104話:永遠を望んで眠る場所
太陽がさんさんと輝くなか、俺たちは街の外に新たに作った墓地で埋葬作業に精を出していた。
ミントさんのパートナー、ペンネルさんの棺が掘り出されてから、今日でちょうど20日目。
3日前にすべての棺を掘り出し終えて、墓地にはずらりと埋葬待ちの棺が並んでいる。
今は、作業員さんの運転する、見た目がクレーン車なスチームウォーカーが棺を吊るして墓穴に運んでいるところだ。
棺はどれもかなりの重量で、人の手で運ぶには7、8人は必要になる。
それは大変なので、こうして重機で運ぶことにしたのだった。
「オーライ、オーライ……はい、ストップ!」
俺の声に、クレーンの動きがピタリと止まる。
「ネイリーさん。そっちお願いしますね」
「はーい!」
2人で棺の前後を手で押さえ、作業員さんに「下ろしてください!」と声をかける。
プシューッ、とクレーン車から真っ白な煙が噴き出し、吊るされている棺がゆっくりと墓穴に下り始めた。
「はい、ストップ! ネイリーさん、縄を切ってください」
「はいよー」
ネイリーさんが風の魔法で、棺を縛り付けている縄を一瞬で切り裂く。
縄はそのうち土に還るので、回収せずにこのままだ。
俺たちが墓穴から出た時、不意に、頭上を影が覆った。
顔を上げてみると、ベラドンナさんとエステルさんが、バサバサと翼をはためかせて降りてくるところだった。
「あっ、ベラドンナさん! エステルさん!」
「コウジさん、ネイリーさん、おひさしぶりです!」
「こんにちはー!」
地面に降り立ったふたりが、俺たちに駆け寄る。
ふたりとも、元気そうだ。
再会のベルで何度か彼女たちとは話したのだけれど、やはり顔を合わすことができるのはとても嬉しい。
「マイアコットさんたちはどうしたんです?」
「後からグランドホークで来ますよ。私たちは我慢できなくて、朝食を食べながら先に飛んで来ちゃいました」
てへ、とベラドンナさんが微笑む。
マイアコットさんは転送装置を使ってどこに物資を転送すればいいかを決めるべく、ミントさんと一緒に3日前からカゾに行っていた。
転送装置で人や物を送る際、そこに別の物があると転送したものがめり込んで融合してしまうとのことなので、きちんと現場を見て決める必要があるからだ。
ついでにカゾの観光もしてきたらいい、と俺たちが勧めたところ、ぜひそうしたいということで長めの滞在となっている。
「ここ、すごく綺麗ですね! トールの街の人たちの墓地なんですよね?」
ベラドンナさんが墓地を見渡す。
イーギリの街のすぐ外に作られた広大な墓地は、ノルンちゃんの力によってたくさんの木々と花が植えられている。
春には桜、夏にはヒマワリとアジサイ、秋にはイチョウとモミジ、冬にはサザンカと、すべての季節に花や紅葉が楽しめるようにと、ノルンちゃんが景観も考えてバランスよく植えてくれた。
他にも、今まで聞いたことのない種類の草花がたくさん植えられている。
「ええ。ここで眠る人たちが幸せでありますようにって、ノルンちゃんがやってくれました」
「素敵ですね……私も、こういう場所に埋葬されたいです」
エステルさんがうっとりとした表情で墓地を眺める。
季節は秋に入ったところで、間もなく夏の草木の出番は終わりだ。
秋が深まれば、今度は見事な紅葉が見られるだろう。
ちなみに、植えられているイチョウはすべてが雄の木だ。
イチョウは雌の木にのみ銀杏が生るのだが、実が熟すと匂いがちょっとアレなので、ここには植えないことになった。
せっかくなので銀杏を食べてみたい、とマイアコットさんや街の人が言ったので、別の場所にたくさん雌の木は植えられている。
「ベラドンナさーん! エステルさーん!」
そうしていると、ノルンちゃんやチキちゃんたちが駆け寄って来た。
「あっ、おふたりとも! おひさしぶりです!」
「おひさなのです! お元気そうで何よりなのですよ!」
わいわいと互いの近況報告をしているうちに、ネイリーさんとカルバンさんもやって来て話に加わった。
カゾはあれから、観光事業はすこぶる上手くいっているらしい。
俺たちが作った畑もしっかりと手入れを行っていて、街の飲食店にも作物を格安で販売しているおかげで、市民の議会への評判も上がっているとのことだ。
火達磨状態だった財政は急激に改善しており、議員たちはほっとしているらしい。
「ところで、転送装置の準備はどうなりました?」
話がひと段落ついたところで、ベラドンナさんが俺に聞いてきた。
「ばっちりですよ。入り口も綺麗にしたんで、物の搬入もできる状態です」
