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栽培女神! ~理想郷を修復しよう~  作者: すずの木くろ


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108話:天空島での報告会

 工場見学を済ませた後、俺たちはカゾへと向かうため、農場のニワトリ小屋にやって来ていた。

 柵に囲まれた屋根付きの大きな小屋の中には、たくさんのニワトリたちが歩き回っている。

 空にはオレンジ色の夕日が輝いていて、あと数時間で夜になりそうだ。

 この場には俺たちのほかに、イーギリの議員さんや採掘場で仲良くなった作業員さん、マイアコットさんのご近所さんが集まっていた。

 皆、俺たちを見送るために出向いてくれたのだ。


「おー、ずいぶん連れてきてくれたんですね。無理言ってすみません」


「いえいえ。放送機の水晶をたくさん譲っていただきましたし、これくらいお安い御用です」


 にっこりと微笑むベラドンナさん。

 採掘場から出土した水晶はかなりの数で、イーギリとカゾで使っても、数百年分以上あるらしい。

 さらに、古くなって曇ってしまった水晶を綺麗にする装置も埋まっているらしいので、古い水晶もリサイクルして半永久的に使えるだろうとのことだ。


「あの、マイアコットさん。本当に一緒に来ないのですか?」


 ベラドンナさんが、少し心配そうな顔をマイアコットさんに向ける。


「うん。私はここでお別れにしておくよ。ついこの間カゾに行ったばかりだし、あんまり街を空けるのはよくないから」


 マイアコットさんが、少し寂しそうに微笑む。


「そうですか……分かりました。では、皆さん、コンテナへどうぞ!」


 ベラドンナさんにうながされ、俺たちはコンテナに入った。

 2頭の馬と馬車も乗せ、コンテナの柱に留め具を付けてしっかりと固定した。

 俺たちが長椅子に座って安全バーを降ろすと、ベラドンナさんがコンテナの扉を閉め、防風ゴーグルを着けた。

 翼を羽ばたかせて飛び上がり、コンテナの上にいるグランドホークの背に跨る。


「また、いつでもおいでよ。とびきり美味しいポン菓子を焼いてあげるからさ」


「たくさんお手伝いしてくださって、ありがとうございました! またお会いできる日を楽しみにしていますね!」


 ポンスケ君とリルちゃんが、笑顔で呼びかけてくれる。

 前にベラドンナさんと別れた時とは違い、誰も涙を見せていない。

 別れの時は笑顔で、というミントさんとのお別れの時に倣っているのかもしれないな。


「皆さん、本当にお世話になりました! また遊びに来ますからね!」


「またね。行ってきます」


「街の観光事業、頑張ってくださいね!」


「果樹園枯らすんじゃねえぞ! 墓地の手入れもしっかりな!」


「精霊さんたちと仲良くね! 何かあったら、すぐに呼んでね!」


 俺、チキちゃん、ノルンちゃん、カルバンさん、ネイリーさんの順で、マイアコットさんたちに手を振りながら別れの言葉を告げる。

 マイアコットさんは笑顔で、「あいよー!」と元気に手を振り返してくれた。

 見送りの皆も、歓声を上げて俺たちに手を振ってくれている。


「では、離陸いたします! それっ!」


 ベラドンナさんが言うと同時に、グランドホークが翼を大きく羽ばたかせた。

 ぐんっ、とコンテナが浮き上がり、そのまま勢いよく空に舞い上がった。

 グランドホークがマイアコットさんたちの頭上で傾きながら大きく旋回し、彼女たちの姿を俺たちに見せてくれた。


「あっ、コウジ! 羽ばたき飛行機械だよ!」


 チキちゃんが、柵の間から覗く空を指差す。

 3機の羽ばたき飛行機械が黒煙を吐きながら、すごい勢いで俺たちの下へと飛んで来ていた。

