8. ペットは飼い主に似るらしい
魔石は、魔力に乏しい魔術師が用いる物だ。基本的に魔獣や魔物に溢れたエトワールの地方でしか入手出来ず、オトマールに流れてくること自体希少で、破格の値段で取り引きされる。もちろん取扱いが難しく、内臓された魔力が尽きると同時に只の宝石に変わってしまうものが多い。
しかし中には、魔力を逆に吸収するものがあった。
魔力を奪う、このシステムについては魔獣、魔物の特性から説明した方がいいだろう。
スライムやゴブリン、オークなどの下位の魔物は人間同様に魔素を吸収する。しかし、ただ消費するだけの人間と違い純度の高い魔素を生み出すのだ。これが魔物の国エトワールに良質の魔素が満ちている所以。そして亜人と呼ばれる高度な思考を持つヴァンパイアやウェアウルフ、ケンタウロスは魔素だけでなく人間の核に貯めた魔力や生命力すらも奪う。神性のある魔物、ユニコーンやスフィンクス、ケルベロスなどは繰り出される魔法そのものを奪う事すらあるのだ。
そして魔石についてだが、下位の魔物が持つ魔石と亜人種、神性のある魔物の魔石では使用用途が大きく異なる。
前述した魔術師が使用する魔石は下位の魔物からとれる使い捨てのもの。
そして亜人種から得られる魔石は魔素、魔力を奪う特性を持つ。反魔石と呼ばれるそれは、希少ではあっても、どの国も必ず一定の数を確保していなければならない。魔法を使う罪人の牢に使用するために。
einigeのイリスもこの魔石の力で第二王子との拷問監禁生活から抜け出せなかったはずだ。
それから神性のある魔物の魔石について、だが・・・これは冒険者ルートで出てきた勇者の聖剣に使用されていた。逆に言えばそれ以外でその魔石が使用された記録は、歴史書を遡ってもなかった。用途としては魔法による攻撃を防ぐとされるが、勿論万能ではない。魔力、魔素、魔法を吸い取るこれは、吸収し過ぎるのだ。つまり、聖剣を使う人間が少しでも魔力のある人間であれば、1日帯刀しただげで魔力が枯渇し、魔力がなくなればその生命力をと2,3日で屍に変えてしまう。
めったなことで神性のある魔物の討伐は行われないが、もし討伐できてもその魔石は粉々に砕いてエトワールの土地に還すのが習わしとなっている。
聖剣は、エトワールと戦争をしているシャンティ王国の切り札として作られた。しかし亜人の魔石を多量に用いての制御は大変だったんだろう。魔力がない脳筋勇者が出現した時にはこれ幸いと押し付けていたことから、シャンティの苦悩がうかがえる。
それにしても。
(あれは・・・どっちだったんだろう)
あの後。
魔力を奪われる嫌な感覚が染み付いたまま屋敷に戻って来た後。一つの考えに囚われたまま、眠ることもできず魔法書を読み耽っていた。
あの感覚は魔石により魔力が奪われたと考えるのが一番だ。
もちろん・・・可能性としてはもう一つある。光魔法による循環式。しかし、それは考えにくい。光魔法を行使できる人間はオトマールに5人いるかいないか。1人は自分。3人は宮廷魔術師、魔法使い。そして、einige主人公の1人、モニカだ。
自分やモニカはまだ魔法を使いこなすことができない。宮廷の魔術師、魔法使いは魔術、魔法の行使について厳密に定められており、ましてそんな重要な人物がトラムメリーに来るのであれば何かしら知らせがあるだろう。加えて宮廷使えでもない人物が独学で光魔法を行使するなんて不可能に近い。もしそれが出来るとしても、それほどの使い手となれば幼少期より意図せず魔法を行使していた可能性が高く、人の目に留まるのが普通だ。
つまり・・・だ。今日訪れたあの場に亜人種由来の魔石がある可能性が、いや勿論あんな治安の悪い地域に希少な魔石があること自体おかしいが。
それでもその可能性が一番考えられるのだ。
(・・・もし、仮にあの場所に魔石が本当にあるとして。しかも希少な魔力を吸収する類の魔石だとして)
そしてそれをもし自分が手にする事が出来たなら。
自分は・・・稀代の魔女じゃなくなる?
