5. 偽善者の金メッキに癒されて
待ちに待ってないリカント訪問の日がやってきた。天気は朝からどんよりした曇り空。せめて気分が上がるような快晴になってくれないものだったのかと八つ当たりをしてしまうのも、この気分では当然だろう。
「リカントではトーニャ商会の視察と市街地に着いて行ってもらう」
馬車の中は父が淡々と今日のスケジュールを告げる。
「アロイスはその後私と奴隷市場に向かう」
「奴隷・・・ですか」
「ああ。自分の駒を一つ持っていてもいい頃だ」
流石にこれにイリスは付き添えない様子だ。しかし、あれだけハーディが奴隷市場の存在をぼかして説明してくれていたのに、これでは余りに報われない。
(でもまぁ、これに関してはハーディさんがちょっとズレてるんだろうな)
ぼんやりと奴隷について思考を飛ばす。
オトマールの身分制度として協会、王族・貴族、商人・農民と言った順番で縦社会が構築されているのは言わずもがなだ。奴隷に人権が無いと言うのもまた周知の事実だった。
当たり前に奴隷はいるし、貴族が飼ってるのも商人達が使っているのも数を上げればキリがない。ハーディは他国に何度か留学経験があるため、奴隷制度を取っていない国にも行った事があるのだろう。よく言えば繊細、悪く言えば神経質だ。
子どもとは言え貴族なら誰しも、奴隷が空から降ってくるはずないと分かっている。
「イリスは・・・そうだな、今回は留守番だが、もし街中で欲しい奴隷が居れば考慮しよう」
「ありがとうございます」
「・・・・・・」
ハーディが何か言いたげなジト目でこちらを見ているが無視だ。
「それでお父様。その後の日程はどうなるのでしょう?」
「そうだな。明日は子どもの同行が出来ない場での仕事だ。イリスとアロイスは護衛と共に市街地に行く予定にしている。明後日は家に戻るが・・・イリスは翌日の夜までに自分の考えをまとめなさい」
「なるほど・・・分かりました」
その後のトーニャ商会への視察と市街地の散策だが・・・。これはどうやら父親に軍配が上がるのだろうなと憂鬱に思った。
商会への視察は、治安の悪い地区での警備体制についての会話。
腹に一物ありそうな商人と父のやり取りは見ていて楽しいと思えるくらいの余興だが、アロイスは隣で死んだ目をしている。結局は、トーニャ商会で扱う貴金属を数点購入。その利益を商会側は警備費の補填に充てるという形で落ち着いた。また、商人からはいくつかリカントの情報提供。
隣国ゲーテ・・・脱獄王女の出身国だ。ここに対して、国境警備を任されているはずの辺境伯が何やらよからぬちょっかいを出しているらしい。
「流れてくる奴隷の中の、獣人の数が多すぎるんですよ」
ゲーテは元々獣人の国だ。個人によって獣成分の割合は変わるが、もし完全な人がいた場合、身分はとても低いものになると聞き及んでいる。
それはオトマールにおける獣人の扱いも同じ。だからこそ、捕虜とはいえ一国の王女であるミサに対して、ああも非礼な扱いができるのだろう。仮にも王族を石牢に入れるなんて普通はあり得ない。
ミサは確か、ウサギの耳があるだけで他は人間の変わらない姿だった。七番目とは言えの王女を敵国に送るなんて、と思っていたけれど・・・。あれはなるべく人と近い容姿をした者を送らなければ、もっと酷い生活になる事をゲーテ国が考慮した上での結果だろう。
「ゲーテの獣人を、間引いているのか・・・」
「・・・元々我が国だけでなく、人の納める国では獣人を蔑視しがちです。それは仕方ない事でしょうが・・・」
(獣人の国の境目でそんな好き勝手してるって、結構怖い事だよなあ)
トラムメリーの領地がゲーテに近かった故、ミサルートでのイリスの逃亡幇助に一役買った訳だが・・・確かあのルートでイリスに残された土地はリカント含め治安の悪い地域ばかりだった。
ゲーテ国との戦争に向けて、リカントの奴隷市場を荒らして壊して、捕らえられていた奴隷を使って辺境伯領を内と外から攻め入った手腕は流石魔女と言わざるを得ない。しかし、それは魔女と呼ばれたイリスだからこそできることだ。今の自分にとってリカントは畏怖の対象でしかない。
結果として、トーニャ商会との話は長くなりそうとの事なので父親はそこに残る事になった。
今はアロイスと数人の護衛と共に市街地探索を行なっている。父の話が終わり次第、アロイスは父と奴隷商に向かう予定だ。
(確かにこの状況で現状維持というのは・・・私が物知らずでした。ごめんねパパ)
