134話:元の世界へ
「あの、そんなとこで寝てると風邪引きますよ?」
「んあ……」
瞼を開くと、俺を覗き込んでいる麦わら帽子を被ったトカゲ顔が目に飛び込んで来た。
鍬を肩に担いでおり、呆れた様子で俺を見ている。
声からして、竜人族の女性のようだ。
「いてて……あれ? ここって、ワサビ農園?」
身を起こして周囲を見渡す。
どうやら、巨大ワサビが生えている川の横で寝ていたようだ。
「そうですよ……って、そんなことも分からないくらい酔っぱらってたんですか?」
「あ、いや、酔いつぶれたわけじゃなくてですね……チキちゃん、起きて」
「んー……」
隣で寝こけているチキちゃんを揺すり起こす。
ネイリーさんやフェルルさんたちも地べたで爆睡している。
いつもどおり荷物もあるし、全員そろっている。
ノルンちゃんが身を起こし、ゴシゴシと目を擦る。
「ふあぁ……あれ? ワサビ農園に帰ってきているのですよ」
「うん、砂漠じゃなくてよかったよ」
「うーん。理想郷の外に出た時にいた場所にもどるはずなのですが。おかしいですねぇ」
「過去の世界で俺たちがいた場所が、たまたまここだったんじゃないかな? ほら、ここって地面を掘ると、古代人の遺物が出てくるんだしさ」
「あ、確かにそうですね!」
ノルンちゃんが、ぽん、と手を打つ。
「ということは、ここを掘ればモーラさんたちの骨の化石が出てくるかもなのですよ」
「そうなの? 俺たちが関わったことは、現代には反映されないんじゃなかったっけ?」
「いえ、私たちが関わろうとそうでなかろうと、モーラさんたちはあそこに住むことになっていたのです。結果は変わらないのですよ」
よく意味が分からないが、そういうことらしい。
そういえば、この辺りには海はないけれど、地殻変動やらで陸になってしまったのだろうか。
今さらながらに、面白い体験をしたな。
「おおー。荷物もありますね! これで、博物館が作れそうです!」
フェルルさんがホクホク顔で、地べたに座って荷物から古代人の道具やら恐竜の骨やらを取り出している。
そのなかにはいくつか小型恐竜の死骸もあった。
血抜きはされているようで、若干しぼんでカサカサになっている。
竜人族の女性は何が何やらといった様子で、不思議そうにそれらを見ている。
「あの、それって何ですか? 見たことのない生き物ですが」
「恐竜です!」
「きょ……え?」
「実はですね――」
フェルルさんが嬉しそうに説明をする。
女性は驚きながらも、「すごいですね!」と何の疑問も抱かずに信じてしまった。
本当に、この世界の人たちは素直だな。
「あっ、フェルルだ!」
「ねえ、それ何なの?」
見ると、作業服姿の若いウサンチュたちが、ぞろぞろとこちらに歩いて来ていた。
全員女性で、皆とてもかわいらしい。
「あのね、この人たちと一緒に――」
フェルルさんが今までのことを説明し、手に入れた物を披露する。
「えっ! すごいじゃん! 古代世界に行ってきたなんて!」
「化石になってない恐竜の骨を見られるなんて……」
「ちょ、ちょっとそれ! 恐竜の死骸!?」
わあわあと騒ぎながら、フェルルさんに群がる女性たち。
フェルルさんは得意満面で、胸を張っている。
「フェルルさん、持ってきたものは、ここの漬物屋さんの展示物に加えるんですか?」
俺が聞くと、フェルルさんは満面の笑みで頷いた。
「はい! 死骸を剥製にして展示すれば、きっと大人気になると思うんです」
「ですね。それに、ここの地下には古代人のあれこれがたくさんあることが確定済みですし」
「これはもう、掘りまくるしかないです! ワサビ農園に、大博物館を作れます!」
俺とフェルルさんが盛り上がっていると、ぼちゃん、と川の中に何かが落ちた。
「わっ、コウジさん。またお肉なのですよ。今度は皮付きなのです」
ノルンちゃんがバシャバシャと川に入り、皮付き肉を拾い上げる。
両手で抱えるほどもあるそれは、見覚えのあるラプトルの肉のようだ。
