106話:永遠の旅路
木々が青々とした葉を広げ、様々な花が咲き乱れる美しい墓地の庭園で、ミントさんのお別れ会は盛大に開催されていた。
並べられたいくつものテーブルにはたくさんの料理が置かれ、酒場から出張してきてくれた女性の歌手が美しい歌声を披露している。
採掘場で働く作業員さんと、その家族。
そしてマイアコットさんのご近所さん。
イーギリの街の議員さんたちが招かれていて、お別れ会は大賑わいだ。
豪華なご馳走に舌鼓を打つ者、酒を飲んで大騒ぎする者、そこらじゅうを走り回って遊ぶ子供たち。
これほどまでに賑やかな宴会は、天空島の古城で行われた俺たちのお別れ会以来だ。
「ヒック! コウジさん、飲んでますかぁ?」
酒瓶を片手に千鳥足になっているノルンちゃんが、料理を頬張る俺に背後から抱き着いてくる。
ノルンちゃんはあちこちの人のところへ行っては、気さくに話しかけて酒を酌み交わし、時には体を植物化する一発芸で場を盛り上げていた。
「うん、飲んでる……って、ノルンちゃん、顔真っ赤だよ? 大丈夫?」
「もちろんです! 危険レベルの直前でアルコールを分解するようにしていますので!」
うへへ、とノルンちゃんが酒臭い息を吐きながら言う。
どう見てもへべれけだ。
俺の体をまさぐりながら、酒瓶をほぼ逆さまにして、喉を鳴らしてラッパ飲みし始めた。
「っかー! お酒はこの世の奇跡の産物ですね! 美味しいし気持ち良くなるしで、最高なのですよ!」
「ノルンちゃん、何だか親父臭いよ……」
「もう! こんな可愛い女の子に親父臭いとは何ですか!? おっ、チキさん、いい飲みっぷりですね!」
ノルンちゃんが俺に絡みつきながら、俺の隣に座るチキちゃんを見る。
「うん。このお酒、すごく美味しい。魚料理とよく合うよ」
チキちゃんも、先ほどからぐびぐびと酒を飲みまくっている。料理も食べまくりで、見ていて気持ちがいいほどだ。
「チキちゃん、ほどほどにね。酔いつぶれちゃダメだよ」
「大丈夫。自分の限界は分かってるから」
ぐっ、と親指を立てるチキちゃん。
この娘、大食いなうえに大酒飲みのきらいもあるようだ。
白い肌がほんのりと赤く染まっており、何だか色っぽい。
「ほらほら、コウジさんももっと飲みましょうよぉ! 奇跡の光の力がありますから、急性アルコール中毒なんてなりませんから!」
「い、いや、この街のお酒って強くてさ。ふたりみたいに、がぶがぶってわけには……」
「コウジさん、ノルンさん、チキさん」
そうしていると、ミントさんが酒瓶とグラスを手に俺たちのところにやって来た。
深々と頭を下げ、顔を上げる。
「この度はこのような盛大な会を開いていただき、ありがとうございます」
「いえいえ。俺たちのほうこそ、本当に世話になりっぱなしで……」
「ミントさん、飲んでますかぁ? ひっく!」
ノルンちゃんがミントさんに、にへら、とした笑顔を向ける。
「はい。ちゃんと飲ませていただいてます」
「そういえば、ミントさんって酔えたりするんですか?」
俺が聞くと、ミントさんはこくりと頷いた。
「疑似的にですが、酔えるようになっております。ほんわかして楽しい気分になりますね」
「ミントさん。このお酒美味しいよ」
チキちゃんがテーブルにあった瓶を手に取り、ミントさんのグラスに注ぐ。
ミントさんは礼を言ってから一口飲み、「美味しいですね」と微笑んだ。
「ミントさん、料理もちゃんと食べるのですよ! 挨拶も大切ですけど、せっかくのミントさんのためのパーティーなのですから、食べなきゃ損ですよ!」
「私、イスを持って来るね」
チキちゃんが席を立ち、近場のイスを持って戻ってきた。
ミントさんはそこに座り、ノルンちゃんがひたすら勧める料理をニコニコしながら食べる。
しばらくそうして雑談を交わし、ミントさんは席を立った。
「では、私は他のかたにも挨拶をしてきますね」
「はい。また後で、お話しましょうね」
「ありがとうございます。では」
