131話:手品
「え? え? ここはどこじゃ? どこの街じゃ?」
プリシラちゃんが、きょろきょろと周囲を見る。
かなり驚いている様子だ。
フェルルさんは唖然としてしまっていて、口を半開きにして道を行き交う自動車を眺めている。
「そ、外の世界です」
「外? ……外じゃと!?」
「はい。理想郷の外の、日本って――」
「ぃやったああああ!」
プリシラちゃんが叫び、店の外に向かってダッシュをかます。
あわやガラス製の自動ドア(タッチ式)に激突する寸前に、カルバンさんがその首根っこを引っ掴んだ。
「ぐえっ!?」
「危ねえだろ! そこ、ガラスだぞ!」
「げほっ、げほっ! す、すまん。興奮してしもうた」
げほげほとむせるプリシラちゃん。
イスに座って順番待ちをしているお客さんたちは目が点だ。
そういえば、彼女たちの姿はソフィア様の力で普通の人間に見えているんだっけ。
もふもふの足やら尻尾やらが見えていないのは助かるのだけど、この服装はかなり目立つな。
「あ、あの、お客様。できればお静かにお待ちいただけると……」
「あっ、すみません! 気を付けます!」
店員さんに注意されてしまい、俺はペコペコと頭を下げる。
「コウジ、あと5組待ちだって」
チキちゃんが予約の紙をタッチパネルの機械から取り、俺に差し出す。
「うん、ありがと。イスに座って……って、いっぱいか。外で待とう」
「うん」
チキちゃんを先頭に、店の外に向かう。
自動ドアが開く際に、プリシラちゃんが「なんじゃと!?」とまたもや大声で驚いてしまった。
他のお客さんの奇異の視線を浴びながら、俺たちは外に出た。
「うお、あっちいなぁ」
「ものすごくジメジメだねー」
外に出るやいなや、カルバンさんとネイリーさんがあまりの暑さに顔をしかめる。
どうやら、今日は猛暑日のようだ。
「おおっ! あ、あれは何じゃ!? イーギリで見た乗り物に似ているが、ものすごく速いぞ!?」
「お師匠様、あれは自動車って乗り物ですよ」
「自動車! 石炭で動いておるのか!?」
「えーっと……確か、ガソリンっていう燃料を使ってるらしいです」
「何じゃそれは!? 聞いたこともな……おおっ、これは何じゃ!?」
「自動販売機っていう、飲み物が買える機械です」
「へー!」
顔を上気させて大興奮のプリシラちゃん。
ずっと来たかった外の世界にこれたのだから、興奮するのは当たり前か。
何で元の世界に来れたのかは謎だけど、喜んでもらえているなら細かいことはいいかな。
ネイリーさん、1人であちこち見物してた時に、いろいろと知識を仕入れていたみたいだ。
「あの、さっきから気になってたんですけど、それって……」
足元からノルンちゃんが、ネイリーさんの右手を指差す。
あまりにも普通に持っていたので気付かなかったのだが、ネイリーさんは杖を握っていた。
折れていない、元の状態の彼女の杖だ。
「うわ!? 杖が直ってる! やったあ!」
それでようやく気づいたネイリーさんが、杖に頬ずりする。
そして、握っている部分に何やら紙が巻かれているのを見つけた。
「ん? 何これ……『あまり目立たないように、観光をお楽しみくださいね。荷物はお部屋に送っておきました。車は駐車場に停めてあります。ソフィア』だって」
「おお。ソフィア様が直してくれたのか」
どうやらソフィア様が気を利かせて、杖を直してくれたようだ。
何というか、いつもあれこれ助けてくれて本当に助かる。
驚きすぎてすっかり忘れていたけれど、リュックとかの荷物まで送っておいてくれるとは、さすがソフィア様だ。
ポケットに手を入れてみると、車のキーも入っていた。
「ネイリーさん、よかったね」
「うん! ああ、よかったぁ」
