129話:つがい争奪戦
ズシン、ズシンと音を立てて、俺の操縦する巨木が森の中を進む。
一歩一歩はかなりゆっくりだけど、歩幅が大きいのでそれなりの速度が出ているようだ。
他の種族がいるだいたいの方角はモーラさんたちが知っていたので、彼女たちの指し示す方向に進んでいる状態だ。
「右、左、右、左、はあ、はあ……」
「ノルンちゃん、大丈夫? 何だかしんどそうだけど」
ノルンちゃんの掛け声に合わせて俺は足を動かしているのだが、当のノルンちゃんは息を荒げて汗を掻いている。
動き始めて、まだ5分も経っていない。
「ちょ、ちょっと疲れますね、これ。調子に乗りすぎたかもしれないです」
「神力をすごく使うってこと?」
「はい。大きな森の中なのでいけるかと思ったのですが、思った以上に消費が激しいです。寿命をもっといただければ、スイスイいけるのですが」
「い、いや、それはやめておこうか。下の恐竜、まだいるかな?」
「もういないみたいです。驚いて逃げたみたいですね」
巨大な樹木ロボに恐れをなして退散したみたいだ。
とはいえ、ここでまた地面に降りるのは怖いな。
「もっと楽な方法で、安全に進めないかな?」
「ですね。軽量化しましょう」
ノルンちゃんはそう言うと、皆が座っている床の部分から複数の蔓を地面に伸ばし始めた。
ばきん、と音がして、太い幹の部分が分離した。
「では、ここからは私が動かしますので」
「うん、お願い。このままくっついてたほうがいい?」
「ぜひそうしてくださいませ!」
というわけで、俺はノルンちゃんを膝に乗せたままとなった。
伸びた蔓が地面に到達し、シャカシャカと多足昆虫のような動きで森の上を進み出す。
蔓のマットから触手が生えているような見た目になってしまったけど、振動は少なくて快適だ。
さっきまでより、だいぶ早い。
ウサンチュたちが、「おー」と声を上げて景色を眺めている。
「これはすごいのう。魔法とは全然違って面白いな」
プリシラちゃんが座席で足をプラプラさせながら、楽しそうにしている。
一番端っこの席なので、とても景色がよさそうだ。
「あの、ネイリーさん。プリシラちゃんって、年寄りみたいな話しかたしますけど、かなり年配なんですか?」
俺の前の座席に座っているネイリーさんに聞くと、彼女は少し振り向いた。
「んーん。そんなことないよ。40歳くらいだったかな」
ネイリーさんが小声で答える。
「えっ、そうなんですか。猫人って、年をとっても外見が若いんですね」
「あ、違う違う。あれは薬で若返ってるだけなの」
「へえ、そんな薬があるんですか」
「うん。私が作ったんだけど、配分が間違ってたみたいでさ。ちょっと若返りすぎちゃったんだよね」
「そ、そうですか。ちょうどいい年齢に戻す薬はないんですか?」
「それがさ、お師匠様が気に入っちゃって、そのままでいいって」
あはは、とネイリーさんが少し困ったように笑う。
「そのままって、あの体じゃ、いろいろと不便もあるんじゃないですか?」
「私もそう思うんだけど、『この体ならいける!』って言って、どこかに飛び出して行っちゃったんだ。でも、すぐにがっくりして帰ってきてさ」
「何があったんですか?」
「好きな人に告白しに行ったんだって。でも、まがい物のロリは守備範囲外だっていって振られちゃったみたい」
「ええ……」
「なるほど、彼女が好きな人はロリコンだったのですね」
ノルンちゃんが「はえー」と感心している。
感心するところじゃない気がするけども。
チキちゃんに手を出してしまっている俺としては、どうこう言えないが。
「ものすごく落ち込んでたから慰めたんだけど、急に『唯一無二の存在になっていい男を捕まえてやる!』とか言って、あの口調を始めたの」
「そ、そうですか。新境地を見出したんですね」
「ロリババアジャンルを開拓したのですね。確かに、唯一無二なのですよ」
俺たちがこそこそ話している間にも、景色はどんどん流れていく。
プリシラちゃんはカルバンさんがお気に入りのようで、やたらと話しかけていた。
当のカルバンさんは少し困っているのか、適当に話を合わせて流しているようだった。
そうしてしばらく進み、ようやく森の終わりが見えてきた。
木々がまばらになり、森から続く大きな川の先には海が見える。
「なあなあ。元の時代に帰ったら、私と一緒に暮らさんか? 衣食住すべて面倒見てやるぞ?」
プリシラちゃんがカルバンさんを口説いている。
彼女、渋い系の男が好きみたいだな。
「い、いや、気持ちは嬉しいが――」
「あ! この体が不満なら心配はいらんぞ! 一時的にだが、魔法で20代だろうが30代だろうが好きな体に変異できる。お主の好みの年齢で相手してやるからの。ふふふ」
「だ、だから、そういうのが問題じゃなくてだな。俺は――」
「一人が不満なら、夜の間だけ3人くらいに増えてやるから! お主は私のドストライクなんじゃ! 後生だから、私と付き合ってくれんか!?」