先程の商会の話と市街地の様子からトラムメリーの内政について考えをまとめている。しかしその度に深い溜息が出そうだ。あの、婚約に関する話し合いの時、父との会話では、トラムメリーのため、なんて大層なことを口走ったが・・・
(正直に言おう。あの時は死亡フラグちらつかせてたお父様への意趣返しで言ってしまっただけです。別に領地納められる器と思ってません。身内に嘘をついてしまいました誰でもいいから許してください。そして出来ればイケメンときゃっきゃウフフとかしたいです)
虚ろな目で市街地の片隅で異様な匂いを放つボロ布を纏った人達を見る。
出店のゴミを漁っている事に気付いた店主が水を掛けたり棍棒で叩く。そうしているうちに別の人物がゴミを奪う。そんなことが当然のように行われている。
よくよく見てみれば、正気のない顔をした人々がそこかしこに転がっていた。
「あれは何?」
ふと、路地裏で男が露出の高い女に鞭打っているのが見えた。近くに立つ護衛の一人に声を掛ける。
「・・・お目汚しを失礼しました」
すっと私の視線を遮るように立つ護衛。過保護だが、嫌なものをずっと見ていたいとは思わず内心ホッとする。
(ああ、でも嫌だなあ)
貴族というのは清濁織り交ぜて飲み干すもの。まして自分は聖人君子ではないので、その光景を見ないふりするのなんて簡単だ。
そんな自分に対しての少しの非難。
(もし王子の婚約者となれば・・・こんなの目にしなくて済むのかなぁ・・・それか王子がリカントの状態改善してくれるとか)
第一王子はとても有能で、だからこそ第二王子があんな拷問大好きの拗らせ野郎になっていたのだ。聡明な兄と比べられる心労は分からないが、それでも第一王子が優秀であるのは分かる。
そして、自分で考えた結果にぞっとした。
ここまで父親の思い通りじゃないか。震え始めた手が、そっと暖かいものに当たる。見上げれば兄が、困ったように笑いながら自分の手を握りしめていた。
「イリス・・・イリスが望むのなら」
今度はその言葉を遮ることが出来ない。
頑張って父に歯向かっても、結局は父の思い通りに動いてしまうのだろうことと領地の現状に、不安で、不安で、たまらなかった。
それはつまり、自分がどう足掻いても悲惨な運命を辿ることを示しているようで。
誰かに味方になって欲しくて、その手を離せなかった。
「僕が・・・僕がここを変えるよ。
何年かかるかわからないけど・・・でも、イリスがここを通っても、怖がらないようにしたい」
トラムメリーの土地だから。そう続けた兄に、たまらなく安堵した。
そんなの出来るわけない、とか、子どものくせに、とかいつもなら思うはずなのに。
「・・・別に私はこの国の奴隷制度を非難してる訳ではないのですよ?」
「分かってる。もしそれを覆そうと思ったら10年20年じゃ無理だって事もね」
「ええ、別に良いのです。ただ・・・街中であっても人目を憚らず暴力を振るうのが・・・」
「分かってるよ。イリスが綺麗な事しか見たくないのも」
自分の汚い心を当てられて、喉に何かが詰まったように言葉が出なくなった。
「でも・・・僕もそうだから。
護衛の彼が隠してくれてホッとしてる。一人二人助けても一緒だから、あの女の人だって助けない。けれど見たくはない。僕だって一緒。
だから、ね?絶対ここをどうにかする、その為に力を付ける。その努力を僕がするんだ。
イリスは綺麗な物だけ見てて、良いんだよ」
なんて独りよがりで、堕落した考えだろう。不確定な未来を、何の努力もしない妹に与えるなんて。
「・・・私は別に、お兄さまの手助けなんてしませんよ」
手助けする、なんてそんな恐ろしいことはしない。私は稀代の魔女じゃ無いんだから。そして、兄には嘘をつきたくない。
「いいよ。イリスの為に、僕がしたいだけ」
それなのに何で。
「なんでそんなに・・・優しいんですか」
「妹だから」
照れたように笑う兄。その笑顔に、何故か脱力する。
こんな近くに味方がいると、einigeの知識で兄妹の仲は良いと、それを知っていたのに自分は解っていなかったのだ。
兄はこうして、自分の側で自分の事を思ってくれているのに。
「・・・ありがとうございます。私が、ただ汚い、気分が悪い、嫌な気分になると言うだけで、お兄様は私の為に努力してくれる。
ええ。金メッキのような上っ面だけの言葉だろうと、その言葉が私、とても嬉しい」
感謝を伝えなければ。例え言葉がうまく出なくても。そう思ってにっこりと笑い、兄に伝えた。自分でもなかなかうまくしゃべることができたと思う。
だと言うのに。
「金メッキ・・・上っ面・・・」
兄は何故か悲しい顔をして鼻をすすっていた。