 それらはバババ、と羽の音を響かせながら俺たちの前で滞空飛行をして、飛行士たちが手を振ってくれる。


「おー! かっこいい! おーい!」


「景気のいいお見送りですね! 皆さん、ありがとうございますー!」


「上昇します! 皆さん、舌を噛まないようにご注意を!」


 飛行士たちに俺とノルンちゃんが叫んでいると、ベラドンナさんが宣言した。

 慌てて口を閉ざすと同時に、グランドホークが「ギュイィ!」と一声鳴いて、猛烈なGが俺たちを襲った。

 急上昇するコンテナを追うようにして、羽ばたき飛行機械が旋回しながら追従する。

 雲の近くまで上昇したところでグランドホークが羽ばたきを止め、滑空飛行へと移った。

 飛行士たちが銃を取り出し、空に向かって次々に発煙弾を発射した。


「おー、すげえ。まるで煙の虹だな!」


 綺麗に一列になって飛んでいく7色の発煙弾に、カルバンさんが感心する。


「ですね! 発煙弾って、こんな使いかたもあるんだなぁ」


「あはは。風の精霊さんたちも、すごいすごいって喜んでるよ」


「びゅんびゅん飛び回ってる」


 ネイリーさんとチキちゃんが、煙の虹に向かって手を振る。

 そうして景色を楽しみながら、俺たちはカゾへと向かった。




 空の旅を満喫し、天空島の古城ホテル前に到着した。

 空は日が落ち始めており、もうそろそろ夕方だ。

 コンテナから降りる俺たちを、エステルさんとベルゼルさんが笑顔で出迎えてくれた。


「皆さん、お久しぶりです! お疲れ様でした!」


「よく戻って来たな。イーギリでの生活はどうだった?」


「最高でしたよ! ずっと見たいと思ってたスチームウォーカーに乗れましたし、まるでアニメの世界に入ったみたいでした!」


「そうか。楽しめたようで何よりだ」


 ベルゼルさんはそう言うと、こつん、と杖で地面を叩いた。

 俺たちの目の前に、いくつものホログラム映像が現れた。

 街なかでコーヒーを販売する露店と、コーヒーを立ち飲みする人々。

 宿屋の食堂で山盛りフルーツを前に大喜びする観光客。

 会議室で右肩上がりの収支の折れ線グラフのホログラム前に、ホクホク顔のベラドンナさんと議員たち。

 その他にも、地上の巨大リフトに行列を作る人々や、天空島を案内される大勢の観光客の様子が動画で同時に再生された。


「お前さんたちのおかげで、こっちもこのとおりだ」


「わ、すごいね。もうこんなにお客さんが来てるんだね」


 チキちゃんが嬉しそうに映像を見つめる。


「皆さんがイーギリに行ってから、あちこちの都市に『天空島の観光再開』を知らせたんです。すぐに、たくさんの人々がグランドホークでやって来たんですよ」


 エステルさんが嬉しそうに言う。

 この世界の物流はたくさんのグランドホークが担っていると聞いてはいたが、当然ながら都市間の移動もしているようだ。

 馬車もたくさん使われているのは、運用費が理由だろう。


「予約もたくさん入っていて、街なかのホテルは数カ月の予約待ちがザラです。火達磨状態の財政から、完全に立ち直れそうです」


「おお、それはよかった。でも、そんなに混んでたら、今度は予約が取れないって不満が出ちゃいそうですね」


「そう、それなんですよ。新たにホテルを建設するにも時間がかかるし、どうしたものかと」


「エステルさん、グランピング事業を始めるというのはいかがでしょうか?」


 ノルンちゃんが、はい、と手を上げる。


「グランピング? それは何なのですか?」


「キャンプの親戚みたいなやつでして。ベッド付きのテントなどと食材と調理器具を用意して、そこに泊まってもらうんです。カゾの美しい自然に触れながらの優雅なひと時、みたいな宣伝文句を付ければ流行るかもなのですよ」