プリシラちゃんがそれを見て、「ありゃ」と声を上げた。
「しまった。試しに元の時代に転送させた肉が、こんなところに落ちてきてしまったか」
「あ、やっぱりコレ、プリシラちゃんがやったことなんですか」
「うむ。小さい物から順に、何度か試して転送したのじゃ。皆が『すごい!』と騒ぐものだから、何度もやってしまった」
「あー、だから、たくさん肉やら歯やらが降ってきたんですね。あの巨大ワサビもですよね?」
でん、と川の中に鎮座している巨大ワサビを指差す。
「うむ。あれはワサビだったのか。森の中にあったものをいくつか飛ばしたな」
巨大ワサビと肉の雨の理由も分かり、ほっとした。
とはいえ、まだ肉は降ってくるかもしれないので、しばらくは頭上注意だ。
「コウジ、砂漠のバグはどうなったのかな?」
チキちゃんの問いに、俺はカルバンさんを見た。
「ちょいと待ちな……おっ、バグの印が消えてるぞ」
カルバンさんが地図を広げて言う。
「む。あれか、砂嵐に遭って、過去に飛ばされたというやつか?」
「ええ。どういうわけか、解消されたみたいですね」
「ふむ。私の魔法が干渉してしまったのかもしれんな。砂漠はどっちじゃ?」
「あっちの方ですね」
「よし。少し待て」
プリシラちゃんが目を閉じる。
「……うむ。その方向には、私の魔力はほとんど感じられんな。効力を発揮し尽して、霧散したのだろう」
「そうなんですか。まあ、それならよかったです」
「いやはや、迷惑をかけてしまったな。すまん」
プリシラちゃんが、ぺこりと頭を下げる。
「あ、いえいえ。不可抗力なんですし、仕方がないですよ」
「いや、天才ともあろうものが、とんだ失態じゃ。詫びといっては何だが、お主らのバグ取りに私も同行してやろう」
その提案に、皆が「おおっ!」と声を上げる。
「お師匠様、付いてきてくれるんですか!?」
「ああ。お前たちと一緒にいたほうが、何かと楽しそうだしな」
「やったぁ! お師匠様が一緒なら、もう怖いものなしですよ!」
ネイリーさん、すごく嬉しそうだ。
俺としても、プリシラちゃんが一緒に来てくれるというのはかなりありがたい。
「まあ、その前に元の体に戻らねばならんな。この姿では、何かと燃費が悪いしの」
「えっ。今よりも強くなるってことですか?」
驚く俺に、プリシラちゃんがぺたんこの胸を張る。
「うむ。肉体があったほうが、魔法の行使は楽だからな。精神体というのも、万能ではない」
「生身の肉体と何にも変わらないように見えるんだけどなぁ……」
手を伸ばし、プリシラちゃんの頭をぽんぽんと撫でる。
まったくもって、普通の帽子の感触だ。
服とか杖も、魔法で作っているのだろうか。
プリシラちゃんは「そうだろう」と得意げだ。
「んじゃ、ここでのバグ取りは終わりってことで、次の目的地を探すかい?」
カルバンさんが地図を俺に差し出す。
「そうですね。近場にバグがあれば――」
「まあ、待て。私が肉体に戻るのが先じゃ。ネイリー、私の体はどこにある?」
「街の診療所です。フェアリーパークシティですよ」
「よし。では、フェアリーパークシティへ行くとするか。女神殿、いつぞやのように、私たちを運んでくれんか?」
プリシラちゃんがノルンちゃんを見る。
「い、いえ、あれだと風情もへったくれもないのですよ。馬車でのんびりではどうですか?」
「む。しかし、距離がなぁ」
渋るプリシラちゃんに、俺は「まあまあ」と声をかける。
「急ぐ旅でもないですし、いいじゃないですか。それに、ベラドンナさんに報告もしないとですし。出発は、明日にしましょうよ」
「あの、もう行ってしまうのですか?」
フェルルさんが、寂しそうに俺を見る。
「できれば、一緒に博物館の計画を考えていただけたらなって」
「それもいいですね。皆、どうかな?」
俺の問いかけに、皆が頷いた。
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