10. 思ったより普通の奴隷商でした
「・・・・・・」
「さ、行きましょう」
「い、いやいや、待てイリス!」
父や護衛、ついでにアロイスを引き連れてやって来たのは昨日の屋敷。さあ、行こうと一歩を踏み出せば思いっきり腕を引かれた。
「どうしたんですか?」
「いやお前、ここ・・・」
「愛の試験には最適だと思いましたの」
その言葉にどんより曇る父と兄の表情。見兼ねたのかベルトハルトが口を挟んだ。
「差し出がましいようですがお嬢様」
「なあに? ベル」
「べ、ベル・・・いや、お嬢様。お嬢様はここがどういった場所かご存知ですか?」
「・・・奴隷商だと思ったけれど、違うのかしら?」
知っててこの態度かと言わんばかりの視線の父と兄に心の中で嘆息をつく。
(目がうるさい)
「あの、確かにここはギリギリ合法の所です。ただ、取り扱う奴隷が少し特殊で・・・」
「合法なら何も問題ありませんわ。それともお父様は・・・お兄様にはベルを与えられるのに、私には与えられないとでも?」
じっと父を見つめる事数秒。耐えきれず視線を逸らした父が「そんな事は言っていない」と、呟いた。
(言質とったどー)
「それにしても特殊・・・って、どんな奴隷がいるんですか?」
「ここには他の奴隷商で手がつけられなかったりして、体に傷がある奴隷が多いんですよ」
奴隷商の中から声を掛けられる。振り向けば、小太りの中年男性が揉み手をしながら笑い掛けていた。その笑顔が下卑たものだったので、思わず眉を潜めてしまった。
「どちらかと言えば、魔術師や薬師の実験にまとめて購入する方が多いとの事です。あまり保たないので、それを考慮した趣味の方にも・・・」
眉を潜めながら小声でベルが父に耳打ちするのが聞こえた。つまり奴隷を甚振る趣味がある第二王子なんかにうってつけの場所という訳だ。
上客を逃がさないように必死なのだろう。
「その代わり、他と比べて安いのが多いんでさ」と、男はゴマをすっている。
その態度に父が不愉快そうに眉をひそめた。
「イリス、別の奴隷商に・・・」
「早く案内して下さいな」
(言わせねーよ)
父の言葉を遮りにこにこ笑うと、男はギョッとした顔をして、父と私を見比べた。
「え、あ、お嬢さんの奴隷ですか・・・?いやあ・・・」
「まずは高いものから順番に見せて下さい。気に入らなければ少しずつ価値が落ちるものを・・・今日は時間がありますので、全ての奴隷を紹介するつもりでお願いしますね」
有無を言わさず続ければ、男の目は泳ぎ、父と兄は肩を落としていた。
取り扱っている奴隷に傷物が多いとの事だが、最初に紹介された奴隷達はそれほどでも無かった。 綺麗な女奴隷達は、闘争防止の為か健を切られ歩けない者も居たが、剣奴にしか見えない筋骨隆々の男なんて傷がある方が箔がつく。
しかし、一定の奴隷を紹介されても中々選ぼうともしないイリスに、奴隷商は困ったように更に奥の方の奴隷を紹介し始めた。
病なのか隔離されている奴隷、四肢欠損や眼球が無い奴隷、子どもも老人も獣人もいた。
そして皆、一様に昏い目をしている。
「ええと、次が最後の奴隷です」
紹介されたのは狐・・・だろうか。シワが刻まれた顔は普通の人間にしか見えないが、焦げ茶色の狐の耳をした隻腕の老人。
「この獣人は老い先短いし、明日にでも処分するつもりなんでさ」
先程からちょくちょく『もうすぐ処分する』だとか『選ばれなければ腕がもがれる』だとか、こちらの情に訴えかけようとする男だが、何を言っているんだろう。
やるのは奴隷商の人間だ。共犯者のような物言いはやめてほしい。
それにしても、
「・・・おかしいわね」
今日も今日とてこっそり風魔法を使っていたが、威力は一切変わっていない。
昨日のように風が吹きにくい場所も無ければ、急に魔力を奪われるような嫌な感触も無い。
「先程から何人か獣人を紹介されていますが・・・狼が見当たりません」
