127話:大きなノルンちゃんの木の上で
「あ、あの、ネイリーさん」
「杖が……お師匠様から貰った杖が……」
ネイリーさんはぶつぶつと言いながら、ラプトルの下敷きになっている杖を見つめている。
とっさのこととはいえ、とんでもないことをしてしまった。
「ネイリーさん、本当にすみませんでした。大事な杖を、こんなにしちゃって……」
「あれまぁ。これは酷いのう」
プリシラちゃんが杖に歩み寄り、水晶玉に手を伸ばした。
彼女が水晶玉を掴むと、キン、という音とものに水晶玉が外れた。
「ふむ。玉は無事なようじゃから、直せばいいじゃろ」
「えっ、直せるんですか?」
俺が聞くと、プリシラちゃんは難しい顔で頷いた。
「うむ。あれはただの土台だからの。玉さえ無事なら、効力は変わらん」
「そうなんですか。でも、不可抗力とはいえ、すみません……」
「いや、あの状況では仕方がない。ネイリー、後で布でも巻いて直してやるから、そんなにしょげかえるな」
「でも、お師匠様との思い出の杖が……」
ネイリーさんがぽろぽろと涙をこぼす。
罪悪感で俺の心は大ダメージを負った。
「まあ、そう言うな。この杖のおかげで、誰も怪我せずに済んだのだ。杖は立派に役目を果たしたのだよ」
「……はい」
ネイリーさんがしゅんとしながらも頷く。
そうしていると、あちこちに散らばっていたウサンチュたちが戻ってきた。
慌てた様子で、走って来る人もいる。
その後ろからは、膝丈くらいの大きさの恐竜が10匹ほど追いかけていた。
「うわ! ちっこいのが来た!」
「な、何だか恐竜が集まってきてるみたいですよ!?」
フェルルさんが別方向を指差して叫ぶ。
そちらを見ると、二足歩行のエリマキトカゲみたいなやつが2匹、ウサンチュのおばさんを追いかけて走ってきている。
「コウジ、あっちからも!」
さらにチキちゃんが指差す方からは、ティラノをそのまま小さくしたような恐竜が突進してきていた。
他にも、森の中から様々な種類の恐竜たちが集まって来ていた。
「ノルンちゃん! 恐竜がいっぱい来たよ!」
「あわわ、少々お待ちを!」
カルバンさんと戦っていたラプトルを簀巻きにしたノルンちゃんが、彼と一緒に駆け戻ってきた。
「皆さん! 私のところに集まってください!」
もとより、全方位から恐竜たちが迫って来るので、ウサンチュたちは中央にいる俺たちのもとに駆けてくる。
「魔法使いさん! 体を元に戻してよ!」
「元の大きさになれば、あんな奴ら楽勝なんだから!」
「早く戻して!」
息を切らせて駆けてきたウサンチュの何人かが、プリシラちゃんに叫ぶ。
確かに、巨人な彼女たちならティラノにだって太刀打ちできるだろうな。
集落のあちこちには巨大な棍棒が置いてあるし、あれが使えれば恐竜など一撃だろう。
「い、いや、元に戻せと言われてものう」
「小さくできたんだから、大きくもできるでしょ!?」
「できるにはできるが、小さくする時よりも膨大な魔力がいるのだよ。というより、今は魔力が空っぽで何もできんて」
「そ、そんなぁ!」
「コウジさん、私にくっついて!」
「うん! 寿命吸っていいからね!」
「はい!」
俺がノルンちゃんに抱き着くと、ノルンちゃんの首から下が一瞬で樹木の幹のようになった。
両腕から大量の蔓が飛び出し、その場にいる全員を絡め取る。
続いて、無数の木の根と化した両足が広範囲の地面に勢いよく突き刺さった。
「いきますよぉ! そおおおい!」
ノルンちゃんが叫ぶと同時に、メキメキと音を立ててノルンちゃんの根が膨張した。
さらに勢いよく上に伸び始め、あっという間に高さ30メートルほどにまで俺たちは持ち上げられた。
今のノルンちゃんはまるで、巨大なガジュマル(無数の根が地表に出ている樹木。沖縄の湿地帯などで見られる)だ。
「はひぃ、はひぃ……こ、これで大丈夫です!」
ノルンちゃんが心底疲れた様子で、地面を見下ろす。
恐竜たちは突如として出現した巨木に困惑しているようで、はるか頭上にいる俺たちを見上げて悔しそうに吠えている。
ノルンちゃん、俺の寿命を吸っても疲れるんだな。
吸いすぎないように気を付けてくれてるのかもしれない。
「おお。さすが女神様だのう。こんなこともできるとは」
プリシラちゃんが感心した様子で、自身を掴んでいる蔓を撫でる。
「も、もうヘロヘロなのですよ。しばらくは、ここで休憩にしましょう」
