122話:巨大ウサンチュの現状
「ノルンちゃん、カルバンさんと合流しないと」
「はい。私が皆さんを運びますので、背中に乗ってくださいませ」
ノルンちゃんが下半身を再び蔓に変異させ、地面に突き立てる。
うにょん、と体をくねらせ、「どうぞ」と俺たちの前に腹ばいになった。
漫画とかゲームに出てくるラミアみたいな見た目だ。
皆でその背に跨ると、ノルンちゃんは簀巻き状態のフェルルさんを持ち上げた。
「一応、背もたれとシートベルトを出しておきますね」
背中に跨る俺たちの背中側に、メキメキと音を立てて木の幹の背もたれが出現した。
背もたれから細い蔓が伸び、たすき掛けのようなかたちで俺たちに巻き付く。
「それでは、行きますよー!」
ノルンちゃんの下半身(蔓状態)が伸び、カルバンさんたちの下へと進んでいく。
途中、自重で体が落ちてしまわないように、蔓の下側から枝分かれした蔓が伸びて地面に突き刺さった。
ドスドス、と蔓が地面に突き刺さる音とともに、俺たちは森の上を進む。
「おお、こりゃすごい。まるで龍の背に乗ってるみたいだ」
「これは速いね! ノルンさん、普段移動する時も、こんなふうにやればいいんじゃないの?」
ネイリーさんが片手で帽子を押さえながら、ノルンちゃんに声をかける。
「いえ、それだと風情もへったくれもないのですよ。せっかくの理想郷なのですから、移動も楽しまないと」
「そっか。まあ、確かにそうだよね」
ネイリーさんが納得して頷く。
「はい。それに、ここみたいな深い森ならいいですけど、草原とか砂漠だと、こういうのは神力の消耗が激しいのですよ。コウジさんから寿命を貰わないといけなくなってしまいます」
「そ、そっか。できればこの体でもうしばらく生きていたいから、寿命を吸うのは控えてほしいかな……」
「私も、今のコウジに長生きしてほしいな」
俺の後ろの席に座っているチキちゃんが言う。
「生まれ変わってからもずっと一緒だけど、やっぱり今のコウジの姿が好きだよ」
「あ、それは大丈夫です。顔の造形は、今と同じものになるように調整しますので。ご希望とあれば、性別を変えることもできますよ?」
ノルンちゃんが俺たちを少し振り返って言う。
あれか、いわゆるTSものというやつか。
俺が女になるということは、その時はチキちゃんは男の体に……ノルンちゃんも性転換できたりするのだろうか?
「そうなんだ。コウジ、どうする?」
「う、うーん。しばらくの間は、男のままでいいかな。自分が女になるっていうのは、ちょっと想像できないや」
「なら、私も女のままにするね」
そんな話をしているうちに、俺たちはカルバンさんの下へとたどり着いた。
蔓のシートベルトが外れ、地面に降り立つ。
目の前には、ほっとした顔のカルバンさんと、巨人ウサンチュのモーラさん。
「よう。また会えたな」
カルバンさんが、にっ、と笑顔を向けてくる。
「おひさしぶりです。いやぁ、一時はどうなることかと思いましたよ」
「まったくだよ。恐竜に食われちまってるんじゃないかって、嬢ちゃん大泣きしてたんだぜ?」
「実際、何度か食われかけました……えっと」
俺がモーラさんを見上げる。
「ああ、紹介が遅れちまったな。ウサンチュのモーラさんだ」
「こんにちは」
モーラさんが俺を見下ろし、にこりと微笑む。
ものすごく巨大な、とてもかわいらしい女性だ。
遠くから見た時は身長7メートルちょっとかなと思ったけど、8メートルはあるかもしれない。
二階建ての家と同じくらいの背丈だ。
「はじめまして。コウジっていいます。帽子を被ってる人がネイリーさんで、そっちの簀巻きがフェルルさんです」
「はじめまして! よろしくね!」
「んー! むー!」
挨拶するネイリーさんと、呻くフェルルさん。
「ん? フェルルさん、もしかして、正気に戻ってます?」
彼女の顔から、殺気立ったものが消えている。
フェルルさんは、こくこく、と激しく頷いた。
「ノルンちゃん、フェルルさんを放してあげて」
「了解であります」
ノルンちゃんがフェルルさんを地面に下ろし、縛り上げている蔓を外した。
ノルンちゃんの体が、あっという間に人間のそれに戻る。
相変わらず、質量保存の法則を完全に無視してるな。
「はあ、はあ……も、もも申しわけございませんでしたあああ!」
フェルルさんが俺に向かって土下座し、地面に頭を擦りつけた。
発情してた時のこと、覚えているのか。
「エッチすることしか考えられなくて! 自分じゃどうすることもできなかったんです! 本当にごめんなさい!」
「いえいえ、そういう習性なんですし、仕方がないですよ。気にしないでください」
「うう、ありがとうございます……まぐわってしまっていたら、コウジさんと無理矢理つがいになってしまうところでした。取り返しのつかないことにならなくて、本当によかったです」
「え? どういうことです?」
「その、発情した状態でまぐわった相手のことを、私たちは生涯愛し続けるようになるんです。傍にいてもらわないと、三日ともたずに寂しさで死んでしまうんです」
フェルルさんが顔を赤くして言う。
なんとも情熱的というか、生きにくそうな種族だ。
もしもつがいの相手に先立たれたら、すぐにその後を追うことになるのだろうか。
「あれ? あなた、ウサンチュだよね? どうしてそんなに小さいの? 先にやってもらったの?」
巨人なモーラさんが、フェルルさんを見下ろして小首を傾げる。
フェルルさんが、モーラさんを見上げた。
「え? あ、あの、あなたは? どうしてそんなに……って、もしかして、ご先祖様ですか!?」