そこまで考えて、魔法を使わずこの世界で生きていくことなんて出来ないと自分を諭す。
それでも、自分が魔女でないのなら大前提からして覆すことが出来るとメリットデメリットを考えて夜が明けたのだった。
「なんでお父様は孤児でなく奴隷を選んだのかしら」
睡眠時間が足りていないせいで澱んだ思考のまま、ふと気になってアロイスに喋りかけた。
「多分だけど、昨日商人が言ってた事に関係あるんじゃないかな」
「ええと、辺境伯が獣人を間引いているかも・・・みたいなこと?」
アロイスはベルトハルトが気に入っているようで、今日はアロイス自ら屋敷の案内をしていた。しばらくしたら市街に行く予定になっているので時間は限られているが。
ベルトハルトに視線を向ければ、小さく頷いていた。
「情報収集のためにも奴隷商には接触したかったということだね」
「確かに、僕のいた奴隷商にも数人の獣人が連れられて来ていました」
「・・・只の獣はいるの?」
ふと、昨日の狼の鳴き声を思い出して尋ねれば否定の言葉が返ってくる。
「扱っている奴隷は、曲がりなりにも獣人です。中には馬や犬を扱う商人もいるかもしれませんが・・・かかる費用を考えるとこの土地でただの獣を売買する人間は少ないでしょう」
「・・・・・・」
驚いてベルトハルトの顔をまじまじと見つめる。
「詳しい・・・のね。どうしてそこまで分かるの?普通の奴隷は、商人達のやり取りでそこまで分からないでしょうに」
ましてたかが10歳の子供が、だ。
「・・・幸運だったんですよ。僕の居た奴隷商は、いささか人手不足で。自分を売り込むのに最適でしたし、多少の手伝いをした事もありますから」
(それって・・・つまり、)
つまり、多少の汚れ仕事も辞さなかったと言うことなのだろうか。こんな小さな少年が、自分と同じ境遇の奴隷に感情移入することなく鞭打ったり、奴隷商のやり取りに噛んだり。
彼の整った顔を見つめていれば、はっとしたように彼は口を噤んだ。
「・・・一つだけ分かったわ」
耐え切れずに、小さく笑えばビクッとベルトハルトの肩が揺れた。
それはその笑いに正しく人を蔑む笑いが含まれていたからだろう。
「ベルトハルトを売った奴隷商の目は節穴ね。こんなに賢い子を簡単に手放すなんて・・・同時にお兄様はとても優れた目を持っていて、妹として誇らしいわ」
そのままにたにたと、とてもいやらしい顔で笑っていればアロイスもベルトハルトも何故か一歩後ろに下がっていた。解せない。
(それにしても・・・じゃああの声は何だったんだろう・・・って、獣人か。怖い声だったなあ)
「ああ、そう言えばお兄様に聞きたい事があったんだった」
ふと、元々この事を聞くために二人の元に来た事を思い出した。昨日どうしても、自分だけでは考えがまとまらなかった事。
一人で考えてもダメだったのだから、人の意見を聞きたいと思ったのだ。
「例えば・・・例えばの話よ?騎士がいて、騎士の人生は決まっているものだとして」
どうしても抽象的な表現になってしまうが、こればかりはどうしようもない。
「正しく騎士として成長すれば、戦争の道具にして必ず死ぬ未来とか、王族に疎んじられて殺されるとかそういう未来したないとして」
自分の事を具体的に話す訳にはいかないし、そもそも話がややこしいからだ。
「もし騎士が剣を持たなければ、自分を守る事も出来ないとして」
二人は一応何のことだか分からないようだが真剣に話を聞いてくれている。
「剣を持つか、持たないか・・・その選択に迫られたら。二人なら、どうする?」
聞けば二人ともぽかんとしていた。
「・・・俺なら、剣を持つかな」
ややあって、アロイスが声を出した。
「あら、でも王族に殺されたり戦争の道具になったりするのよ?」
返せば何故か、困ったような苦笑。
「いやさ、剣持った時点で邪魔なやつ全員殺したらいいんじゃないかな」
「・・・・・・」
(今分かった。アロイスは馬鹿だ)
アロイスは放っておいてベルトハルトに向き直る。
「すぐ血生臭い方に話を持っていくお兄様はほっといて、あなたの意見は?」
「そ、そうですね・・・」
兄の返答に引き攣った笑いを返しながら「僕は・・・別の方法を探します」と、返答した。
「別の方法?」
尋ねればベルトハルトは頷く。
「剣士とは剣を使う者なので剣士の立場ではなくなります。代わりに、知恵や・・・魔術でも良いですね。こっそりと力をつけて、自分の脅威となる者を囲うのです。邪魔になった時に簡単に排除できるように」
「・・・・・・」
(この従者にしてこの主人あり・・・か)
過程が違うだけで行き着く先がほぼ同じアロイスとベルトハルトを睨みつける。
しかしどうだろう。自分の脅威を飼いならすというのは、意外と悪くない案かもしれない。もちろん出来る出来ないは別にして、だ。
脳裏によぎるのは昨日の狸もどき。多分厄介な事にはなるだろうが・・・今更だ。
昨日から考えていた自分の魔力の使い方について、そして今の意見とイレギュラーの存在を考慮する。
(あんまり・・・選択肢は無いんだよな)
これは博打だ。鬼が出るか蛇が出るか。
けれども、あれだけ悩んだのが不思議なように、道は一つに思えた。
(そうと決まれば、)
父親に、会わなければならない。
婚約の件はどうあっても、待ってくれている間に決めなければならないのだから。




