111話:考古学者
「へえ、考古学者なんですか」
「はい!」
フェルルさんが元気に頷く。
何をしていたのかと聞いたところ、彼女の職業が考古学者だと教えてもらったのだ。
ここから離れたところにある彼女の故郷は、金や銀、オパールといった宝石が産出する場所らしい。
彼女は元々は宝石掘りを生業にしていたらしいのだが、一緒に採掘される大昔の道具や建物に興味を持ち、考古学者になったらしい。
ここでは、化石と遺跡掘りをしていたとのことだ。
「といっても、自称しているだけですけどね。趣味の延長みたいなものです」
「でも、面白そうですね! ここではどんなものが掘れるのですか?」
ノルンちゃんがわくわくした顔で尋ねる。
本当、何にでも興味を持つ娘だ。
「私たちの祖先が使った道具が掘れるんですよ」
「ウサンチュのですか?」
「はい。伝承によるとですね、この辺りには昔、ウサンチュの集落があったらしいんです。それで、大昔の私たちの種族はどんな生活をしていたのか調べようと思って」
「なるほど。それで、何か掘り出せたんですか?」
「いくつか出てきましたよ!」
こっちへどうぞ、とフェルルさんにうながされ、先ほど彼女が出て来た窪地へと向かう。
そこは結構な広さに掘られていて、中心には幅が3メートルくらいの穴があった。
梯子が掛けられていて、そこから下に降りて掘っていたようだ。
かなり深いようで、底は真っ暗だ。
こんなところに入って、地下で酸欠にならないのだろうか。
「これがそうです」
フェルルさんは地面に置かれていたたくさんの石の中から、平べったい石を拾い上げた。
俺の腕ほどの長さがある大きさの石だ。
「これは、2000年以上前のナイフです」
「ナイフ? こりゃずいぶんと……」
「おっきいね」
カルバンさんとチキちゃんが不思議そうに言う。
「私たちのご先祖様は、とても体が大きかったんです。ですが、ある時を境に、今の私たちくらいの大きさになったんですよ」
フェルルさんが両手を広げる。
「えっ。じゃあ、こんな大きな石を包丁にしてたとなると……」
「はい。今の3倍くらいの大きさだったと記録に残っていますね」
「「「「へー」」」」
何とも不思議な話に俺たちが声を漏らすと、竜人族のおじさんが木箱と布袋を手に戻って来た。
木箱の上にはお盆が載っており、漬物の載った皿と湯気の立つコップが俺たちの人数分載っていた。
「おまちどうさん。フェルルちゃんの仕事を見学してたのかい?」
「はい。大昔は今よりずっと大きな体の種族だったなんて、面白い話ですね」
俺が言うと、おじさんは、うんうん、と頷いた。
「だなぁ。しかも、ある日を境に、急に今の大きさになったってのが面白いよな」
「でも、いったい何があったのでしょうか? 魔法で小さくなったとかでしょうか?」
ノルンちゃんが首を傾げる。
「それはないと思うよ。体を大きくしたり小さくしたりする魔法なんて、聞いたことないしさ」
ネイリーさんが答える。
自称天才魔術師の彼女がそう言うのだから、魔法という線はないのだろう。
「どうして体が小さくなったのかは、伝承には残ってないんですか?」
「何となく残ってますよ!」
フェルルさんがにっこり笑い、俺に答える。
「どこかの誰かが、私たち全員を小さくしてくれたらしいんです。故郷では、その人を称えるお祭りが年の初めに行われるんです。ただ、その人の名前は伝わっていないんですよね」
「すごい話ですね……」
「ベルゼルさんみたいな人が、何かの装置で小さくしたのかな?」
チキちゃんが天空都市カゾのある方角の空を見上げて言う。
確かに、あの超先進的な科学力があれば、そんなことも可能なのかもしれないな。
「さて、ベラドンナさん。こっちが野沢菜のワサビ漬けだ。こっちの木箱には、そこの巨大ワサビを削って入れよう」
「ありがとうございます。頂いていきますね」
「そんじゃ、俺はワサビを削ってくるよ。これでも食べて、のんびりしてておくれ」
おじさんが木箱を地面の草の上に置き、よっこらしょ、とお盆をその隣に置いた。
ノルンちゃんがさっそく、お盆の前に正座をする。
「野沢菜初体験なのですよ! どんな味なのか楽しみです!」
「はは、よかったね。おじさん、ありがとうございます!」
「足りなかったらいくらでもあるから、言っておくれ。フェルルちゃんも、休憩にしたらどうだい」
「ありがとうございます! ご馳走になりますね!」
「うう、漬物かぁ……」
ネイリーさんが、むむ、と野沢菜を見つめる。
皿に盛られた野沢菜には、楊枝がいくつも刺さっている。
青々としていて瑞々しく、美味しそうだ。
「ネイリーさんも試してみるのですよ。食わず嫌いかもしれないですよ?」
「う、うん……」
「これは美味いぞ。そんじゃ、行ってくる」
おじさんが木箱を手に、川の中の巨大ワサビへと向かう。
