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einige  作者: ちあき
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7. あの狸、風もないのにぶらぶらしてるよ

 簡単に言えば、魔が差したのだ。


(しょっぱなから馬鹿してしまった!ていうかここどこ高い!空しか見えない!ぎゃあああ!)


 飛べと思えば勢いよく飛び、ばたばたともがくように手を振り回すと思った以上にあらぬ方向に向かい、気を抜けば落ちる。

 試さずにはいられなかった風魔法。誰だ、数分前にノリでバルコニーから飛んでみたのは。私だ。


(いやでも練習は大事!来るべき日に備えて・・・嫌だ怖いいい!)


 とか言いつつ、落ちる瞬間のヒヤッとする感じがクセになる自分も恐ろしい。絶叫マシンでは目を閉じ、死んだ目になりながらも終わってから言うのだ。

『も、もう一回』と。


(い、嫌あああ!・・・あ、そろそろ)


 落ちている間は胸中で悲鳴を上げ、街並みが見えてくる事に気づけば慌てて浮上しもう一回落ちる。その繰り返し。

 足がガクガクなっているのに半笑いを浮かべた自分は、周りに人が居れば不審者でしかないだろう。だけど周りに人はいないし、コツも掴んできた。

 風魔法は基本的に空気の流れを変える。しかし風と名のついているように急激な浮上は出来ない。徐々にしか高度を上げられないのである程度の高さを見極めが必要。もう少し魔法の練習をすれば別かも知れないが、イメージとしては飛行機とか帆船で、風によって少しずつ進む感じ。

 こっそり寝巻きから件のモスグリーンドレスに着替えているので闇魔法も使える事は使えるのだが、いかんせん、動きが急でコントロールが難しい。

 それと、風魔法と闇魔法の同時使用がなんとも難しく、今は風魔法だけで飛行練習するのが一番だと気づいた。

 そうして数十分経った時。


「ん?」


 なんだか風の流れがおかしい。

 いや、基本的には普通だ。けれど、動きが鈍く、というか落ちやすくなる箇所があることに気付く。

 少し迷って、その辺りを旋回。


(ぐーるぐるー・・・なんだろう、この感じ)


 例えるなら、海水浴をしてたのに、途中から片栗粉入りのトロミ水になった感じ。魔素が薄いのだろうか。

 ぐるぐる回っていると、街並みが近くなって来た事に気付く。逡巡して、人気がない場所に当たりをつけて降下。

 顔を隠すためにハンカチで顔を覆い、そのまま風魔法を小さく、を心がけて発動させればさわさわと風が吹いた。


(・・・ここ、昼間に護衛から止められた所の近くだ)


 曰く、"非合法の店が多く安全の確保が出来かねます"だったか。

 うろうろと歩きまわれば風が弱くなる場所を発見。風魔法の威力を上げ、再度うろつき、風が弱まると魔法の威力を上げることを繰り返す。


「子ども・・・女?おい、何してんだ」


「あら」


 人影がぽつりぽつり見えてきたなと思っていれば野太い声をかけられて振り向く。5秒で目を逸らした。


「なんだそれ・・・ほっかむり?」


(おまわりさーん!この人でーす!!!)


 そこに居たのは全裸・・・いや、かろうじて局部にボロ布を当てている男だった。


(ゴリラ・・・いや、狸・・・狸だ!風も無いのにぶらぶらしてる!)


「あ、いや違えぞ?俺は別にロリコンじゃなくてだな・・・小さい子が居たから声掛けようと思って」


「すみませんが喋れる狸に知り合いは居ません」


 狸は何故か顔面も人と思えない顔をしている。

 そうまるで・・・まるで人が顔面をぼこぼこにされて身包みを剥がされた後のようだ。


(ていうか、ほっかむりとかロリコンってこの世界の言葉なのか?)


「たぬっ、いや確かにちょっとあれな格好だけど!いや違え!ちょ、待て!!お嬢ちゃんまじで!助けると思って!」


 三十六計逃げるが勝ち。

 そう思って後ろに行こうとして、その足が止まる。



「ヘルプ!こちとら事故って()()()()()()大変なんだよ!助けてくれ!!」



「・・・車?」


「そう!なのに気付いたら全裸だし、酔っ払いにぶん殴られるし!!何かここ治安悪くね?とにかく!明日の仕込みが・・・」


「車とは何ですか?」


 尋ねれば、その狸はこの世の終わりみたいな顔をした。


「まさか・・・さっきの奴らとぼけてたんじゃ無かったのか・・・?」


(こいつ絶対邪魔だ)


 直感的にそう思い、風の強さが変わってない事を確認する。そうして改めて狸に目を向けた。


(見た目は・・・顔腫れてるし分かりにくいけど日本人っぽい。年齢は・・・成人はしてるみたいだけど・・・でも事故でって、死んでここに来たって事?じゃあ私も?

