107話:巨大農場と工場見学
本作のコミカライズが「WEBコミックガンマぷらす」「ニコニコ静画」にて連載中です。
ぜひご一読のほど、よろしくお願いいたします!
ミントさんの葬儀から10日後。
イーギリの街の郊外で、俺たちは街の人たちと一緒に、農場建設に勤しんでいた。
ソフィア様は葬儀が終わると同時に一瞬で消えてしまい、それから姿を現していない。
あまり関わりすぎないようにと、気を遣ってくれているのだろう。
「せえのっ」
「どっこいしょ!」
俺が木槌を振り下ろすのに合わせて、杭を支えているマイアコットさんが掛け声をかける。
杭は植えられた作物の区画を示すもので、今立てているものはミカン畑と柿畑の境目を示すものだ。
「ふう、これでよし」
「お疲れ様。これで完成かな?」
腕で額の汗を拭う俺に、マイアコットさんが自分の首にかけていたタオルを差し出してくれる。
「ですね。それにしても、大きな農場ができたなぁ」
農場はかなりの規模で、大きな野球場くらいの広さだ。
ミカン、柿、梨、ブドウ、桃、ドラゴンフルーツ、バナナといった果物や、ナス、トマト、大根、白菜などの野菜が、これでもかと植えられている。
そのどれもが収穫できる状態にまで成長していて、毎日が大豊作だ。
ノルンちゃんが毎日、朝から夕方まで農場を歩き回って野菜の成長促進を頑張ってくれているおかげだ。
街の人たちは大喜びで、毎日大勢が農場にやって来ては、野菜や果物を収穫していっている。
「ほんと、ありがたいよ。コウジ君たち、このまま街に永住してくれない? 油田掘りも、まだこれからだしさ」
「いやぁ、バグ取りをしに行かないといけないんで……全部終わったら、何年か住むことにしますよ」
「そっかぁ。ああ、いいなぁ。世界中を旅して回れるなんてさ」
マイアコットさんが羨ましそうな顔をする。
彼女が街を出たのは先日のカゾ旅行が初めてだったらしいし、それが刺激になって外の世界への興味が強くなったのだろう。
「マイアコットさんも、一緒に行きますか? リルちゃんとポンスケ君も連れて、皆でバグ取り旅行ってのも楽しいと思いますよ」
「そうしたいけどさ。やっぱり代表の仕事はちゃんとやりたいし、中途半端な状態で投げ出すのはちょっとね」
はあ、とマイアコットさんがため息をつく。
「今まで、この街しか知らなかったけどさ。外の世界を知っちゃったら、あちこち見てみたくなっちゃったよ。知らないほうが良かったかも」
「あー。そういうのってありますよね。新しいことを体験すると、もっともっとってなるっていうか」
「そうなんだよ。あーあ、代表じゃなければなぁ」
「こらこら、そんなこと言うもんじゃねえぞ」
話していると、鍬を担いだカルバンさんが歩み寄って来た。
その後ろでは、ネイリーさんが魔法で畑に水を撒いている。
チキちゃんのそれとは違い、人の背丈ほどの高さから霧状の雨が、彼女のいる畑に降り注いでいた。
さすが天才魔術師、何でもござれだ。
「親父さんから引き継いだ、大切な役目なんだろ? 親父さんが聞いたら悲しむぞ」
「あはは、そうだね。あちこち見て回るのは、任期終わりまでしっかり勤めてからにするよ」
「ああ。お勤めが終わったら、すぐに合流すればいいさ」
ほれ、とカルバンさんが再会のベルを差し出す。
「えっ。もしかして、くれるの?」
「おう。これでいつでも連絡してきな。何か困ったことが起きたら、すっとんで来てやるからさ。な?」
カルバンさんが俺に、にっと笑みを向ける。
相変わらず、男気があるし気遣いのできる人だ。
「ええ、もちろんです。いつでも連絡してください」
「ありがと! すごく心強いよ!」
「コウジさん、こっちは終わりましたよ!」
「水路もちゃんと掘れたよ。あと、ニワトリ小屋もできたよ」
ノルンちゃんとチキちゃんが、俺たちに駆け寄って来る。
ニワトリは、カゾさんから大量に譲ってもらうことになっている。
たくさん卵を産ませて、どんどん増やすとのことらしい。
「お疲れ様。じゃあ、これで全部終わりかな?」
「はい! 立派な農場ができましたね!」
「コウジ。ベラドンナさんに、ニワトリを持ってきてもらうように連絡してもいい?」
チキちゃんがバッグから、再会のベルを取り出す。
「うん、お願い。あと、俺たちもカゾに顔を出さないと」
「分かった」
チキちゃんが、ちりん、とベルを鳴らす。
カゾに行くのは、ベルゼルさんとの約束だ。
新たなバグ取りに旅立つ前に、ちゃんと挨拶していかなければ。
「ベラドンナさん、いますか?」
『はいはい! その声はチキさんですね。こんにちは!』
ベラドンナさんの明るい声が、ベルから響く。
「こんにちは。ニワトリ小屋ができたから、ニワトリを持ってきてくれませんか?」
『おっ、予定日ぴったりですね! すぐにグランドホークでお持ちしますね!』
「お願いします。あと、ニワトリを下ろしたら、そのまま私たちもカゾに連れて戻ってほしいです」
『分かりました! 何泊かされていきますか?』
「古城ホテル! 古城ホテルに泊めていただきたいのですよ!」