「なるほど! テントでしたら簡単に数を揃えられますし、自炊してもらえるのなら人手もあまり必要ではありませんね!」


「はい。あと、トイレとお風呂は別に用意したほうがいいですね。瓦礫の山になってしまった天空島の旧市街を片付ければ、場所も確保できるかと」


「名案です! ベラドンナ、やってみようよ!」


 エステルさんが言うと、ベラドンナさんは笑顔で頷いた。


「そうだね! ああ、よかった。議員たちと、『どうにかしないと』ってよく議題に上がってたから助かったよ。ノルンさん、ありがとうございます!」


「お役に立てて光栄なのです。ところで、お夕飯は用意できているのでしょうか?」


「はい! とびきりのご馳走を用意していますよ!」


「いひひ、楽しみなのです。さあ、行きましょう!」


 うきうきと古城へ向かうノルンちゃんに、俺たちも続くのだった。




 古城ホテルに着いた俺たちは、さっそく食堂で夕食をいただいていた。

 例のごとくフルコース料理で、天空島の畑で採れた野菜や果物の料理が食卓を飾った。

 今は、食後のコーヒーを飲みながら、次のバグの場所を確認しているところだ。


「ふむ。次はこの場所ですか」


 ベラドンナさんが、地図に描かれた赤丸を見つめる。

 印の周囲は真っ白だが、そこから少し離れた場所には小さな町が描かれていた。

 地図の持ち主のカルバンさんが、行ったことがある場所のようだ。


「印の傍にあるのは『キングワサビ農園』ですね」


「だな。いろんな行商人が立ち寄るところなんだが、のどかでのんびりしていていい感じだぞ。バグ取りの拠点にするにはもってこいの場所だ」


 うんうん、とカルバンさんが頷く。

 長野にある、大王わさび農場みたいな名前の場所だ。

 大学生時代に、一度だけ観光で行ったことがある。


「そうなんですね。ベラドンナさん、そこまで運んでもらってもいいですか?」


「承知しました。グランドホークならひとっ飛びですよ」


「すみません。イーギリの転送装置で行ければよかったんですけど、馬車が乗らなくて使えなくて」


 イーギリで出土した転送装置は、転送できるサイズがだいぶ小さ目だ。

 人を数人ならば問題ないが、馬車ともなると装置からはみ出てしまうので無理だったのだ。

 それ以前に、転送装置がある地下へと続く階段を馬車は通れないのだけれど。


「いえいえ、大丈夫ですよ。コウジさんたちのためなら、何でもしますので!」


「あはは、ありがとうございます」


「ねえ、この印の場所、確か砂漠地帯だよね?」


 エステルさんが口を挟む。


「砂嵐ばっかりで、特に何もない場所だと思ったけど」


「へえ、砂漠ですか! 砂漠は一度も見たことがないんで、楽しみです!」


「砂嵐があるのなら、ゴーグルが必要だな。ベラドンナ、用意してやれ」


 ベルゼルさんが言うと、ベラドンナさんはすぐに頷いた。


「はい、すぐに用意しますね」


「コウジ、砂漠ってなに?」


 俺の隣でコーヒーの代わりにココアを飲んでいたチキちゃんが、俺を見上げる。


「一面砂だらけの場所だよ。すごく乾燥してて、さらさらの砂が海みたいに広がってるんだ」


「そうなんだ。すごいね」


「でも、砂漠ってすごく暑い場所なんだ。バグ取り中に遭難して干乾びないように注意しないと」


「私とネイリーさんが魔法で水を出せるから大丈夫だよ」


「精霊さんに聞けば迷子になることもないから、安心していいよ。それに、地図もあるんだしさ」


「食べ物は、私が野菜と果物を作りますので!」


「あ、そっか。なら問題ないね」


 本当に頼りになる仲間たちだ。

 ノルンちゃんに至っては髪の毛から服を作ったり、体を変異させてテントも作れる。

 彼女たちが一緒にいてくれる限り、どんな不毛の地に行っても充実した衣食住を得られるな。


「しかし、この場所か……少しばかり心配だな」


 ベルゼルさんが眉間に皺を寄せる。


「えっ? 何か問題がある場所なんですか?」


「2000年以上前の話なんだが、あの辺りはまだ緑地だったのだ。そこに降り立った国民を連れ戻しに行ったことがあったんだが、何度目かの説得に赴いた際に、全員が姿を消してしまったのだ」


「どこかに引っ越したんじゃねえのか?」


 カルバンさんが聞くと、ベルゼルさんは首を振った。


「いや、おそらく違う。ついさっきまで食事をしていたような形跡があったし、コップに入っていたお茶が温かかったのだ。集落内や周辺を探してもみたんだが、どこかに移動した形跡は見られなかった」


「それは不思議ですね……」


「何だかホラーな香りがしますね! マリーセレスト号事件とか、オエル・ベルディ村民消失事件みたいなのですよ!」


 わくわくとした顔でノルンちゃんが言う。


「ノルンちゃん、よくそんなこと知ってるね」


「コウジさんが記事をパソコンで読んでいるのを、天界からのぞき見したのです。とても興味深かったのですよ」


「そうなんだ。でも、嬉しそうに言うのはちょっと不謹慎だよ」


「す、すみません」


「コウジ、それってどんな事件なの?」


 興味をそそられたのか、チキちゃんが俺の服の裾を引っ張る。

 他の皆も、興味津々といった表情だ。


「えっと、マリーセレスト号事件っていうのは……ノルンちゃん、俺、うろ覚えだからさ。途中で詰まったら補足してくれる?」


「承知しました!」


 そうして、期せずしてミステリー事件紹介が始まってしまったのだった。

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