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13話:悲しい歌声

「誰もいませんね……」


 薄暗い森の小道を歩きながら、ノルンちゃんが辺りを見渡す。

 エルフ夫妻と別れてから、生存者どころか感染者とも遭遇しない。

 昨日までこの辺りにいた2人の感染者は、どこへ行ったのだろうか。


「森って広いし、別の場所に移動したのかもね」


「そうかもしれませんね……あっ! あそこが里じゃないですか? 行ってみましょう!」


 道の先に開けた場所を見つけ、ノルンちゃんが駆け出した。

 俺も走って追いかける。

 森の切れ目に到達し、ノルンちゃんが足を止めた。


「わあ……綺麗なところですね……」


「おお、すげえ……」


 開けた場所は、土レンガ作りのモダンな建物が立ち並ぶ集落になっていた。

 様々な野菜やハーブの畑があちこちにあり、集落の中央には細い川が流れている。

 家々を繋ぐ道の脇には色とりどりの花が咲き乱れ、美しいを通り越して幻想的ですらあった。


「……ん? 歌?」


 しばらくその光景に見惚れていると、どこからか微かに歌が聞こえてくることに気が付いた。

 とても小さな、物悲し気な歌声だ。


「コウジさん、あっちから聞こえるみたいです」


「行ってみようか。感染者がいるかもしれないから、用心して行こう」


「了解であります!」


 周囲を警戒しながら、ゆっくりと道を進んでいく。

 ふと、何かが横たわっていることに気が付いた。


「……死体だ」


「干からびてますね……」


 道の脇に、花の絨毯に寝転ぶようにして、干からびたエルフの死体が2つあった。

 周囲をよく見てみると、同じような死体が大量に横たわっていた。

 どの死体も、目や口の周囲には、乾いたキノコが大量に散らばっていた。


「あの家の裏か」


 歌声に導かれ、1軒の大きな家の裏手に回った。

 白髪のエルフの少女が、木陰のベンチに座って俯いていた。

 かわいらしい白のワンピースを着ている。

 この歌声は、彼女のもののようだ。

 彼女から数メートルの位置で、俺たちは足を止めた。


「……もしもし、お嬢さん?」


 ぴたりと、少女が歌を止めた。

 顔を上げ、俺たちを見る。

 真っ白なセミロングが似合う、15歳くらいのかわいらしい女の子だ。

 目にも口にも、キノコは生えていない。


「……誰?」


「おお、生存者だ」


「これで3人目ですね」


 ほっとして、彼女に近づく。

 こんな死体だらけの場所に1人きりで、今までよく無事だったものだ。


「俺たち、おかしくなった人たちを捕まえて、治療するためにここまで来たんだ。キミの他に、誰か無事な人は見なかったかい?」


「……分からない。もう何日も前から、ここには私しかいないの」


「何日も? 顔からキノコを生やした人に襲われませんでした?」


 不思議そうに、ノルンちゃんが問いかける。


「……いろんな人が追いかけられてるのは見たわ。私の前は素通りしていったけど」


「素通り? 隠れてたとかじゃなくて?」


「うん。皆、私が見えてないみたいに素通りして行ってた。襲われて倒た人を助けようともしたんだけど、皆すぐに起き上がってどこかへ歩いて行っちゃったの」


 少女の話に、俺たちは顔を見合わせた。


「……ノルンちゃん、もしかしてこの娘って」


「免疫を持っているのかもしれないですね! 映画でよくある展開ですよ! この娘の血液から、お薬が作れるかもしれないです!」


「お薬?」


 小首を傾げる少女に、俺は歩み寄る。


「うん。キミの血を使って、病気の人たちを直す薬が作れるかも……って、薬なんてどうやって作るんだ?」


「この娘の血液を少しだけもらって、それを私が体内で調整して種化したものを植えるですよ。実が生って、それを食べると一時的に力を取り込むことができます。感染してる人たちも治ると思います」