転送装置があるという地下施設は、一部の建屋が圧壊していたものの、中の設備はほぼ無傷で見つかっていた。
かなり地中深くに作られていたようで、見つかった入口から階段を使って数十メートルも降りた場所に装置はあった。
先日、黒い物体の中から姿を現した精霊発電機はトールの街のすべての電力を賄っており、送電線などなくとも各設備に電力が送れるらしい。
ミントさんがカゾに出立する前に動作確認は済ませているので、問題なく運用できるはずだ。
「ミントさんたちが戻ってきたら、早速転送してみましょう。待っている間は、埋葬作業を続けるってことで」
「私たちもお手伝いしますね。エステル、頑張ろうね!」
「うん!」
そうして、俺たちは棺の埋葬作業を再開したのだった。
それから、約2時間後。
俺とネイリーさんが墓穴に入ってクレーン車の運ぶ棺を誘導していると、墓の外にいたチキちゃんが空を見上げた。
「コウジ、グランドホークが来たよ」
作業の手を止め、彼女の指差す方を見る。
大きなコンテナを掴んだグランドホークが、こちらに向かって緩やかに滑空飛行していた。
「あっ、ほんとだ! 棺を下ろしてくださーい!」
俺は大声でクレーン車の作業員さんに呼びかける。
棺はゆるゆると墓穴の中に下りてきて、ネイリーさんが魔法で棺を縛り付けている蔓を切った。
急いで墓穴を出て、チキちゃんの隣に並ぶ。
他の墓穴で作業をしていたベラドンナさんやノルンちゃんたちも、こちらに駆け寄ってきた。
グランドホークが翼を大きく羽ばたいて、俺たちの前にコンテナを下ろす。
がこん、と音がして、コンテナの扉が開いてマイアコットさんとミントさんが出てきた。
「あー、面白かった! おっ、皆、出迎えご苦労様!」
マイアコットさんがご機嫌な様子で、俺たちに片手を上げて微笑む。
「おかえりなさい。カゾはどうでした?」
「もう最高だったよ! 食事は美味しいし、景色は綺麗だし、ホテルは超豪華だしさ! ね、ミントさん?」
マイアコットさんが振り返り、ミントさんに言う。
「はい。すごく楽しかったです」
ミントさんがにこりと微笑む。
「あんなに美しい街並みと景色は、初めて見ました。あれほどの街を維持しているなんて、カゾは素晴らしい都市ですね」
「それはよかった。もしよければ、他の場所にも行ってみます? 旅人の宿っていう豪華な温泉宿とか、人魚さんたちが暮らしてる港町とか、楽しいところがまだまだありますよ」
俺が提案すると、ミントさんは「いえ」と少し申し訳なさそうに微笑んだ。
「思い出は、もう十分作ることができました。早くペンネルのところへ行ってあげたいので」
「そっか……」
もしかしたらミントさんも俺たちと旅をしないだろうか、と思って言ったのだが、余計なお世話だったようだ。
隣にいるチキちゃんが、俺の手を握る。
きゅっと強く握る彼女の手を、俺は握り返した。
「……それじゃ、転送装置のとこへ行こっか」
マイアコットさんが明るい声で言う。
「ちゃんと転送できるのが確認できたら、昼食も兼ねてミントさんのお別れパーティーだよ。支度はしておいてくれた?」
「はい。リルちゃんとポンスケ君が街の人を集めてくれて、料理を作ってくれてます。会場は、この墓地でいいんですよね?」
俺の問いかけに、マイアコットさんが頷く。
この墓地には至る所に東屋や公園が作られていて、街の人たちがピクニックにこれるようにと考えて作られている。
墓地というと寂しげでもの悲しい場所を想像してしまうけど、そう感じさせないような明るく美しい場所にしたいと俺たちは考えたからだ。
永遠の幸せを願って眠りについた過去の人々には、そんな場所がふさわしいだろう。
また、棺が埋められている場所から街や遠くの山々の景色が望めるようにと、小高くなっている場所を選んで墓地を作った。
これなら、眠りについている間も最高の景色を眺めることができるだろう。
「うん。ミントさんの希望だからね」
「すみません。我儘を言ってしまって」
「我儘だなんてことないって! ミントさんには皆が感謝してるんだからさ」
マイアコットさんがミントさんに微笑む。
「地下に埋まってる遺物の場所は全部教えてもらったし、転送装置も使えるように調整してもらったし。いくら感謝してもし足りないよ」
「人々のお役に立つことが、私たち人工知能の使命ですから。喜んでいただけて、本当によかったです」
マイアコットさんとミントさんのやり取りを、皆は黙って見つめている。
ミントさんは俺たちに顔を向け、「行きましょうか」とうながした。
俺たちは頷き、静かに墓地を後にした。




