136話:博物館作りのお手伝い
翌日から、俺たちはフェルルさんの化石博物館建設計画を手伝い始めた。
過去の世界から持ち帰った骨や道具がメインの展示品になるけれど、これからたくさんの化石や遺物が掘り出されるはずだ。
漬物屋の一角ではすぐにスペース不足になるはずだから、新たに建物を一棟作ることになった。
「とりあえず、これくらいでいいか。嬢ちゃん、水を出してくれ」
「うん」
カルバンさんが大きな木箱に泥と藁を入れ、そこにチキちゃんが魔法で水を入れる。
「そんくらいでいいぞ。コウジ、ほれ」
「ども」
渡された棒を手に、俺とカルバンさんでそれを混ぜる。
今作っているのは、土壁の材料だ。
フェルルさんが遺物発掘中に出た泥が大量にあったので、捨てに行くのも面倒だから壁の材料にしようとカルバンさんに提案された。
カルバンさん、冒険者時代に左官屋さんみたいな仕事もしたことがあるらしい。
「~♪」
少し離れた所では、ノルンちゃんが歌いながらくるくると踊っている。
彼女の周囲には大量の葦と竹が生えていて、それを育てているのだ。
それにしても、ノルンちゃんの歌声、すごく綺麗だな。
「ノルンちゃん、その歌って、ミントさんのお葬式の時の讃美歌?」
俺が聞くと、彼女は踊りながらにこりと微笑んだ。
「はい! すごく綺麗な曲だったので、お気に入りなのです」
「すごいね、一回で歌詞を覚えちゃったのか」
「ふふん。これでも、記憶力には自信があるのです。学校の試験でも、常に上位5%以内をキープしていたのですよ」
ノルンちゃん、まさかの秀才だったのか。
大学をやっとこさ卒業した俺とは大違いで羨ましいな。
「ほっ、ほっ、ほっ」
「よっこいせー、よっこいせー」
やや離れた場所では、プリシラちゃんとネイリーさんが、魔法で建設予定地の草刈りをしている。
プリシラちゃんが真空刃で草を刈り、ネイリーさんがそれを風で舞い上げて一カ所に集める。
見事な連係プレーで、ぼうぼうだった場所が瞬く間に綺麗になっていく。
草は地面すれすれのところで刈られ、残っているのは地面から突き出した茎だけだ。
「よおし、こんなもんじゃろ。焼くぞ」
「了解でっす!」
たたっとネイリーさんが離れると、プリシラちゃんは杖を振りかざした。
「えーと……地獄の猛火よ、その姿を現世に現せ!」
物騒な詠唱と共に、建設予定地の真上に巨大な火の玉が出現した。
詠唱は掛け声みたいなものってネイリーさんは言ってたから、気分を盛り上げるための台詞なのだろう。
「プリシラファイヤー! ちぇすとー!」
プリシラちゃんが叫ぶと同時に、火の玉が爆散して無数の小さな火球となって地面に降り注いだ。
猛烈な火力で地面が炎上し、茎だけになっていた草があっという間に燃え尽きる。
そのあまりの火力に、俺たちのところまでその熱気が伝わってきた。
「うへ。プリシラちゃん、マジですごいですね」
「天才だからな。ふふふ」
ぺたんこな胸を張るプリシラちゃん。
炎はすぐに消え去り、黒く焼け焦げた地面が出来上がった。
「おーい!」
頭上からの声に顔を向けると、グランドホークが大きなコンテナを掴んで舞い降りてきた。
グランドホークの背に乗ったベラドンナさんが、着陸と同時に地面に飛び降りる。
何だか、前に切ない別れかたをしたわりには、俺たちよく会ってるな。
「お手伝いに来ましたっ!」
「いらっしゃい、ベラドンナさん。数日ぶりですね」
「はい! 皆さん、ご無事でなによりです」
「おーい! ベラちゃん、開けて―!」
牢屋に捕らえられた囚人のようにコンテナの柵を掴んでいるエステルさんが呼びかける。
