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栽培女神! ~理想郷を修復しよう~  作者: すずの木くろ


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133話:私を食べて

 風呂から上がり、俺とカルバンさんは脱衣所で瓶のコーヒー牛乳を飲んでいた。

 カルバンさんには何も言っていないのだけど、しっかりと腰に手を当ててごくごくと美味そうに喉を鳴らしている。

 俺もカルバンさんも、素っ裸だ。


「っぷはー! よく冷えてて美味いなぁ!」


「ですねぇ。ほんと、生き返る」


「この後は、コウジの家に帰るのか?」


「ですね。もう夜遅いですし、寝て起きたらまた理想郷です」


「そっかぁ。もうちっと、こっちの世界をあちこち見てみたいんだけどな。一日で戻るってのは、物足りなくてさ」


 残念そうなカルバンさん。

 ソフィア様にお願いすればどうにかなるのかもしれないけれど、理想郷のバグ取りが最優先の状況でそれを頼むのはちょっと気が引ける。

 ノルンちゃんも、きっと気を使っちゃうだろうし。


「まあ、バグが全部取り終わったら、どうにかしてもらうように頼みますか」


「だな。にしても、バグって全部でいくつあるんだ? 俺の寿命が尽きるまでに終わるのかね?」


「そ、それは分かりませんけど。開拓者の地図で思いっきり広範囲を見れば、数えられるんじゃないですか?」


「う、うーん。だけど、もし数千数万あったら気が滅入っちまうから、あんまり見たくないかな」


「確かに……」


 空になった瓶を自販機の横にあったプラスチックケースに置き、脱衣所を出た。

 女性陣はまだ出ていないようなので、俺たちは館内の売店でソフトクリームを買い、ロビーのイスに座って待つことにした。


「あー! アイス食べてる!」


 アイスを半分ほど食べ終えたところで、ネイリーさんが駆け寄ってきた。

 いつも通りの魔法使いな衣裳で、他のお客さんたちがチラチラと見ている。

 チキちゃんたちも、その後からやって来た。


「はい、お金。皆の分、買ってきてください」


「はーい!」


 ネイリーさんがうきうきしながら、売店へと向かう。

 すると、プリシラちゃんがトコトコとやってきて、俺の隣に腰掛けた。


「いやぁ、やはり温泉はいいものだな。瓶の牛乳も、すごく美味かったぞ」


「よかったですね。疲れは取れました?」


「うむ。キンキンに冷えてて……ん?」


 プリシラちゃんが売店に目を向け、立ち上がった。


「おお! あれはふわふわ甘熊ではないか! こっちの世界にもあるのだな!」


 プリシラちゃんが売店に駆け寄り、クマちゃんカステラが並んでいるショーケースを見つめる。


「へえ、あっちにも、クマちゃんカステラって売ってるんですか。食べます?」


 俺は彼女の隣に行き、財布を取り出した。


「クマちゃんカステラというのか。ぜひ1つ、買ってもらいたいの」


「好きなだけ食べてください。えっと、プレーン&チョコのクマちゃんカステラ15クマ入りを6つお願いします」


 店員さんにお金を渡し、すでに出来上がっていたクマちゃんカステラをゲットした。

 以前、ホームセンターで買った時のようなオマケは付かないようだ。

 さあ帰ろう、と店を出て、車に乗り込む。


「うう、ずっとお人形状態は疲れました……」


 助手席にいるチキちゃんの肩の上で、ノルンちゃんが、ぐにゃあ、とだれる。

 チキちゃんにクマちゃんカステラを1つ貰い、もっちゃもっちゃと食べ始めた。


「お風呂はちゃんと入れたの?」


「もぐもぐ……チキさんに抱っこしてもらいながら、ちゃんと入れたのですよ。お客さんの視線が痛かったのです」


「ふぅむ。これは、見れば見るほどアレに似ておるのう」


 プリシラちゃんがクマちゃんカステラを摘まみ、しげしげと見つめる。

 フェルルさんはクマちゃんにソフトクリームを付けて食べ、ご満悦の様子だ。


「んー、美味しい! 元の世界で、こんなお菓子売ってる街なんてあるんですか?」


「あ、いや、前に、私が外の世界に出ようとして、妙な力に弾かれたと話しただろう?」


「ええと……聞いたような、聞いてないような」


 フェルルさんがクマちゃんを齧りながら、えへ、と笑う。


「まったく……まあ、その時にじゃな、コレと同じものが、次元の狭間に浮かんで蠢いておったのじゃ」


「えっ、クマちゃんカステラが動いていたんですか?」


「うむ。酷く困っている様子でな。しかしまあ、いい香りがしていたから、ついつい1匹食べてしまったのじゃ」


「ええ……」


 フェルルさんがドン引きする。

 いくら美味しそうだったからとはいえ、動いている物体をいきなり食べるとは。


「でな。残りの連中が、自分も食べてくれと騒ぎだしたんじゃ。おおそうか、と食べようと思ったのだが、あまりにも美味かったからもったいなく感じてしまっての」 


「あ、怒ったわけじゃないんですね……」