「え、えっと、とりあえず話をまとめようか」
何やらお互いに分からないことだらけなので、ひとまず話を整理することにしたのだった。
それから、俺たちは川べりに座り込んで、モーラさんから話を聞いていた。
彼女いわく、ここから少し離れたところに、巨人ウサンチュの集落があるらしい。
その集落に現れた客人が、彼女たちに「良い提案」をしてくれているのだそうな。
モーラさんは客人を持て成すために、狩りに出て来ていたとのことだ。
「――それで、早く獲物を持って帰らないといけなくて。この辺で魚を取ろうかなって思ってたら、ノルンさんたちと会ったの」
モーラさんがノルンちゃんに目を向ける。
「すごくびっくりしたのですよ。こんなに大きな人と会うなんて、初めてなのです」
「巨人族なんて、サイクロプスとエティンしか知らなかったもんな。巨大ウサンチュとは、ぶったまげたぜ」
ノルンちゃんとカルバンさんが、モーラさんを見上げる。
「えっ! サイクロプスとか、存在するんですか!?」
驚く俺に、カルバンさんが「おう」と頷く。
「東の方にいくと、けっこういるぞ。鍛冶と建築が上手でさ。のんびりした感じの奴らばかりだが、仕事じゃ頼りになるぜ」
「あ、言葉が通じるんですか。凶暴な怪物なのかと思った」
「いや、何を普通に失礼なこと言ってんだよ……」
カルバンさんが呆れ顔で言う。
サイクロプスもエティンもゲームだと定番のモンスターなので、てっきり理想郷でもそういうものかと思っていた。
考えてみれば、彼らが鍛冶師として登場するゲームや映画があった気もする。
そういった俺の知識が、「平和な」理想郷のスパイスとして利かされているのかもしれないな。
「で、その『良い提案』ってのは、何なんだい?」
カルバンさんが聞くと、モーラさんはにこりと微笑んだ。
とても嬉しそうだ。
「それがね、その人が、私たちの体を小さくしてくれるらしいの」
「は? 小さく?」
「うん。私たち、どんどん数が減っちゃってさ。このままだと全滅しそうなの」
「もしかして、女の人ばかりで男の人がいないの?」
チキちゃんが尋ねる。
そういえば、初めてフェルルさんと会った時に、ネイリーさんがそんな話をしていたな。
「うん。この間、最後の男の人が死んじゃって、もう女しか残ってないの。もともと男は生まれにくかったんだけど、最近は1人も生まれなくて」
「どうして男が生まれなくなっちゃったのかは、分からないんですか?」
続けてチキちゃんが聞くと、モーラさんは「んー」、と唸った。
「どうしてかは分からないや。でも、50年くらい前までは10人に1人くらいは生まれてたよ」
「そうなんですか。でも、10人に1人でも少ないですよね」
「うん。大昔はもっと男の子が生まれてたみたいなんだけどね」
「ふむ。もしかしたら、それは血の問題なのかもしれないのですよ」
ノルンちゃんが口を挟む。
「ウサンチュは、一度つがいになったら、生涯その相手と添い遂げるのですよね? 他の相手ともまぐわったりはするのですか?」
「そんなことするウサンチュはいないよ」
モーラさんが顔をしかめて言う。
「ですけど、それだとつがいを持てずにあぶれる女の人がたくさん出るのではないですか?」
「そうだけど、それは仕方がないよ。いないものは仕方がないもん」
「発情した時に、つがいじゃない女の人が既婚者を襲っちゃったりしないのですか?」
「しないよ。男を見れば、つがいがいるかどうかは匂いで分かるの。触っちゃダメって、何となく感じるから」
「なるほど。ということは、年数が経つにつれて、種族内の血がどんどん濃くなりますね」
ノルンちゃんの台詞に、俺も頷く。
「つがいの人だけが子供を作って、その子供たちがつがいになってってのを繰り返してたら、確かにそうなるね」
「はい。習性なので仕方がないといえばそうなのですが、血が濃くなりすぎて遺伝子に異常が発生したのだと思います」
「遺伝子? 何それ?」
「生命体がどう作られているかを決めているものです。まあ、モーラさんは気にしなくていいのですよ」
「んー?」
モーラさんが怪訝な顔になる。
まあ、見たところ原始的な生活をしているようだし、遺伝子がどうのって言われても分からないよな。
ここが何年前の世界なのかは分からないけど、現代人の俺たちと普通にやりとりができるのは、理想郷補正なのだろうか。
ご都合主義だなとは思うけど、とてもありがたい。
「ところでさ。集落に来たお客さんにも、その話をしたんだよね?」
ネイリーさんがモーラさんに尋ねる。
「うん。何で女の人しかいないのって聞かれたから、説明したの。そしたら、『それなら、体を小さくしてあげる』って言って」
「もしかして、体が小さくなれば、別の種族の男とつがいになれるからって話かな?」
「うん、そう」
モーラさんがこくりと頷く。
そして、空を見上げた。
いつの間にやら、空は夕焼け色に染まり始めている。
「あ、日が落ちてきちゃってる。早く獲物を取らないと」
モーラさんはそう言うと立ち上がり、傍にあった大岩に手を延ばした。
「よいしょ」
大岩を軽々と持ち上げ、川に向き直る。
川はかなりの幅があって、とても深そうだ。
「えいっ!」
川の中央付近に突き出ていた岩に向けて、モーラさんが大岩を投擲した。
ガァン、と音を立てて、大岩がその岩にぶつかる。
すると、そのすぐ傍に、俺の背丈ほどもある魚が5匹浮き上がってきた。
カッチン漁、というやつだ。
「ちょっとまってて!」
モーラさんが川に飛び込み、盛大なしぶきが上がった。