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14話:感染源

 はっとして目を覚まし、周囲を見渡す。

 辺りは薄暗いのだが、何かがおかしい。

 すごく心地よいのだが、身体がふわふわしていた。

 目の前に、ミニチュアサイズのノルンちゃんが浮かんでいる。

 どうやら、俺たちは何かの液体の中に浮かんでいるようだ。

 不思議なことに苦しくなく、肺が液体で満たされているのに呼吸もできた。

 しばし唖然としながらも、ノルンちゃんに手を伸ばす。

 触れても目を閉じたままで、まったく反応しない。

 胸は上下しているので、呼吸はしているようだ。

 ぷくぷくと、小さな気泡が口から洩れている。

 再び周囲に目を向ける。

 光が透けて見えることから、何かの膜のようなものの中にいるようだ。

 意識を失う前の光景を思い出し、あれかと納得した。

 目の前にミニチュアサイズのノルンちゃんがいるということは、現世に戻ってきたということか。


「っ!?」


 何となく膜に触れた途端、その場所に、ぴしっと縦筋が入った。

 その途端に膜が破け、謎の液体ごと俺たちは外に放り出された。


「げほっ、げほっ!」


 液体を吐き出しながら、激しくむせかえる。

 何とか落ち着いて目を開くと、びしょびしょになった床が目に入った。

 部屋一面、水浸しだ。  


「はあ、はあ……マ、マジか。床どうしよう」


「けほっ、けほっ! あ、コウジさん、お目覚めになられたんですね!」


 部屋の惨状に頭を抱えていると、ノルンちゃんが起き上がった。

 見たところ傷もなく、元気そうだ。


「眠っている間に現世に戻ってきちゃったんですね。修復が早く済んでよかっ……うひっ!?」


 ノルンちゃんが部屋の隅に目を向けて、引きつった声を漏らした。

 俺も、その視線を追う。

 白髪セミロングのエルフの少女が、横たわっていた。


「ちょ、ちょ、ちょっと! さっき噛みついてきた娘じゃん!? ノルンちゃん、早く縛り付けて!」


「こっちの世界じゃ、あんな真似できないですよ! 体だってミニチュアサイズですし!」


「何だってー!?」


「……ん」


 俺たちが騒いだせいか、少女がうっすらと目を開いた。

 もそりと身を起こし、顔を引きつらせている俺たちを交互に見やる。

 一拍置いて、周囲をきょろきょろと見渡した。


「ここはどこ?」


 涼やかな声で、俺に問いかける少女。

 襲ってくる気配はない。


「さ、さっきまでいたところとは別の世界です」


「……あの世ってこと?」


「い、いや、本当に単なる別の世界。俺たちが原因で、キミを巻き込んで転移しちゃったんだ」


「……そう」


 あまり興味がなさそうに、少女が答える。

 そして、自分の手のひらに目を落とした。


「……胞子、出ないや」


「……え?」


「変異もできない。あはは、何もできなくなっちゃった」


「え、どういうこと?」


「私の血が効いたようですね……念のために飲ませておいてよかったです」


 ほっと、ノルンちゃんが胸をなでおろした。

 俺も感染症は治癒してるみたいだし、彼女の血液が効いたのだろう。


「……もういいや。私のこと、憎いでしょう? 殺して」


「ちょ、いきなり何を……」


「さっきのを見たんだから、分かるでしょう? 私が、里の皆を殺したの。私のせいで、皆あんなふうになったの」


「……あなたが、あのキノコの感染源ってことなのですね?」


 ノルンちゃんが少女に問いかける。


「そう。全部私が原因。私が、皆を食べちゃったの」


「一から説明してもらえますか?」


 ノルンちゃんがうながすと、少女はゆっくりと話し出した。

 曰く、彼女は近くに飛ばした胞子を昆虫に寄生させて自分の周りに引き寄せ、養分を吸い取るキノコだったらしい。

 それがいつしか知性を持ち、自分の意志で動けるようになったうえに、養分を吸った生き物に変異できるようになったとのこと。


「色んな生き物の養分を吸いながら、私は森を彷徨った。その時は、まだ思考なんて言えるほど、立派なものは備わっていなかったけど」


 そう言って、少女が俯く。


「そんな時、エルフたちが死んだこの子を埋葬しているところに出くわしたの。すごく美味しそうな匂いがしたのを覚えてる。それで私は、エルフたちがいなくなってから、お墓の上に根を張ったの」


