103話:綺麗な墓地を作ろう
「よいしょ。これでちょうど300個目ですね!」
ノルンちゃんの蔓に絡め取られた深い紺色の棺が、採掘場の土の上に置かれる。
その周囲にはずらりと同じ形の棺が並べられており、どれもが美しい装飾が施されていた。
あれから俺たちは作業員さんたちの協力の下、トールの街で埋葬された人々の棺を掘り出している。
ミントさんが言っていたとおり、壊れている棺は1つもなく、凹みすらない完璧な状態で掘り出されていた。
「すごい数だなぁ。ミントさん、棺って全部でいくつくらいあるんです?」
「残りは8611個ですね」
「は、はっせん……」
「ずいぶんと少ないのですね。トールの街の人口は、そんなに少なかったのですか?」
膨大な数に驚く俺とは違い、ノルンちゃんは意外といった表情で言う。
言われてみれば、街の人々すべての墓を掘り起こすにしては、数がかなり少なく感じる。
「確かに人口はこの街よりもずっと少なかったのですが、私たちのような人工知能と一緒に棺に埋葬される前は、別の方式を取っておりました」
ミントさんが棺の1つに歩み寄り、その表面をそっと撫でる。
そこには、埋葬された2人の名前が刻印されていた。
「人工知能とパートナーが埋葬されるようになるまでは、人々は火葬されたうえで小さな苗木の下に遺灰が撒かれるという、いわゆる『樹木葬』という埋葬のされかたをしていました」
「ふむふむ。ということは、棺での埋葬は期間が浅いのですね」
「はい。棺での埋葬が行われていた期間は27年ほどです。その間も、人間同士での埋葬の場合は樹木葬が行われていましたので」
トールの街で行われていた葬儀は、当然だが人工知能と人間の組み合わせだけではなかったようだ。
ミントさんのような人工知能は機械の体なので、一緒に火葬して遺灰を撒くにしても、機械が土に還るということはない。
完全に粉砕して超高温で焼却すれば別だろうけど、葬儀をするのにそういった手法を取るのははばかられたのだろう。
「なるほどなぁ……そう考えると、ミントさんみたいな人工知能って、かなりの人数がいたんですね」
俺の感想に、ミントさんが頷く。
「そうですね。年々、人間同士でパートナーとなるよりも、人工知能のパートナーを得たいという人が増えていましたので、それに応じて製造されていました。それに比例して人口が急減してしまったのですが、個人の幸せを優先すべきという政府の方策により、人口を増加させようという施策は取られませんでした」
「究極の個人主義って感じだね。人の幸せを第一に、か」
マイアコットさんが感慨深げに言う。
人口が減るということは街の衰退に繋がると思うのだけれど、足りなくなった労働力は人工知能や優れた機械技術が補っていたのだろうか。
人が減っても街の運営に支障が出ないのであれば、人口を増やす必要もない。
結果として人は滅んでしまうようにも思えるけれど、2000年前の人々はそれでよしとしていたのだろう。
もの悲しいようにも思えるけれど、そういった緩やかな滅亡への道は、ある意味では幸福なようにも思える。
「ミントさん。新しい墓地は、街のすぐ外に作ろうと思うんだけど、それでいいかな?」
マイアコットさんの問いかけに、ミントさんが頷く。
「はい。ご迷惑にならない範囲で、お願いできれば」
「ん、了解。広くて綺麗な墓地を作るからね。ノルンさん、墓地は木とか花でいっぱいにしてあげられたらって思うんだけど、手伝ってもらってもいいかな?」
「もちろんです! とびきり綺麗な墓地を作りましょうね!」
その後も俺たちは作業を進め、棺を掘り出しては付近に並べていった。
夕方になる頃には500個ほどの棺が掘り起こすことができて、このまま順調にいけば20日くらいですべての棺を掘り起こせられそうだ。
採掘機に付いている高精度な金属探知機で棺を探し出せるとのことだし、ミントさんが総数を把握しているので、探し漏れは出ないだろうとのことだった。
「すごいなぁ。本当に1つも壊れてないよ」
ずらりと並んだ棺を前に言う俺に、魔法で指先から勢いよく温泉水を出しながら棺を洗っているチキちゃんが頷く。
こうして1つずつ棺を洗っているのだけれど、そのどれもが驚くほどに綺麗な状態だった。
とても2000年もの間地中に埋まっていたとは思えないほどだ。
「うん。少し傷は付いてるけど、どれも綺麗だよね」
「『2人の永遠の旅路が幸福に満ちたものになりますように』、か」
棺には納められている2人の名前と、弔いの一文が刻印されている。
弔いの文章は、どれも同じものだ。
棺の色や装飾はさまざまで、色とりどりの花の絵が描かれていたり、美しい湖の絵が描かれていたりと、同じものは1つとしてない。
死後はこんな場所で暮らしたい、といった本人の希望が反映されていたりするのだろうか。
「よいしょ。コウジさん、チキさん。そこに置きますので、どいてくださいませ!」
「あ、ごめん」
俺たちがどいた場所に、採掘機が掘った大穴の傍にいたノルンちゃんが、蔓で絡め取った棺を持ち上げた。
ゆっくりと棺を俺たちの前に下ろし、蔓を引っ込める。