「マジか。ノルンちゃんって本当に何でもできるんだな。でも、種から育てるとなると、かなり時間がかかるんじゃない?」


「あ、それは大丈夫です。私が傍で見守っていれば、1日で収穫できるくらいに育ちますので」


「1日!? それ、何でも育てられるの!?」


「はい。私が生み出した種からでしたら、バナナでもダイコンでも小麦でも、何でも1日で育てられます。地球に存在する植物でしたら、どんな種でも生み出せますよ!」


 ドヤッ、とノルンちゃんが胸を張る。

 無から種を生みだせるとは、さすが栽培の女神だ。

 今さらながら、常識が通用する相手じゃないと再認識した。


「とりあえず、彼女を連れて港町まで引き返しませんか? あっちで実を作ってから、また出直すというのはどうでしょう」


「そうだな。あんまり長居すると夜になっちゃいそうだし、戻るとするか。明かりを出すわけにもいかないし」


 太陽は少し傾いてきており、あと数時間もすれば夜になってしまうだろう。

 感染者が潜む真っ暗な森の中でキャンプというのは、正直勘弁願いたい。

 そんな話をしていたら、少女が青い顔をして震えていることに気が付いた。

 今になって、恐怖が襲ってきたのだろうか。


「大丈夫だよ。俺たちがきっと、全部解決してみせる。さあ、一緒に行こう」


「……」


 俺が少女の手を掴んで立ち上がらせると、彼女は怪訝そうな顔になった。


「どうかした?」


「……ううん。何でもない」


「よし、行こう」


 少女を連れて、俺たちはエルフの里を後にした。




「ノルンちゃん、後ろ! 最後の1匹だ!」


「はいなっ!」


 ノルンちゃんが蔓を伸ばし、感染者を縛りあげる。

 俺は藪の中から蔦植物を引き抜いてきて、直接触れないように注意しながら拘束されている感染者たちを木に縛り付けて回った。


「す、すごい……今のは10人以上いたのに……」


 縛り付けられた大量の感染者を前に、少女が唖然とした声を漏らした。

 歩きがてら名前を聞いたのだが、「覚えてない」とのことだった。

 里での惨劇を目の当たりにしたショックで、記憶が混乱しているのかもしれない。


「ふふん! 私にかかれば、感染者なんて余裕なのです!」


 エルフの里を出て、約2時間。

 行きと打って変わって、やたらと感染者が襲い掛かってきた。

 これでもう、60体は木に縛り付けただろうか。


「他にも、こういうことができる人はいるの?」


「ノルンちゃんくらいだろ、こんなのできるのは」


「ふふふ。この世界では、私が最強なのですよ。森の中なら、ほぼ無敵なのです! 大自然万歳なのです!」


 しゅるしゅるっと、ノルンちゃんが蔓を手に変異させる。

 かなり派手に暴れまわっていたのだが、港町で見た時のような疲れた様子はほとんどない。


「森の中なら? 外だと何か違うわけ?」


「街なかと違って、森の中だと植物の力を常に補充できるのですよ。調子の良さ的には、森だと100%、原っぱだと60%、街なかだと30%ってところですかね」


「グリードテラスを仕留めた時は30%だったのか……」


 そのまましばらく歩き、港町を望める森の切れ目に到達した。

 空は夕焼け色に染まっていて、オレンジ色の光が辺りを照らしている。


「げほっ、げほっ!」


 森を出て数分歩いた辺りで、俺は突然肺が締め付けられるように痛くなって激しく咳き込んだ。

 何だか熱っぽく、身体がだるい。


「コウジさん、風邪ですか?」


「うん、何か熱っぽい」


「あらら、急に山歩きなんかしたから、疲れが出たんですかね。あっちに戻ったら、お医者さんに行くですよ」


「げほっ、げほっ! ……確かに、社会人になってから全然運動してなかったからなぁ。ノルンちゃんの力でさ、何かこう、ぱぱっと薬を作ったりはできないの?」


「熱さましのハーブとかなら作れますが、種からなのでギリギリ収穫できるレベルに成長するまで、早くても半日くらいかかりますよ。お医者さんに行って抗生剤貰って飲んだ方が早いですよ」


