132話:ばあ!
「いやぁ、食った食った!」
「はふう……お腹いっぱいです」
プリシラちゃんとフェルルさんが、ぽっこりと膨らんだお腹をさする。
あれからふたりとも追加でから揚げ定食を頼み、二人前をぺろりと平らげた。
バニラアイスクリームも全員が注文し、大満足の夕食だった。
「それじゃ、帰りますか。今何時だろ?」
スマホを取り出して時間を見てみると、夜の9時を回ったところだった。
この時間じゃ、もうほとんどの店は閉まってるな。
「コウジ、風呂に入りたいんだが。汗でベトベトじゃ」
プリシラちゃんが胸元を引っ張り、ぱたぱたする。
他の皆はともかく、俺とフェルルさんはしばらく風呂に入っていないので、かなり小汚い。
「そうですね。スーパー銭湯にでも行きますか」
「銭湯? 旅人の宿グンマーのような場所かの?」
「そうです。この人数だと、全員が入るのに時間がかかっちゃいますし」
「おおっ! 日本の銭湯初体験なのですよ! 楽しみです!」
アイスでベタベタになった口をおしぼりで拭きながら、ノルンちゃんが瞳を輝かせる。
「そういえば、ノルンちゃんたちはずいぶんと綺麗だよね? 水浴びとかしてたの?」
「はい。チキさんに温泉水を出していただいて、毎日ピカピカにしてたのですよ」
「なるほど。やっぱ、魔法って便利だねぇ」
「でも、やっぱりお風呂は恋しいのですよ。早く行きましょう!」
ということで、俺たちは店を出た。
駐車場にやってくると、以前ソフィア様がプレゼントしてくれたア○ファードが停まっていた。
キーでエンジンをかけ、後部座席の自動ドアを開けると、プリシラちゃんとフェルルさんが「おおっ!」と驚いた。
「すごいの! 自動車のドアも、勝手に開くのか!」
「すごく大きな乗り物ですね……わあ、イスも柔らかそう!」
「コウジ、また私が助手席でもいい?」
チキちゃんが俺の袖を引っ張る。
「うん、いいよ。ささ、皆乗って」
それぞれ車に乗り込み、シートベルトを締めた。
例のごとく、カルバンさんとネイリーさんが一番後ろの座席に座り、前の席を初体験組に譲ってくれた。
力強いエンジン音とともに、車がゆっくりと走り出す。
「おおお! すごいのう! すごいのう!」
「全然揺れないんですね! 馬車とは大違いですよ!」
はしゃぐプリシラちゃんとフェルルさん。
道路を進み始めると、行き交う他の自動車やバイクを見て、さらに大はしゃぎを始めた。
時刻は夜ということもあり、あちこちの店から漏れる灯りと、眩い自動車のヘッドライトが物珍しくて仕方がない様子だ。
「はー、すごいですね。夜なのに、こんなに明るいんですね」
フェルルさんが窓の外をうっとりと眺める。
「それに、人もたくさん歩いています。とても大きな街なんですね」
「何万人って住んでますからね」
「そんなに……この街にも、博物館ってあったりするんですか?」
「いや、ここにはないですね。車で1時間くらい走れば、確か化石館があったと思いますけど」
「化石館! い、行ってみたいですっ!」
興奮気味に言うフェルルさん。
考古学者だし、そりゃあ気になるよな。
「あー、フェルルさん、それは無理だよ」
ネイリーさんが、座席の間から顔を覗かせる。
「こっちで寝ると、また元の世界に勝手に飛ばされちゃうの。だよね、コウジ君?」
「ええ。本当はあちこち見学させてあげたいんですけど、そういう仕組みみたいです」
「そうなんですか……残念です」
フェルルさんがしゅんとした声を漏らす。
こればかりは理想郷のシステムなので、俺やノルンちゃんではどうにもできない。
ソフィア様にお願いすれば大丈夫だろうけど、さすがにこれ以上あれこれ頼むのはちょっと気が引ける。
「そういやぁさ、結局のところ、今回のバグって何だったんだ?」
カルバンさんの声が響く。
「地図じゃ、砂嵐が起こったところを示してただろ? あの砂嵐がバグってことか?」
「そういえば……でも、今までの経験からして、バグが解消されてからこっちの世界に飛ばされてたし、バグは解消できたっぽいですよね」
俺が言うと、プリシラちゃんが「ふむ」と唸った。
「過去の時代に飛ばされてしまう場所がバグということかの? どういう理由かは分からんが、もう過去には飛ばされなくなったということではないか?」
「んー……でも、俺たち特に何もやってないですよね。ウサンチュたちを小さくはしましたけど」
「私と同じで、プリシラちゃんがバグなんじゃないの?」
チキちゃんが後ろを振り向いて言う。
「ん? 私がバグということかの?」
「うん。外の世界に出ようとしてたんでしょ? ノルン様は、そんなことは不可能って言ってたけど」
「しかし、私は普通の猫人じゃぞ。別に、お主のようにキノコとか別の生き物から変異したわけではない」
「私が思うにですねー」
すると、チキちゃんの肩からノルンちゃんが話に加わった。
「プリシラちゃんが、というより、プリシラちゃんが外の世界に出ようとあれこれしていたこと自体が、異物として検出されたのではと思うのですよ」
「ああ、なるほど。俺たちと会って、それをする気がなくなったからバグが解消されたと見做されたってことかな?」