ミントさんがぺこりと頭を下げ、他のテーブルへと向かう。
「……ミントさん、怖くないのかな」
チキちゃんがその背を見送りながら、ぽつりと言う。
「どうなんだろ……でも、少しも怖がってるようには見えないよね。それに、ペンネルさんとずっと一緒にいられるんだから、嬉しく思ってるんじゃないかな」
「……そっか」
「チキさん、大丈夫なのですよ。ミントさんの魂は、とても安らいでいるように見えます。恐怖なんて、欠片もありません」
ノルンちゃんが真っ赤な顔をしながら、チキちゃんに微笑む。
「前にも言いましたが、死は恐ろしいものではないのですよ。女神である私が保証します。安心してください」
「……うん」
チキちゃんは頷き、再びもりもりと料理を食べ始めた。
この娘、ずっと食べ続け&飲み続けてるんだけど、胃袋の容量はどうなってるんだろうか。
「さあさあ! コウジさんも、もっと食べて飲むのですよ!」
「いや、もうお腹いっぱいだから……」
「あ、だったら一度、その辺に吐いてきますか? そうすれば、またたくさん食べられますよ!」
「それはさすがに作った人に失礼だしもったいないでしょ。飽食の時代の貴族じゃないんだから」
そうしてお別れ会は続き、少し日が傾き始めたところでお開きとなった。
マイアコットさんが会場の中央に立ち、皆に話し始める。
その隣には、ミントさんが立っている。
「皆さん、今日はミントさんのお別れ会に参加していただいて、ありがとうございました」
マイアコットさんがぺこりと頭を下げる。
「この後、ミントさんの葬儀となります。お別れ会に参加してくださった皆様も、ぜひ彼女の旅立ちを見届けてあげてください。これから彼女のお墓へ移動しますので、忘れ物のないよう、移動をお願いします」
彼女の説明に、皆がガタガタと席を立つ。
先ほどまでの愉快な雰囲気から一転して、神妙な空気が広がっていた。
「チキちゃん、ノルンちゃん、俺たちも行こう」
「はい! おふたりとも、笑顔、ですよ?」
ノルンちゃんが、にっと歯を見せて俺たちに笑顔を向ける。
俺たちは頷き、歩いて行くマイアコットさんたちの後を追った。
ミントさんが入る墓は、墓地の中央に用意されていた。
他の墓よりも一際たくさんの草花と樹木が植えられていて、とても美しい。
ぽっかりと空いた墓穴の隣には、街の葬儀屋さんが作ってくれた墓石が置かれている。
墓石に刻まれている名前は、ミントさんとペンネルさんのものだ。
墓穴の前に置かれた棺の隣に、ミントさんが立つ。
マイアコットさんは彼女の隣に立ち、参列者に深々と頭を下げた。
「それでは、これよりミント、ペンネル両名の葬儀を執り行います。ミントさん、参列者の皆さんにご挨拶を」
「はい」
ミントさんがぺこりと頭を下げる。
「本日は、私とペンネルのために、盛大なお別れ会を開いてくださり、ありがとうございました」
ミントさんが優しい微笑みをたたえながら、皆を見渡す。
「2000年以上前、私たちの街は、悲しい争いの果てに滅んでしまいました。しかし、今のこの世界には争いもなく、人々は平和に暮らしていると聞いています。このような素晴らしい世界を目にすることができて、私は本当に嬉しいです」
ミントさんが平和の尊さと、これからもこのような優しい世界を守り続けてほしい、という願いを口にする。
参列している人々は、黙って彼女の話に聞き入っていた。
「――短い間でしたが、皆様には本当によくしていただいて、心から感謝しています。これから私は眠りにつきますが、この場所からずっと皆様の幸せを願っています。時々でいいので、ここに遊びにきてくださいね」
ミントさんが話を終え、頭を下げる。
参列者から、パチパチ、と拍手が響いた。
マイアコットさんが口を開く。
「それでは、埋葬を行います。コウジ君、ノルンさん、チキさん、カルバンさん、ネイリーさん、こちらへ」
俺たちはマイアコットさんの下へと歩み寄る。
棺の周りに移動し、前後に付いているレバー式のロックを解除して、全員で端を持って棺を開いた。
