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栽培女神! ~理想郷を修復しよう~  作者: すずの木くろ


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101/151

101話:優しい歌声

 数時間後。

 俺たちはひたすらアニメを見続けていた。

 ふと時計を見てみると、すでに時刻は24時を回っていた。

 皆、風呂にも入らずに食い入るようにアニメを見続けている。


「あの、皆、そろそろお風呂に入って寝たほうがいいと思うんだけど……」


「もう少しだけ見たい」


「つ、続きが気になって風呂どころじゃねえぞ、これ」


 チキちゃんとカルバンさんの言葉に、他の皆もこくこくと頷く。

 今見ているアニメは全体の3分の1ほどを見終えたところなのだが、全員が没頭してしまっていて風呂どころではない様子だ。


「いや、でも、さすがにそろそろ寝ないと。まだ残り3分の2もあるし、今夜中に見終えるのは無理だよ」


「はー、やっぱりこのアニメ最高ですね! SFファンタジーの最高傑作なのですよ!」


 ちゃぶ台の上でテレビを見ているノルンちゃんが、瞳を輝かせて言う。

 今見ているアニメは、地球から他の惑星へ向けて宇宙戦艦で向かうアニメだ。

 敵の宇宙艦隊と壮絶な艦隊戦があったり、人型ロボットが縦横無尽に宇宙空間を飛び回ったりとアクション要素も盛りだくさんで、とても見ごたえがある。

 そのうえ登場人物同士の恋愛模様もあったりと、いろいろな要素がバランスよく組み込まれた個人的には傑作なアニメだ。


「コウジさん、このアニメ、理想郷でも見られませんか?」


「う、うーん……DVDとノートパソコンでもあれば見れるんだけど、どっちも持ってないからなぁ」


「今から買いに行くのですよ! 24時間のレンタル屋さんなら借りれますし、ポータブルDVDプレイヤーも買えるのです!」


「えー、今から行くの?」


「そうでもしないと、皆さん収まりがつかないのですよ。気になって夜も眠れないのです」


「仕方がないなぁ。んじゃ、行ってくるか」


「私もお供しますね。皆さんは、その間にお風呂に入っててくださいね」


 はーい、と皆が返事をし、俺はノルンちゃんを肩に乗せて部屋を出た。




 車に乗り、夜の街へと車を走らせる。

 相変わらず、高級車の乗り心地は抜群だ。


「皆、あんなにアニメが気に入るとは思わなかったよ。確かに、あれは面白いけどさ」


 俺が言うと、ノルンちゃんは、うんうん、と頷いた。


「あれは傑作ですよね。私もコウジさんが見てる時、毎回天界から見てましたけど、何度見ても面白かったですよ」


「あはは。ノルンちゃん、本当に俺と趣味が合うね」


「私たちは相性抜群ですからね! 極太な運命の赤い糸でがんじがらめなのですよ」


 ノルンちゃんが赤くした頬に両手を当ててうねうねする。

 そこでふと、アニメを見ながら気になったことを思い出したので聞いてみることにした。


「あのさ。理想郷でも、夜になると星が見えるじゃん? あの星々って、この世界の星みたいに普通の惑星だったりするの?」


「あ、はい。理想郷から見える星は、そのすべてがコウジさんのように救済された方が暮らしている星ですよ」


「えっ、そうなの!? ものすごい数じゃない!?」


 驚く俺に、ノルンちゃんがにこりと微笑む。


「それはもう。何億年も前から全宇宙で救済されている方々がいますから、その数は計り知れません。何人いるのか、私にも分からないのですよ」


「全宇宙? 人間だけじゃないってこと?」


「はい。私は地球の人々の担当ですけど、あちこちの星にそれぞれ救済担当官が無数に割り当てられています。見た目も様々なのですよ」


 思わぬところで、地球外生命体がいることを知ってしまった。

 昔テレビで見た話では、この宇宙には地球と同じ条件の星が数百億あると言っていた気がする。

 それを考えれば、俺たちのような生き物が地球以外にも存在していたとしてもおかしくはないのだろう。


「宇宙も1つではないですし、いったいどれだけ生物がいるのか見当もつきません。管理部に問い合わせれば、詳しい数が分かると思いますが」


「それはすごい話だね……宇宙って1つじゃないのか。別の宇宙ってどこに存在してるの?」


「いわゆる、『別次元』というやつですね。パソコンのフォルダみたいな形式といえば分かりやすいでしょうか。そんな感じで、無数に宇宙が存在するのですよ」


「ふーん……そういう宇宙って、どういうふうに生まれたの?」


「う、うーん……私は『創生史』の授業は取っていなかったので、学んだことはないのですよ。管理部に進む人たちは必修科目なので必ず学ぶのですが、私は『救済倫理学』や『理想郷構築学』といった救済に関わるものしか取っていないので。不勉強で申し訳ないのです……」


