137話:妖精の雫
それから10日後の朝。
園内でのんびりと過ごしながら博物館建設を進めた結果、小奇麗な木造の博物館が完成した。
なんやかんやで手伝っているうちに、結局出発は先延ばしになってしまい、博物館の完成まで付き合ってしまったのだ。
ベラドンナさんとマイアコットさんが自分たちの街で宣伝してくれて、本日の開園に合わせて大勢の観光客が農園にやって来ている。
今は、博物館の前でフェルルさんが開館式の挨拶をしているところだ。
先日の恐竜世界への大冒険の話を語る彼女に、観光客たちは興味津々といった様子で聞き入っている。
ベラドンナさんたちも朝早く駆け付けてくれて、皆でフェルルさんの話を聞いていた。
「――というわけでして、館内に展示されている恐竜の剥製の他にも、この地で掘り出された古代人の道具がたくさん展示されています。化石などの一部はお土産として販売もしているので、ぜひ買っていってくださいね!」
「それでは、開館といきますか!」
フェルルさんの友達が言い、ネイリーさんとプリシラちゃんが博物館の引き戸を開けた。
観光客たちが列をなして、中へと入って行く。
「コウジさん、本当に何から何まで、ありがとうございました」
フェルルさんが、すごく嬉しそうに微笑む。
「いえいえ。俺たちも楽しかったですし、気にしないでください」
「ありがとうございます。あの……やっぱり、もう出発してしまうんですか?」
「ですね。さすがに、そろそろバグ取りを再開しないと」
俺たちは博物館の完成を見届けて、今日の午後から出発することになっている。
農園での生活はのんびりしていて楽しいのだけれど、あまりダラダラしていては、いつまで経ってもバグ取りが終わらない。
急ぐ旅ではないとはいえ、目的に向かって進み続けなければ。
「うう、寂しいです……もっと、皆さんと一緒にいたかったです」
「また、遊びに来ますから。再会のベルもありますし、いつでも話はできますよ」
「コウジさん!」
すると、ベラドンナさんとマイアコットさんが声をかけてきた。
2人とも、手に大きな紙袋を持っている。
「これ、お弁当とお菓子の試作品です。旅の途中で、食べてくださいね」
「自信作でさ。けっこう美味しくできたと思うよ!」
「おっ、ありがとうございます!」
2人から紙袋を受け取る。
中には、綺麗な包装紙で包まれた箱が数個と、お重が入っていた。
お菓子と聞いて、観光客の列を整理していたノルンちゃんとチキちゃんが駆け寄って来る。
「おおっ! 大きなお重ですね! どんなお弁当なのでしょうか!」
「ベラドンナさん、マイアコットさん、ありがとうございます」
早くもよだれを垂らしているノルンちゃんと、ぺこりと頭を下げるチキちゃん。
楽しそうな俺たちの姿に、フェルルさんが、はぁ、とため息をつく。
「うう、皆さん笑顔で偉いです……私、どうしてもしょんぼりしちゃいます」
「あはは。だって私、お別れするの、これで2回目だしさ。1回目は寂しかったけど、何だか慣れちゃった」
「私なんて3回目ですよ。何度も再会していたら、寂しくなくなっちゃいました」
マイアコットさんとベラドンナさんが苦笑する。
確かに、盛大にお別れしたと思ったらすぐに再会を繰り返しているな。
再会のベルでも頻繁に連絡を取っているし、俺も寂しさなんて感じなくなってしまった。
「それじゃ、出発しますか。フェルルさん、また会いましょうね」
「お気をつけて! 時々、再会のベルでお話しさせてくださいね!」
フェルルさんの言葉に、俺は笑顔で頷いた。
フェルルさんたちに見送られた俺たちは、馬車で街道を進んでいた。
俺の隣で手綱を握るノルンちゃんが、景色を眺めながら歌を歌っている。
一度も聞いたことのない、牧歌的な歌詞の曲だ。
「かぜーにゆーらーぐミラの葉ー、きらーめく朝日の色ー」
「ノルンさん、歌が上手いねぇ」
「綺麗な声じゃのう」
その透き通った歌声に、荷台のネイリーさんとプリシラちゃんが感心する。
プリシラちゃんは寝っ転がっていて、帽子を顔の上に載せていた。
ノルンちゃんの歌声はいつもすごく心地良くて、俺も大好きだ。
褒められて嬉しかったのか、ノルンちゃんは微笑みながら歌を続ける。
ミラの葉って、天界にある植物かな?
