105話:転送装置
予め用意しておいた貸切バスに乗り、俺たちは遺物採掘場へとやって来た。
バスを降りると、ベラドンナさんとエステルさんが、その巨大なすり鉢のような光景に目を丸くした。
「わわっ、すごいですね。以前来た時より、かなり穴が広がってますね」
「す、すごい……こんなに大きく地面をくり抜いてるなんて……」
「雷のせいで石炭が掘れなくなってから、遺物を掘ってなんとかしなきゃってなってたからね。足元に気を付けてね。でこぼこしてるからさ」
マイアコットさんが2人に注意をうながし、先頭に立って坂道を下る。
俺たちもその後に続いた。
「マイアコットさん。受信用水晶と発信用水晶は、何年分掘り出せたのですか?」
ベラドンナさんがマイアコットさんに質問する。
「たくさん掘り出せたよ。でも、生産工場が再稼働できるから、供給の心配はしなくても大丈夫だよ」
「えっ、水晶を生産できるんですか!?」
ベラドンナさんが驚く。
マイアコットさんたちがカゾに行っている間にそういう話もしてあるのかと思ったのだけど、そうじゃないみたいだ。
少し前に再会のベルで話した時に採掘物の話も出たけれど、こんなものが掘り出せた、といったことをちょこっと話しただけだった。
久々に話してテンションが上がりきってしまった俺やベラドンナさんが、そういった話題よりも近況報告で盛り上がってしまったのがいけないのだけれど。
「うん。水晶だけじゃなくて、工作機械とかの生産工場もいくつか再稼働できたんだよ。これからは、石炭だけじゃなくていろんなものが取引できるよ」
「すごいですね……古代文明で使われていた機械が生産できるのですか……」
「あの、そういった工場を見学できるツアーを組んだら面白そうじゃないですか?」
「あっ、それいいね! エステル、冴えてる!」
「うん、そういうツアーもやったほうがいいって、コウジ君たちとも話したんだ。カゾでちょろっと話したけど、イーギリでも観光業を始めたくてさ。手ほどきをベラドンナたちに――」
今後のお互いの街の事業の話で、マイアコットさんたちが盛り上がる。
「ミントさん、カゾではどこのホテルに泊まったのですか?」
そんな彼女たちの後ろを歩くミントさんに、ノルンちゃんが話しかける。
「天空島にある古城の最上階の部屋に泊めていただきました」
「わわっ、あそこに泊まったのですか! マイアコットさん、奮発しましたね!」
「めちゃくちゃ豪華だったろ? 飯も美味いし、風呂は豪華だし最高だよな」
ノルンちゃんとカルバンさんの言葉に、ミントさんが「はい」と微笑む。
あれこれとカゾの感想を話すミントさんはとても朗らかで、今日の午後には命を終えるような人にはとても見えない。
他の皆はそれには触れず、いつものように彼女と言葉を交わしている。
俺も、彼女が気負わないようにと、努めて普段通りに振る舞うように心がけて話に混ざった。
そうしてしばらく歩き、俺たちは採掘場中心部へとやってきた。
かなり深く掘り進めてあり、梯子を伝って皆で降りる。
「ここが転送装置がある施設の入口だよ」
梯子を下りたマイアコットさんが、地面から覗いている金属製の階段を見下ろす。
元々は周囲に壁や天井があったようなのだが、2000年前にあった洪水の影響か、壁ごともぎ取られたような形になっていた。
少し離れた地中に、もぎ取られた部分が埋まっているとのことだ。
「えっ、これがですか? ボロボロですけど……」
ベラドンナさんが驚いた顔になる。
「中は結構綺麗だよ。でも、薄暗いから足元に気を付けて降りてね」
マイアコットさんを先頭に、広々とした階段を降りて行く。
元から設置されていた電灯はすべて破損していたのだが、非常灯は生きていてぼんやりと緑色の灯りが階段を照らしている。
少し下りては踊場へ、また下りては踊場へといったふうに、7階ほど経由して最下層へと降りた。
途中の階には倉庫や仮眠室などがあるのだが、設備は概ね当時のままの状態で残されていた。
何人かのミイラ化した遺体もあったので、身元を確認したうえで新しく作った墓地に丁重に埋葬してある。
開けっ放しになっている鉄の扉をくぐり、部屋へと入った。
がらんとした大きな部屋の中央に、青白い光を放つ物体が鎮座している。
「ここが転送室。で、あれが転送装置だよ」
マイアコットさんが、横2メートル、縦1メートルほどの大きさの、巨大な丸いホットプレートのような物体――転送装置――に歩み寄る。
その壁面には30センチ四方のディスプレイが付いており、青白い光を放っていた。
