102話:棺を掘り出そう
ひんやりとした地面の感触に、俺は意識を取り戻した。
薄っすらと目を開く。
どうやら、俺は石の床の上に寝転んでいるらしい。
左腕にはチキちゃんが自らの腕を絡めており、すうすうと寝息を立てていた。
「チキちゃん、起きて」
「ん……」
チキちゃんが目を開き、俺を見る。
「コウジ、おはよう」
「うん。おはよう」
ふたりして体を起こし、周囲を見る。
かなり薄暗いが、少し離れたところにある入口から光が差し込んでいた。
どうやら、俺たちは採掘場の建屋の中にいるようだ。
近くではマイアコットさんやミントさんたちが寝こけており、俺の頭のすぐ傍ではノルンちゃんが口から涎を垂らして気持ちよさそうに眠っている。
寝る前に袋詰めした荷物も、近くにまとめて置いてあった。
「違いますよコウジさん……それは大福じゃなくて鉛筆削りです……」
どういう状況の夢を見ているのかさっぱり分からない寝言を言う彼女の姿に、俺は苦笑しながら彼女の肩を揺すった。
「ノルンちゃん、理想郷に戻って来たよ」
「んあ……あ、コウジさん。おはようございます」
ノルンちゃんが身を起こし、ぐっと背伸びをする。
「何か、大福じゃなくて鉛筆削り、みたいな寝言言ってたけど、どんな夢見てたの?」
「コウジさんが鉛筆削りを大福だって言い張って食べようとするので、皆で必死に止めていたのですよ。無理くり食べようとするので、皆大慌てだったのです」
「どんな夢だよそれ……」
「コウジ、皆を起こさないと」
「あ、そうだね」
チキちゃんにうながされ、皆を起こして回る。
ずいぶんとぐっすり眠っていたのか、皆が半分眠気眼だ。
よく寝た、よく寝た、と口々に言いながら、建屋の外へと出る。
空は真っ暗で、建屋の中に差し込んでいた光は月明かりだったようだ。
周囲には誰もおらず、作業員さんたちは仕事を終えて帰ったのだろう。
こちらの世界の時間経過は、転移してから数時間といったところのようだ。
「あっ、姉さん!」
ちょうどそこへ、リルちゃんとポンスケ君が駆けて来た。
「よかった。いつまで経っても帰ってこないから、心配しちゃった」
「えっ、そんなに時間経ってるの?」
「うん。もう、夜の10時を回ってるよ。こんな暗い中、ずっと何をしてたの?」
「えーっと……帰りながら話すね」
てくてくとマイアコットさんの家へと向けて歩きながら、今までのことを説明する。
リルちゃんとポンスケ君は終始、「すごい!」と感心した様子で話を聞いていた。
「いいなぁ。私も行きたかったな……」
「俺も見てみたかったな……」
「あはは、ごめんね。私も、あんなことになるなんて思ってなくてさ」
「いつも帰還の光が発動する時は突然なのですよ。ただ、今回はソフィア様がお力添えをしてくださったようですね」
「おかげでミントさんの機械の体も手に入ったし、ほんとよかったよ。いつも助けてもらってばっかりだ」
ノルンちゃんの言葉に俺が答えると、リルちゃんが驚いた顔でミントさんを見た。
「えっ! ミントさん、体があるんですか!?」
「はい。ソフィア様のご厚意で、このとおりです」
ミントさんが微笑み、リルちゃんに右手を差し出す。
リルちゃんも右手を差し出し、彼女と握手した。
おおっ、と驚きながら、うにうにとミントさんの手の感触を味わっている。
「こ、これ、機械の体なんですか。温かくて、柔らかくて、人間と変わらないです……」
「ふふ、ありがとうございます。そう言っていただけて光栄です」
「ねえ、ミントさんの雰囲気、昼間と変わってない?」
ポンスケ君が怪訝な顔で聞く。
「あー、それはね――」
マイアコットさんが続けて説明しながら、採掘場の坂を上る。
がらんとした駐車場に、見覚えのあるトラックが停まっていた。
ポンスケ君が運転席に、リルちゃんが助手席に乗り込み、俺たちは荷台に上がった。
トラックがゆっくりと走り出し、俺たちはガタガタと荷台で揺られながらマイアコットさんの家へと向かう。
家に到着して部屋へと入ると、香ばしいパンのいい香りが漂っていた。
「おおっ、いい匂いですね! わわっ、お野菜のサラダとフルーツ盛り合わせもありますよ!」
テーブルに並べられた盛りだくさんの料理に、ノルンちゃんが瞳を輝かせる。
「えへへ。ノルンさんのおかげで野菜がたくさん使えるので、頑張っちゃいました。スープ、温めますね」
「俺、ハラペコだよ。早く食おうよ」
リルちゃんが台所へと走り、ポンスケ君が席に着く。
俺たちも座り、スープが出てくるのを待ってから、いただきます、と夕食を食べ始めた。
「こりゃ美味えな! リルちゃん、いい奥さんになるぞ!」
カルバンさんがガツガツと料理を頬張りながら、リルちゃんを褒める。
リルちゃんは顔を赤くしながら、「ありがとうございます」、と微笑んでいる。
まだ10歳くらいなのに、本当にしっかりした娘だ。
「ミントさん、明日からどうします?」
もぐもぐとパンを食べているミントさんに、俺は声をかけた。
「採掘作業のお手伝いをさせていただければと思います。一緒に、ペンネルの棺も掘り出せればと思うのですが」
「その棺って、2000年以上前に埋められたやつだろ? もう壊れてたりしないのか?」
カルバンさんがもりもりとサラダを頬張りながら聞く。
