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栽培女神! ~理想郷を修復しよう~  作者: すずの木くろ


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123話:ド変態

「ごめんね。ずぶ濡れにしちゃって」


 植物の蔓(ノルンちゃんの体ではない)に縛り付けた5匹の巨大魚を手に歩きながら、モーラさんが謝る。

 彼女が川に飛び込んだ際の水しぶきで、全員がずぶ濡れになったのだ。


「いえ、ネイリーさんに乾かしてもらいましたし、大丈夫ですよ」


「ご先祖様は、漁が得意なんですね! 子孫の私たちは、まったくできませんよ」


 フェルルさんがキラキラとした瞳でモーラさんを見る。

 フェルルさんは先祖の遺跡を探していたし、まさかの実物に会えて感動しているのだろう。


「そう? 簡単だと思うけど」


「モーラさんの大きさだからこその芸当ですね」


 ノルンちゃんがにこりと微笑む。


「でも、あのやりかたは、岩陰にいる生き物や卵を根こそぎ死滅させてしまうのですよ。できれば、あまりやらないでほしいのです」


「あ、そうなの? 魚が取れなくなってきたら別の場所に移動してたんだけど、そういうことだったんだ」


 へー、とモーラさんが感心する。


「はい。網を作って捕まえたり、岩で川の一部を囲って魚を捕まえる方法をこれからはやってみてはいかがですか?」


「うん。そうしてみる。でも、網なんて作れるかなぁ? 私たち、あんまり手先が器用じゃないんだよね」


「釣りをするってのはどうだ? 釣り竿なら、簡単に作れるだろ?」


 カルバンさんが口を挟む。


「釣り竿……って何?」


 小首を傾げるモーラさん。

 カルバンさんは「マジか」と苦笑する。

 そんな話をしながらしばらく歩くと、森の中の少し開けた場所に出た。

 地面には大穴がいくつも掘られていて、巨大ウサンチュの女性たちがそこかしこにいる。

 子供から老人まで、全部で50人ほどの集落のようだ。


「あ、モーラお姉ちゃん!」


 あどけない表情の女の子が、こちらへと走ってきた。

 子供ながらに、背丈は4メートルを超えていそうだ。


「あれ? もしかして、人間さん?」


 女の子が俺たちに気付き、しゃがみ込む。


「うん。さっき、川で会ったの。エルフと犬人もいるよ」


「初めまして。私はチキっていいます」


「私はネイリーだよ。あはは、子供もおっきいんだねぇ」


 礼儀正しく頭を下げるチキちゃんと、ケラケラと笑うネイリーさん。

 女の子は「こんにちは!」と笑顔で挨拶してくれた。

 モーラさんと同じような、毛皮の服を着ている。


「ニニちゃん、プリシラさんは?」


 モーラさんが、集落を見渡す。


「んとね、あっちで恐竜のお肉で何かやってるよ」


 ニニと呼ばれた女の子が、集落の奥に目を向けた。


「え? プリシラ?」


 ネイリーさんが驚いた顔で言う。


「ネイリーさん、どうしたんです?」


「あ、ごめん。お師匠様の名前と同じだから、驚いちゃって。気にしないで」


 えへ、とネイリーさんが笑う。

 ネイリーさんのお師匠様といえば、完成したという魔法を使ったら失敗してしまって、眠り姫になっているという話をしばらく前に聞いた。

 寝食を忘れて魔法の研究をし続けて餓死寸前になったこともある変態、とネイリーさんは言っていたな。

 そういう人の場合、「変態」ではなく「変人」と呼ぶのが正しいような気がするんだけど、何がどう変態なのだろうか。


「ああ、例の変態のお師匠さんですか」


「うん。ド変態の。街の診療所で眠りっぱなし――」


「私がそのド変態じゃ」


「「ぎゃあああ!?」」


 突然、俺とネイリーさんの目の前に、黒髪ロングの少女が出現した。

 頭にとんがり帽子、手には水晶の付いた杖、ひらひらの黒いワンピースの、かなりの美少女だ。

 俺とネイリーさんはあまりにも驚きすぎて、その場に尻もちをついてしまう。


「と、突然現れましたね」


「びっくりした……コウジ、大丈夫?」


 ノルンちゃんとチキちゃんも目を丸くしている。

 俺はチキちゃんの手を取り、立ち上がった。

 ネイリーさんは尻もちをついたまま、少女を凝視している。


「お、お、お師匠様!?」


「うむ。ネイリー、ひさしぶりだのう」


