11話:エルフさんに会いに行こう
「宇宙人、すごかったですね! 自動車サイズの巨大スズメバチが10万匹もUFOから出てきた時は、もうダメかと思いました!」
映画館で買ったスズメバチキーホルダーを手に、カーナさんが興奮した様子で言う。
衣服はお店で買った小洒落たサマードレス姿になっていて、その美しさに拍車がかかっていた。
今は帰りの車中で、外は完全に日が落ちて真っ暗だ。
ゲームセンターでクレーンゲームをしたり、映画館で映画(宇宙人が侵略してくる系のやつ)を観たりと、夜になるまで一日中遊び倒した。
今日一日で5万円くらい使った気がするが、あれだけ楽しめたのだから良しとしよう。
「すごかったですねー! でもまさか、人類側がスズメバチ駆除スプレー砲をヘリコプターに装備させて対抗するとは思わなかったですよ。映画の最後、何でスプレーの噴射で宇宙船が爆発したんでしょうね?」
「ノルンちゃん、深く考えちゃいけないぞ。大切なのは勢いなんだ。宇宙船がスプレーで爆発したなんて些細なことなんだ」
「そうですね! 考えたら負けですね! 楽しかったからいいのです!」
一日の余韻を噛みしめるように騒ぎながら、アパートへと帰宅した。
カーナさんを部屋まで運び、買った大量のお菓子や携行食糧、鍋や焚火コンロも部屋に運び込む。
もちろん、ベーコンの作り方の本も忘れずに購入してきた。
「はー、楽しかったけど疲れたな。さて、ベーコンステーキを作るか」
「コウジ様、私も手伝います」
ちゃぶ台の上に置いたビニール袋を、カーナさんが漁る。
「そういえば、グリードテラスの肉を塩漬けにするって他の人魚さんが言ってたっけ。向こうに戻ったら、あの肉でベーコン作ってみるか」
部屋の隅に置かれた、『理想郷』へと目を向ける。
いつもと変わらない、青い海と緑の大地、その上をゆっくりと進む白い雲が見て取れた。
薄っすらと光り輝いて見えるということは、向こうの世界はいまだに昼間なのだろうか。
「そうですね! コウジ様が眠りにつくと、あちらの世界に戻れるんですよね?」
「たぶんそうかと。だよね、ノルンちゃん?」
ちゃぶ台の上で、チョコレートの包み紙と格闘しているノルンちゃんに声をかける。
「んぎぎ……あ、はい! 眠りについた瞬間、身体ごとあちらに自動転送されるですよ」
「転送される場所って、こっちに戻ってくる前にいたところ?」
「そのはずです。いろいろと想定外の出来事が起きていますので、確実にそうだとは言い切れませんが」
「ああ、そっか。下手したら、全然違う場所に転送されちゃう可能性もあるわけだ」
理想郷の前に行き、中を覗き込む。
朝に見たものと同じ、ミニチュアサイズの世界が広がっている。
「あれ? これってルールンの街じゃないか?」
ドームの中心地点に、親指ほどの大きさの黒い物体が落ちている海辺の街を見つけた。
街のど真ん中にそれは鎮座していて、周囲の建物は軒並み崩れ落ちているように見える。
今朝はちらっとしか見ていなかったので、まったく気づかなかった。
「寝る時じゃなくても、自由に好きな場所へ行き来できたらいいのにな。気軽にいろんなところを旅行できて楽しそうだしさ」
そう言いながら、ドームの表面に手を触れた。
その瞬間、ドームが激しく発光した。
「「「えっ!?」」」
全員が声を上げた瞬間、ずぼっ、と俺の手が薄膜の中に吸い込まれた。
ずるる、とそのまま肩口まで一気に飲み込まれる。
「うおおおっ!? なんじゃこりゃあああ!?」
「コウジ様!」
「わわっ! カーナさん、私も連れて行ってください!」
ノルンちゃんがカーナさんの服に飛びつき、カーナさんが俺に駆け(?)寄って手を掴んだ。
それと同時に、俺は理想郷の中へと飲み込まれた。
ガシャアアアン!