確かに、そんなに長い間棺が地中で朽ちないとは考えにくい。
「それは大丈夫です。永遠にパートナーと添い遂げられるように、棺は非常に抗腐食性の高い合金で作られていますので」
「マジか。ずいぶんと気合が入った棺なんだな」
驚くカルバンさんに、ミントさんが微笑む。
「永遠にパートナーと一緒にいることが、トールに住む人々たちの望みですので。ふたりきりで、いつまでも一緒にいられるようにと考えて作られたんです」
「ロマンチックな話ですね! 死後も人々の想いを大切にするなんて、とても素晴らしい考えですね!」
ノルンちゃんの言葉に、ミントさんは「はい」と嬉しそうに頷いた。
彼女たちの死に対する前向きな考え方を聞いていると、死ぬのも悪くないな、とふと考えてしまう。
俺の場合、死んでも無限にこの世界で転生するらしいので、終わりというものはないのだけれど。
「せっかくなので、地下に埋まっているすべての棺を掘り出しませんか? トールの街はぐちゃぐちゃになってしまってお墓もなくなってしまったので、もう一度綺麗なお墓に埋葬し直すのですよ」
「あ、それいいね」
「私もそうしてあげたいな」
ノルンちゃんの提案に俺とチキちゃんが同意すると、他の皆も「それはいい考えだ」と賛同してくれた。
どれだけの棺が埋まっているのかは分からないけど、やってできないことはないはずだ。
「皆様……ありがとうございます。ぜひ、お願いいたします」
ミントさんが目に涙を浮かべて微笑む。
すごく嬉しそうだ。
「んじゃ、明日から忙しくなるな! マイアコットさんよ、街の皆にも声かけて手伝うように頼んでもらえるかい?」
カルバンさんが話を振ると、マイアコットさんはすぐに頷いた。
「うん、もちろんいいよ。議員たちにも伝えておくから」
そうして、夕食の時間はゆっくりと進んでいった。
次の日の朝。
マイアコットさんの家で一晩を明かした俺たちは、朝食を済ませてから採掘場へとやって来ていた。
すでに採掘作業は始まっていて、ドリルの付いた採掘機――リディアタイプ3――があちこちで地面に穴を空けて掘り進んでいる。
マイアコットさんは議員たちと話をしてくるということで、この場にはいない。
代わりに、俺たちが作業員さんたちに事情を説明することになってる。
議員たちには決定事項として地下に埋まっている遺物や棺の採掘をすると伝えるらしいので、先行して作業を進めておいてほしいと頼まれていた。
「それじゃ、皆を集めよっか」
「ですね! 手分けをして――」
「それなら、私が皆様を呼んできます」
俺とノルンちゃんに、ミントさんが言う。
「え? でも、手分けしたほうが早いですよ?」
俺が言うと、ミントさんはにこりと微笑んだ。
「いえ。私は立体映像として街なかを自由に移動できますので。この体は少し動かなくなりますが、そのままにしておいてください」
ミントさんはそう言うと、そのままの姿勢で動かなくなった。
次の瞬間、俺たちの前にもう1人のミントさんが、ふっと現れた。
向こう側が透けており、立体映像になっているらしい。
「うわ、すごい! 自由自在に体から出たり入ったりできるんですか?」
驚く俺に、立体映像のミントさんが頷く。
「はい。この街の中でしたら、どこでも自在に移動できます」
「へえ、すごいですね……でも、ミントさんの意識っていうか、本体みたいなのはどこにあるんです? 意識だけで存在してるわけじゃないですよね?」
「それは、この体の頭部分に入っていますね」
立体映像のミントさんが、棒立ちになっている自分の体を見る。
「あ、なるほど。地中に埋まってた時も、頭部は無事だったから生き残ってたってわけですか」
「はい。そのとおりです。では、行ってまいります」
ミントさんはそう言うと、一瞬にしてその姿が消えた。
次の瞬間、少し離れた場所で作業をしていた作業員さんの前に突如として現れ、その作業員さんが驚いて飛び上がった。
ミントさんは事情を説明してぺこりと頭を下げ、再びその姿が掻き消える。
なるほど、これならば採掘場にいるすべての人への連絡もあっという間だ。
いきなり目の前に女の子が現れて、作業員さんたちの心臓にはよくない気もするけど。
そうしてしばらく待っていると、棒立ちになっていたミントさんの体がピクリと動いた。
どうやら、戻ってきたようだ。
「お待たせいたしました。間もなく、皆様がここに集まって来ると思います」
「ミントさん、一番初めに棺の掘り出しをしてはいかがでしょうか?」
ノルンちゃんがミントさんに提案する。
「ありがとうございます。そうさせていただけると、私も嬉しいです」
ミントさんがにこりと微笑む。
「あ、でも、慎重に掘り出さないとですよね。雑に掘り出して棺が壊れちゃったら……って、すでに壊れちゃってるのもあったりしますかね?」
「いえ。棺は非常に頑丈に作られていますから、採掘機が直撃したとしても壊れることはありません。地中にあるすべての棺が、確実に無事なはずです」
「そうなんですか。なら、安心して掘り出せますね」
「早く掘り出してあげないとだね」
俺とチキちゃんの言葉に、皆も頷く。
そうしている間に作業員さんたちも集まって来て、地中に潜っていた採掘機も地上に出てきた。
俺たちは集まった作業員さんたちに、これから行う作業の説明をするのだった。