 少女が自分の胸に手を当てる。

 埋葬されたエルフというのは、今目の前にいる彼女のことなのだろう。


「私はこの子の身体から養分を吸い上げた。その瞬間、この子の記憶も知能も、全部取り込んだの。なんて美味しいんだろうって思いながら」


「……捕食した相手の記憶を、まるごと吸収したのですか」


 ノルンちゃんが顔をしかめてつぶやく。


「エルフが美味しくて美味しくて、もう他の虫や獣なんて食べられなくなったわ。でも、この子の記憶が、やめてって叫ぶの。だから、我慢した」


 そう言って、自分の膝に目を落とす。


「でも、お腹が空きすぎて、すぐに限界がきた。その時たまたま近くにエルフが1人来たから、私はその人に飛びついて養分を吸い取ったの。だけど、全然足りなかった」


 俯いた少女が、目を閉じる。

 小さく震えているようだった。


「私はこの子に変異して、記憶をたどって里に行ったの。皆、驚いて近寄って来たわ。私が1人に飛びついて養分を吸ったら、他の人たちが慌てて私を押さえつけようとしたの。でも、皆すぐに咳き込んでばたばた倒れていった」


「その時に感染した人たちは他の人を襲って、どんどん感染が拡大していったというわけですか」


「さっき俺たちがやたらと感染者に襲われたのは、キミが彼らを呼び寄せたってことなのか?」


 俺の問いかけに、少女が首を振る。


「違う。私がお腹を空かすと、キノコに寄生された生き物は私に食べられるために集まってくるの。そうでない時は、獲物を探してあちこち散らばっていく。私が制御してるわけじゃない」


「つまり、感染の原因はキミだけど、もう自分の意思じゃ止められなかったってこと?」


 少女が頷く。


「食べるたびに、その人たちの記憶が私に流れ込んできた。家族や兄妹や恋人を、私は食べ続けたの。遠くに逃げようとして森を出たけど、日の光に当たると余計にお腹が空くし、いくら逃げても追いつかれた。お腹が限界まで空くと私自身も我慢ができなくなって、結局食べちゃうの」


 食べれば食べるほど、他者の記憶が流れ込んでくる。

 我慢しようとしても、感染者が自分から養分を吸われにやってくる。

 しかし、エルフたちの記憶が食べることを拒絶する。

 控え目に言っても、地獄のような日々だっただろう。

 

「もう、どうしようもなくて、ずっとあそこに座ってた。そしたら、あなたたちが来たの。もう、殺されてもいいやって思って付いて行ったんだけど……」


「歩いて空腹になったのと、日の光を浴びたのとで我慢が出来なくなったということですね」


「……うん」


「今は平気なんですか?」


 ノルンちゃんの問いかけに、少女が小さく頷く。


「あなたたちを食べたいと思えない。でも、お腹は空いてる」


「……もしかしたら、普通の食べ物も受け付けるようになってるかもしれない。ちょっと待ってて」


 冷凍庫からチルドのミートソースパスタを取り出し、レンジでチンした。

 皿にあけ、フォークと一緒に彼女に差し出す。

 彼女は黙ってそれを受け取り、一口食べた。


「……美味しい」


 少女が、ぽろぽろと涙をこぼした。

 顔をくしゃくしゃにして、しゃくりあげている。


「ごめんなさい、やっぱり怖い。死にたくない。お願い、殺さないで……」


「……ノルンちゃん」


「何ですか?」


「この娘、ここに置いてあげてもいいかな」


 俺が言うと、少女が顔を上げた。


「こんなの、放っておけない。もう感染症を撒き散らすようなことは無いみたいだし、助けてあげようよ」


「……はい、いいですよ。コウジさんがそれを望むなら」


 呆然と俺を見つめる少女に歩み寄り、しゃがんで目線を合わせた。


「好きなだけ、ここで暮らしていいよ。俺が面倒見るから、何も心配しなくていい」


「いい……の?」


「うん。ここで一緒に暮らそう。あ、家事くらいは手伝ってもらうけどね」


「……っ!」


「おわっ! っとと」


 少女が俺に抱き着いてきて、胸に顔をこすりつけて大泣きを始めた。

 よしよし、と頭を撫でる。

 すると、隣からも鼻をすする音が聞こえてきた。


「……え、何でノルンちゃんまで泣いてるの?」


「ふええ……私、こういうのに弱いんです……」


 その後もしばらくの間、2人の泣き声が部屋に響いていた。

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