 少女が、にこりと微笑む。

 この人が、ネイリーさんのお師匠様なのか。

 お尻部分からふさふさの長い尻尾が伸びていて、足はもふもふだ。

 見たところ尻尾はネイリーさんのものとは違い、猫のような長くしなやかなものだ。

 猫人、というやつだろうか。

 まるで年寄りみたいな口調なのはなぜだろうか。


「な、何でっ!? 魔法が失敗して、ずっと眠りっぱなしだったのに!」


 ネイリーさんが尻もちをついたまま、叫ぶように言う。


「失敗? ……ああ! 眠ったことを言っておるのか!」


 プリシラさんが、ぽん、と手を打つ。


「魔法は失敗してなどおらんよ。完成したと、ネイリーにも言ったはずじゃぞ?」


「で、でも! 魔法を使った途端に眠っちゃったじゃないですか! いくら揺すっても起きないし!」


「そりゃあ、肉体と精神を分離して別の次元に移動させる魔法なんじゃから、そうなるじゃろ……説明したよな?」


「なんっにもしてないですよ!」


 ネイリーさんが憤慨する。


「私、すっごく心配したんですよ!? あちこちのお医者さんとか妖精さんに診てもらったけど、何にも分からないって言われたし! あのままっ、ずっと起きないんじゃないかってっ!」


 ネイリーさんはそう言いながら、涙ぐむ。


「ひっく……酷いですよぉ! うえええん!」


「お、おお。そりゃあすまなかった。そんなに泣かないでおくれ」


 尻もちをついたまま泣き出してしまったネイリーさんにプリシラさんが歩み寄り、よしよし、と帽子の上から頭を撫でる。

 プリシラさん、どう見ても10歳かそこらの見た目なので、なかなかにシュールな絵面だ。


「あの、プリシラさん?」


「ちゃん付けでよいぞ」


 俺に顔を向け、真顔で言うプリシラさん。


「は、はあ。その、プリシラちゃんは、完成した魔法ってやつで、この時代に来ることが目的だったんですか?」


「いんや。本当なら外の世界に出てみようと思ったのじゃ。それが、妙な力に弾かれてしまって、こんな場所に来てしまったというわけなんじゃよ」


「外の世界? プリシラちゃんが住んでた国とは別の国に行こうとしたってことですか?」


「違う違う。この世界の外の世界じゃ。この世界の周りにある世界と言うべきかの」


「ええと、宇宙にある別の星ってことですか? 空に見える月とかの」


「いやいや、そうではない。ううむ、どう説明したらよいのかのう」


 困り顔で唸るプリシラさん。

 それを真剣な表情で見ていたノルンちゃんが、「ひょっとして」と口を開いた。


「この世界……理想郷の外にある場所のことを言っていますか? この世界が置かれている場所のことです」


「理想郷?」


「はい。私たちは、今いるこの世界全体を、そう呼んでいます。ちょっと語弊がありますけど、空に見える星々もひっくるめて、そう呼ぶべきかもですね」


 ノルンちゃんが言うと、プリシラさんが「おお!」と表情を輝かせた。


「そうじゃ! 我らがいるこの世界の外側にある、別の次元の世界のことじゃよ」


「……理想郷の外側に別の世界があるということを、あなたは知っていたのですか?」


 信じられない、といった表情でノルンちゃんが言う。


「うむ。昔、世界の組成を調査していたんじゃが、どうも不自然に思える部分が多くてな。魔素の根源を分析していたら、どう考えても不自然な規則性があることに気付いたんじゃ。この世界は、人工物だと私は思っている」


 とんでもないことを言い始めたプリシラちゃんに、俺もノルンちゃんも唖然としてしまう。

 何をどうすれば、そんなことが分かるのだろうか。

 プリシラさんは理想郷内で生まれたはずだし、そんな考えに至るなんてことがあり得るのだろうか。


「しかし、先ほど言ったように、外側の世界に出ることがどうしてもできないのだ。どうしたものかのう」


「む、むむう。こんな事例、聞いたことがないのですよ……」


「ノルンちゃん、俺たち以外の人が、この世界から外に出ることって可能なの?」


「いえ、絶対に不可能……なはずです。ただ、チキさんたちのように私たちと一緒に『外』に出てしまったという事実もあるので……うーん」


「ん? どういうことじゃ?」


 プリシラちゃんが小首を傾げる。

 ノルンちゃんは考え込んでいるし、俺が事情を説明するか。

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