「おそらくは。バグというのは、本来は存在しえないはずのものなのです。チキさんしかり、天空島のおじいさんしかりです」
「あれ? おじいさん……ベルゼルさんって、バグそのものだったの?」
思えば、天空島での一件は、結局のところどの部分がバグだったのか俺は分かっていなかった。
なんやかんやあって積乱雲が消えて、カゾとベルゼルさんが和解したら、バグが解消された扱いになっていた状態だ。
「あ、いえ、ベルゼルさんがやったことがバグ扱いなのですよ」
ノルンちゃんが俺に向き直る。
「理想郷は、戦争や虐殺といった強烈な負の面を持つ事象は皆無なのです。それが起こそうとしていたので、天空島がバグの発生源になっていたのですよ」
「なるほど。グリードテラスとかストーンドラゴンがバグだったのも、それが理由なんだね」
何となくだが、バグがどういうものなのかが理解できた。
要は、本来理想郷には存在しちゃいけないものがバグなわけだ。
ノルンちゃんと初めていたした時に彼女が、「悩みも、恐れも、苦痛もない」と言っていた意味が、今やっと分かった。
「はい。なので、理想郷に危険を及ぼす存在ではなくなった時点で、プリシラちゃんはバグではなくなりました。まあ、外の世界の存在を探るということ自体が本来はあり得ないことなのですけどね」
「ふぅむ。私の思考がバグだったのか。天才すぎるのも、考えものじゃのう」
「あはは。お師匠様は、バグ扱いされるくらいの天才ってことですね!」
「超かわいいうえにバグ認定されるくらいの天才とは、生まれてきてごめんなさいと言わねばならぬの。あっはっは」
そんな話をしながら、俺たちは車に揺られたのだった。
数十分後。
スーパー銭湯に到着し、俺とカルバンさんはふたり並んでジェット風呂に浸かっていた。
当初は皆が感激してくれると思っていたのだが、プリシラちゃんもカルバンさんも「へー」といった程度の反応だった。
旅人の宿グンマ―も似たような造りだったし、確かに驚きはしないか。
フェルルさんは銭湯初体験だったようで、目をキラキラさせていたけども。
「あー、気持ちいいっすねぇ」
「だなぁ。コウジの部屋の風呂は狭くてな。ここくらい、広けりゃいいんだが」
カルバンさんが気持ちよさそうに目を細めながら、天井を見上げる。
腕、足、脇腹に水流が当たり、全身マッサージをされているような気分だ。
「つうかさ、元の世界よりも、こっちの世界のほうが便利だし飯は美味いし、住みやすいんじゃねえか?」
カルバンさんがくるりとこちらに顔を向けて言う。
「テレビで見たけど、飛行機で世界中を旅行できるんだろ? あっちじゃ、グランドホークを使っても世界の裏側に旅行なんて無理だぞ」
「いやぁ、何でも便利ならいいってものじゃないですよ」
俺が言うと、カルバンさんは怪訝な顔になった。
「そうなのか?」
「ええ。あの理想郷は、俺の夢が詰まった最高の世界なんです。会う人皆優しいし、漫画やアニメでしか見たことのないような生き物とか自然がありますし。どこで何を見ても、ウキウキしちゃいますよ」
「ふーん。俺にしてみたら、こっちの世界のほうがウキウキするけどなぁ」
「ばあ!」
「「うわあ!?」」
突然目の前のお湯が盛り上がり、素っ裸のプリシラちゃんが飛び出してきた。
あまりの出来事に大声を上げてしまった俺たちを、他の客が驚いて見る。
「な、な、何で男湯に来てるんですか!?」
「前隠せ! 丸見えだぞ!」
慌てる俺たちに、プリシラちゃんはケラケラと笑った。
「大丈夫じゃ。お主ら以外には見えないように、周囲の湯気を屈折させておるからの」
「だからって、ダメですよ! 男湯なんですから!」
「みみっちいことを言うな。いやぁ、眼福、眼福」
プリシラちゃんがいやらしい目で、カルバンさんや周囲にいるおじさんたちを見る。
あれだ、前にネイリーさんが彼女のことを「ド変態」と言っていたのはこれが理由か。
「しかし、おしいのう。カルバンは本当に私の好みなんじゃが」
「だから、俺は既婚者なんだって。相手がほしいなら、コウジにしとけ」
カルバンさんが周囲を気にしながら、小声で話す。
他の客たちはすでに興味を失ったようだ。
猫耳全裸ロリが男湯にいる光景は、かなり異様だな……。
「若い男は好みではないからなぁ。まあ、老いて食べ頃になるまで待つのもいいかもしれんが」
「プリシラちゃん、どうでもいいから、早く女湯に戻ってくださいよ」
「まあまあ。もうちょい見学させてくれ」
「俺の股間をガン見しながら言うんじゃねえよ!」
「わ、分かった分かった。そう怖い顔をするな。心が狭いのう」
カルバンさんに怒られ、プリシラちゃんは渋々といった様子で、魔法を使って姿を消した。
ぺたぺたと足音だけが響き、外へと続く扉が開く。
傍にいた客が、誰もいないのに扉が開いてぎょっとした顔になった。
入って来る時は、誰かの後を付いてきたのかな……。
「ったく、とんでもねえ女だな」
「ネイリーさん以上にパンチが効いてる性格をしてますよね……」
その後、俺たちは露天風呂も楽しんでから、風呂を上がった。
最後の最後に、驚きすぎてものすごく疲れたな……。




