全身筋肉痛で動けなかったらしい。
「はい。プリシラちゃんも行きますか?」
「うむ。ただ、筋肉痛がつらくてかなわん。馬車までは、コウジがおぶってくれ」
「了解です」
「それじゃ、お母さんを着替えさせてくるね」
リリナちゃんが言い、アレイナさんと病室に戻って行く。
俺とチキちゃんは私服のままなので、このまま行く予定だ。
昨日は風呂に入っていないうえに着替えもしていないので、馬車に乗ったら着替えたほうがよさそうだ。
「アレイナの体調は良さそうだな」
「奇跡の光が効いたみたいです。ひさしぶりに熟睡できたって言ってましたよ」
「そうか。ならば、いくらかは延命できるかもしれんな」
プリシラちゃんが「いてて」と言いながらベッドから足を下ろす。
「さて、服を着替えるか。そこの棚から出してくれんか」
「私が出すね」
衣裳棚に入っていたプリシラちゃんの服を、チキちゃんが取り出した。
「コウジ、あっち向いてて」
「はいよ」
俺が背を向けると、チキちゃんに手伝われながらプリシラちゃんが着替えを始めた。
筋肉痛がつらいのか、いたた、といった彼女の声が時折漏れる。
「しかし、こんなことならネイリーからポーションを貰っておけばよかったわい。痛くて堪らん」
「あー、確かに。ネイリーさん、いつ頃戻って来ますかね?」
「早ければ昼前には戻って――」
「おっまたせー!」
プリシラちゃんが言った時、大きなバッグを手にしたネイリーさんが部屋に入って来た。
着替えをしているプリシラちゃんを見て、「おや」、と声を漏らす。
「お師匠様、お出かけですか?」
「うむ。馬車でアレイナに街を案内してもらうことになってな。本は見つかったか?」
「はい。部屋がぐっちゃぐちゃで、苦労しましたよ。ああ、眠い」
ネイリーさんがあくびをしながら、プリシラちゃんのベッドに向かう。
「コウジ、着替え終わったよ」
「うん」
俺が振り返ると、魔女っ娘姿のプリシラちゃんがバッグの中身を確認していた。
「メモにあった本は全部持ってきました。あと、『ポーションのすべて』も持ってきちゃいました」
「ん? 『ポーションのすべて』は、お前の本じゃろ? すべて暗記したと言っていなかったか?」
プリシラちゃんが尋ねると、ネイリーさんが「はい」と微笑んだ。
「リリナちゃんにあげようかなって。一緒にポーション作りでもして、元気出してもらえればと思うんです」
「そうか。まあ、ポーションで病を治すことはできないと、ちゃんと伝えておくのじゃぞ……いたた」
プリシラちゃんが筋肉痛に顔をしかめる。
「ネイリー、痛み止めのポーションをくれ。筋肉痛がどうにもならん」
「はい。りんご味とみかん味のどっちがいいですか?」
「みかん味にしようかの」
「了解でっす。今は半分だけ飲んで、残りは夜に飲むといいですよ。お師匠様、体がちっちゃいから」
「うむ」
そうしてプリシラちゃんがポーションを飲み終わったところでアレイナさんたちが戻って来たので、皆で診療所を出た。
数十分後。
診療所に来たノルンちゃん、カルバンさんと合流し、俺たちはフェアリーパークシティをアレイナさんたちに案内してもらっていた。
いたるところに花が咲いており、そこかしこに妖精の姿が見られる。
昨夜は薄暗くてよく見えなかったが、あちこちに並ぶ建物はどれもこじゃれていて、妖精たちの姿も相まって何とも幻想的だ。
白い漆喰の建物が多いようで、数軒、新たにドワーフたちが建築している姿が見える。
俺は馬車の後ろでノルンちゃんとチキちゃんに挟まれて、ぶらぶらと足を揺らしながら流れていく景色を眺めている。
奇跡の光は、馬車の天井付近に出しっぱなしだ。
すれ違う人が時折、アレイナさんの姿を見て声をかけているのが聞こえてくる。
「綺麗だなぁ。こういう場所で暮らすっていうのもいいな」
「居住地候補に追加ですね! ご希望があれば、フェアリーとして転生することもできますよ!」
「むむ。自由に空を飛び回れるのっていいな。翼人に転生でもいいけども」
「私は翼人がいいな。ベラドンナさんが空を飛ぶの、すごく綺麗だったから」
チキちゃんはそう言ってから、ちらりと御者台を振り返った。
アレイナさんの膝の上にリリナちゃんが座り、その隣ではプリシラちゃんが笑顔で話している。
「アレイナさん、すごく元気そう。よかった」
「そうみたいだね。余命半月って話だけど、とても信じられないよね」
「うん。でも、私たちが来るまで、夜寝る時になると何度も咳で起きちゃってたんだって」
昨夜、俺たちが診療所の外に出ている間に、チキちゃんはアレイナさんから体のことを含めて、今までのことを聞いていたらしい。
ここ2年でどんどん病気が悪くなってしまい、働くことができなくなってしまったこと。
入院費が払えなくなっても、「そういうことは治ってから考えてください」、とゼェルさんが無料で入院させてくれていること。
ノーラさん姉妹がリリナちゃんのことをいつも気にかけてくれていて、すごく助かっていることなど。
何とも温かい話に、チキちゃんは感激したらしい。
「奇跡の光のこと、すごく喜んでたよ。きっとこのまま治っちゃうって」
「そっか。でも、病気が良くなってるわけじゃないからなぁ。ベルゼルさんが、どうにかしてくれればいいんだけど。俺たちも、何かできることを探さないと」
「人の心の温かさの、なんと素晴らしいことでしょう」
俺が言うと、ノルンちゃんは腕組みして「うんうん」と頷いた。
「良い結果を迎えられるよう、頑張りましょう! 私も精一杯お手伝いしますので!」
「あ、うん」
「うん……」
微妙な返事をする俺とチキちゃんに、ノルンちゃんは「どうかしましたか?」と小首を傾げた。
これはどうも、ソフィア様に頼むのは無理そうだな……。
はあ、とため息をつく俺とチキちゃんに、ノルンちゃんは頭にハテナマークを浮かべていた。