すると、そこにミントさんがやって来た。
「……ペンネル、ひさしぶり」
そう言って棺を撫でるミントさん。
棺の刻印を見てみると、そこには「ペンネル・イェーガー」という名前が刻まれていた。
弔いの言葉は刻印されておらず、何も書かれていない四角い枠があるだけだ。
「その人が、ミントさんのパートナー?」
チキちゃんがミントさんの背に声をかける。
ミントさんは、こくりと頷いた。
「はい。私の、一番大切な人です」
ミントさんが震える声で答える。
「……チキちゃん、ふたりにしてあげよう?」
「……うん」
俺たちがそっとその場を離れると、ノルンちゃんが駆け寄ってきた。
「どうかしたのですか?」
「あの棺、ミントさんのパートナーのものだったらしくてさ。しばらくふたりきりにしてあげようって思って」
「そうでしたか……」
ノルンちゃんはミントさん背を見つめ、何やら考えるような表情になった。
そして、右の手のひらを胸の前に出すと、そこからしゅるしゅると植物の茎が伸び始めた。
「むむう……」
ノルンちゃんが眉間に皺を寄せて唸る。
茎からは小さな葉がぽつぽつと広がり始め、やがていくつもの花の蕾が膨らんだ。
ゆっくりと蕾が開き、鮮やかな赤紫色の花が開く。
ノルンちゃんはその茎を左手で掴むと、ぶち、と音を立てて手のひらから茎を引っこ抜いた。
「あいたっ!」と小さく声を漏らし、茎が引っこ抜かれた右手をぷらぷらさせている。
「ノルンちゃん、それ、何の花?」
「ペチュニアという花です。『安らぎ』の花言葉を持っているのですよ」
ノルンちゃんはそう言うと、ミントさんの下へと歩いて行った。
棺を見つめる彼女に、そっと花を手渡す。
ぺこりと頭を下げるミントさんにノルンちゃんは微笑み、俺たちの下へと駆け戻ってきた。
「ミントさんは、もうしばらくペンネルさんと一緒にいるそうです。先にお家に帰っていましょう」
「うん。マイアコットさんたちはどこかな?」
「別の場所で作業をしているのですよ。声をかけてから帰りましょう」
そうして、俺たちは皆に声をかけ、家路についたのだった。
その日の夜。
食事を終えてマイアコットさんの家の3階の部屋で、俺たちは寝支度をしていた。
ベッドはノルンちゃんが蔓で作ってくれたもので、掛布団も彼女の髪の毛から作られたものだ。
ミントさんは、まだ戻っていない。
きっと、ペンネルさんの棺の傍にいるのだろう。
マイアコットさんはリルちゃんたちと一緒に、2階の寝室で寝ている。
俺が天井にぶら下がっているランタンの灯りを消してベッドに横になると、先に寝ていたチキちゃんが俺の腕に抱き着いてきた。
いつもは別々のベッドで寝ているのだけれど、ミントさんの死についての話があってからは、寝る時は常にこうして俺に引っ付いている状態だ。
「コウジさん、私は明日から、墓地作りに専念しようと思うのですよ」
隣のベッドで横になっているノルンちゃんが、俺に体を向けて言う。
「そっか。なら、俺も手伝うよ。一緒にいたほうが、作業が捗るでしょ?」
「はい。そうしていただけると助かります」
「私も行く。ミントさんに、綺麗なお墓で眠ってほしいから頑張るよ」
チキちゃんが言うと、ノルンちゃんは「はい」とにこりと微笑んだ。
「私たちも手伝おうか?」
「何でも手伝うぞ。つっても、力仕事くらいしかできないけどさ」
ネイリーさんとカルバンさんの声が暗がりに響く。
「いえ、私たちだけで大丈夫です。予定地を綺麗に整地して、木や花を植えるだけですので」
ノルンちゃんはそう言うと、ふう、とため息をついた。
その表情が、少しもの悲し気なものになる。
「皆さん、お別れの日は、ぜひ笑顔でミントさんを見送ってくださいね。悲しい涙は、彼女は求めていないと思います。幸せな気持ちだけを持って、眠りについていただきたいのですよ」
「……そうだな。とびきり明るく見送ってやらないとな」
静かに言うカルバンさんに、皆が「うん」と同意する。
俺も、その時になって泣いてしまわないように心構えをしておかないと。
今まで葬式には数回しか出たことがないけれど、明るい笑顔で見送らないといけないなんて葬式は初めてだ。
ノルンちゃんの期待に応えられるか、少し不安だ。
「それでは、おやすみなさいませ」
「うん。おやすみ」
目を閉じ、じっと眠気がくるのを待つ。
すると、ちょんちょん、と頬を指で突かれた。
目を開けると、チキちゃんが俺の顔をじっと見つめ、自分の唇に指を当てていた。
どうしたんだろう、と俺が内心首を傾げていると、チキちゃんは口をパクパクと動かした。
……えっちしたい、と言っているらしい。
「あ、明日ね。ここじゃ無理だよ」
俺が囁くとチキちゃんはこくこくと頷いて目を閉じた。
やれやれ、と苦笑しながら目を閉じようとすると、隣からものすごく視線を感じた。
そちらを見ると、ノルンちゃんが俺をガン見していた。
「コウジさん、私も! 私も!」
ひそひそ声で言うノルンちゃん。
ばっちり、俺の声が聞こえていたらしい。
俺が彼女にも「明日ね」と囁くと、ノルンちゃんはこくこく、と激しく頷いた。
明日のための体力を作るべく、俺は気合を入れて眠りについた。