 いや・・・私は生まれた時からだから微妙に立ち位置が違うけど・・・さっき飛んでる時に流れが変わったの関係してる?いや、風の流れ悪いのは変わって無いけど、明らかにこの道の先に何かがあるからだ。

 でも私以外の他の記憶がある奴なんて・・・絶対に邪魔。消さないと)


 考えに考えている自分を横目に、男はこの世の終わりみたいな顔でぶつぶつと呟いている。


「・・・あの、」


 風魔法が弱くなる理由の解決と邪魔者を消す方法。

 妙案を思いつき、声を掛ければ男は幽鬼のような顔でこちらを見た。


「お力になれるか分かりませんが・・・私、この先に用事があるんです。護衛をして頂けるなら、服の代金になりそうな物を渡しますが・・・」


「ほ、本当か?いやでも・・・」


 じろじろと品定めするようにこちらを見る男に、子どもだからと信用されて居ない事に思い当たる。


「しょうがないですね」


 溜息をついて、首に掛けていたネックレスを見せた。

 仮にも貴族なので、持っている品も多少は値が張るだろう。


「この道か・・・い、いや分かった!」


 逡巡して、それでも藁にもすがるようにこちらの取り引きに応じた男を見てほくそ笑む。


(いい盾が出来た。ぶらぶらしてるけど。

 こんな治安が悪い地域で、高価なもの持ってるってどう言う事なのか分からないんだなー。ご愁傷様)


「・・・今なんか悪い顔してなかったか?」


「面白い事をおっしゃいますね。さぁ早く行きますよ」



 日本人にしては逞しい腕をぐいぐい引きながら道を進んでいく。

 局部しか隠せていない男とドレス姿の幼女の組み合わせが珍しいのだろう。ガラの悪い男たちが近づいて来ようとする事が何度も続いた。しかし何故か、そいつらは途中で止まる。

 私達の向かう方角を見て顔をしかめると、それ以上は近付いて来ない。


「あいつらどっちだ?」「ガキの方が身なりがいい」「顔ボコボコだぜ」「売って新しい奴隷を買うんじゃ」「お恵みを」「あそこ最近狼の鳴き声がすんだろ」「このジジィ骨折れてるしついでに捥ごうぜ」「ガキだけでもさらえないか」「今日なんかえらく風吹いてんな」


 小さな声で囁く内容に、隣に立つ男がそわそわし始めている。

 こちらとしてもこんな物騒な所に長く滞在したくないと思った所で、魔法による風が一切流れない区画に気付いた。



(・・・あそこ?)


 大きな、そして不気味な屋敷だ。

 そこの周囲には乞食も破落戸も居ない。


(なに、)




 更に一歩、と踏み出した瞬間体がぐらりと傾いた。


 隣の男は「ひっ」と、小さく悲鳴を漏らす。



 それは遠吠えの様な、悲鳴の様な、叫びだった。

 それが聞こえた瞬間、体から魔力がふっと消える。



(な・・・何これ)


 何とか態勢は立て直し、後ろに後ずさる。


(や、やばい・・・ちょっと待ってよ)


 自分が今まで平然とこの危険な街の散策をしていたのは、風魔法を使えた事により気分が良かった事と何かあっても魔法があるという安心感があったからだ。

 しかし魔法が使えない・・・いや、()()()()()()()のなら話は別だ。


(何・・・?魔法が使えないのって、魔石の様な・・・でも今、狼の声がした途端・・・)



 よろよろと後ろに下がる自分に「お、おい。大丈夫か」と男が心配そうに声を掛ける。


(・・・潮時だ)



「じゃあこれ」


 男の手に報酬のネックレスを握らせ、後ろを向く。


「え、おい」


 そのまま男を置いて、全速力で走った。



「ちょっ、まっ、待てよ!」



(待つか!)


 後ろから慌てて男が追ってくるのに気付いて、舌打ち。

 しかし、運良く狭い横道を発見した。勢いよく飛び込み、息を落ち着かせる間も無くドレスに念じる。



(飛んで!)


 あの場を離れた事で何とか魔力も戻って来たようだ。自分の意思に沿って、体が急浮上する。

 ふと下を見れば、同じように横道を入った男が急に居なくなった自分をキョロキョロと探しているのが見えた。



(あ、)


 その後方から複数の男達が忍び寄っているのが見えて、ご愁傷様と呟く。


(こ、これで計算通り!完璧過ぎて我ながら恐ろしいぜ!)


 ひとまず安心して、何とか魔力を振り絞り屋敷へ戻る事にした。

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