『転送待機中』という文字が表示されている。
「えっ、な、なんですかこれ。光ってますよ?」
ベラドンナさんがディスプレイに近づき、しげしげと眺める。
「んとね、その文字が書いてある部分を触って、この装置を動かすの」
マイアコットさんがディスプレイに触れる。
『転送地点を決定してください』と文字が浮かび、その隣に白い円と四角い枠が浮かび上がった。
マイアコットさんが円の中に、自分の手のひらを押し当てて目を閉じる。
すると、彼女の手のすぐ上に、立体映像が現れた。
天空島にある古城の、ベランダの映像が映し出されている。
ベラドンナさんとエステルさんは、驚きのあまりに唖然とした顔になっていた。
ディスプレイに、『座標を確定しました。転送物を装置に設置してください』と文字が浮かんだ。
その隣には、『転送開始』の文字も表示されている。
マイアコットさんがディスプレイから手を引っ込め、目を開く。
「こんな感じ。ね、簡単でしょ?」
「な、何がどう簡単なんですか!? さっぱり分かりませんけど!?」
ベラドンナさんがマイアコットさんに突っ込む。
どう考えても説明不足なので、彼女の感想は至極真っ当だ。
「装置を使う人が一度見たことのある場所なら、そこを思い浮かべれば転送できるんだって。見たことのない場所に転送する時は、直接座標を入力するらしいよ」
「思い浮かべれば? 一度行ったことのある場所なら、どこにでも転送できるんですか?」
「距離制限はあるらしいけどね。カゾまでなら、距離的には全然問題なしだってさ。ね、ミントさん?」
マイアコットさんがミントさんに目を向ける。
「はい。記憶さえしっかりしていれば、見たことのある場所に転送できます」
「すごい……」
「魔法よりすごいね……」
ベラドンナさんとエステルさんが呆然と立体映像を見つめる。
映像は、マイアコットさんの記憶を抜き出したものだ。
現在のその場所を映しているわけではないので、転送する際はそこに物や人がないように注意する必要がある。
また、座標と高度を数字で入力しても転送できる。
転送物の重量は無制限だけど、転送装置に載せられるサイズのものまでしか転送できないらしい。
マイアコットさんは懐から再会のベルを取り出すと、ちりん、と鳴らした。
「ベルゼルさん、聞こえる?」
『ああ、よく聞こえるぞ。マイアコットだな?』
聞き覚えのある声が、再会のベルから響く。
天空島でお世話になった、元王様のおじいちゃん、ベルゼルさんだ。
「今からそっちに、受信用水晶と発信用水晶を1つずつ送るね。ベランダには、何もない状態かな?」
『うむ、大丈夫だ。いつでも送ってくれ』
「んじゃ、送るね」
マイアコットさんがポケットから2つの水晶玉を取り出し、転送装置の上に置いた。
片方は紫色の受信用水晶、もう片方は青色の発信用水晶だ。
カゾの街で、街内放送のスピーカーに使われているものだ。
マイアコットさんが『転送開始』の文字に指で触れる。
すると、2つの水晶が一瞬にして消え去った。
『おっ、来たぞ。寸分たがわず、ベランダの床に現れた。すさまじい技術力だな』
ベルゼルさんの感心した声がベルから響く。
「よかった。成功だね!」
マイアコットさんがほっとした顔になる。
『そうだな。もうベランダに出てもいいか?』
「うん、大丈夫。それじゃ、また後で連絡するから」
『あ、ちょっと待て。そこにコウジたちはいるのか?』
ベルゼルさんの言葉に、マイアコットさんが俺を見る。
「いるよ。話す?」
『いや、今はいい。後で、こちらにも顔を出せと伝えておいてくれ』
「あはは。りょーかい」
『うむ。それでは、またな』
マイアコットさんの持つベルが、揺らしてもいないのに、ちりん、と鳴った。
ベルゼルさんがベルを鳴らして、通話を切ったようだ。
「……これで、私の仕事はすべて完了ですね」
ミントさんが俺たちに顔を向ける。
ほっとしたような、少し寂しいような、そんな表情をしているミントさん。
俺も、何と声をかけたらいいか分からず、口を開けない。
「ではでは、この後はミントさんのお別れ会ですね!」
そんな空気を察してか、皆の後ろにいたノルンちゃんが明るい声を上げた。
「皆さん、美味しい料理をたくさん食べて、ぱーっと盛り上がるのですよ! 今日だけは、悲しい顔は無しですよ?」
ノルンちゃんが左手を腰に当て、右手の人差し指で「めっ!」と注意する。
「……うん、そうだね。じゃあ、行こうか!」
俺は精一杯元気な声を張り上げて、転送室の出口へと向かう。
ノルンちゃんはそんな俺に、にっこりと優しく微笑んだ。




