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114話:地獄耳

「ネイリーさん、大丈夫ですか!?」


 ネイリーさんの顔から肉をひっぺがし、肩を揺する。

 地面に頭を打ったのか気絶してしまっているようで、目を回している。


「あわわ、コウジさん、奇跡の光を出してくださいませ!」


「うん!」


 ネイリーさんの顔の上に来るように、奇跡の光を出した。

 眩い光が、ネイリーさんを照らす。


「う、眩し……あれ?」


 ネイリーさんが目を開き、ぱちくりする。


「おっ、気が付いた」


「お肉が降ってきて、ネイリーさんの顔にジャストヒットしました。頭を打ったようなのですが、大丈夫ですか?」


「あー、そういえば後頭部が痛いや。タンコブできてる」


 身を起こし、頭を撫でるネイリーさん。

 大丈夫みたいだ。


「あー、その光、すごく気持ちいい。痛みが和らぐよ」


「一気に治癒する効果があればいいんですけどねぇ」


「いやいや、じゅうぶんだって。治癒魔法なんて使える人はほとんどいないし、使われると後々面倒なことになるらしいしさ」


「えっ、そうなんですか?」


 初耳な情報だ。

 ゲームなんかだと、大怪我をしても回復魔法で即座に全快なんてのはよくある設定なのに。

 もちろん、デメリットなんかは皆無だ。


「うん。体を無理矢理活性化させて治癒力を高めるから、その分負担がかかるんだよ。老化が早まるって言ったらいいのかな」


「ああ、なるほど。そういう仕組みなんですね」


「そそ。だから、コウジ君のそれは特別ってわけ」


「奇跡の光は神力を用いていますからね。コウジさんの魂のエネルギーで、奇跡を起こしているのですよ」


 ノルンちゃんがドヤ顔で胸を張る。


「今みたいに出しているだけでしたら、特にデメリットはありません。ただ、ご自身の解毒や傷の治癒の治りは、少しだけ遅くなりますね」


「その代わりに、光に当たった人は元気になるってことか。ほんとに便利な能力だね、これ」


「理想郷への移住されるかたには、親しくなった人も含めて健康で過ごしていただきたいですからね。病気の予防といった側面が大きいのですよ」


「あの、今、空に突然お肉が出現しましたよね?」


 再度の生肉出現を警戒しているのか、フェルルさんが両手で頭をかばいながら空を見上げる。


「ですね……どこかからか飛んできたわけじゃなかったのか」


「おっかねえな。あの程度の大きさだったからよかったが、巨大な肉塊が降ってきたら潰されちまうぞ」


「やっぱり、これも新鮮だね」


 いつの間に拾ったのか、先ほどの肉塊を持っているチキちゃん。

 水の中から拾った肉は、ノルンちゃんが腕から生やした蔓で持ったままだ。


「コウジ、これもきっとバグだよ」


「だろうねぇ。巨大ワサビも、関係してるのかな」


「さっきみたいに、空から降ってきたのかもしれないね」


「ネイリーさんの上に降ってきたのが巨大ワサビじゃなくて本当によかったね……」


「なあ、また何か降ってきたら危ねえし、宿に戻らねえか?」


 カルバンさんが、不安そうに空を眺める。


「ですね。危なくって、うかつに出歩けないですよ」


 奇跡の光を出したまま、俺たちは空を警戒しながら宿へと戻った。




「えっ、空からですか?」


「はい。なので、出歩く際は気を付けたほうがいいかと。こんなものが落ちてくるので」


 新鮮な3つの生肉を、お姉さんに見せる。


「もっと大きい物が降ってきたら危ないですし、園内の人たちに注意したほうがいいかと」


「で、ですね! ご報告ありがとうございます!」


 お姉さんが慌てて外に出て行く。

 さて、とノルンちゃんが俺たちに向き直った。


「とりあえず、お風呂に行きませんか? ネイリーさん、埃だらけですし」


「えっ、でも、もうしばらく光に当たってたほうが……」


「もう大丈夫なのです。これくらい当たっていれば、頭の中で血管が切れていたとしても修復されているはずなので」


 よしよし、とノルンちゃんがネイリーさんの頭を撫でる。


「血管がって、そんなに早く治るものなの?」


「傷の大小の問題なのですよ。骨折とか大きな刃物傷とかなら別ですけど、血管は小さいですからね。タンコブも、もう治っているはずですよ」


「あっ、ほんとだ。もう痛くないや」


 ネイリーさんが自分の頭を撫でる。


「というわけなのです」 


「そっか。じゃあ、お風呂いこっか」


「私は、園内の人たちにお知らせしてきますね」


「それなら、皆で行こうよ。ここ、結構広いんだしさ」


「いえ、沢ワサビが被害を受けないように、ネットを張ったらどうかと提案してくるのですよ。私が行けば事足りるのです」


「んー、そっか。わかったよ」


「チキさんたちも、のんびり入ってくるといいのですよ」


「うん」


 そうして、俺たちは風呂へと向かった。




 1階に降りて廊下を進み、最奥の風呂へと歩く。

 途中にあった調理場では夕食の準備が始まっているようで、ほんのりといい香りが漂っていた。


「あー、ほんとびっくりした。お肉が食べたいとは言ったけど、何も私の上に落ちて来なくてもいいのに」


 ネイリーさんがぼやく。


「あれか、イーギリにあった転送装置みたいなので、肉が送り込まれてきたりしてな」


 カルバンさんの推論に、俺たちは「あー」、と声を漏らした。


「それなら、あの出現の仕方も納得がいきますね」