「あっ、ごめん!」
ベラドンナさんが鍵を開け、ぞろぞろと皆が出てきた。
「あ、マイアコットさん。リルちゃんとポンスケ君も」
「やあ! ベラドンナが誘ってくれてさ。せっかくだから来ちゃった」
「コウジさん、おひさしぶりです!」
「綺麗なところだね……」
片手を挙げる作業服姿のマイアコットさんと、かわいらしく微笑むリルちゃん。
ポンスケ君はワサビ農園の風景が気に入ったようで、瞳を輝かせている。
「やれやれ、空の旅は冷えて敵わんな」
杖を突きながら出てきたベルゼルさんが、俺に歩み寄る。
「で、恐竜の死体というのはどこだ?」
「恐竜なら、フェルルさんが剥製にしてるところです。見せてもらいに行きます?」
「うむ」
「あっ、私も見たいです!」
ベラドンナさんが手を挙げると、マイアコットさんたちも「見たい!」と言い出した。
じゃあ行こう、と皆を連れて、フェルルさんが作業をしている漬物屋へと向かう。
「あれから、カゾはどんな感じですか? 観光事業、上手くいってます?」
俺が聞くと、ベルゼルさんは得意げに「うむ」と頷いた。
「順調に観光客が増えているぞ。あれから、天空島の紹介も兼ねて、お前たちが警備ロボットと戦っていた様子の上映も行っているんだ」
「えっ、あの時の映像、録画してたんですか?」
「警備ロボットにはカメラが付いているからな。迫力満点な戦闘シーンが、実に好評だ」
「でも、無料上映はやっぱりもったいなかったですよ。少額でも取ればよかったのに」
エステルさんが、少し残念そうに言う。
「損して得取れと言うではないか。付加価値が多ければ多いほど、いい噂が広まって客が増えるのだぞ」
「うーん……でもなぁ」
「まあまあ。今のところ上手くいってるんだし、いいじゃない。エステルのお給料だって、増やせたんだからさ」
「そ、それはそうだけど」
納得いかない様子のエステルさんを、ベラドンナさんが宥める。
3人とも、まあまあ上手くやっているようだ。
「マイアコットさんのところは、どんな感じですか?」
俺が聞くと、マイアコットさんはにこっと笑った。
「もうばっちり! 掘り出した機械のおかげで石炭は山ほど採れるし、観光業もバカ受けでさ!」
「あ、もう観光を始めたんですか」
「うん。ベラドンナにお願いして、カゾからグランドホークで直通のツアーを組んでもらってるの」
マイアコットさん、とても嬉しそうだ。
魔法障壁が消えてグランドホークが使えるようになったから、カゾからもひとっ飛びなのは楽でいいな。
「炭坑見学ツアーとか、遺物発掘場の見学ツアーが好評なの。ミントさんのお墓も、観光地にしちゃったんだ」
「あのお墓、すごく綺麗ですもんね。ミントさんも、きっと喜んでますよ」
「だといいなぁ。ミントさん、また会いたいな……」
そんな話をしながら、漬物屋に入った。
中では、フェルルさんが小型恐竜の骨に蝋を塗っていた。
剥がされた皮がテーブルに置かれていて、観光客が何人かその様子を見学している。
「フェルルさん」
「あ、コウジさん。そちらの方々は?」
ベラドンナさんたちを紹介し、それぞれ自己紹介をする。
皆、恐竜に興味津々だ。
ベルゼルさんはさっそく撮影を開始し、ワサビ農園の紹介パンフレット作製に使うと意気込んでいた。
この場所も、観光地としてもっと人気が出るといいな。
ベラドンナさんたちから話を聞いたり農園を案内しているうちに、あっという間に夜になった。
今は夕食を終えて、皆でお風呂を楽しんでいるところだ。
「こういうのも、なかなか新鮮でいいな」
