135話:貸切露天風呂
その後、農園の人たちを集めて事情を説明し、フェルルさんたち主導で本格的な博物館を作ることが決定した。
ベラドンナさんにも連絡し、「よかったですね!」と喜んでもらえた。
今は、宿で夕食を兼ねたお疲れ様会をしているところだ。
「いやはや、やはり文化的な生活というのは素晴らしいな」
プリシラちゃんが野沢菜漬けを摘まみながら、芋焼酎をちびちびと飲む。
「それにしても、コウジは気前がいいな。博物館の建設費用をすべて出すとは」
「本当にありがとうございます! 何から何まで、お世話になりっぱなしで」
フェルルさんが嬉しそうに微笑む。
以前のストーンドラゴンの残骸販売で懐事情はすこぶるいいので、建設費用は俺たちが出すことにしたのだ。
漬物屋さんの一角でってのは、これからを考えると手狭だろうとの判断だ。
「たくさん遺物を掘り出して、たくさん展示できるように頑張ってくださいね。そのうち、見学しに帰ってきますから」
「はい! たっくさん展示できるように頑張ります!」
「掘れば出てくるのは確実っていうんだから、頑張るしかないよね!」
「でも、私たちが必死に掘ってた山にも、虫とかの化石はあったからさ。あっちも、もっと掘らないとだよ」
フェルルさんの仲間たちも、わいわいと楽しそうだ。
フェルルさんを含めて5人なのだが、これから故郷に連絡して、もっと仲間を集めるらしい。
大発掘ポイントが見つかったと言えば、来てくれる人がいるだろうとのことだ。
「それに、ウサンチュミントまでたくさんいただいてしまって。本当に助かります。ありがとうございます」
フェルルさんがノルンちゃんに頭を下げる。
「いえいえ。これくらい朝飯前なのです。畑を作っていくつか育てていきますので、お世話してあげてくださいね」
「はい!」
「コウジ、そろそろお風呂行こうよ。ここ、離れに貸切露天風呂があるんだって」
隣で食後のお茶を飲んでいたチキちゃんが、熱っぽい目で俺を見る。
「え。あ、ああ、そうだね」
「あっ、チキさん、ずるいのですよ! 今日は私に譲ってもらいたいのです!」
ノルンちゃんが言うと、チキちゃんが右こぶしを突き出した。
「じゃんけんで決めるのはどう?」
「分かりました!」
「あはは。コウジ君、相変わらずモテモテだねぇ」
じゃーんけーん、と手を振る2人を見て、少々酔っ払い気味なネイリーさんが茶化す。
「いやぁ、はは……」
「いいなぁ。私もコウジ君に、後で一晩お願いしちゃおうかな?」
「ちょ、何を――」
「「ダメ!」です!」
キッ、とネイリーさんを睨みつけ、チキちゃんとノルンちゃんが叫ぶ。
「じょ、冗談だって。本気にしないでよ」
「冗談に聞こえない」
「コウジさんはケモミミ魔女っ娘ものの同人誌を読んでいたから心配なのです。ネイリーさんはドストライクなはずなのですよ」
ノルンちゃんの発言に、げっ、と思わず声が漏れてしまう。
「同人誌? 何それ?」
「平たく言えば、えっちな漫画本なのです。強気な魔女っ娘に男性が襲われてエロエロな展開のものがお好みのようで――」
「やめてくれー! いいからさっさとじゃんけんしろ!」
そうして話をぶった切り、2人にじゃんけんをさせたのだった。
上機嫌なノルンちゃんに腕を絡ませられ、宿を出てすぐ隣の貸切露天風呂へと向かう。
さらさらと流れる川の音と、りんりんと綺麗な虫の音でいい雰囲気だ。
「んっふっふ。一世一代の大勝負に勝利したのですよ」
ニヤニヤが止まらないノルンちゃん。
あれからじゃんけん勝負をしたのだが、何度もあいこになってかなり白熱した。
チキちゃんが「次はパーを出す」と心理戦を仕掛け、ノルンちゃんはそれまで出していたグーで押し切る覚悟だったらしい。
しかし、2人が立ち上がってじゃんけんを出す瞬間、野球のピッチャーのフォームのように振りかぶったノルンちゃんが足を滑らせて体勢を崩してしまい、チキちゃんはその動作でパニックに陥ってチョキを出してしまって敗北したのだった。
