12話:ゾンビ映画でよくあるやつ
「オゴアアアア!!」
「うおおおあああ!? なんじゃありゃああああ!?」
「すっごい怖い! すっごい怖いですよおおお!?」
怖気の走る叫び声を上げ、腕をめちゃくちゃに振り回しながら迫るエルフ。
俺たちは全速力で逃げているのだが、いかんせん背負っている荷物が重すぎて、引き離すどころか追いつかれそうだ。
欲張って、こんなに食糧(18食分×2人分)や水(2リットルペットボトル×6本)を持ってくるんじゃなかった。
「ノルンちゃん! 魔法! 魔法使って!」
「あれは魔法じゃなくて神の奇跡です!」
「どうでもいいから使ってよ!」
ノルンちゃんは振り向きざま、腕を蔓に変異させてエルフの足元に伸ばした。
ぎゅるん、と蔓が足に絡まり、エルフが転倒した。
「はあ、はあ……うへ、びちびちしてる。ノルンちゃん、全身絡めとって動けないようにして」
「うう、やるんですかぁ? 気持ち悪いです……」
しゅるしゅるとエルフの全身に蔓が絡まり、動きを封じる。
エルフは何とか脱出しようと、もぞもぞもがいている。
「な、何これ。小さな白いキノコが、目とか口からもっさり出てるんだけど」
「あわわわ、コウジさん、うぞうぞ動いててすっごく気持ち悪いです。放したいんですけど」
「その蔓だけ切り離せないの?」
「できますけど、もともと自分の身体なので、切り離すとすごく消耗するんですよ。しかも、切る時はかなり痛いですし。蔓じゃなくて、種を飛ばして倒せばよかったです……」
「うーん、そっか。じゃあ、そこらへんの蔓を取ってきて、木に縛り付けよう。ちょっと待ってて」
「早めにお願いしますー」
近くにあった蔓植物を無理やり引き抜いてきて、ノルンちゃんと協力してエルフを木に縛り付けた。
エルフは奇声を上げながら、ぶんぶんと頭を振って暴れている。
どう見ても、正気ではない。
「……これ、耳が尖ってるし、やっぱりエルフだよな。キノコに寄生されてるのかね?」
「ホラー映画とかで、こういうシチュエーションありますよね。菌糸が脳みそにまとわりついて操ってるとか、そんな感じのが」
蔓を引き戻して手に変異させながら、ノルンちゃんが言う。
「女神様も映画見るんだ」
「天界からだと、下界の映画は見放題ですからね。映画館も覗き放題です。最近はゾンビものが流行ってますね」
「何か、違法視聴みたいですごく聞こえが悪いな……あ、そうだ、この人、奇跡の光で治らないかな?」
「あ、そうですね。やってみるですよ。もしかしたら治るかもしれないです」
「よしきた」
前方2メートルくらいの距離を意識して、光の玉を取り出した。
ぽうっと、眩い光がエルフを照らす。
「オゴアアアア!!」
「うお!? 何かすごい暴れ始めたぞ!?」
「わわっ!? コウジさん、光を引っ込めるですよ! 蔓が引きちぎられそうです!」
突然、エルフが大暴れを始め、ぶちぶちと蔓を引きちぎり始めた。
ノルンちゃんが慌てて蔓を伸ばし、エルフを木に縛り付ける。
俺が光を引っ込めると、エルフの動きが鈍くなった。
「これ、光に反応するみたいだな……」
「そうですね。奇跡の光ではどうにもならないみたいです」
そのまましばらく観察していたのだが、どうにもならないので先に進むことにした。
木の枝を箸みたいにしてキノコを抜いても即座に生えてくるわ、あんまり近寄るとキノコだらけの口で噛みついてこようとするわで散々だった。
周囲を警戒しながら、森の奥へと歩を進める。
進むにつれて木々はいっそう生い茂り、辺りはどんどん薄暗くなっていく。
「……あのさ、すごく嫌なこと言っていい?」
「なんです?」
「もしかして、エルフの里の人たちって、全員さっきのやつみたいになってるんじゃない?」
「ホラー映画ならそういう展開ですね。そして今が襲われるタイミングですね」
ノルンちゃんはそう言うと、ぴたりと足を止めた。
「ん? どうしたの?」
「静かに……そこですっ!」
ひゅばっとノルンちゃんが頭上に蔓を伸ばし、一拍置いてどすんどすんと何かが落ちてきた。
全身を蔓で拘束された金髪エルフが2人、地面にうつ伏せになっていた。
若い男女のようだ。
「ふふふ、森での戦いで私に勝とうなんて10年早いのです!」
「何だかんだでノリノリだな!」
「あ、あの!」
えっ、と俺が顔を向けると、怯えた表情の若いエルフの女性と目が合った。
「はあ、なるほど。ご夫婦で木の上に避難してたんですか」
「もぐもぐ……はい、下に降りるとすぐに奴らが集まってくるので、どうにもならなくて」
一口羊羹を咀嚼しながら、エルフの女性が話す。
男性も、貪るようにしてエネルギーバーと羊羹を頬張っている。
よほどお腹が空いていたようだ。
この2人は新婚さんらしい。
「食べ物もないし、もうダメかと思いました。本当に助かりました」
「ずっと木の上にいたんですもんね。よく今まで無事でしたね……はい、水です。フタは左に捻れば開きますから」
「すみません……おおっ」
パキッ、とペットボトルのフタを開け、エルフの女性が口をつける。
ここ2週間ほど、木の上で葉っぱと木の皮を齧り、魔法で出した水を飲んで生き延びていたらしい。
奥さんはほんの少しだけ魔法が使えるそうで、そのおかげで助かったとのことだ。
魔法は体力と精神力を代償に行使するもので、あまりたくさん水を出すことはできなかったとのことだが、生き延びる程度には出すことができたようだ。
