112話:新種発見?
「んー? 少し古そうですけど、化石とは違くないですか? 大型動物の歯みたいに見えますけど」
俺はベラドンナさんからそれを受け取り、しげしげと眺める。
側面にギザギザが付いていて、持ち主はさぞかし大きな動物だろう。
大きさは、俺の親指と同じくらいだ。
どう見ても抜け落ちた動物の歯で、化石っぽさはない。
「ですね。トカゲの鋸歯のようですね」
フェルルさんが横から顔を出し、歯を見つめる。
「ただ、こんなに大きな歯を持つトカゲは見たことがありません。抜けてからしばらく経っているようには見えるのですが」
「なら、まだ見つかっていない新種ですかね?」
「かもしれませんね!」
フェルルさんがにっこりと微笑む。
少し興奮しているのか、頬が紅潮していた。
「ベラドンナさん、やりましたね! 第一発見者なのですよ!」
ノルンちゃんがベラドンナさんに駆け寄り、ぺしぺしと肩を叩く。
「本当に新種のトカゲだったら、『ベラドンナオオトカゲ』と名付けましょう!」
「え、ええ!? そんな大げさな……それに、こんなところに落ちていたんですから、その辺にいるんじゃないですか?」
「ええ。抜けてしばらく経っているとは言いましたけど、ここに落ちていたなら持ち主は近くにいるかもしれません」
フェルルさんが周囲を見渡す。
とはいえ、ここら一帯は平地だし、川も浅くて隠れるような場所はない。
もっと上流か、下流の深みに潜んでいたりするのだろうか。
「フェルルさん、この歯から、持ち主のだいたいの大きさって推測できませんか?」
「うーん。同じような形状の歯を持つ恐竜の化石は見たことがあるんですが、頭部はこれくらいありましたね」
これくらい、と両手を肩幅ふたつ分くらいに広げるフェルルさん。
「でかすぎるだろ。頭だけでそんなんじゃ、とんでもない図体をしてるってことになるんじゃねえか?」
「すごく目立ちそう」
カルバンさんとチキちゃんが、キョロキョロと辺りを見渡す。
確かに、そんな大きな体ならものすごく目立ちそうだ。
「ですよね……うーん」
さっぱり分からない、といった顔のフェルルさん。
俺はそれよりも、気になることがあった。
「フェルルさん、恐竜の化石って?」
「あ、はい。何十年も前に、私の故郷で掘り出されました。その恐竜の歯も、似たような感じでしたね」
「うわ、いいなぁ。俺、恐竜とか大好きなんですよ」
「コウジさん、子供の頃は恐竜関係の本をよく読んでいましたもんね」
ノルンちゃんの言うとおり、俺は子供時代は恐竜大好きっ子だった。
親にせがんでは恐竜図鑑をいくつも買ってもらい、紙がボロボロになるほどに毎日読んでいたものだ。
恐竜の化石が見つかるというのも、ノルンちゃんが理想郷に組み込んでくれたからなのかもしれないな。
「うん。やっぱり、恐竜ってかっこいいよ。ああ、生きてる本物が見れたらなぁ」
「ふふふ。見れるといいですねぇ」
「えっ、もしかして、この世界には恐竜がいるの!?」
「いひひ。それはどうでしょうねぇ?」
含んだ言いかたをするノルンちゃん。
そんな言いかたをしている時点で、この世界に恐竜が存在していることをバラしているようなものだ。
これはがぜん、楽しみになってきた。
とはいえ、ティラノサウルスやスピノサウルスのような肉食恐竜がいたら、見学どころか食われてしまいそうだけども。
俺たちのやり取りに、フェルルさんは苦笑した。
「あはは。さすがに現代に恐竜はいませんよ。生きていたのは、何千万年も前ですから」
「いや、それがそうとも言い切れなくて。ああ、楽しみだなぁ」
「え?」
「あ、あの、そろそろ私はお暇します。会議の時間が迫っていて……」
盛り上がっている俺たちに、ベラドンナさんがおずおずと言う。
「あ、すみません、引き留めちゃって」
「トカゲが見つかったら、すぐに連絡するからね」
「きっと、ベラドンナオオトカゲを見つけるのですよ!」
ノリノリのチキちゃんとノルンちゃんに、ベラドンナさんは乾いた笑いを向けると、翼を羽ばたかせてグランドホークに飛び乗った。
それでは、と俺たちに手を振り、運んできたコンテナをグランドホークに掴ませて空へと消えて行った。
「さてと。そろそろ、今日のお宿を決めちゃわない?」
「そうしましょうか。あの、この農園に宿泊所はありますかね?」
俺が聞くと、おじさんはすぐに頷いた。
「ああ、いくつかあるよ。そこのパンフレットに場所が載ってるぞ」
そう言って、おじさんは少し離れた場所にある立て看板を指差した。
看板は農園全体の地図のようで、看板の下にはパンフレットが入った木箱が置かれている。
俺たちは看板に駆け寄り、パンフレットを1つ手に取った。
農園全体の地図がカラーで描かれていて、ワサビ畑や土産物屋といった箇所に、短い説明書きがされている。
以前、カルバンさんから聞いた、書写魔法というもので描かれたのだろうか。
