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栽培女神! ~理想郷を修復しよう~  作者: すずの木くろ


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113話:晴れ時々生肉

 宿を出た俺たちは、近場にあった漬物屋の売店で昼食を購入した。

 店の外に設置してある長椅子に腰掛け、ワサビが大量に植えられている川を眺めながら焼きおにぎりと焼き饅頭を頬張る。

 饅頭の中身は、野沢菜漬けだ。


「いやぁ、のどかでいいねぇ」


「心が洗われますねぇ」


 気の抜けた声で言う俺に、ノルンちゃんも同じような気の抜けた声を漏らす。

 香ばしい醤油味の焼きおにぎりと、皮のパリっとした焼き饅頭、そして熱々のお茶。

 さらさらと流れる川のせせらぎと、水にきらめく沢ワサビ。

 実に贅沢なひと時だ。


「おにぎりかぁ……食べられないことはないけど、お肉が食べたいなぁ」


 ネイリーさんがぼやきながら、もぐもぐと口を動かす。

 そんな彼女に、チキちゃんが魚肉ソーセージを差し出した。


「魚肉ソーセージ、食べる?」


「えっ!? ソーセージあったの!?」


「うん。ツナ缶と鯖缶もあるよ。グリードテラスのお肉も、少しだけ残ってる」


「それを先に言ってよ。ソーセージちょうだい」


 ネイリーさんがほっとした顔で、魚肉ソーセージを受け取る。


「なにこれ? 包装が取れないんだけど」


「ほれ、これ使いな」


「おっ、ありがと!」


 カルバンさんが差し出したナイフを受け取り、ぴっちりと張り付いているフィルムを切り裂く。

 ネイリーさんはさっそく一口齧り、にんまりと頬を緩めた。


「んー、美味しい! 初めて食べる味だよ」


「私も食べようかな。カルバン、ナイフ貸して」


「おう。俺も1本貰うわ」


「あっ、私も欲しいのです! フェルルさんもいかがですか?」


「いいんですか? いただきます!」


 魚肉ソーセージに群がる皆に苦笑し、俺は川へと目を向けた。

 緩やかな流れの中に、たくさんの沢ワサビが生えている区画が見える。

 川の所々に巨大ワサビが鎮座しているのは、なかなかシュールな光景だ。

 するとその時、巨大ワサビのすぐ傍に、ポチャン、と何かが落ちた。


「ん? 今何か……」


「むぐむぐ。コウジさん、どうしました?」


 魚肉ソーセージで頬っぺたを膨らませたノルンちゃんが、小首を傾げる。


「今、あそこに何かが落ちてきたみたいなんだけど……」


 鳥が糞でもしたのかと、空を見上げる。

 晴れ渡った空には、鳥は一羽も飛んでいない。


「誰かが何かを投げたのかな? ちょっと見てくる」


「あっ、私も気になります!」


 ノルンちゃんとふたりで巨大ワサビの下へと走り、川の前で立ち止まった。

 透き通った川の水深は、膝くらいだろう。

 沢ワサビが植えられている場所とは違って、少し深いようだ。


「どの辺に落ちたんですか?」


「あの巨大ワサビのすぐ傍。ここからじゃよく見えないなぁ」


「私が見てきますですよ」


 ノルンちゃんが両手を6本の蔓に変化させ、それを足のように使って川へと入って行った。

 まるで蜘蛛が歩いてるような姿だ。


「お?」


「何かあった?」


「何か赤いものが……よいしょ」


 ノルンちゃんは水中にあるそれを、蔓で掴んで持ち上げた。

 真っ赤なそれはどう見ても……。


「えっ、生肉?」


「生肉ですね」


 どこからどう見ても、新鮮なブロック肉だ。

 俺たちはきょろきょろと辺りを見渡すが、動物を解体しているような人はどこにもいない。

 となると、この肉はいったいどこから来たのだろうか。


「コウジ君、どうしたの?」


 長椅子に座って魚肉ソーセージを食べているネイリーさんが声をかけてきた。


「それが、川の中に生肉が落ちてたんですよ。空から降って来たみたいです」


「肉!? 食べられそう!?」


「いや、こんな得体の知れないものを食うのは――」


 俺が言いかけた時、ドボン、という水の音と、「ひゃっ!?」とノルンちゃんの悲鳴が響いた。


「ど、どうしたの?」


「め、目の前にお肉が落ちてきました……」


「ええ!?」


 ノルンちゃんが恐る恐る、足元の水面に蔓を入れる。

 そして再び、今持っているものとは別の肉を拾い上げた。

 先ほど拾ったものより、だいぶ大きい。