何やらものすごい話になっている。
カルバンさんが何か言おうとしても、プリシラちゃんが被せるように捲し立てている状態だ。
こんなにがっついた幼女、確かに唯一無二だな。
「だから! 俺は結婚してるんだよ! 子供だっているんだから!」
「「「なんですと!?」」」
俺とノルンちゃん、ネイリーさんが同時に叫ぶ。
チキちゃんも驚いた顔で、口を半開きにしてカルバンさんを見ていた。
プリシラちゃんはカルバンさんを見たまま、硬直してしまっている。
「あわわ……あ! 集落がありますよ!」
フェルルさんが海辺を指差して叫ぶ。
そちらに目を向けると、枝の束で作った三角の建物がたくさんある集落があった。
「お、お、お前! どうしてそれを先に言わんのだ!? 私に恥をかかせおって!」
「言おうとしてもあんたが遮ったからだろうが! 俺は悪くねえ!」
「何を言うか! 純真な乙女心を弄びおって!」
プリシラちゃんが座ったままじたばたと暴れながら、涙目で憤慨する。
カルバンさんはタジタジで、「そんなこと言ったって」と困っていた。
「え、ええと、ノルンちゃん。さっさと集落に行っちゃおうか」
「それがよさそうですねぇ」
蔓の動きが加速し、猛スピードで集落に向かう。
近づくにつれ、そこで生活している人々の姿が見えてきた。
見たところ、俺と同じ人間のようだ。
「下にまいりまーす!」
ノルンちゃんがそう言うと同時に、蔓がたわんで俺たちが乗っているマットが地表に降りた。
シートベルトが外れて、皆が席を立つ。
集落にいる人々が、何だ何だと集まってきた。
皆、植物で作った縫い目の粗いシャツとズボンを身に付けている。
「わあ! 男がいっぱい!」
「私たちと同じ大きさだぁ!」
「あー、よかった。これだけいれば、結婚してない人もたくさんいるよね?」
「はあはあはあ」
モーラさんをはじめとしたウサンチュたちが、集落の人々に駆け寄る。
今までのことを噛み砕いて説明するモーラさんたちに、集落の人々は「へー」と相槌を打っていた。
話しぶりからして、どうやら顔見知りのようだ。
一部のウサンチュは発情してしまっているようだけど、大丈夫だろうか。
「はー、なるほど。それで、ここに皆で住みたいと」
モーラさんの話に、若い男が、ふむふむ、と頷く。
「うん。というわけだから、あなた、私とつがいにならない?」
「へえ、つがいに……ええ!? いきなり!?」
「死ぬまであなたのために一生懸命働くから! で、たくさん子供作ろう? ね?」
鼻息も荒く迫るモーラさん。
他のウサンチュたちも、目に付く男たちに一斉に駆け寄って「つがいになってくれ」と頼み込み始めた。
初めは唖然としていた集落の女性たちも、これはただならぬ事態だと割って入る。
わあわあと、あっという間に大騒ぎが始まった。
「うおお……モーラさんたち、がっつきすぎなんじゃ……」
「今まで抑圧されていた分、仕方がないのかもですよ。本能みたいなものなんじゃないでしょうか」
ノルンちゃんはそれを見ながら、手のひらから種を生み出し始めた。
ウサンチュミントの種だ。
「とりあえず、これを近くに植えてしまいましょう。しばらく使う分は、私が生み出しますので」
「ああっ! そ、そんなに簡単に作れるのですか!?」
フェルルさんが驚いてノルンちゃんの手のひらを見る。
「作れますよ。いくらでもおまかせなのです」
ノルンちゃんの手のひらから、小さな種がぽこぽこと大量に湧き出てくる。
皮膚が盛り上がって種が出現するので、ちょっと生々しいな……。
「すごいですね! ウサンチュミントの種はあまり採れないので、売れば大儲けできますよ!」
「ノルンちゃん、皆のためにも、多めに作っておかない?」
「了解しました。使い切れないくらい、作っておきますね」
「うわあああん! この人でなし! 女の敵! 私の恋心を返せ!」
「ああもう! 勝手に言い寄ってきたのはお前だろうが! コウジ、何とかしてくれ!」
カルバンさんがプリシラちゃんにポカポカと叩かれながら逃げてきた。
何というか、プリシラちゃんってぶっ飛んでる人だな。
「ま、まあまあ。プリシラちゃん、そのうちいい人見つかりますから。落ち着いてください」
「ぐすっ。こんなに好みドストライクな男はひさしぶりだったのに……」
「お師匠様、また次にいけばいいんですって」
「うう、私のハーレム第一号になると思ったのに……」
「今までもいい感じのおじさんはいたじゃないですか。お師匠様は選り好みしすぎなんですよ」
「ビビっときた男だけをはべらせたいのじゃ! 硬派な男だけをはべらせたいのじゃ!」
何やら不穏な会話が聞こえるが、めんどくさそうなのでスルーしたほうがよさそうだな……。
「じゃ、じゃあ、ウサンチュミントの畑を作ろっか。チキちゃん、お水係お願いね」
「う、うん」
そうして、プリシラちゃんたちを放置して俺たちは畑作りを始めたのだった。




