130話:トンカツ
夜になり、俺たちは集落の人たちとお食事会をしていた。
ノルンちゃんがキャベツやラディッシュなどの育ちの早い野菜を作ってくれて、集落の人たちが提供してくれた貝や魚でごった煮を作った。
早くもウサンチュと人間のカップルが何組かできたようで、食事をしながらいちゃついている姿が見える。
「これで、ひとまずはご先祖様たちの絶滅は回避できましたね!」
俺の隣でごった煮を食べながら、フェルルさんが微笑む。
使っている器は土器だ。
土器で食事ができるなんて初めてのことなので、ちょっと感動していたりする。
「そうですね。といっても、現代には影響はないって話ですけど」
「あ、そうでしたね……あれ? でも、故郷ではウサンチュを小さくしてくれた人を称えるお祭りがあるのはなぜでしょうか?」
「そういえば、そんな話もしてましたね」
「それは、私たちが過去の世界に来ていようがいまいが、プリシラちゃんが皆さんを小さくした事実があったからなのですよ」
ノルンちゃんがごった煮を啜りながら口を挟む。
「すでに行われたことと、私たちが今こうして行っていることは、同じではありますが別物なのです」
「むう……分かるような分からないような……」
ということは、今ここにいる俺たちが何をしようと、結局のところ現代に影響はでないけれど、現代に伝わっている事実は変わらないということか。
「では、私たちがこの時代に来た意味は何もないってことでしょうか?」
フェルルさんが聞くと、ノルンちゃんは「いえいえ」と首を振った。
「そんなことはないですよ。私たちが過去に来たからこそ、プリシラちゃんと出会えたのですから」
「あ、そうか。現代に戻ってから先の出来事は、まだ決まってないんだもんね」
「はい。ネイリーさんもプリシラちゃんと再会できましたし、過去に来れてよかったのです」
「なるほどね。タイムパラドックスとかいう言葉を映画とかだとよく聞くけど、そういう小難しいことは起こらないってのは楽でいいね」
「ですね。映画とか小説で出てくる設定は、少し難しく考えすぎなのですよ」
「過去に戻って歴史を変える、なんてことはできないってことだね」
「それをできるのは、ソフィア様などの上級神だけですね」
そんな話をしながら食事を終えて一息ついていると、プリシラちゃんが「さて」、と立ち上がった。
「そろそろ現代に戻るとするかの。皆、準備するのじゃ」
「えっ、今からですか?」
「うむ。嫌か?」
「嫌ってわけじゃないですけど、今夜は休んで明日でもいいのかなって」
「そう言うが、ここではまた雑魚寝じゃぞ。風呂すらないではないか」
プリシラちゃんが集落を見渡す。
焚火の傍でごろ寝をしている人や、枝の家の中で草に埋まって寝ている人たちの姿が見える。
当然、風呂などない。
「私は布団と風呂が恋しいのじゃ。ほれ、皆集まれ」
それを聞き、フェルルさんが慌てて立ち上がった。
「ちょ、ちょっとだけ時間をください! 資料として、この時代の物をいくつかいただいていきたいんです!」
「分かったから、早くしろ」
「はい!」
「あわわ、ノルンちゃん! 野菜の種、たくさん作っておいて!」
「がってん承知の助なのです!」
そうして、急遽大慌てで出立準備を整えることになってしまった。
野菜の種をこれでもかと作ってウサンチュたちに渡し、野菜の育てかたも口頭でどうにか伝えた。
フェルルさんは土器のお椀、鍋、石包丁、狩猟道具などをたくさん貰い、リュックに詰めたうえに両手で抱えている。
俺たちも、彼女が持ちきれなかった貝や魚の骨やら動物の骨やらを持っている。
できれば生きた恐竜を連れ帰りたいとも言っていたのだが、それはかわいそうだから止めておこう、と説得した。
これらの道具を、現代に戻ってから展示物にして博物館を開くとのことだ。