「すごかったね。あんなに鬼気迫ったじゃんけんなんて、初めて見たよ」
「過去一で真剣な心持ちだったのですよ。思わず、顔が劇画調になってしまいました」
そんな話をしながら、貸切露天風呂に到着した。
脱衣所はタオル入ったカゴが置かれた棚と、鏡付きの化粧台が置かれただけの小さなものだ。
2人して、服を脱ぎ始める。
「ふおお……な、何だかすごく恥ずかしいですね」
ノルンちゃんが俺に背を向けて服を脱ぎながら、顔を赤くしている。
「えっ、そう?」
「はい……お互い見慣れているとはいえ、何だかこっぱずかしいのです。お先にっ!」
ノルンちゃんはさっさと服を脱いでタオルを掴むと、引き戸を開けて浴場へと出て行った。
俺も服を脱ぎ、浴場へ向かう。
「コウジさん! ここ、すごいですよ!」
素っ裸のノルンちゃんが、浴場を見て目を輝かせている。
小さな岩風呂はかけ流しのようで、茶色の湯が岩の湯口からざばざばと注がれていた。
それとは別に大きな水瓶が2つ置かれていて、1つの下では火が焚かれていてお湯が沸いていた。
湯舟の傍には酒瓶とコップが桶に入って置かれていて、月見酒を楽しめるようだ。
紙に包まれた石鹸も入っている。
水瓶の水は両方透き通っていて真水らしく、これで体を洗えということのようだ。
背丈ほどの高さの柵が周囲を囲っており、空には真ん丸の月が輝いていた。
「うわ、すごいね。豪勢だなぁ」
「いひひ。コウジさんを頂く前に、お酒をちょいと頂くのです」
「ノルンちゃん、台詞がおっさん臭いよ……」
「おっさん臭いついでに、コウジさんの体を洗ってあげるのですよ。いひひ」
そう言いながら、水瓶から手桶で湯を掬って俺の体にかける。
「あっちい! 激熱だよこれ!?」
「ああっ!? す、すみません! 水でうめないとダメなのですか!」
ノルンちゃんが慌てて、冷水の水瓶から激熱の水瓶に水を何度も入れる。
手で温度を確認し、再び俺の体にお湯をかけた。
「こ、これなら大丈夫ですか?」
「うん。さっきかけられたところが、少しヒリヒリするけど」
「うう、ごめんなさい。やらかしてしまったのです」
ノルンちゃんが石鹸を手で泡立てて、後ろから丁寧に俺の体を洗ってくれる。
「そういえば、石鹸なんてひさしぶりですね。カゾのホテルにはありましたけど」
「あ、確かに。高級品なのかな?」
「かもですねー。将来、石鹸屋さんを開いてみても面白そうなのです」
「将来かぁ。バグ取りが全部終わったら、どこで暮らそうかな」
「候補は目白押しなのです。ソフィア様にお願いすれば、古代世界でも暮らせると思いますよ」
「い、いや、あそこだけは勘弁かな」
苦笑する俺に、ノルンちゃんが笑う。
「……コウジさん。いつも大変な目にばかり遭わせてしまって、本当にごめんなさい」
「いやいや、大丈夫だって。今回のばかりは、かなり焦ったけどさ。恐竜に食われるかと思った」
「うう、申し訳ないのです。毎度ながら、酷い目に遭わせっぱなしなのですよ」
「だから、大丈夫だよ。これぞ冒険って感じで、すごく楽しい。ずっとこんな日々が続いたらなって思うよ」
それに、と俺は振り向いて、ノルンちゃんに微笑んだ。
「こんなにかわいい彼女と永遠に一緒なんだしさ」
俺と目が合ったノルンちゃんの動きが止まる。
彼女は目が据わっていて、息も荒くなり始めた。
顔は耳まで真っ赤だ。
「はあはあはあ」
「ど、どうしたの?」
「お、落ち着こうと思って真面目な話をしていたのですが、やっぱりもう無理です! いただきます!」
「え!? ちょ、うひゃあ!? ま、まだ体洗い終わってないって! 落ち着いて!」
「私の体で洗ってあげますから! はあはあはあ!」
そうして、突如発情したノルンちゃんに湯舟に入ることすらできずに襲われてしまった。
小一時間後にぐったりしていると、誰もいないのに引き戸が開いて、ペタペタと足音が去っていく音が聞こえた。
プリシラちゃん、特等席でじっくり観察していやがったな……。