ベルゼルさんが湯舟に浸かりながら、幸せそうに言う。
翼ごとお湯に浸かっているのだけれど、出る時に重たくなりそうだな。
「やっぱり温泉はいいですよねぇ。カゾでも、温泉が出ればいいのに」
「山のあたりで深く掘れば出るだろうな。今度調査をしてみるとしよう」
「はあ、いいなぁ。俺、こんな綺麗な場所に住みたいよ」
首元まで浸かったポンスケ君が、とろけそうな顔で言う。
「イーギリだっていいところじゃん。これぞ機械都市って感じでさ」
「そうだけど、こんなところを見ちゃうと、イーギリは何だか小汚く感じちゃうよ」
不満げにするポンスケ君に、カルバンさんが笑う。
「いやいや、考え方を変えてみろよ。普段、そういうところに住んでるからこそ、こういう場所が新鮮に感じられるんだ。ずっと住んでたら、いくらいい場所でも飽きちまって何も感じなくなるぞ」
「うむ。そういう考え方もあるな。私だって、ここに住みたいと感じるぞ」
同意するベルゼルさん。
ポンスケ君は「そうかなぁ?」と半信半疑だ。
「まあ、何日かは泊っていくんだし、旅行気分で楽しんでいきなよ。それでまた、ちょくちょく遊びにきたらいいじゃん」
「んー、そうだね。そっか、旅行か」
「うん。だからさ、ポンスケ君が大人になったら、もっとあちこち出掛けてみてもいいんじゃない? きっと楽しいよ」
「そっか。そうしてみようかな」
俺の言葉に、ポンスケ君は納得したようだ。
この世界は地球と同じくらい大きいと、ノルンちゃんは言っていた。
まだ見ぬ素敵な場所は、きっと数えきれないほどにあるはずだ。
「コウジさんたちは、次はどこに行くの?」
「フェアリーパークシティってとこだよ」
「ふうん。聞いたこともないや」
「あー、フェアリーパークシティはけっこう遠いぞ」
カルバンさんが口を挟む。
「あ、そうなんですか?」
「ああ。馬車だと何日かかるか……俺も行ったことはないんだけどさ」
「そっか……ということは、皆とは本格的に会いにくくなりますね」
「だな。まあ、どうしても会いたくなったら、女神さんに運んでもらえばいいだろ。あれ、めちゃくちゃ速いしさ」
「はは、確かに。さて、俺はそろそろ出ようかな」
俺が湯舟から上がると、隣の女湯から「わあ!?」と声が響いた。
そちらを見てみると、あったはずの壁が半透明になっており、女湯が丸見えになっていた。
俺を含め、男性陣は目が点になる。
「これが透過の魔法じゃ。丸見えじゃろう?」
「すごいですね! あっちからは見えてないんですよね?」
「うむ!」
湯舟に浸かっているプリシラちゃんがにやりと笑いながら、しっかりと頷いた。
ノルンちゃんは半透明の壁に駆け寄り、まじまじと俺を見る。
チキちゃんとネイリーさんも、壁に駆け寄ってきた。
3人とも素っ裸だ。
ベラドンナさんとフェルルさんはお湯に浸かりながら、「あわわ」と恥ずかしそうに手で顔を覆っている。
マイアコットさんは「すごいねぇ!」と感心しているが、エステルさんは呆れ顔だ。
ポンスケ君は全裸のノルンちゃんたちに、硬直してしまっている。
「お、おい。女神さんたち、こっちからは見えてないと思ってるみたいだぞ」
カルバンさんが小声で俺に言う。
「プリシラちゃんのいたずらですね……見えてないふりをしておいたほうが――」
「おい、お前ら。こっちからも丸見えだぞ」
ベルゼルさんが空気を読まずに、呆れ顔で言い放つ。
ノルンちゃんたちがぎょっとした顔になった瞬間、プリシラちゃんが爆笑しながら魔法を解いた。
半透明だった壁が元に戻り、女湯から怒声が響き渡った。