中には、まったく腐敗していない、今にも目を開きそうな老人の遺体があった。
彼が、ミントさんのパートナーのペンネルさんだ。
彼は棺の少し右寄りに横たわっていて、隣に1人分のスペースが開いていた。
あらかじめ、俺たちで移動させておいたのだ。
中には造花がたくさん入っていたのだが、すべて取り除いてある。
「ミントさん、棺の中へどうぞ」
「はい」
ミントさんは棺に歩み寄ると、腰をかがめてペンネルさんの頭を愛おしそうに撫でた。
そっと、彼の唇に口づけをし、靴を脱いで棺に入る。
彼の腕に自身の腕を絡め、目を閉じた。
「参列者の皆様は、棺に花を入れてください」
子供たちが造花が入ったカゴを手に、棺の前に並ぶ。
すると突然、美しい賛美歌が辺りに響き渡った。
俺たちは驚いて、歌の聞こえる方に目を向ける。
いつの間に現れたのか、墓穴のすぐ向こうにソフィア様がいた。
彼女の両脇には体が半透明の6人の少年少女たちがいて、美しい歌声で賛美歌を歌っている。
その子供たちに、俺は見覚えがあった。
以前、ミントさんに見せてもらった葬儀の記憶の映像のなかで、賛美歌を歌っていた子供たちだ。
ソフィア様が俺ににこりと微笑み、小さく頷く。
「……皆さん、花をミントさんたちに」
唖然としている参列者たちに、俺は声をかけた。
彼らは驚いた顔をしながらも気を取り直し、造花を棺に入れていく。
俺たちも最後に造花を入れたのだけれど、ミントさんはじっと目を閉じたままだった。
彼女の耳に、賛美歌は届いているのだろうか。
「――皆様、ありがとうございました。コウジさんたちは、棺のフタを閉じてください」
マイアコットさんの指示に従い、皆で棺のフタを持つ。
「……ミントさん。さようなら。ペンネルさんと、いつまでもお幸せに」
俺はそっと声をかけ、棺のフタを閉めた。
「ノルンさん、お願いします」
「はい!」
ノルンちゃんが手を蔓に変異させ、棺に絡めてゆっくりと持ち上げる。
俺たちも一緒に棺を持ち、墓穴へと入れた。
皆でスコップを使い、棺に土を被せる。
それが終わったところで、マイアコットさんは参列者に向き直った。
棺の中、ミントはペンネルの腕を抱きながら、自身の記憶回路に保存されているデータを頭の中で再生していた。
ペンネルとの記憶は、すべてタイトルを付けて日付とともに保存してある。
初めて彼と出会った、「始まりの日」。
彼から結婚を申し込まれた「告白の日」。
彼と華やかな式を挙げた「結婚式」。
特に大切にしている思い出を、順番に再生していく。
――死というものは、いったいどんなものなのだろうね?
いくつもの大切な思い出を再生しながら、ミントは病床の彼の言葉を思い出していた。
――……きっと、寝て起きるのと同じだよ。目が覚めたら、またいつもどおり。一緒に起きて、ご飯を食べて、お散歩をするの。
――そっか。それは幸せなことだね。
そう言って微笑んだ彼の顔を思い浮かべた時、頭の中で再起動不可の最終シーケンスの警告音が流れ始めた。
カウントダウンが始まり、ミントはペンネルの肩に頬を摺り寄せる。
――ペンネル。この感情がプログラムだったとしても、私は今とても幸せだよ。
ミントは心の中で彼に語りかける。
棺の外からは美しい歌声の賛美歌が響き、マイアコットの言葉が聞こえていた。
2000年以上前に何度も耳にした、葬儀の際に神父が語っていた言葉と同じものだ。
――あなたに逢えて、本当によかった。
――最後の一瞬まで、私だけを愛してくれてありがとう。
「それでは、このふたりがこれから共に歩む永遠の旅路を祝して――」
――ずっとひとりきりにしてしまってごめんなさい。今、ミントもそちらに行きます。
――これからはずっと、一緒にいてくださいね。
「ふたりの未来に、限りない幸のあらんことを!」
マイアコットの声が響くと同時に、カウントダウンがゼロを告げた。
ミントは大好きな人に腕を絡めたまま、幸せそうに微笑んでいた。




