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138話:フェアリーナース

「えっ!? お、お母さんがって――」


「妖精の雫……お師匠様、知ってますか?」


 荷台から顔を覗かせているプリシラちゃんに、ネイリーさんが尋ねる。


「ふむ……」


 プリシラちゃんは馬車を降り、女の子の前でしゃがみ込んだ。

 プリシラちゃん自体が小柄なので、女の子をやや見上げる感じになっている。


「お嬢ちゃん。どういうことなのか、聞かせてもらえるかな?」


 優しく尋ねるプリシラちゃんに、女の子は顔を上げた。


「ひっく……お、お母さん、ずっと病気で……」


 しゃくりあげながらも、女の子が説明してくれる。

 話を要約すると、彼女の母親は以前から心臓の病気にかかっているらしい。

 原因不明で手の施しようがなく、すでに意識をなくしているとのことだ。

 医者と看護師が「もってあと半月だろう」と話しているのを、女の子は立ち聞きしてしまった。

 それで、どんな病気でも治すことができる「妖精の雫」というものを探しに、1人で街から出てきたとのことだった。


「お父さんは一緒に来なかったのかの?」


 プリシラちゃんが聞くと、女の子はうつむいた。


「……私、お父さんいないの」


「そうか。妖精の雫というのは、誰から聞いたんだい?」


「これ……」


 女の子が本を開き、プリシラちゃんに見せる。

 それは子供向けの絵本で、どうやら妖精の雫というのは、そのお話の中で出てくるもののようだ。

 お母さんのために、お話の中に出てきたものを探し回っているのか……。


「……あれ?」


 すると、女の子がプリシラちゃんを見て、はっとした顔になった。


「お姉ちゃん、目が覚めたの?」


「ん?」


「ずっと、診療所で眠ってたよね?」


「ああ。私の本体を知っているのか」


 プリシラちゃんはそう言うと、にこりと微笑んだ。


「お嬢ちゃんのお母さんも、診療所にいるのかの?」


「うん」


「なら、一度診療所に行こうか。私の体を、取り戻さねばな」


 怪訝な顔の女の子の頭を、プリシラちゃんはよしよしと撫でた。




 女の子を馬車に乗せ、遠目に見える街へと向かう。

 彼女の名前はリリナというらしい。

 御者台にはプリシラちゃんとリリナちゃんが座っており、俺たちは荷台で作戦会議中だ。


「むう……やっぱり、妖精の雫っていうのは存在しないんですか」


「俺もあちこち旅したが、聞いたこともねぇな」


「私も。絵本に出てくる薬だもんねぇ……」


 カルバンさんとネイリーさんが、開いた絵本に目を落とす。

 お話に出てくるそれは、どんな病気も治す万能薬のようだ。

 もしかしたらプリシラちゃんは知っているのかもしれないけれど、今聞くわけにはいかないな……。


「ノルン様の血を飲んでもらえば、治せたりしないかな?」


 チキちゃんがノルンちゃんを見る。

 そういえば、ノルンちゃんの血は万能薬のような効能があったはずだ。

 チキちゃんのキノコ化の感染症も消し去ってしまったし、寿命がちょっと延びるといった話もしていたな。


「んー。確かに、私の血は解毒効果はありますし、怪我の治癒もできるのです。でも、病気はちょっと難しいのですよ」


「えっ、そうなの?」


「はい。骨折とか火傷といったものは治りが早くなりますし、食中毒や毒蛇に噛まれたりといったことなら治せます。でも、インフルエンザなどの病気や統合失調症などの精神疾患は無理なのです」


 風邪くらいなら治りますよ、とノルンちゃんが付け加える。


「そうなんだ」


 チキちゃんが納得した様子で頷く。

 チキちゃん、たぶん病気の名前を言われても分かってないだろうな。

 そういえば、俺がチキちゃんと出会ってすぐの頃、俺が風邪を引いたかもって話になった時に「病院に行って抗生剤を貰え」ってノルンちゃんは言ってたな。

 俺の奇跡の光も回復効果は微弱だし、病気の治療は難しそうだ。


「まあ、リリナちゃんのお母さんが何の病気なのかも知らないし、まずは診療所に行ってからだね」


 俺の言葉に、皆が頷く。

 そうしてしばらく馬車に揺られていると、プリシラちゃんが「着いたぞ」と声をかけてきた。

 皆で荷台から顔を出す。

 外は夜になっており、月明りはあるけどかなり暗い。

 そんななかでも、目の前の街はぼんやりと光り輝いていた。


「おー。綺麗なところだ」


「花がいっぱいだね。すごく綺麗……」


 俺に続いて、チキちゃんも感想を述べる。

 街の入口には大きなアーチ状の門があり、「フェアリーパークシティにようこそ」と書いてある。

 入口からでも分かるくらいに、街なかは色とりどりの花が咲いていた。

 不思議なことに、いたるところにある花が薄っすらと光って街を照らしている。

 いろいろな種族の人たちが歩いているのに混じり、何やら小さな生き物がふよふよと飛んでいるのが見えた。

 体長30センチくらいで背中に羽が生えており、かわいらしい顔をした人型の生き物だ。


「あれって、妖精かな?」


「うん。コウジ君、妖精を見るのは初めてだよね?」


 ネイリーさんは俺にそう言いながら、ぴょい、と荷台から飛び降りた。

 すると、入口の傍にいた妖精が1人、こちらに飛んできた。

 かわいらしい青色のドレスを着た、女の子の妖精だ。


「あっ、ネイリーさん! 帰ってきたん……って、ええ!?」


 妖精さんが、御者台に座るプリシラちゃんを見て目を丸くする。


「ノーラさん、ひさしぶり! 今日はお仕事、お休みなのかな?」


「う、うん……プリシラさん、いつの間に目が覚めたの?」


「いや、まだ覚めておらんぞ。本体は眠りっぱなしじゃ」


「え?」


 プリシラちゃんの言葉に、意味が分からない、といった顔をするノーラさん。

 まあ、彼女が精神体だなんて分かるはずがないもんな。


「お師匠様、こちら、診療所の看護師のノーラさんです。お師匠様の担当看護師さんですよ」


「おお、そうか。私の体が、世話になったのう」


「あの、何が何だか分からないんですけど……」


 ノーラさんはそう言ってから、プリシラちゃんの隣に座るリリナちゃんに目を向けた。

 妖精の体格で看護師って、できるものなのか。


「リリナちゃんも一緒だったんだね。お昼からいなかったけど、どこに行ってたの? 皆で探してたんだよ?」


「……ごめんなさい」


 暗い顔で項垂れるリリナちゃん。


「この子、お母さんのために薬を探しに行っていたんです」


「……そっか」


 俺の言葉で察したのか、ノーラさんが悲しげな顔になった。

 リリナちゃんの前にまで飛び、よしよし、と彼女のおでこを撫でる。


「お母さん、心配してたよ? 一緒に診療所に戻ろう?」


「……うん」


「皆さんも、一緒にいらしてください。プリシラさんの退院の手続きをしないとなので」


 というわけで、俺たちはノーラさんの診療所へと向かうことになった。

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