128話:樹上の夜
夜になって、俺たちは捌いたラプトルの肉を焼いて食べていた。
肉食獣だからか、どうにも臭みが強くてたまらないのだけど、コショウを多めに振りかけてどうにか食べている状態だ。
「むう。筋張ってるし臭いし、まいったなぁ」
「そこはかとなくする、アンモニア臭が気になりますね……」
いつもはがっつくノルンちゃんも、さすがにこれは食が進まないようだ。
元巨人さんたちは、もっしゃもっしゃと焼き肉を楽しんでいる。
むしろ、塩と胡椒の味付けに感動しているようで、あちこちから「美味しい!」と声が上がっていた。
「チキちゃん、レモン汁って持ってきてたっけ?」
「うん、あるよ」
チキちゃんが荷物からレモン汁の小瓶を取り出し、肉にかけてくれた。
うん、これで少しマシになったぞ。
「ふむ。やはりここは魔素が濃くていいの。だいぶ回復したわい」
プリシラちゃんが肉を齧りながら、片手で指を揺らす。
小さな光が指先で輝き、ぱっと消えた。
「元の時代とは、だいぶ違うんですか?」
「うむ。ここは自然が豊かだからの。湧き出る魔素も、かなり多い」
「魔素って、自然と関係してるんですか?」
「自然というより、すべての命だな。生き物はすべて、その身から少しずつ魔素を放出してるのだ。お前さんからも出ているぞ」
「へー」
魔法を使うには本人の魔力が必要だというのは知っていたけれど、使った魔力を回復するのに魔素が一役買っているのか。
ノルンちゃんが奇跡を起こす時に使う、神力とか植物の力と似ているようにも思えるな。
「ねえ、魔法使いさんたちは、明日どこかに行っちゃうの?」
モーラさんがプリシラちゃんに尋ねる。
「うむ。私たちはずっと未来の世界から来たからの。帰らねばならん」
「そっかぁ。でも、魔法使いさんたちがいなくなったら、私たち生きていけるかなぁ……」
モーラさんがマットの端から下を覗く。
恐竜たちはまだ諦めておらず、俺たちがいる巨木の周りをうろうろしていた。
恐竜同士で争ってくれたらなと思ったけど、その様子はない。
「あ、そっか。皆さん、小さくなっちゃったんですもんね」
「うん。前はあいつら近寄ってこかなったけど、もう私たちは餌って思われてるみたいだし」
「そんなに心配せんでも、人里まで送ってやるから安心しろ」
プリシラちゃんはそう言ってから、でも、と続けた。
「この人数を移動させるとなると、また魔力が空っぽになるかもしれん。元の時代に帰るのが、また後回しになるの」
「それなら、私が皆さんを運ぶのですよ」
ノルンちゃんが、はい、と手を上げる。
「この木ごと、安全な場所まで移動させますので」
「そうか。なら、お言葉に甘えるとするかの」
「ねえねえ、連れて行ってくれるところって、男がたくさんいるところだよね?」
別のウサンチュさんが、ノルンちゃんに尋ねる。
「別の種族がいるところまで行きますので、きっといると思いますよ」
「そっか! あー、よかった!」
「もうウサンチュミントを食べなくてもよくなるんだね!」
「つがい作るぞー! たくさん子供産むんだから!」
ウサンチュさんたちが、わいわいと騒ぐ。
「ねえねえ、コウジさんだっけ? あなたはまだつがいがいないの?」
モーラさんが、舌なめずりしながら俺ににじり寄る。
目つきがちょっとヤバイ。
「あ、いや、もうお手付きです」
「えー、残念。そっちのかっこいい人は? カルバンさんだっけ?」
「俺も遠慮しとくわ。こっちに永住する気はねえよ」
「むー。そんなこと言わないで、私とつがいになろうよ。精一杯尽くすから!」
「あっ、ずるい! 私だってその人とつがいになりたいのに!」
「私も!」
「い、いや、気持ちは嬉しいんだが……」
ウサンチュたちがカルバンさんに群がる。
全員が美形なうえにスタイル抜群だ。
年配のウサンチュさんはわきまえているのか、遠巻きに眺めている。
やはり、年配の人のほうが落ち着きがあるようだ。
「ノルンちゃん、皆にウサンチュミントの種を食べさせてあげてくれないかな」
「あはは。それがよさそうですねぇ」
そうして、ウサンチュさんたちにウサンチュミントの種を食べさせたのだった。
数十分後。
食事とウサンチュミントの配布が終わって一息つき、就寝することになった。
マットの上に雑魚寝だけれど、ウサンチュさんたちは普段からそうなのか、すでに大半が寝息を立てている。
「んふふ。コウジさぁん……いひひひ」
「ちょ、ちょっと! ノルンちゃん、ここじゃまずいって!」
ノルンちゃんが俺にぴったりと張り付きながら、首元に顔を摺り寄せてくる。
