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10話:ショッピングモール初体験

「べーこんえっぐ! べーこんえっぐ!」


 台所の上で、ノルンちゃんがうきうきした様子で奇妙な踊りを踊っている。

 その傍らでは、フライパンがじゅうじゅうと音を立てていた。


「はー、この『ガスコンロ』っていう道具、すごく使いやすいですね。火おこしの手間いらずなんて、魔法が使えるようになったみたいです」


 フライパンを手に、カーナさんが感心している。

 そういえば、あっちの世界には魔法があるんだっけ。


「カーナさんは、何か魔法は使えないんですか?」


「私は何も。才能の欠片もないので」


「そうなんですか。街の人で誰か使える人はいるんですか?」


「ルールンの街には1人もいませんね。魔法の才能を持って生まれる方は、人魚族ではかなり稀なので」


 種族によって、魔法使いが多い少ないがあるらしい。

 ノルンちゃんが『魔法はそこそこ』などと理想郷を構築する際に言っていたのを思い出し、納得する。


『群馬県、館林市の気温は現在38.5℃となっております。街行く人たちは皆、うんざりとした表情で――』


 聞こえてきた音声に、カーナさんがテレビに目を向けた。

 部屋の中にある品々についてあれこれ聞いてきた彼女のリクエストに応え、つけっぱなしにしているのだ。


「……すごい街並みですね。まさに別世界って感じです」


 ビルの上からスクランブル交差点を映した映像が、リポーターの声とともに流れている。


「まあ、実際に別世界ですからね……そろそろ火を止めましょうか。お皿に移しましょう」


「あっ、はい!」


 カーナさんが火を止め、ベーコンエッグを皿に移す。

 ベーコン5枚、卵2つのごく普通のベーコンエッグだ。

 俺はグリードテラスの肉で満腹なので、食べるのはカーナさんとノルンちゃんだ。


「やったー! 早く早く!」


「はいはい、ちょっと待っててくださいね」


 カーナさんが運んでくれている間に、レンジでチンしておいたパックご飯をお茶碗と小皿に盛った。

 席に着き、ノルンちゃんとカーナさんがいただきますをする。

 ノルンちゃんは手づかみ、カーナさんはナイフとフォークだ。

 ちなみに、米は向こうの世界にもあるらしい。

 人魚たちは身体の作りの都合上、水田での作業は厳しいため、作っていないとのことだ。

 トマト、ジャガイモ、キュウリなどの野菜は作っていて、魚が主食の自給自足生活を送っていたらしい。

 ……無事な畑はどれだけ残っているのだろうか。


「カーナさん、醤油って分かります?」


「はい、魚から作る調味料ですよね?」


「あ、いや、それは魚醤ぎょしょうってやつですね。これは豆から作ったやつです」


 醤油ビンのフタを取り、カーナさんに渡す。

 くんくん、とカーナさんが匂いを嗅ぐ。


「ああ、これですか。前に一度、旅の商人さんから買って使ったことがあります。美味しいですよね」


「コウジさん、早くー!」


「おお、ごめんな。ノルンちゃんは醤油でいい? それとも塩がいいかな?」


「コウジさんがいつも醤油をかけているのを見ていたので、醤油がいいです!」


「ほいほい」


 醤油を適量、ベーコンエッグにかける。

 カーナさんが、ノルンちゃん用にベーコンと目玉焼きを小さく切り分けた。

 待ってましたとばかりに、ノルンちゃんがベーコンを掴んでかぶりつく。


「っ! んんんぃぃぃ! 最高ですううう!!」


 ノルンちゃんは感動の涙を流しながら、身もだえしてベーコンを貪っている。

 ベーコン1つでこれほど感動できるなんて、何だか羨ましい。


「わあ、美味しいですねこれ!」


 フォークで上品にベーコンを口に運び、カーナさんも感嘆の声を漏らした。

 醤油の味も問題なかったようだ。


「ベーコンって、あっちの世界には無いんですか?」


「ありますよ。エルフさんたちがたまに持ってきてくれます。でも、こんなにまろやかな味ではないですね」


「ああ、そっか。加工方法が違いますもんね」


 ゴミ箱に捨てたベーコンの袋を引っ張り出し、裏面を確認する。

 塩のほかに、還元水あめ、卵たん白やら、いろいろなものが原材料として表記されていた。


「こんなに美味しく作れるなんて……コウジ様、作りかたを教えてはいただけませんか?」


「作りかたですか。ネットで……いや、本のほうがいいか。ご飯食べ終わったら、作りかたが載ってる本を買いに行ってきますよ」


「本屋さんですか! こちらの世界の本が、たくさん売ってるんですよね!?」


 カーナさんが少し身を乗り出して、キラキラとした目を向けてくる。


「そ、そうですね。たくさんあります」