「奴らの目的は『自分を食べて喜んでもらう』、ということらしくての。ならばと、そいつら全員に巨大化の魔法をかけて……ああ! それか!」


 ぽん、とプリシラちゃんが手を打つ。

 その拍子にソフトクリームがこぼれそうになり、おっとっと、と慌てて口をつけた。


「きっと、あの時に魔力を使いすぎてしまったのが原因だな。だから、外の世界に飛び出す魔力が足りずに弾かれてしまったのだろう」


「あれ? でも、巨大化の魔法って、ものすごく魔力を使うって言ってましたよね? よく、そんな状況で使いましたね?」


 俺が聞くと、プリシラちゃんは「うむ」と頷いた。


「外の世界に出るために、前々から魔力を蓄えておったからな。あの程度なら問題ないと思って使ったんじゃが、失敗だったか」


 やれやれ、とため息をつくプリシラちゃん。

 理想郷に強制的に弾かれてしまったはずだし、魔力の強さがどうこうは関係ない気がするんだけど、どうなんだろう。

 俺がノルンちゃんを横目で見ると、彼女は「むう」と難しい顔をしていた。


「ノルンちゃん、プリシラちゃんが会ったクマちゃんカステラって……」


「はい。きっと、理想郷を作る時に、私が加えたものだと思います。でも、動いていたというのは、想定外なのですよ」


「食べてくれ、って頼んでくるクマちゃんカステラは、ちょっと食べる気が起きないよね……」


「あの、プリシラちゃん。そのクマちゃんたちは、その後どうなったんですか?」


 ノルンちゃんが聞くと、プリシラちゃんは少し困った顔になった。


「それが、魔法の効果が出る前に、勝手に元の世界に落っこちていってしまったんじゃ。付いてこさせて、これでもかと食べ続けてやろうと思ったんだが」


「い、生きたまま食べようとしたの?」


 チキちゃんもドン引きした声色で聞く。


「いや、そんな顔しなくてもよいではないか。私は、あいつらの願いを叶えてやろうとしたんだぞ」


「まあ、でっかくしたなら、食いつくされる前に自分の体を『美味い美味い』って食ってる人の様子も見れるだろうからなぁ」


 カルバンさんが苦笑しながら言う。

 何と言うか、倫理的にちょっとヤバいんじゃないかとも思えるけど、本人がそれを望んでいるならそれでいいのか。


「まあ、戻の世界に戻れば、私の魔力の残滓ざんしを探知できる。皆であいつらを食べに行こうではないか」


「でも、もう全員食べられちゃってるんじゃないですか? 自分から、食べてくれって人を探しに行くんでしょ?」


 俺が聞くと、プリシラちゃんは「確かに」と残念そうな顔になった。


「あはは。私は生きてるクマちゃんを食べるのはヤダなぁ」


 ネイリーさんに、プリシラちゃん以外の皆がうんうん、と頷く。

 その後、プリシラちゃんは何が嫌なのかさっぱり分からない様子で、「何をそんなに嫌なことがある」と文句を言っていた。




 アパートに帰ってくると、理想郷で持っていた荷物がすべて置いてあった。

 それぞれ、床に雑魚寝し、タオルケットをかける。

 プリシラちゃんとフェルルさんは初めての日本なので、2人で布団を使ってもらうことにした。


「うーむ。お主、本当にいい体をしておるのう」


「は、はあ。あの、胸を揉まないでくれません?」


 布団の中で、プリシラちゃんがフェルルさんの胸を揉みしだいているようだ。


「よいではないか。今後の参考にさせてくれ」


「参考って?」


「魔法で一時的に歳を取る時の参考じゃ。お主のようなグンバツの体型が好みの男がいたら、同じように変化しようと思ってな」


「そ、そうですか。っていうか、今さらですけど、プリシラちゃんって今の体は精神だけなんですよね?」


「ん? そうだが?」


「精神だけなのに、物に触れたりご飯を食べたりできるんですか?」


「私は天才だからな。精神だけとはいえ、本物の肉体同様なのじゃ。そこいらの魔法使いが使うような、見掛け倒しの分身魔法とは格が違うわい」


「そうなんですか。すごいんですね」


「すごいぞ。天才だからな」


「コウジ、理想郷に戻ったら、すぐにしてくれる?」


 プリシラちゃんたちの話に聞き入っていると、チキちゃんが俺にぴったりと引っ付きながら、甘い声で囁いてきた。


「そ、そうだね。宿を取って、夜になったらね」


「やった」


「あっ、チキさん、ずるいのですよ! 私を先にしてほしいのです!」


 小人なノルンちゃんが、ぺしぺしとチキちゃんの額を叩く。


「ダメ。私、もう限界なの。おかしくなりそう」


「私だって限界ギリギリなのですよ!」


「おいこら、ピンクな会話は人がいない時にやれ。さっさと寝ようぜ」


 カルバンさんのツッコミに、チキちゃんとノルンちゃんの声量が落ちる。

 こそこそと、「私が、いや私が先に」と言い合っている。

 もう勝手にしてくれ。


「俺は先に寝るからね。皆、おやすみ」


「「「おやすみー」」」


 目を瞑り、眠ろうと全力を傾ける。

 チキちゃんたちの「私が先に」、の言い合いを聞いているうちに、俺はいつの間にか眠りに落ちた。

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