それを聞いてギョッとした男は、明らかに目が泳いでいた。
「よ、よく知っていますね。確かに昨日までは狼の獣人が居たんですが、昨日別の場所に移されたんです」
「・・・昨日?」
「ええ、昼くらいに・・・」
耐えきれず鼻で笑えば、男は固まってしまった。
「子どもだからって、嘘を付かれると傷付きます」
「いや、ええと・・・」
「少なくとも今日の朝までは居たんでしょう?街中で噂でしたよ?」
はったりだ。しかし効果はあったようで男の目が泳ぎだす。
それにしても不思議だ。リカント自体が治安が悪い地域と言っても、この奴隷商の周りは異様な雰囲気がある。確かに他から回された奴隷が集まるので傷物も多いが、それはここに限った話ではない。
なのに何故だろう。昨日この辺りを散策した時に、破落戸たちはこの屋敷を避けているようだった。
「夜中には、とても恐ろしい狼の声が聞こえるんですってね?」
男からの言葉はない。どうしたのか黙りこくってしまっている。
「お嬢様、よろしいでしょうか」
ふと、今まで黙っていたベルが口を挟んだ。
「ええ、構わないわ」
「はい、あの・・・僕がいた所でも噂を聞いたんです。この奴隷商に呪われた狼の獣人がいると」
「! い、いやそれは・・・!」
男が慌ててベルの言葉を否定する。その慌てようが、実に怪しい。
しかし、呪われているとは・・・穏やかじゃない。
「あなたは黙って。ベル、詳しく教えてくれる?」
「はい。なんでも数週間前に他の奴隷商から回ってきた獣人で、その獣人を折檻すると決まって折檻する側の体調が崩れてしまうとか。食事を抜けば周囲の人間の力が抜けてしまうとか」
(・・・当たりだ)
その獣人が魔石を持っているのか、それとも魔力の暴走か、それは分からない。しかし、十中八九、その獣人が関係していると考えて間違いないだろう。
ただし、気になることもある。折檻ののちに体調が崩れるとは、寝耳に水だ。普通の亜人の魔石は魔力は奪えても生命力にまで作用するものはない。亜人そのものか、神性のある魔物の魔石どちらかでなければとは思うが普通の獣人が神性クラスの魔石を持つことは考えにくい。
それなら魔力の暴走・・・か?確かに体調不良程度なら闇魔法の暴走によるものと考えるのが自然だ。しかし、自分は昨日身をもって感じたのだ。魔力が奪われる感覚を。
意図しているのかしていないのか。光魔法の使い手となれば、モニカの件で思うことがある。
つまり、自分を殺すものでないかという不安だ。
「呪い・・・ね」
「ち、違いますぜ! ヤツは叫ばないと何にも出来ない! 昨日の夜喉を潰したからもう危なく・・・」
「昨日の夜・・・ねえ」
「あ・・・」
自分の失言に気付いたのだろう。昨日の昼に別の場所に移された獣人の喉を夜に潰せるはずがない。
「貴族相手に嘘を吐く。その二枚舌・・・本当に二枚舌になってしまいますわよ?」
これは脅しでもなんでもない。実際にこの国でも平民が貴族に嘘をついて舌を裂かれる処罰があった。
しかし、ぶるぶると震える男を見ていれば多少は同情してしまう。しょうがないかと思い直し、男に助け舟を出すことにした。
「まあ、あなたの気持ちも分からないではありませんわ」
穏やかに、を心掛けて男に微笑む。横で兄が何とも言えない顔をしていた。解せない。
「得体のしれない奴隷を貴族に紹介して、それが元で苦情が来たりしたら嫌ですものね。それに、昨日喉を潰したのであれば傷もまだ癒えていないでしょうし。
私の心が繊細だから、心を傷めてしまわないか気を遣って下さったのね。嬉しいわ。あなたの気持ちは良く分かりました。だから早く案内しなさい」
最後は早口になってしまった。しかし、勢いに押されたのか奴隷商はようやく目的地に向かって歩き出した。
(最初から素直に案内すればいいのに)
とは言わない。こちとら優しい貴族令嬢だ。ひれ伏してくれてもいいと思う。