「大きなお店なのですか!?」


「え、ええ。何十万冊も売ってるようなお店で……」


「何十万冊も!? きっとすごい光景なのでしょうね!」


 じっと訴えかけるような視線を向けてくるカーナさん。

 うん、そうだよね。

 連れて行って欲しいよね。

 でも、カーナさん、人魚なんだよね……。


「コウジさん、ショッピングモールなら、レンタルの車椅子があるはずです。それに乗ってもらえばいいと思うですよ」


 俺が脂汗をかいていると、ノルンちゃんがもっちゃもっちゃとご飯粒を咀嚼しながら話に入ってきた。

 ノルンちゃんサイズだと、お米一粒が消しゴムくらいの大きさに見えていそうだ。


「え、でも、カーナさんのそれどうすんの? 思いっきり魚の尾っぽじゃん」


「ブランケットでもかけておけばいいんです。ばれやしないですよ」


「えー……」


「大丈夫ですって。何なら、ベッドのシーツでも巻いておけばいいのですよ。『その足、何でそんなもの巻いてるんですか?』なんて聞いてくる人、いると思いますか?」


「いや……いないだろうな」


 俺が答えると、カーナさんはちゃぶ台に手をついてさらに身を乗り出した。

 びちびち、と尾っぽがせわしなく動く。


「連れて行っていただけるのですか!?」


「は、はい。いいですよ」


「やった! ありがとうございますー!」


 大喜びで万歳するカーナさん。

 笑顔がまぶしいくらいに美しい。

 耳のところにある頬エラは、夏だけど耳当てを付けて隠してもらおう。

 上着は俺のTシャツに着替えてもらうか。




 食後、カーナさんを助手席に乗せ、俺はショッピングモールへと車を走らせていた。

 尾っぽにシーツを巻いたカーナさんをおんぶで車まで運んだのだが、予想外に重くてかなり苦労した。

 尾っぽ部分の重量が、かなりあるようだ。


「はわわ、すごいですね! びゅんびゅんですね!」


 全開にした窓枠を両手でつかみ、外を眺めるカーナさん。

 実に楽しそうだ。

 頬エラが日光を反射して、キラキラと美しく輝いている。


「コウジさん、何か音楽かけるですよ! アップテンポなやつで!」


 俺の肩に乗っているノルンちゃんが、ぺしぺしと俺の頬を叩く。


「おうよ。カーナさん、窓閉めますよ」


「はい!」


 信号で止まったところで、カーナビのモニターを操作して音楽を再生した。

 数年前に流行った、お気に入りのポップな曲だ。

 同時に、ノルンちゃんがその場で踊り出した。


「うぉうおうおー! うぉうおうおー!」


「ちょ、危ないからそんなとこで踊るな!」


「バランス感覚には自信があるので大丈夫です。落ちません! いぇいえいえー! いぇいえいえー!」


「そうじゃなくて、こそばゆくて運転が危なくなるの! 踊るのやめて!」


「うわー、音楽まで出せるんですか! うわー、すごいですねー!」


 わいわいと騒ぎながら、ショッピングモールに到着した。

 開店とほぼ同時に到着できたためか、入口からかなり近い場所に車を止めることができた。

 さっそく買い物カゴ付きの車椅子を借りてきて、カーナさんを載せる。

 ノルンちゃんは、カーナさんの膝の上だ。

 人がいるところでは動かないから大丈夫と言っていたが、どこまで我慢できるだろうか。


「おおー!」


 正面玄関の自動ドアをくぐった瞬間、カーナさんが感嘆の声を上げた。

 このショッピングモールは屋上スペース込みの4階建てで、中央が吹き抜けになっている構造だ。

 もちろん屋根もついていて、空調完備。

 天候関係なしで楽しめる、巨大商業施設だ。


「す、すんごいです……はー、すんごいですね……」


 カーナさんは驚きのあまり、あんぐりと口を開けて「すごい」を連呼している。

 自分が初めてここのような大型施設に来た時も、同じ反応をしていたなと懐かしさを覚えた。


「コウジさん、そこの輸入食料品屋さんに入るですよ! 無料でコーヒーが貰えるのです!」


 カーナさんの膝の上から、ノルンちゃんが小声で俺に提案してくる。


「はいよ。って、ノルンちゃんよく知ってるな」


「コウジさんがここでコーヒーをもらって飲んでいるのを、天界から見ていましたので。いいなー、っていつも思っていたですよ」


 車椅子を押し、店に入る。

 店の入口でコーヒーを配っていたお姉さんから、俺とカーナさんは1つずつ紙カップを受け取った。

 その間、ノルンちゃんはぴたりと動きを止め、人形に徹していた。


「いい香りですね……あちち」


 ふうふう、とカーナさんはコーヒーを冷ましている。


「かなり熱いですから、火傷しないように気を付けてくださいね。あと、けっこう苦いんで、びっくりしないように」