チキちゃんににっこりと微笑むネイリーさん。
「よかったのう。おい、コウジ、この飲み物を買うには、私らの持っているお金は使えるのか?」
プリシラちゃんが、懐から巾着袋を取り出した。
「いえ、こっちの世界のお金しか使えないです。これを使ってください」
俺は財布から五百円玉を取り出して、プリシラちゃんに差し出した。
「好きな飲み物を買ってください」
「おほっ! すまんの!」
「お師匠様、ここの穴にお金を入れるんです」
ネイリーさんに教えてもらいながら、プリシラちゃんがお金を入れて、少し悩んでからボタンを押す。
ガコン、と冷たいミルクティーの500ミリペットボトルが排出され、彼女はそれを取り出した。
「冷たいのう! それに、何やら柔らかい入れ物だの!」
「ふふ、お師匠様、楽しそうでよかったです」
「わくわくが止まらんのじゃ! これはどうやって開けるのだ?」
「これはですね――」
「はー……すごいですね。何だかよく分からないですけど、ものすごいです……」
嬉しそうにミルクティーを飲むプリシラちゃんを、フェルルさんが見つめる。
「はは、やっぱり驚きますよね。フェルルさんも、何か飲みます?」
「えっ、いいんですか?」
「もちろん。ていうか、めちゃくちゃ暑いですし、皆も何か飲みながら待つとしましょうかね」
「コウジ、私はオレンジジュースがいい」
「俺は水がいい」
「はいよ。ネイリーさん、お願いします。俺は緑茶で」
「はーい」
ネイリーさんに追加で五百円玉を渡し、飲み物を買ってもらう。
こちらの世界のことをあれこれ説明しながらしばらく待ち、順番がきたと店員が呼びに来たので店に入った。
席に着き、タブレットでそれぞれ注文をする。
「ううむ、これも機械なのか。ずいぶんと技術が進んでいるんじゃのう……」
プリシラちゃんがタブレットをいじりながら唸る。
彼女、かなり前にイーギリに行ったことがあるらしく、機械についてはそれなりに知っているらしい。
もちろん、イーギリの技術は日本で使われているものに比べれば、かなりのローテクばかりだ。
「いや、カゾにある天空島とか、イーギリで発掘された遺物のほうがすごいですよ。こっちのなんて、比べ物にならないです」
「そうなのか? 天空島は、ただの観光施設になっていたと思ったが」
「それがですね――」
この前、彼女にした説明は噛み砕いたものだったので、天空島などでの出来事は細かく話していなかった。
時間もあるしと詳細を話していると、俺たちの席に幼稚園児くらいの女の子が駆けてきた。
「お姉ちゃんたち、魔法使いなの?」
女の子が、プリシラちゃんとネイリーさんを見て言う。
2人とも、服装が「ザ・魔法使い」って感じだもんな。
「あっ、すみません! 邪魔しちゃダメでしょ!」
「すみません!」
若い男女が慌てて駆けてきて、俺たちに頭を下げる。
女の子の両親のようだ。
「ああ、かまわんよ」
プリシラちゃんは微笑むと、女の子に笑顔を向けた。
「そうとも、私は魔法使いじゃ」
「ちょ、プリシラちゃん」
「いいから、いいから」
慌てる俺を、プリシラちゃんが宥める。
ノルンちゃんはチキちゃんの肩に乗っていて、お人形のようにじっとしている。
「やっぱり! ねえ、魔法使って!」
「いいとも!」
プリシラちゃんは懐から巾着を取り出し、中から小銅貨を1つ摘まみ出した。
両親は気まずそうに、女の子の背後に立っている。
「これはの、魔法の国で使われているお金じゃ」
「そうなの!?」
「うむ。これを、お嬢ちゃんにあげよう」
「わあ、ありがとう!」
女の子の手のひらに、プリシラちゃんが小銅貨を置く。
まだくすんでおらず、ピカピカに輝く綺麗な銅貨だ。