「どこの宿も、美味い漬物や野菜が出るぞ。今の時期は里芋が最高だな」
「おじさん、お肉かお魚を出してくれる宿はない? 私、野菜は苦手でさ」
ネイリーさんが縋るような顔で聞く。
野菜も果物も苦手だし、野菜尽くしの食事じゃつらいもんな。
「なら、『炉ばたの宿 渓流荘』がいいかな。園内じゃ珍しく、魚料理がメインの宿だよ」
「コウジ君、そこにしよう! お願い!」
「私もそこに泊まっていますよ。いい宿ですよ」
フェルルさんが嬉しそうに言う。
「毎日、朝晩に囲炉裏でヤマメやイワナの串焼きを作ってくれるんです。お勧めですよ!」
「おっ、そうなんですね。なら、そこにしましょっか」
「はあ、よかった。バグ取りが終わる前に激ヤセしちゃうかと思ったよ」
ほっとした顔のネイリーさん。
他の皆も異議なしということで、俺たちはおじさんに礼を言って宿へと向かったのだった。
フェルルさんに案内されて、俺たちは『炉ばたの宿 渓流荘』へとやって来た。
大きな古民家といった外観で、立派な茅葺屋根の木造建築だ。
「おー、いい雰囲気ですねぇ」
ノルンちゃんが宿を見上げる。
きゅー、とそのお腹が鳴って、「おっと!」と恥ずかしそうにお腹を押さえた。
「コ、コウジさん、早く入りましょう!」
「はいはい」
顔を赤くしたノルンちゃんに手を引かれ、引き戸を開けて宿へと入る。
広々とした玄関に入ると、すぐに作務衣を着たトカゲ顔の人がやって来た。
「いらっしゃいませ。お泊りですか?」
まるで鈴を鳴らすような綺麗な声が響く。
どうやら、若い女性のようだ。
「はい。とりあえず2泊お願いします。5人と馬車1台、馬2頭です。部屋数は――」
「3部屋お願いします」
チキちゃんが指を3本立てる。
もしかしなくても、1部屋は夜にイチャコラするためのものだろうな。
「かしこまりました! 朝食と夕食はお出しするかたちでよろしいでしょうか?」
「お願いします」
「はい! では、宿の説明をさせていただきますね。こちらへどうぞ」
お姉さんが玄関脇の小部屋へと向かう。
俺たちも後に続くと、そこには木製の小テーブル、3人掛けのソファーが3つ、本棚、薪ストーブ、大きな置時計があった。
天井にはランタンが吊られていて、ぼんやりと柔らかい光を放っている。
皆でソファーに座ると、お姉さんは膝立ちになって説明を始めた。
「皆様のお部屋は、2階の201、202、203号室となります。お食事は1階の大食堂でハーフバイキングとなっておりまして――」
お姉さんの丁寧な説明を、皆でふむふむと聞く。
料金は後払い制とのことで、館内にある売店での買い物は部屋にツケてもらえるらしい。
夕食では別注料理も頼めるとのことで、その場で注文すればシェフが作ってくれるそうだ。
後払いシステムということは、食い逃げ、もとい、泊まり逃げするような人はいないのだろうな。
どこに行っても、この世界は治安がよくて素晴らしい。
「――以上となります。何かご質問はありますでしょうか?」
「特には……あ、そうだ。俺たち、明日は農園の外に出かける予定なんです。カルバンさん、地図を」
「おう」
カルバンさんが旅人の地図を広げる。
「この印がある場所に行こうと思ってるんですけど、ここって砂漠地帯なんですよね?」
「はい。ここからだと、砂漠地帯までは少し距離がありますね。馬車で1時間くらいはかかりますが……砂漠を見に行くのですか?」
「ええ、ちょっと用事があって。この印のある場所辺りには、何かあったりしますかね?」
「あそこは一面の砂漠なので、何もないかと……砂嵐がよく起こるので、あまり奥に入り込むと危険ですよ」
お姉さんが心配そうに言う。
「最近は特に砂嵐が酷いので、ゴーグルや外套が必須かと」
「ゴーグルは持ってます。外套は……ノルンちゃん、お願いできるかな?」
「はい! お任せあれなのです!」
ノルンちゃんの髪の毛がしゅるしゅると伸び、あっという間に大きなシートが出来上がった。
店員のお姉さんが、唖然とした顔になる。
「砂漠では、私がこれでシェルターを作ります。砂嵐が来たら、これで皆さんを守りますので」
「それなら安心だね。もうしまっていいよ」
「はいな」
シートがノルンちゃんの髪の毛に戻っていく。
今更だけど、一度伸ばした物を元に戻せるって、いったいどういう原理なんだろうか。
「というわけなんで、大丈夫です」
「は、はあ、そうですか。すごいですね……」
「ねえねえ、お昼ご飯ってここでは食べられないのかな? 私、お腹空いちゃった」
ネイリーさんがお腹を摩る。
「当宿では昼食はお出ししていませんので、園内の食事処をご利用されてはいかがでしょうか?」
「そっか。うん、ありがと」
「お、おおう。イワナとヤマメはおあずけなのですね……」
ノルンちゃんが肩を落とす。
よほど空腹なのか、再び腹の虫が、きゅーっと悲鳴を上げていた。