ベラドンナさんが聞くやいなや、チキちゃんの持つベルに、ノルンちゃんが大声で話しかける。
『その声はノルンさんですね! ちゃんと古城ホテルの一番いい部屋を確保します! もちろん料金はいりません!』
「やった! さすがはベラドンナさんなのですよ! いひひ」
にへら、とノルンちゃんがとろけそうな顔になる。
ホテルでの豪勢な食事を期待しているのだろう。
部屋は豪華だし、食事は美味しいし、ベランダからの景色は素晴らしいしで、古城ホテルは俺も大好きだ。
『では、準備をしてすぐに向かいますね』
「はい! 立派な農場ができたので、きっとびっくりするのですよ!」
『それは楽しみですね! では、また後ほど!』
ちりん、とベルが鳴り、通話が終わる。
するとそこに、リルちゃんとポンスケ君が、大きなバスケットを持ってやって来た。
「皆さん、そろそろお昼にしましょう」
「パンとフルーツパイを焼いてきたよ」
「わわっ、いい香りがするのです!」
ノルンちゃんがふたりに駆け寄る。
「コウジ、カゾでベルゼルさんに挨拶したら、その後は次のバグの場所に行くの?」
チキちゃんが俺を見上げる。
「そのつもりだよ。もっとゆっくりしていきたいっていうなら、それでもいいけど」
「私はすぐに出発でもいいけど、スチームウォーカーの製造工場を見学するって、コウジが前に言ってたから」
「あっ、そうだった! 忘れてた!」
「コウジ、おまぬけさん」
チキちゃんに突っ込まれている俺に、マイアコットさんが笑う。
「あはは。それじゃあ、お昼を食べたら工場見学に行こっか」
「すみません。お願いします……」
そうして、リルちゃんたちの持ってきてくれたパンで、俺たちは昼食をとったのだった。
数時間後。
街なかにあるスチームウォーカー製造工場で、俺たちはスチームウォーカーの胴体部分が作られていくのを見学していた。
鉄骨造りの工場は巨大なもので、あちこちでスチームウォーカーの胴体やら足やらが作られている。
建屋内には溶鉱炉もあるため、少々蒸し暑い。
ガンガン、というハンマーで打ち付ける音が、そこらじゅうから響いている。
案内役はポンスケ君だ。
マイアコットさんはベラドンナさんを出迎えるとのことで、農場に残っている。
ニワトリを受け取って小屋に入れた後で、ここに来るとのことだ。
「はー、なるほど。真っ赤に焼いたボルトを挿し込んで、飛び出た部分を叩き潰して繋げるのか」
「リベット溶接、というやつですね! 大昔から使われている技法なのですよ」
感心する俺の隣で、ノルンちゃんが楽しそうに言う。
「へえ、ノルンちゃん、詳しいんだね?」
「コウジさんが前々々世でやっているのを、記録で見たのですよ。同じ手法で、船を作っていました」
「俺、船大工だったこともあったのか……」
「それにしても、こりゃすげえな。一日に何台作れるんだ?」
カルバンさんが圧倒された様子で、ポンスケ君に聞く。
工場の天井には蒸気式のクレーンがいくつもあって、完成したパーツが吊り上げられて運ばれていた。
多脚式スチームウォーカーの足やキャタピラ、ガラスの入っていない窓枠など、いろいろな物が吊られている。
クレーンの下には立ち入り禁止の黄色いラインが引かれていて、安全対策もちゃんとしているようだ。
「20台くらい。交換用のパーツも作ってるから、日によってまちまちだけど」
「そんなにできるのか。材料の鉄とか、かなり使いそうだな」
「うん。でも、鉄鉱山が街のすぐ傍にあるから、材料はいくらでも採れるよ。鉛もたくさん採れるし」
「へえ。鉱物資源が豊富なんだな。工業が栄えるわけだ」
そんな話をしていると、チキちゃんが工場の入口を振り返った。
彼女の長い耳が、ピコピコ、と小さく動いている。
あの耳、自分で動かせるのか。
「コウジ、ベラドンナさんが来たよ。外でマイアコットさんと話してる」
「そっか。じゃあ、工場見学はここまでだね」
「せっかくだから、全部見て行ったら?」
ポンスケ君が提案する。
「もう、しばらくは来られないんでしょ? もったいないよ」
「コウジ君、そうしたほうがいいよ。火の精霊さんたちも、何だか張り切ってるしさ」
ネイリーさんが、遠目に見える溶鉱炉を見ながら言う。
「え? 精霊さんが?」
「うん。皆が、すごいすごいって喜んでるのが嬉しいみたい。ふいごの中を通ってる風の精霊さんも、『やるぞー!』って張り切ってるよ」
「そうなんですか。チキちゃんは見える?」
「ん、ちょっと待って……」
チキちゃんが溶鉱炉をじっと見つめる。
「あ、ほんとだ。精霊さんたちが踊ってるよ。皆、こっちをチラチラ見てる。早く近くに来てほしいみたい」
「そ、そっか。それなら、見ていかないと失礼だね」
「私、ベラドンナさんたちを呼んでくるね」
チキちゃんが、入口へと走って行く。
「工場見学ツアーを開いて、観光客を呼び込むとよさそうですね! 精霊さんたちも大喜びなのですよ!」
「うんうん。精霊さんは大切にしてあげないとね。世界は精霊さんたちのおかげで成り立ってるんだからさ」
ノルンちゃんの提案に、ネイリーさんはにっこりと微笑んだ。