「しかし、ずいぶんとゆっくり進むのう。カルバンよ、あと何日かかるんじゃ?」
「まあ、この調子だと10日ってところだな。もう少しかかるかもしれないぞ」
「むう……まあ、日数に余裕はあるし、よしとするか」
「ん? 何か予定でもあるのか?」
カルバンさんの問いに、プリシラちゃんが帽子をくいっと上げる。
「私が元の体に戻るまでの期限じゃ。体を離れたままだと、肉体が衰弱死してしまうからの」
「えっ!? それ、大丈夫なんですか!?」
驚いて声を上げる俺に、プリシラちゃんが笑う。
「肉体維持用の力はたっぷり残しておいたから、心配無用じゃ。ただのかわいい人形のようなものだからの。食事も排泄も、何もいらん」
「すごいですね。魔法でどうにかしてるってことですよね?」
「うむ。汗もかかないし垢も出ない。肌は常にピチピチを維持させておる。のう、ネイリー?」
プリシラちゃんがネイリーさんに目を向けると、彼女は気まずそうに目をそらした。
「何じゃ。なぜ目をそらす?」
「あー……その、さすがに体は清潔にしないとって思って。診療所の人たちに、毎日体を拭いてもらうように頼んじゃって」
「ええ……見ず知らずの者たちに、毎日裸体を見られているのか……」
「ちゃ、ちゃんと女の人がやってくれてますから!」
「そりゃそうじゃろ。男がやったら、確実にけしからんことをされるわ」
「そ、それで、プリシラちゃんはどれくらい体に力を残しておいたんですか?」
俺が聞くと、プリシラちゃんは「ふーむ」と唸った。
「まあ、あと3カ月といったところじゃな」
「よかった。それだけあれば、街に着くまで余裕ですね」
そうして、俺たちは馬車に揺られ続けたのだった。
10日後の夕方。
俺は手綱を握り、ネイリーさんと御者台に座っている。
あれからも俺たちは景色を楽しみながら馬車で進み、キャンプ生活を続けている。
食べ物はたっぷりあるし、水はチキちゃんが出してくれるし、野菜と果物はノルンちゃんが作ってくれるしで、実に快適な行軍だ。
プリシラちゃんは俺の部屋にあったラノベを1シリーズ、いつの間にか持ってきていて、馬車に揺られながら読破していた。
全員で回し読みしており、それぞれ今は本の虫状態だ。
隣のネイリーさんも、背中を丸めて本を読んでいる。
「はあ。素敵ですねぇ……紆余曲折の末に実る恋。なんて尊いのでしょう」
最終巻を読み終えた荷台のノルンちゃんが、本を胸に抱きうっとりとした顔になる。
昨日読み終えていたプリシラちゃんが、読み返していた1巻を手に、うんうんと頷いた。
「うむ。ちょいと残酷な話もあったが、いい話じゃったな。やはり、物語はハッピーエンドに限る」
「こらこら。こっちはまだ読み途中だぞ。ネタバレすんじゃねえよ」
「ハッピーエンドなんだ。よかった」
カルバンさんとチキちゃんも、本を楽しんでいるようだ。
俺も好きな作品なので、ハマってくれて嬉しい。
「はは、楽しんでくれてるようでよかった。ようやく街が見えてきたし……ん?」
真っ直ぐに延びる街道の先から、誰かが歩いて来るのが見えた。
見たところ、子供のようだ。
ネイリーさんも本から顔を上げ、おや、と声を漏らした。
「子供? 女の子かな?」
「そうみたいだけど……泣いてるっぽいよ」
とぼとぼと歩いて来る女の子に馬車が近づく。
7、8歳くらいの女の子が1人、一冊の本を胸に抱いて、えぐえぐと泣きべそをかきながら歩いていた。
俺とネイリーさんは顔を見合わせ、馬車を止めて降りる。
荷台のノルンちゃんたちも、何だ何だと顔を覗かせた。
「お嬢ちゃん、どうしたの?」
「お父さんとお母さんは? 何で1人でこんなとこにいるのさ?」
俺とネイリーさんが声をかけると、女の子は涙でぐしょぐしょになった顔を上げた。
「……妖精の雫が見つからないの」
「妖精の雫?」
小首を傾げる俺に、女の子がしゃくりあげながら頷く。
「早くしないと、お母さんが死んじゃう……」
女の子はそう言うと、わんわんと大声で泣き出した。