相変わらず花のようないい匂いがするし、腕に押し付けている胸は柔らかいしで、俺の理性を総攻撃してくる。
「だって、ずっとご無沙汰だったから、私はもう辛抱堪らんのですよっ」
「気持ちは分かるけどここじゃダメだって!」
「分かっています。ちょっとだけ、スリスリさせてほしいのですよ。んっ」
ノルンちゃんが俺の首筋に、ちゅっちゅとキスをする。
こんな状況では眠れるわけもなく、彼女の色香にクラクラしながら周囲の景色に目を向けた。
禅の心で立ち向かわねば、皆が眠りこけているなかでおっぱじめてしまいかねない。
ノルンちゃん、いたしている時はすごく積極的だとは思っていたけど、けっこう性欲が強いんだな……。
「はあはあはあ」
「げっ」
微かに聞こえる荒い息遣いに目を向けると、すぐ隣で横になっているフェルルさんが俺たちをガン見していた。
「こ、これが男女の営みなのですね……ううっ、羨ましいです」
「ノルンちゃん、見られてるって! モロバレしてるから!」
「「「はあはあはあ」」」
更に聞こえてきた息遣いに、はっとして他の皆にちらりと目を向けてみると、モーラさんをはじめとした何人かのウサンチュが目を血走らせて俺を見ていた。
「めっちゃ見られてる!」
「コ、コウジさん、私もう、我慢の限界なのですよっ」
「だったらそういう行為をやめろっての!」
「ノルン様、ずるい。私もしたいのに」
その声に俺が顔を向けると、頭合わせで寝ていたチキちゃんがふくれっ面で俺を見ていた。
「私もする」
「えっ、ちょっ」
チキちゃんが俺の頭に覆いかぶさり、唇を押し付けてくる。
ノルンちゃんはそんなことも意に介さず、俺の上着に手を入れ始めた。
この女神、ちょっとで済ます気ないだろ。
「いひひひ。コウジさぁん」
「コウジからもキスして」
「ええい、やめんかドアホども!」
「「痛いっ!?」」
2人の頭にゲンコツを食らわせて、無理矢理起き上がって引き剥がす。
「うう、コウジさん、酷いですよ……」
「コウジ、痛い……」
「はあ、はあ……まったく。ネイリーさん、起きてるんでしょ?」
「あ、うん。バレてた?」
反対側の隣で寝ていたネイリーさんが、苦笑する。
「この淫獣たちを、魔法で眠らせることってできます?」
「チキさんはいけるけど、ノルンさんに効くかなぁ? ものすごく魔法に対する抵抗が高そうなんだよね。頭空っぽにして無抵抗になってくれれば、もしかしたらできるかも」
「ノルンちゃん、頭からっぽにして、魔法を受け入れなさい」
「うう、分かりました……」
「チキちゃんも、今日は寝てよ。そういうのは、また後でしようね?」
「……うん」
「ネイリーさん、お願いします」
「あはは。りょーかい」
ネイリーさんが人差し指を振りながら、「ねーむれ、ねむれー」と雑な呪文を唱え始めた。
「はあはあはあ」
「ん?」
さらに聞こえてきた荒い息遣いに目を向けると、プリシラちゃんが顔を真っ赤にして俺たちを凝視していた。
「あの、プリシラちゃ」
「っ! 眠れっ!」
プリシラちゃんの叫び声が聞こえた瞬間、俺は一瞬にして眠りに落ちてしまった。
翌朝。
日の出とともに起きた俺たちは、ノルンちゃんがこしらえてくれた木の座席に座っていた。
蔓のシートベルトも付いていて、準備万端だ。
なお、ノルンちゃんとチキちゃんには、昨晩のことで少しお説教をしておいた。
ふたりとも、素直に謝っていたけれど、何度も「我慢の限界」を訴えていた。
女神もエルフも、人間よりも性欲が強めなのだろうか。
「それでは、いきますよー」
ノルンちゃんが両手両足を蔓に変異させ、昨日手足を分離した巨大樹の断面に接続した。
「えっ。もしかして、この木をこのまま動かすの?」
「はい。ちょっと疲れますけど、これが一番安全かと思うのですよ」
ノルンちゃんはそう言うと、俺の座っている座席の蔓を動かして、彼女の傍に運んだ。
ノルンちゃんが両手足の蔓を動かし、俺の上に座るように移動する。
「よいしょ。これなら、コウジさんから神力を補充しながら操作できるのです」
「おお。ロボットアニメみたいだね」
「えへへ。コウジさん、こういうのお好きですよね。私の腕を握ってくださいませ」
言われるがまま、俺はノルンちゃんの腕部分を握った。
「こう?」
「はい。足も失礼しますね」
ノルンちゃんの足の蔓がうごめき、俺の足を蔓の束の中に取り込むようなかたちになる。
「コウジさんの手足の動きに合わせて、木を動かします。自由に歩いてみてくださいませ」
「ほほう。それじゃあ……」
俺が右足を持ち上げるように力を入れると、メキメキ、と音を立てて地面に突き立っていた巨木の根っこが持ち上がった。