「カーナさん、冷めたら私にも飲ませてくださいませ!」


 コーヒーを飲みながら、のんびりと店内を散策する。

 カーナさんは置いてある商品を次々と手に取っては、俺にあれこれと質問してきた。

 一緒に置かれている商品説明のプラカードの文字は読めるようで、特に反応するでもなく普通に読み上げていた。

 漢字もひらがなもカタカナも、問題なく読めるらしい。


「いろんな産地のベーコンがあるんですね。みんな味が違うのでしょうか?」


「うーん、どうなんだろ。食べ比べとかしたことないから、ちょっと分からないですね」


「コウジさん、このドイツ産の塩漬けベーコンがいいです! 夕飯はベーコンステーキなのですよ!」


「あいよ。せっかくだし、いくつか買っていってみるか」


 陳列されている厚切りベーコンを、適当にカゴへと放り込む。

 カーナさんは真空パックされた商品が珍しいと見えて、「おー」と声を上げながらこねくり回していた。


「カーナさん、他に何か気になるものとかあります?」


「気になるものですか。どれも珍しくて、気になるものだらけなんですが……」


「コウジさん! 私、缶詰というものを食べてみたいです! それとか!」


 ノルンちゃんが『粗挽きミートソース』の缶詰を指差す。


「あれはパスタソースの缶詰だな。明日の夕飯はパスタにするかい?」


「パスタ!? あの、コストパフォーマンスと食べた後の満足度が非常に高いという、人類の救世主たる食べ物ですね!?」 


「大げさにもほどがある表現だが、何だかかわいいからたくさん買っていってあげよう」


「はうう、コウジさん大好きですううう!」


 ノルンちゃんのラブコールを受けながら、種類の違うパスタソースの缶詰をいくつか入れた。

 せっかくなので、乾燥パスタも2キロ買っていくことにした。


「カーナさんも、遠慮せずに何でも言ってください」


「え、えっと、それじゃあ……そこのチョコレートっていうお菓子がいいです!」


「お、いいところに目を付けましたね。これは美味しですよ」


「コウジさん! ポテチ! ポテチも食べてみたいです!」


「よしよし、こうなったら、山ほどお菓子を買っていくか!」


「やったー!」


 その後も皆で楽しく買い物をし、カゴいっぱいに商品を購入した。




 食料品店を出た俺たちは、荷物をコインロッカーに預け、モール内にあるアウトドアショップへとやってきた。

 理想郷では長旅も予想されるので、それに備えようというわけだ。


「アウトドア用品ですか。確かに、必要になるかもしれないですね!」


「うん。あちこち旅することになるみたいだし、こういう道具がないと野宿もできないからね」


 店内をうろつき、テントが置かれているコーナーへとやってきた。

 いろいろな種類のテントが展示されていて、ワンタッチで開くものから骨組みを自分で組み立てるものまで様々だ。


「ワンタッチで定員4人、1.5キロの超軽量型か。うーん、どうしよ……」


「す、すごいですね。こんな道具があるんですか……」


 カーナさんが、感心した様子でテントの説明書きを読んでいる。

 内部で2部屋に分けることができる仕組みのもので、チャック式の窓も付いていて居心地がよさそうだ。


「コウジさん、蔓で作った小屋程度でよろしければ、神の奇跡ですぐ作ることができるですよ」


「あ、その手があったか。雨が降った時とかでも大丈夫かな?」


「はい! 蔓で布状の天井を作りますので、雨も虫も入ってきません! 通気性も抜群に作りますので!」


 ノルンちゃんと一緒にいる限り、野宿でも快適に寝泊まり出来そうだ。

 となると、あと必要なのは調理道具や着火道具だ。


「そしたら、あと必要なのはフライパンとか着火剤かな。灯りは俺が光の玉を出せばいいし」


「そうですね。毛布代わりのものも、私が蔓で作ることができるので必要ないですよ。そのぶん、食べ物をたくさん持っていくですよ」


「携行糧食ってやつか。どんなものがいいのかな」


「とりあえずは、パウチに入ったレトルト系がいいかと。ゴミもまとめやすいですし、調理も簡単です。それと、塩やコショウも1ビンずつ欲しいですね!」


 そんなことを話しながら、店内をうろついて商品をカゴに入れていく。

 ジッポライター、焚火グリル、紙皿や割りばしといった、これは使うだろうと思うものを見繕った。

 リュックサックも2つ購入し、俺とノルンちゃんで2つに分けて運ぶ予定だ。

 この分なら、水や食糧をたっぷり持っていくことができるだろう。

 買い物中、あれこれ相談しながら品物を選ぶのが楽しくて、かなりテンションが上がってしまった。

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