ノルンちゃんはそう言うと、髪の毛をざわざわと伸ばして俺たちの足元に広げた。
髪は数十本ずつねじり合って紐になり、それがきめの細かい格子状になっていく。
おお、と皆で眺めているうちに、髪の毛の絨毯が出来上がった。
蔓が動き、俺たちはその上に下ろされた。
「コウジさん、私をしっかり抱いていてくださいませ」
「うん」
「んんん……あいたっ!」
ノルンちゃんの両手両足の部分が、ばきん、と音を立てて分離した。
「ほっ!」
そしてすぐさま、その断面から新たな腕と足が出現した。
ノルンちゃんを絨毯に下ろすと、彼女は高質化した指先で髪の毛を「いたたっ!」と声を漏らしながら切り離した。
前にもやったことがあるけれど、自分で分離した体の部分からの再生は容易なようだ。
「ふう、もうクタクタです……おっとと」
「あっ、大丈夫?」
よろめくノルンちゃんを再び抱き締めると、彼女は、にへら、と弛んだ表情になった。
今の、たぶんわざとよろめいたな。
「ノルン様、大丈夫? お水飲む?」
チキちゃんが心配そうにノルンちゃんを見る。
「はい、コウジさんにくっついていれば、すぐに回復するのです。でも、お水はいただきたいです」
「うん。かがんで口開けて」
「あー」
ノルンちゃんが開けた口に、チキちゃんが指先から温泉水を注ぎこむ。
「はあ……嬢ちゃん、俺にも水をくれ」
「わ、私も」
「喉乾いた……」
カルバンさんやフェルルさん、モーラさんたちも、チキちゃんの傍に集まって口を開ける。
「プリシラちゃん、明日には魔力が回復するんですか?」
俺が聞くと、プリシラちゃんはすぐに頷いた。
「うむ。ここは魔素が濃いからの。明日の昼頃には、まあ何とかなるじゃろ」
「そうなんですか。現代に帰れるんですよね?」
「ああ、帰れ……あ、そうじゃ。せっかくじゃから、お前らに面白いものを見せてやろう。楽しみにしているがよいぞ」
んふふ、と何やら企んでいる顔でプリシラちゃんが笑う。
「うう、お師匠様ぁ。先に私の杖をどうにかしてくださいよぉ」
いまだに半泣きのネイリーさんが、プリシラちゃんに縋りつく。
「そんなこと言ってものう。土台はあそこだし、今拾うのは少々きついぞ」
「あの、思い出の杖って言ってましたけど、どんな生い立ちの杖なんですか?」
フェルルさんが興味深げに聞く。
折った本人ってこともあって、そういった話に立ち入るのはよくないかなと思って俺は聞けなかった話だ。
「私が、お師匠様に『一人前』って認めてもらった証なの。その時のために、用意しておいたって」
「……うむ」
ネイリーさんの話に、プリシラちゃんが少し間を置いて頷いた。
そのどこか含みを持った表情に、俺は内心首を傾げる。
「少々お待ちを。今、杖を拾いますので」
ノルンちゃんが俺に抱き着いたまま、右手を蔓に変異させた。
地面に転がるラプトルの死骸にまで蔓を伸ばし、折れた杖の上部分と死骸を掴んで持ち上げた。
「よっと」
どすん、とマットの上にラプトルの死骸と折れた杖の先が置かれる。
ネイリーさんは死骸に歩み寄り、刺さっている杖の下部分を掴んだ。
「んぎぎ……ぬ、抜けないっ!」
「どれ、俺がやってやるよ」
カルバンさんが杖を掴み、ぐいっと一息に引き抜いた。
真っ赤な血に染まった折れた杖を、ほれ、とネイリーさんに手渡す。
「ありがと。はあ、こんなになっちゃって……」
ネイリーさんが折れた杖を大事そうに撫でる。
「ネイリーさん、本当にごめんなさい。何てお詫びしたらいいか……」
「あ、ううん。コウジ君は悪くないよ。私こそ、泣き言ばっかり言っちゃってごめんね」
ネイリーさんが力なく微笑む。
いつも元気いっぱいなネイリーさんのそんな表情は、俺のメンタルにかなりくるものがあるぞ。
「さて、明日までやることもないし、寝て過ごすかの」
プリシラちゃんがごろりと横たわる。
俺たちも特にやることがないので、彼女に倣って座り込んだ。
「私、この恐竜のお肉を切り分けておくね」
チキちゃんがナイフを取り出し、ラプトルの死骸の解体を始めた。
確かに、このまま放置というのはもったいないな。
「ノルンちゃん、下にある他の死骸も拾ってくれる? 今夜と明日の朝ごはんになってもらおうよ」
「了解であります。火を焚けるように、土と石も運んじゃいますね」
そうして、俺たちは皆で恐竜の死骸の解体を始めたのだった。