「あちちちち!?」
「へぶっ!」
「いったぁ!?」
「うわっ!? だ、大丈夫か!? 水! 水かけろ!」
ばしゃっと冷たいものを浴びせかけられ、息も絶え絶えになりながら目を開く。
何人もの人魚さんたちが、心配そうに俺を見下ろしていた。
傍らには大鍋が転がっていて、どうやら俺はお湯が入った鍋の上に落っこちたようだ。
どういうわけか靴を履いているのだが、いつのまに履かされたのだろうか。
「い、いってぇ……寝てないのに戻ってきちゃったのか」
身を起こし、呻き声のする背後に目を向ける。
蹲って鼻を押さえているノルンちゃんと、数人の人魚さんたちと一緒に地面に転げているカーナさんがいた。
「2人とも、大丈夫か?」
「うう、また鼻血が出ました……」
「わ、私は何とか……」
どうやら、俺たちは地上数メートルくらいの空中に突然現れたようだった。
人魚さんたちはグリードテラスの肉を保存食にしようと、塩茹での準備やら燻製の準備やらをしていたらしい。
鍋は火にかけ始めたところで、熱湯ではなかったようだ。
全身に熱湯をかぶる羽目にならなくて本当に良かった。
「あ、コウジさん。あっちで買った品物が落ちてるですよ。リュックやお鍋もあります」
少し離れた場所に、複数のレジ袋や調理道具が転がっていた。
レジ袋は中身が盛大にぶちまけられており、そこら中にレトルト食品やら乾燥パスタやらが散乱している。
「うわ、ほんとだ。ずいぶんあるな。一緒に吸い込まれたのかな?」
「コウジさん、お夕飯食べそこなっちゃって、お腹が空きました! 何か作ってください!」
「あー、そういえばそうだったなぁ。すみません、水のある場所教えてもらえます?」
「コウジ様、私も手伝いますので」
「食べる手がとまらないですううう! 美味しすぎますううう! うああああ!」
ノルンちゃんが感涙しながら、ミートソースパスタをすごい勢いで食べている。
ここまで喜んでくれると、作りがいがあるというものだ。
茹でたパスタにレトルトのミートソースをかけただけだけど。
「はあ、それにしても、本当に大きいですね……」
カーナさんがパスタを食べながら、横たわっているグリードテラスを見やる。
人魚さんたちが手分けして、グリードテラスの肉を切り取っている様子が遠目に見えた。
相変わらず、とんでもない大きさだ。
「あれが腐る前に、皆で引っ越しの準備をしたほうがいいですよ。ここら一帯、虫やら臭いやらで大変なことになると思うんで」
「そうですよね。どこか、いい場所があればいいのですが……」
「引っ越し、俺たちも手伝いますね。な、ノルンちゃん?」
「はい! エルフの里の件もありますけど、引っ越しとどちらを優先しますか?」
「あ、そうか。そっちも調べないとだったな」
ある日突然、ぱったりと交易にやってこなくなってしまった山里のエルフたち。
そちらもこの世界のバグが関係しているかもしれないので、放置するわけにはいかない。
「カーナさん、エルフの里って、ここから歩いてどれくらいかかるか分かります?」
「エルフさんたちは『のんびり歩いても半日もかからない』って言ってましたね。里までは道が繋がっていますから、迷うこともないと思います」
半日もかからないなら、様子を見てくるだけなら明日の昼には帰ってこれるかもしれない。
引っ越し先の選定にも何日かかかるだろうし、エルフの里調査に向かっても大丈夫だろう。
「それじゃ、先にそっちを見てきますね」
「コウジさん、パスタお代わりしてもいいですか?」
「え、まだ食べるの? 何束茹でる?」
「あと3束お願いします!」
「マジか。すごい胃袋してるな。食べたら出発したいんだけど、大丈夫?」
「大丈夫です! 食後のいい運動なのですよ!
そんなこんなで、俺とノルンちゃんはエルフの里へと向かうことになったのだった。
「はー、森は最高ですね! こう、生きてるって実感が湧いてきますね!」
俺と並んで歩きながら、ノルンちゃんが上機嫌な声を響かせる。
森に入ってからというもの、かなり機嫌が良さそうだ。
帰ってくるのは明日になる予定なので、鍋と着火道具、それにペットボトルの水と食料も持参している。
2人ともリュックを背負い、服装を除けばまるで登山者だ。
「さっきから、えらく機嫌がいいね」
「はい! 草木に囲まれていると、気分爽快で最高なのです!」
くるくる、とノルンちゃんはその場で回ってみせる。
スカートがひらりと舞い、実にかわいらしい。
「とっつげき とっつげき やーりをーもてー てーきを ほーふれーや てーんしーぐんー」
「何だい、その歌は?」
「天界の童謡です。ハイキングの時に歌うですよ」
「天界でもハイキングとかするんだ……」
「一応、山も海もありますからね。山登りといったらこれなのですよ」
何だか、話を聞けば聞くほど天界のイメージが崩れていく。
つい2日前までは、雲の上で天使たちがアハハウフフと漂っているイメージしか持っていなかった。
山も海もあるのなら、地上と大して変わらないんじゃないだろうか。
「しょーうりーの はーたーを うーちたーてろー」
「それ、本当に童謡なの? 軍歌の間違いじゃない?」
「そんなこと言われても。学校の授業でハイキングに行く時は、必ずこれ歌わされたんですよ」
「天界に学校あるの!?」
「小学校から大学までありますよ。全部エスカレーター式で、1校のみですけど。学校の建物自体が、東京の千代田区と同じくらいの大きさです」
「て、天界のイメージがどんどん変わっていくわ……」
「私は救済担当官なのですが、これも一応資格制です。試験がひっかけ問題ばっかりで、本当にしんどかったですよ」
「自動車の運転免許試験みたいな話だ」
そんな話をしながら、森の小道をのんびり進む。
森はとても静かで、時折小鳥がさえずる声が聞こえてくるだけだ。
木々がうっそうとしていて、日の光があまり届かず、やや薄暗い。
「へー、ノルンちゃんが救済担当官になって、初めて担当するのが俺だったのか」
「はい。なので、実はかなり気合入ってるんですよ! 絶対に、コウジさんを幸せにしてみせるのです!」
「そ、そっか。ぜひお願い……ん?」
「あ、誰かいますね」
道の先に、こちらに背を向けている金髪ロングの女性がいた。
髪から飛び出た耳は、ピンと尖っている。
エルフだろうか。
「……何してるんですかね?」
「何か探し物かな? 地面を見てるみたいだけど」
女性は俯いたまま、じっと足元に目を向けている様子だ。
いぶかしみながらも、歩いてその女性に近づく。
「あの、すみません。俺たち、エルフの里に行きた――」
俺が言いかけた時、ばっと、その女性が振り返った。
目と鼻と口から、シメジのような白いキノコがびっしり生えていた。