「本当に、もう行っちゃうの? もっとゆっくりしていけばいいのに」
モーラさんが残念そうな顔で言う。
会ってまだ1日だけど、恐竜とのバトルやら何やらで、彼女たちとはやたらと濃密な時間を過ごした。
別れは惜しいけど、あまり長くいると情が湧いて別れがつらくなるから、このタイミングでのさよならはアリかなとも思う。
「すみません。短い間でしたけど、楽しかったです。子供をたくさん作って、子孫繁栄を頑張ってくださいね」
「うん! これでもう、男に困ることもないと思うし、大丈夫!」
「でも、今までみたいにあいつらを倒せなくなっちゃったのは困ったなぁ」
別の元巨人なウサンチュが、森を見る。
今までは巨体を生かしてティラノが来ても集団で撃退できたらしいのだけど、人間サイズになった今ではそれも難しいだろうな。
「そういえばそうですね。ここの集落の人たちは、どうやって恐竜を追い払ってたんですかね?」
俺が聞くと、ウサンチュとイチャイチャしていた男性が口を開いた。
「ここに恐竜は来ないよ。そっちの森に、毒のある茨がわんさと生えてるんだ」
「そうそう。たまに小さい恐竜が来るけど、そいつらはあれで倒せるからね」
別の男性が指差す先には、茨が巻かれた棍棒がたくさん置かれていた。
「トゲが刺さるとすぐに痺れちゃうから、ちょちょいのちょいさ」
「なるほど。だから、ここに集落を作ったんですね」
これなら、ウサンチュたちも安心して暮らせそうだ。
プリシラちゃんが、「よし」と頷く。
「では、行くとするかの。お前たち、私の周りに集まるがよい」
皆が集合すると、プリシラちゃんは杖を地面に、コン、と突いた。
俺たちの足元に青く輝く魔法陣が出現し、皆が「おおっ」と声を漏らす。
「コウジ。戻りたい場所を強く思い浮かべるのじゃ。そこに皆で戻るからの」
「分かりました。ええと……ワサビ農園でいいかな?」
皆が、「いいよ」と同意する。
俺は目を閉じ、ワサビ農園の宿の前をイメージした。
「はあ、やっと帰れますね! 帰ったら、お宿で美味しいごはんをお腹いっぱい食べるのですよ!」
ノルンちゃんがウキウキした声で言う。
「おっ、いいねぇ。風呂に入ってさっぱりして、酒を飲みながら飯にしようぜ」
「うーん。私はあそこのご飯苦手なんだよなぁ。前にコウジ君に連れて行ってもらったサクサクのお肉の……何だっけ?」
カルバンさんに続き、ネイリーさんがそんなことを言う。
「トンカツ屋さんですか?」
「そうそれ! あれをまた食べたいな。すっごく美味しかったんだもん!」
「はは。確かに、あの店のトンカツは絶品ですもんねぇ」
俺は目を閉じたまま答える。
ここ数日、ただ焼いただけの恐竜の肉や生野菜しか食べていなかったので、トンカツと考えただけでよだれが出そうだ。
「では、達者での」
「わわっ、まぶしっ!」
プリシラちゃんがそう言った直後にノルンちゃんの声が響いた瞬間。
それまでざわざわと聞こえていた集落の人やウサンチュたちの声がプツリと途切れた。
「うおおっ!?」
「きゃあっ!?」
すぐ傍から聞こえてきた男女の悲鳴に、俺は驚いて目を開けた。
そこには、驚愕の表情で尻もちをついている洋服姿の若い男女。
そして目の前には、タッチパネル式の整理券発券機があった。
「コウジ、ここ、トンカツ屋さんだよ」
唖然としている俺をよそに、チキちゃんがタッチパネルに歩み寄って操作を始める。
フェルルさんはきょろきょろと周囲を見ており、ネイリーさんは「ラッキー!」とガッツポーズだ。
プリシラちゃんは目が点になっていて、タッチパネルを操作するチキちゃんを凝視している。
「あわわ。コウジさん、元の世界に来てしまったのですよ!」
足元から聞こえた声に目を向けると、小人なノルンちゃんが俺を見上げていた。