「だろ? となると、あの肉はここで使うために送られた食材なんじゃねえか? 後で誰かが取りに来る予定でよ」


「すごい話ですね……そんなことをできるものが、イーギリにはあるのですか」


 フェルルさんが感心した顔になる。


「イーギリでは大昔の遺物がたくさん出土していますから、見にいったら楽しいと思いますよ」


「ですね! 皆さんのお手伝いが終わったら、見学させてもらいに行きます!」


 男湯、女湯と書かれた暖簾を見つけ、女性陣と別れて中へと入る。

 小ぢんまりとした板張りの綺麗な脱衣所で服を脱ぎ、カルバンさんと浴場へと入った。


「おお、温泉だ」


「なかなか洒落た風呂じゃないか。湯が茶色いんだな」


 10畳間ほどの小さな浴場は木製の床と湯舟が備えられていた。

 壁際には茶色いお湯が流れ出る湯口があって、ざばざばと音を立ててお湯が流れ出ている。

 半露天風呂のような造りで、胸ほどの高さの柵の向こうには、雪を被った山々が見えた。

 壁に貼り付けられた板には、温泉の効能が箇条書きされている。


「『切り傷、皮膚病に効く』、ですって。美肌効果もあるのか」


「いいねえ。やっぱ、風呂は温泉に限るよな」


 置かれていた桶で体を流し、ふたりして湯舟に浸かる。

 少し熱めのお湯に浸かると、体がじんわりと癒されていくような感覚がした。 

 ふたりして、にへら、と頬を緩ませる。


「いやぁ、いい湯だな。景色も最高だ」


「あの山からの雪解け水で、ワサビを育ててるんですね」


「ああ。水耕栽培にはもってこいの地形なんだろうな」


「でも、こんなに水が豊富な場所なのに、近くに砂漠があるってのは不思議ですね」


「年々、少しずつ砂漠が広がってるらしいぞ。ここら辺も、何十年かしたら砂漠になっちまうのかもな」


「砂嵐が原因なのかなぁ」


 風による砂漠化の進行は、確か「風食」と呼ぶとテレビで見たことがある。

 この辺りはほとんど木が生えていない草原なので、砂嵐を遮るものがない。

 砂漠化の進行、どうにかしたいところだな。


「あと、空から肉が降って来たってことは、砂漠に転送装置があったりするんですかね?」


「かもな。でも、砂漠から転送するにしたって、あんなでかい肉が取れるような生き物がいるもんかね?」


「でっかいトカゲがいるのかもしれませんよ。ベラドンナオオトカゲが」


『フェルルさん、すごくスタイルがいいんだね』


『ほんと、すごく綺麗! 完璧なスタイルじゃん! おっぱい、ちょーおっきいし!』


『あはは、ありがとうございます。でも、チキさんだって肌が雪みたいに白くて綺麗です。ネイリーさんも、スタイルにメリハリがあって格好いいですよ。胸の形、すごく綺麗です』


 のんびりと湯に浸かっていると、壁越しに女性陣の話声が微かに聞こえてきた。

 フェルルさん、スタイルいいのか。

 作業服みたいな恰好だったから分からなかったけど、着痩せするタイプなのかな。

 俺たちは思わず口を閉ざし、耳をそばだててしまう。


『……男の人って、やっぱり胸が大きいほうが好きなのかな?』


 チキちゃんの窺うような声が、微かに響く。


『んー、そういう人は多いかもですね。薄着で出歩いてると、よく視線を感じますし』


『胸を大きくするには、どうしたらいいのかな』


『そうですねぇ。好き嫌いせずにたくさん食べること、でしょうか?』


『あとは筋トレじゃない? 胸筋が付けば、大きく見えるって言うしさ』


『鍛えるって、腕立て伏せとか?』


『そそ。チキさん、胸を大きくしたいわけ?』


『うん。コウジ、大きいのが好きみたいだから』


「何だ、コウジ。巨乳好きだったのか?」


 カルバンさんが小声でニヤニヤしながら、肘で俺をつつく。


「い、いや、特にそういうわけじゃ」


「でも、嬢ちゃんはああ言ってるぜ? そんな素振りを見せたんじゃねえか?」


「う……ノルンちゃんのを見ないように気を付けてるつもりだったんですけど」


「ああ、女神さんでかいし、胸元が見える服装だもんな」


「ええ。あんなに立派だと、気を抜くとどうしても目が行っちゃって……そう言うカルバンさんは? ちらちら見たりしてないんですか?」


「してないぞ。旅先でのそういういざこざは、マジで最悪なことになるからよ。女神さんたちのことは、『そういう形の男』って考えるようにしてる」


「すごいっすね。俺にはまだ無理だ……」


「命の危険を感じるような目に一度遭えば、嫌でもできるようになるぞ」


「そういう目に遭ったことがあるんですか?」


「セクハラしまくってた冒険者仲間が、朝起きたら簀巻きになってて前歯と鼻の骨を折られてたことがある。女どもはどっかに消えてたな」


「ひえっ」


 こそこそとそんな話をしていると、チキちゃんたちの声が聞こえなくなっていることに気が付いた。

 しまった、チキちゃんは集音マイクのような聴力を持っているのだった。


『あ、あの、チキさん? 急に黙ってしまって、どうしたんです?』


『怖い顔してるよ? どしたの?』


『別に何でもない』


「や、やべ。聞こえてるっぽいぞ」


「ああもう、カルバンさんが変なこと言うからですよ……」


 それから俺たちは、すぐに風呂を出て部屋に戻った。

 後から部屋に戻って来たチキちゃんは、ふくれっ面のまま無言で腕立て伏せを始めてしまった。

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