俺はノルンちゃんの隣に腰を下ろし、さっそく野沢菜を頬張った。
シャキシャキした歯応えとともに、ピリッとしたワサビの刺激、程よい塩味と野沢菜の新鮮な風味が口いっぱいに広がった。
文句なしに美味い。
「んっ、これは美味い!」
「ですね! 食感も最高なのですよ!」
「美味しいね」
「やっぱ漬物は最高だな!」
「美味しいですね。シャキシャキしていて、歯ごたえも素晴らしいです」
俺に続いて、ノルンちゃん、チキちゃん、カルバンさん、ベラドンナさんも、口々に美味い美味いと野沢菜を食べる。
ネイリーさんは野沢菜を口に含み、微妙な顔をしている。
「ネイリーさん、どうですか?」
「う、うーん……食べられるけど、私は少しでいいかなぁ」
「本当に偏食家だな。肉ばっか食ってると、肌にもよくないんじゃねえか?」
カルバンさんがもぐもぐと口を動かしながら、顔をしかめる。
「そんなこと言ったって、苦手なものは苦手なんだもん……フェルルさんは、野沢菜は好きなの?」
ニコニコしながら野沢菜を食べるフェルルさんに、ネイリーさんが話を振る。
「好きですよ! お野菜は大好物なんです!」
「いいなぁ、美味しく食べられて。そいえば、さっきの穴、すごく深そうだったけど、もう長いこと採掘してるの?」
「ええ。かれこれ1年になります」
「ずいぶん長いことやってるんだね」
「ですね。農園の人たちにも期待されてるので、頑張らないとなのですよ」
「農園の人たちも、遺跡とか化石に興味を持ってるんですか?」
俺が聞くと、彼女は元気に頷いた。
「はい! 新しい名物になるって言ってくださって、掘り出した物は漬物屋さんに展示しつつ販売もしてるんです」
フェルルさんがポケットから、小さな石を取り出して俺に差し出した。
「これ、先日そこの川で採れた、大昔の虫の化石です」
「おおっ、ほんとだ。虫っぽい染みがある」
石にはぼんやりとタガメのような形の染みが黒くにじんでいた。
昔、化石展で同じようなものを見た記憶がある。
「あれ? 化石は少なくとも1万年以上経たないと形成されないと思うのですが、ここの川から採れたのですか?」
ノルンちゃんが不思議そうに、周囲を見渡す。
この辺りは平地であり、農園へと流れ込んでいる川の水源の山が遠目に見える。
「はい。あの山で鉄砲水か何かで地層が削られて、ここまで流れてきたのかと思います」
「なるほど。それなら納得なのです」
うんうん、とノルンちゃんが頷く。
流れて来たとなるとかなりの距離に思えるけど、そういうこともあるのかもしれないな。
「でも、つい先日から山で私の仲間たちが採掘をしているんですけど、さっぱり化石が見つからないみたいなんですよね」
「あ、ひとりで採掘をしていたわけじゃないんですね」
「はい。お友達と一緒にやってます。山ならたくさん掘り出せるかもって、皆あっちに探しに行ってるんですよ」
「ということは、ここ何日かは、ここにはフェルルさんだけなのですね」
「ええ。向こうも気になりますけど、ご先祖様の痕跡をどうしても見てみたくて」
何ともロマンのある職業だ。
ただ採掘するだけじゃなくて、出土した物が農園の役に立つというのなら、なおのことやりがいがあるな。
俺が感心していると、ベラドンナさんが、ぱちん、と手を合わせた。
「素敵な観光資源になりますね! カゾとイーギリ、そして農園を巡るツアーを組んでみるのもよさそうですね!」
「あ、それいいですね。化石がたくさん採れる場所が見つかったら、有料で化石掘り体験事業を始めてもいいかも」
「はい! きっと、お子様たちにも大人気になりそうです」
そんな話をしていると、巨大ワサビを削り終わったおじさんが戻って来た。
木箱に山盛りで、スライスされた巨大ワサビが入っている。
「おまちどうさん」
「ありがとうございます! こんなにたくさん、ありがとうございます!」
ベラドンナさんが立ち上がって頭を下げ、俺たちに向き直る。
「では、私はそろそろお暇いたします。皆さん、どうかお元気で!」
「バグ取りが終わるまでここを拠点にしますから、気が向いたらまた来てくださいね」
「分かりました! それでは!」
ベラドンナさんはにっこりと微笑むと、暇そうにお座りしているグランドホークへと歩き出した。
前に分かれた時は泣き顔だったけど、今日はとても朗らかだ。
またいつでも会える、というのを身をもって体験したからだろう。
「ん?」
すると、歩いていたベラドンナさんが何かに気付き、しゃがみこんだ。
「あれ? これってもしかして、化石じゃないですか?」
「「「えっ!?」」」
俺たちは驚いて、彼女の下へと駆け寄る。
これ、と手のひらに乗せた物体を俺たちに見せるベラドンナさん。
そこには、化石と呼ぶにはあまりにも綺麗な、少し茶色がかった動物の歯のようなものが載っていた。