「何だこりゃ。今日の天気は晴れ時々生肉なのか」


「うう、気味が悪いのですよ。これ、どうしましょう?」


 うえー、と嫌そうな顔で生肉を持つノルンちゃん。


「そこらに捨てるわけにもいかないし、とりあえず持って上がってきなよ。また肉が降ってきたら危ないし」


「ですね……」


 ノルンちゃんが川から上がると、ネイリーさんたちも歩み寄って来た。

 皆で、ノルンちゃんが持つ生肉を眺める。


「……確かに肉だな」


「どこから落ちてきたのでしょうか?」


 カルバンさんとフェルルさんが首を傾げる。


「これ、心臓だよ」


「「「心臓!?」」」


 チキちゃんの言葉に仰天する俺たち。


「よく見ただけで分かるね?」


「動物の解体の記憶はたくさんあるから」


「あ、そっか。他のエルフたちの知識か」


「うん。でも、こんなに大きな心臓、見たことないよ」


「鹿とか牛よりも大きいのかな?」


「牛は分からないけど、里の周りにいた鹿はこれくらいだったよ」


 チキちゃんが両手で、これくらい、と10センチちょっとの丸を作る。

 今目の前にある心臓は、人の頭より一回り大きいくらいのサイズだ。


「ううむ。こんなものが降って来るなんて、怪奇現象としか言えないよね」


「バグなんじゃない? 空からお肉が降って来るバグ」


「『ケンタッキー肉の雨事件』みたいですね!」


 なぜかウキウキ顔のノルンちゃん。


「そんなマイナーな事件、よく知ってるね……」


「コウジさんがネットの記事を見ていたのを、天界から読んだのですよ」


「まあ、そうだろうね……って、もしかして、これも俺の願望がバグになったのかな?」


「コウジ君、空からお肉が降ってくるのが夢だったの?」


 ネイリーさんが「正気か」といった顔で俺を見る。


「いや、不思議な事件だなと思ったことはありますけど、望んでなんかいませんって」


「でもよ、バグにしても、やっぱ地図には何の印もないぞ?」


 カルバンさんが地図を見ながら言う。


「竜巻とかで、別の場所で舞い上がったものが落ちて来たのかもですよ。それなら、地図のこの場所に印がないのも納得ですし」


「ああ、そういう可能性もあるのか」


「あ、あの、何の話だかさっぱりなのですが……」


 おずおずとフェルルさんが俺に声をかけてくる。


「あ、すみません。えっとですね――」


 例のごとく、この世界が俺の理想郷であるといったことと、バグがあるので修正するための旅をしていることを説明する。

 ついでに、グリードテラス退治や天空島、イーギリのバグの話も説明した。

 フェルルさんは「はえー」と口を半開きにして聞いていたが、訝しんだ様子はない。

 相変わらず、この世界の人々は本当に素直だ。

 フェルルさんは種族的に、なおのこと素直なのかもしれない。


「す、すごいですね! 大冒険じゃないですか!」


 フェルルさんが興奮に瞳を輝かせる。


「そのお話からすると、今度の冒険のパートナーは私ということになるのでしょうか!?」


「そ、それはどうかな。あちこちでバグ取りをするたびに、仲良くなった人とあれこれやってはきましたけど」


「きっとそうですよ! ぜひ、私にもバグ取りを手伝わせてください! きっとお役に立ちますから!」


「おお。こんなにアクティブ&ポジティブな登場人物もいるのですね」


 メタ発言のようなことするノルンちゃん。

 でもまあ、俺たちのしていることはファンタジー漫画そのものだし、そういう感想も頷ける。


「それじゃあ、明日一緒に砂漠地帯に行ってみます?」


「はい! もしかしたら、先ほど拾った鋸歯の持ち主も見つかるかもしれませんし!」


 フェルルさん、ものすごく嬉しそうだ。

 ここで1年も化石と遺跡掘りをしていたなら、土地勘もあるだろうし頼もしい。

 砂漠地帯についても詳しいといいのだけれど。


「それにしても、空からお肉かぁ。砂漠から飛んできたのかな?」


 ネイリーさんが空を見上げる。

 俺たちもつられて空を見上げた時、ネイリーさんの頭上10メートルくらいの位置に、いきなり赤いものが出現した。


「んぶっ!?」


 べしゃり、と音を立てて顔面にブロック肉が直撃し、ネイリーさんが倒れ込む。 

 地面で顔に肉を載せてピクピクしているネイリーさんに、俺たちは慌てて駆け寄った。

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