とはいえ、2週間も木の上で、よく生きていられたなと感心してしまう。
人魚たちもそうだったが、この世界の人々はかなりタフなようだ。
「今朝からは一体も見かけなかったんで、木から降りようかって話し合っていたんです。昨日まで3体うろついていたんですが……襲われませんでしたか?」
「さっき襲われましたけど、1体だけでしたね。近くにあと2体いるかもしれないのか……」
周囲を見渡してみるが、人影は見当たらない。
どこか別の場所に移動したのだろうか。
「あれって、キノコに身体を乗っ取られてるんですかね? 正気を失ってるように見えましたけど」
「あれは感染症だ。間違いない」
エネルギーバーを齧っていた旦那さんが、深刻そうな顔でつぶやく。
「俺たちが仲間たちと一緒に、森で狩りをしていた時、顔中キノコだらけにして倒れてるやつを見つけたんだ。助けようとして、仲間の1人がそいつを抱き起したんだが……」
旦那さんはそこまで言うと、辛そうに首を振った。
代わりに、奥さんが口を開く。
「助けようとした人が急に咳き込んで、白いキノコをぼろぼろ吐き出し始めたんです。それで、倒れたと思ったらすぐに起き上がって、他の仲間に飛び掛かって……私たちは慌てて里に逃げ戻ったんですが、里も他の感染者に襲われているところでした」
「ええ……ものの数秒で感染って……」
噛みつかれるどころか、触って数秒で感染&発症とは、下手なゾンビ映画よりたちが悪い。
触ることもできないのに、どうやって対処すれば――。
「……あの、今、触ったら即座に感染するって言いました?」
「ああ。少しでも肌に触れたら、もうダメだ」
ぎぎぎ、と俺は隣にいるノルンちゃんに顔を向けた。
彼女は顔をだらんと下に向け、ゆらゆら前後に揺れている。
「の、ノルンちゃ――」
「アアアアア!」
「「「ぎゃああああ!?」」」
「なんちゃって! ……あいたっ!?」
すぱーん、とノルンちゃんの頭を思い切り引っ叩いた。
生まれて初めて女の子に手を上げたぞ、俺。
「不謹慎にもほどがあるわ! ていうか、さっきノルンちゃんは感染者に触ってたよね? 何で感染しないの?」
「いたた……私は植物系の女神なので、毒とか菌とか、そういったものは一切効かないんですよ。どんな毒でも、数秒で完全解毒できます」
「マジか。切断した手足は再生するわ、毒は無効だわ、ほぼ無敵じゃんか」
「一応、これでも女神ですからね!」
「め、女神様?」
俺たちのやり取りを見て、エルフ夫妻が目を丸くしている。
「え、えっと、いろいろありまして……それで、他に生存者というか、感染していない人はいないんですか?」
「分からない。いるとしたら、俺たちみたいに木の上に隠れてるだろうな。もしくは、何とか逃げ切って森の外へ出られたか」
「なるほど……ノルンちゃん、もし感染者の集団に襲われたとして、ノルンちゃんなら対処できる?」
「できると思いますよ。全員、蔓で縛り上げちゃえばいいんですよね?」
ノルンちゃんが人差し指をかざし、しゅるしゅると蔓に変異させてみせる。
「そうそう。片っ端から捕まえて、その後で治療方法を探すっていうのはどうかな。もしかしたら治るかもしれないし」
「そうですね、それがよさそうです」
「おお、助けてくれるのか! ありがとう、恩に着るよ!」
旦那さんが、俺の手を両手で握って頭を下げる。
「そうだ、1つ注意しなけりゃならんことがある。感染者は、光に強く反応するんだ。もし夜になっても、火を焚いたら絶対にダメだ」
「強い光を浴びると、ものすごく活発化するみたいなんです。信じられないくらいの速さで走ったり跳んだりするので、気を付けてください」
「あー、だからさっき……」
「大丈夫ですよ! 私にお任せなのです!」
顔を引きつらせる俺の肩を、ノルンちゃんがぽんぽんと叩く。
「コウジさんは、彼らと一緒に港町に戻っていてください。私が行って、全員捕まえてきますので」
「あ、いやいや、俺も一緒に行くよ。ノルンちゃん、ああいうの苦手なんだろ? さっき気持ち悪いって言ってたし」
「いえ、大丈夫です! コウジさんのために頑張るですよ!」
両手を胸の前で握り、気合いを入れる仕草をするノルンちゃん。
じゃあお願いします、などと言えるはずもない。
「なら、一緒に頑張ろうよ。俺がいても役に立たないだろうけどさ」
「いえ、そんなことは……それに、けっこう危ないと思うですよ。怪我をしたら大変なのです」
「怪我したって、少し経てば治るから大丈夫だよ。それに、あんな気持ち悪いのがうじゃうじゃいる場所に、女の子1人で行かせるのは男としてどうかと思うし。一緒に行こうよ」
「うっわ、きゅんきゅんしました! コウジさん、ほんとに童貞なんですか!? 前から思ってましたけど、結構いい感じですよ!」
ノルンちゃんが顔を赤くして、俺の腕に飛びついてくる。
「ど、どうてい?」
奥さんが、俺に怪訝な顔を向けた。
「いいじゃん! 童貞だっていいじゃん! 何かキミらに迷惑かけたかよ!?」
「えっ!? そ、その、『どうてい』って何のことですか?」
「アイナ、もうやめろ。そして彼に謝れ」
「え? ご、ごめんなさい」
旦那さんのドスの利いたお叱りに、アイナと呼ばれたエルフの奥さんが半泣きの俺に頭を下げた。
ノルンちゃんは気まずそうに押し黙り、俺は静かに涙を流した。