「それは、銅という金属でできていての。まあ、そこまで高い物ではない」
「10円玉みたいなのってこと?」
「うむ。お嬢ちゃんは、金という金属は知っているかの?」
「うん! お母さんがネックレス持ってるよ! すごく高いんだよね?」
「ああ、そうじゃ。でな、お嬢ちゃんにあげた銅貨が、金貨だったらすごいとは思わんか?」
「思う!」
「なら、この魔法使いプリシラが、その銅貨を金に変えてやろう。両手で、ぎゅっと銅貨を握ってみよ」
女の子は言われたとおり、両手で銅貨を強く握る。
プリシラちゃんは、その手を自身の手で包み込むように握った。
「むむむ! ほっ!」
プリシラちゃんが、かっと目を見開く。
ゆっくりと手を放し、女の子ににこりと微笑んだ。
「手を開いてごらん」
「うん! ……わっ! 金貨になってる!」
女の子が手を開くと、そこには小金貨が輝いていた。
おー、と俺たちと女の子の両親が声を上げる。
「これが魔法じゃ。どれ、もう少しサービスしてやろうか」
プリシラちゃんはその金貨を摘まみ上げると、両手でぎゅっと握った。
「むむむう! よし、手を出すがいい」
「うん!」
少女が差し出した両手のひらの上で、プリシラちゃんは握っていた手を開いた。
すると、少女の手に、小金貨、小銀貨、小銅貨が1枚ずつ落ちた。
どれもピカピカで、キラキラと輝いている。
再び、おー、と俺たちが声を漏らす。
「わあ、すごい! 綺麗!」
「ま、こんなところじゃ。さて、食事が届いたようじゃの」
プリシラちゃんが目を向ける先には、店員さんが料理の載ったカートを手に待っていた。
邪魔しないように待機していてくれたらしい。
「すごい手じ……魔法ですね! ほら、お礼言って」
「ありがとう!」
母親にうながされ、女の子が満面の笑みで礼を言う。
プリシラちゃんは女の子の頭を、よしよし、と撫でた。
「ありがとうございます。あの、これはお返ししたほうが……」
「かまわんて。記念に取っておくがいい。大切にするんじゃぞ」
プリシラちゃんが父親に答えると、3人はもう一度お礼を言って席に戻って行った。
店員さんが、「すごいですね!」と言いながら料理を並べてくれた。
皆の料理が揃い、いただきます、と食べ始めた。
「どれ、トンカツ初体験じゃ……ん! 美味い!」
「サクサクで、すっごく美味しいですね!」
プリシラちゃんとフェルルさんが、フォークでトンカツを頬張りとろけそうな顔になる。
他の皆も、ガツガツと食べ始めた。
ノルンちゃんはチキちゃんからトンカツを1切れもらい、かぶりついている。
あのサイズだと、衣から肉に到達するのに時間がかかりそうだな。
「ところで、さっきのって魔法なんですか?」
フェルルさんがもぐもぐしながら、プリシラちゃんに聞く。
「うむ。最初に銅貨が金貨に変わったじゃろ? あれは幻覚魔法で金貨に見せていただけじゃ。後から追加で2枚出したのは、ただの手品じゃな」
「なるほど! あらかじめ持っていた銀貨と金貨に、魔法で金貨に見せかけていた銅貨を元に戻して加えたんですね!」
「なかなか見事なものだったじゃろ? 若い頃は、大道芸みたいな真似をして小銭を稼いでいたからの」
「へえ……って、本物の金貨もあげちゃったんですか?」
フェルルさんが、はっとした顔でプリシラちゃんを見る。
「うむ。外の世界に出ることができた記念の大サービスじゃ」
「み、見ず知らずのお子様に大サービスですか」
「それに、子供は好きじゃからの。あんなに喜んでもらえるなら、安いもんじゃ」
朗らかに笑うプリシラちゃん。
何とも気前のいい魔法使いさんだ。
あのご両親、まさか金貨が本物の金でできてるとは思わないだろうな……。