 どうやら、ノルンちゃんが学んだ学校では複数の科目を教えているらしい。

 以前、学校の建物の大きさは東京の千代田区と同じくらいと言っていたけれど、それは地球に限った話なのだろうか。

 もしそうだとしたら、神様の学校は全宇宙の星々の数だけ無数に存在するのだろう。

 神様ってものすごい人数がいるんだな。

 そんな話をしているうちに、店に到着した。

 見ていたアニメのDVDを全巻1カ月レンタルし、ポータブルDVDプレイヤーとポータブルバッテリーを買って帰路に着く。


「コウジさんは、今幸せですか?」


 車を運転していると、肩に乗っているノルンちゃんがそんなことを聞いてきた。


「もちろん。毎日、すごく楽しいよ」


「よかったです……もし何かご不満がありましたら、遠慮なく言ってくださいね」


「不満なんてないって。理想郷での旅は楽しいし、ノルンちゃんたちと一緒に過ごせて本当に幸せだよ。俺のために、いつもありがとうね」


「えへへ。こちらこそ、ご一緒させてくださってありがとうございます!」


 にこりと微笑むノルンちゃんが、俺の視界の端に映る。


「私はずっとコウジさんのお傍にいます。ともに、幸せのなかで永遠を過ごしましょうね」


「うん。これからもよろしくね」


 俺が答えると、ノルンちゃんが俺の頬にちゅっとキスをした。


「いひひ。幸せすぎてどうしましょう!」


 両頬を押さえてうねうねするノルンちゃんに俺はくすりと笑い、ハンドルを握り続けた。




 家に帰り、俺がノルンちゃんと風呂に入って出てくると、布団の用意がされていた。

 とはいっても、ベッドは1つしかないので、マイアコットさんとミントさんにそれは譲り、それ以外の皆はタオルケットを敷いた床にごろ寝だ。

 ノルンちゃん、風呂では湯舟の中で「この体で湯舟に入ると巨大な水牢みたいで恐ろしいですね」などと不穏な感想を述べながら泳いでいたのが面白かった。


「それじゃ、電気消すよー」


「「「はーい」」」


 皆が横になったのを確認し、部屋の電気を消す。

 俺は前回同様、チキちゃんと一緒に廊下で寝ることになった。

 今日の昼間に敷布団だけでも買ってくるべきだったな。


「うわー。ミントさん、心臓がどくどくいってるんだね。本当に人間みたいだよ」


 暗闇の中、マイアコットさんの声がベッドから響く。

 2人とも引っ付いているのだろうか。


「はい。心音は人を安心させる効果があるので、心音を疑似的に発生させているんです」


「あ、そうなんだ。パートナーと一緒に寝る時のため?」


「それもありますね。運動量に応じて汗を掻いたり呼吸を荒げたりもするようになっています。スポーツをしたり性行為をする際は、そういった点も重要とのことでして」


「そ、そっか」


「ミントさん、今日一日、こっちの世界で遊んでみてどうだった?」


 ネイリーさんがミントさんに声をかける。


「すごく楽しかったです。まるで、以前のトールの街を歩き回っているようでした」


「トールの街って、この世界に似てるの?」


「お店や街並みは、似ている部分がたくさんありました。最期に故郷に帰ることができたようで、とても幸せでした。皆様、ありがとうございます」


 最期に、という言葉に、俺の腕を抱いているチキちゃんの腕にきゅっと力が入った。

 やはり、チキちゃんはミントさんが死ぬことを選択していることが受け入れがたいのだろう。

 かくいう俺も、ミントさんが死んでしまうのは正直とても悲しい。

 でも、それは彼女自身がずっと望んできたことだ。

 俺たちがとやかく口出しできるようなことではない。


「……いえいえ。喜んでもらえてよかったです」


「よかったです! 人生、楽しい思い出がたくさんあるに越したことはありませんからね!」


 俺に続けて、ノルンちゃんが言う。


「ミントさんは最期を迎えるまでの期間を、ミントさんご自身が自由に決められるという非常に幸福な境遇です。どうか、思い残すことのないよう、よく考えて最期の時を決めてくださいね」


「はい。重ね重ね、ありがとうございます。私は……この世に生まれることができて、本当に幸せでした」


 ミントさんの静かな声が、真っ暗な部屋に響く。


「残り短い期間ではありますが、それまで皆様とご一緒させてくださいね」


「もちろんなのです! 思いっきり、楽しく過ごしましょうね!」


 ノルンちゃんの明るい声を終わりに、誰も言葉を発しなくなった。

 チキちゃんが俺の腕を抱いている力がさらに強くなる。

 しん、と静まり返った部屋の空気は、どこか悲しく寂しい感じがした。


「~~♪」


 その時、ふわりとした心地良い花の香りとともに、優しい歌声が耳元で響いた。

 どこかで聞いたことのある、優しい歌声。

 顔を動かしてそちらを見てみると、俺の頭の傍で横になっていたはずのノルンちゃんは座っていて、その小さな体が薄っすらと光り輝いていた。

 彼女の周囲には無数の小さな花が咲き乱れていて、香りはそこから漂ってきているようだ。


「あ……この歌……」


 チキちゃんが小さな声で言い、俺の腕を抱く力が緩まる。


「……前に、チキちゃんが歌ってた歌だね」


「……うん」


 以前、チキちゃんがエルフの里で歌っていた時のような悲しい歌声ではなく、とても優しく慈しみの籠った歌声。

 その優しく美しい歌声に、俺とチキちゃんはうっとりと聞き入ってしまう。

 歌い続けるノルンちゃんをぼうっと見ていると、彼女は歌いながらこちらに顔を向け、にっこりと微笑んだ。

 安心してお休み、そう言われているかのような優しい微笑み。

 心の中にあった不安やつらさが、ゆっくりと溶けて消えていく。


「……おやすみ。チキちゃん」


「……うん。おやすみなさい」


 心地良い歌声に包まれながら、俺は静かに目を閉じた。

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