「そっか。万能ってわけでもないんだねぇ」


「あ、でも、私の血液をコップ一杯分くらい飲めばすぐに治癒しますよ。飲みます? たぶん寿命も少し延びますよ」


「う、うーん。それはやめておこうかな……あれ、でも、奇跡の光で治らないのかねこれ」


「そういえばそうですね。あの光さえあれば、風邪なんて引くはずがないのですが」


 目の前に出るように念じ、光の玉を取り出してみた。

 弱々しい光が、俺たちを照らす。

 前に見た時には真っ白な光の玉だったのだが、今は灰色にくすんでいた。


「うあ、重症ですよそれ。早くお医者さんに診てもらわないと」


「え、マジか。そこまでまだ体調悪くないんだけど、これから酷くなるのかな?」


「酷いどころか、命に関わるレベルです。急いで現世に戻らないと」


 どうやら、この光の玉は俺の健康状態のバロメーターの役割も果たしているらしい。

 自動回復を上回る疾病となると、かなり深刻だ。


「な、なんだって!? でも、どうやったら戻れるのかが分から……げほっ、げほっ!」


「だ、大丈夫ですか!? 私の手首を切り落としますから、口付けて直接血を飲んでください!」


「い、いや、少し熱っぽいくらいだから、そこまでしなくてもいいよ。とりあえず、港町まで戻ろう。あと1時間も歩けば着く距離だし」


「分かりました。でも、向こうに着いたら血を飲んでくださいね」


「分かった、飲むから。ただ、手首は切り落とさなくてもいいと思うんだ」


 そんな話をしながら歩いていると、数時間前に助けたエルフの夫妻が道脇の岩に座り込んでいるのを発見した。

 向こうも俺たちを見つけ、手を振っている。

 どうやら、俺たちを待っていたようだ。


「おお、アイナさんたちだ。おーい! ……げほっ、げほっ!」


 激しく咳き込むと同時に、ぽろぽろと、白くて細長いものが俺の口から零れ落ちた。


「……何だこれ? キノコ?」


「なっ!? お、おい! その娘は2カ月前に死んだはずじゃ……」


 エルフの旦那さんが叫んだと同時に、ノルンちゃんに背後から少女が飛びついた。


「えっ!? な、何――」


 振り向こうとしたノルンちゃんの首筋に、ぞぶっ、と音を立てて少女が歯を突き立てた。

 ぶちぶちという音を立てて肉が食いちぎられ、ノルンちゃんの白い首筋から鮮血が吹き上がる。


「あ、あ、あ」


 ノルンちゃんはがくがくと震え、首の傷から顔や胸にかけて、どす黒く変色した血管が浮き上がった。


「ノ、ノルンちゃ……げほっ! がはっ!」


 ぼとぼとと、俺の口から大量の白いキノコが零れ落ちる。

 呼吸困難になりながら顔を上げると、俺の目の前で口を血に染めた少女が涙を流していた。


「もう、ダメ。我慢できない。ごめんなさい」


 俺の頬に両手を添え、唇を近づける。

 少女の唇と俺の唇が触れ――。


「解毒完了! ほわあああ!!」


「え!? っきゃああああ!?」


 ノルンちゃんが少女の背後から腰を抱きかかえ、そのままエビぞりしてジャーマンスープレックスを決めた。

 ごん、と音がして少女の後頭部が地面に衝突し、そのまま倒れてピクリとも動かなくなった。


「コウジさんっ! 口を開けてっ!」


「っ! かはっ!」


 返事をしようにも、喉の奥から次々にキノコが湧いて出てきて満足に息も吸えない。

 ノルンちゃんは自分の手首を盛大に噛みちぎると、俺の口の中にぼたぼたと直接血液を流し込んだ。

 どろりとした感覚とともに、ノルンちゃんの血が喉を通っていく。


「っひゅっ! げほっ! げほっ!」


 血が喉を通った瞬間にキノコの発生が止まり、俺は胸をかきむしりながら必死に空気を吸い込んだ。


「コウジさん、よ、よかった……うう……」


 血濡れのノルンちゃんが俺に微笑む。

 そして、ふらふらと倒れている少女の下へ行くと、蔓に変異させた指先を少女の腕に突き刺した。

 指を引き抜き、今度は少女の口を開かせて、自らの手首から流れる血を少女に飲ませた。


「おい、大丈夫か!」


 エルフの夫妻が、駆け寄ってくる。

 ノルンちゃんは切れていないほうの手を目の前にかざした。

 手のひらの中央がぼこりと膨らみ、ビー玉サイズの黒い種が出現した。

 それを握りしめ、再び俺の下へとふらふらと戻ってきた。

 朦朧としている俺を抱き起し、優しく抱きしめる。


「はあ、はあ……こ、ここで私たちは少し休みます。誰かが膜を破らないよう、見張っていてください」


「は? 膜って……な、何!?」


 ノルンちゃんの足が木の根に変異し、地面に突き刺さって根を張った。

 髪の毛がものすごい勢いで伸び始め、まるで芋虫の繭のように俺たちを覆っていく。


「ノ、ノル……げほっ! げほっ!」


「大丈夫です、コウジさんは私が守ります。安心して、今は眠ってくださいね」


 段々と暗くなっていく視界の中、疲れた顔で微笑むノルンちゃんの言葉を聞きながら、俺は意識を手放した。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] なんか・・・ ほんわかカワイイ女神様と理想郷ってタイトルで読み始めたらエグいやらグロいやら理不尽やら不穏やらろくな展開にならんな。
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